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第二話 馬車の中にて

 ジュラールは叔父と合流し、王都に帰る馬車に乗り込んだ。叔父の顔が、なんだかテカテカしているのを見て彼は憂鬱な気分になる。

 叔父は、ジュラールに話しかける。


「いやー、大変だったな」


 完全に他人事のようだ。あの館を選んだのは貴方だろう?

 ジュラールは、不満を飲み込みこらえる。この会話は全てあの少女のためだと、割り切ることにした。


「はい……危うく殺されそうになりましたよ。しかし、あの者達は?」

「うむ、追跡させている。何か分かったら伝えよう」

「はい、お願いします」


 ジュラールは、叔父の言葉は真実ではあるが、捕らえるのは難しいだろうと考えている。ここは王国では無い。友好関係はあるとしても、どの程度本気で捜査をしてくれるのか分からない。


「それで、あの可愛い子とはうまくやれたのか? 初めてだったんだろう?」


 ジュラールの叔父は目を細め、興味深そうに彼の顔を見つめた。


「そのことですが、叔父様。外遊の目的は、あの館だったのですね? 私はうっかり、叔母様にこのことを話してしまうかもしれません」

「なっ。何だよ……自分だって楽しんだのだろう?」


 よかった。開き直られてはまずかった。ジュラールは心の中でほくそ笑む。損得を考えてくれるように、冷静に話を持っていかなければならない。


「話をしていただけですよ」

「ほんとか? やったんじゃないのか? いや、そんな怖い顔をしないでくれ……な、何か欲しいものでもあるのか? 私にできることなら何でもやるぞ……だから妻には……」


 ジュラールは、内心とても喜んでいた。彼のこの言葉を引き出したかったのだ。計画通りである。

 後は、仕上げを残すのみだ。


「何でもする、ですか? では——」


 どういうわけか、彼の願いは迅速に叶えられた。

 なんと、この翌日にリズは、ジュラールと会った館を出ることができたのだ。そして一週間後、ジュラールの住む城の前に姿を現したのだ。彼女を手配した者は、何をそこまで恐れたのだろうか?



 ********



 ——ジュラールが去った、館にて。



「リズ、起きなさい」


 男の声に体が反応し、無理矢理に起こされる。少女にかけられた奴隷の呪いの力によるものだ。


「はぁ……」


 少女は、溜息を漏らした。

 昨日はとても幸せな出来事があった。だが今はとても、本当にとても、遠い夢のように感じる。リズにとっては、夢は夢であって、決して現実になることは無かったのだ。しかし——。


「急いで、荷物をまとめなさい。貴方は、もうこの館から出て行かなければなりません」


 館の主が告げた。


「どうして……ですか?」


 ここから追い出されたら、次はどんなところに連れて行かれるのだろう? もっと、()()()に遭うところなのだろうか?

 それに、ジュラールと接点があった館を出るということの意味を考える。もう二度と、ジュラールに会えないだろう。リズは、恐怖に震えそうになった。

 だが、なんとか踏みとどまる。まだ、まだ……きっと……希望はある。少女は、感情を抑えた声で、先ほどの言葉を取り消すように、冷たい声で答えた。


「承知しました」



 ——ジュラール。


 リズに、一瞬の安らぎを与えてくれた、歳上の男の子の名前。リズが過去に目にした、どの貴族よりも、優雅で、力強く、優しかった。


 彼は、両親が私に唯一残してくれたもの——名前——を褒めてくれた。

 彼は、乱入してきた男に刺されかけたとき、危険を顧みず、守ってくれた。

 彼は、流した涙を優しく拭ってくれた。

 彼は、名前をくれた。


 リズの瞳から涙がこぼれはじめる。人形のように硬くした頬の上を水滴が伝った。


 ジュラール。


 この名前だけは、覚えておこう。これから、どんなに辛いことがあっても、自分を失わないために。



 リズは、共同の部屋に戻り自分の荷物をまとめ始めた。

 与えられたトランクに、自分の持ち物を機械的に入れて行く。しかし、その作業はあっという間に終わった。

 あまりに、彼女の私物が少なかったのだ。いや、無いと言ってもよかった。


「準備できました」


 リズは、そう使用人に告げる。すると、ついてこいと言われたので、そのまま後を歩いていった。

 やがて薄暗い館から外に出た。朝日が彼女を照らし、目が眩んだ。それが収まると、リズは目の前に一台の馬車があることに気付いた。


「乗れ」


 言われたとおりに、トランクと一緒に馬車に乗った。馬車には誰も乗っておらず、リズのみであった。

 誰も見送りに来ない出発。だが、心を閉ざしたリズには、寂しいという感情は生まれない。



——その一週間後。リズはようやく目的地に着いた。


「下りろ」


 そう言われ、リズは力なく俯きがちに馬車を降りた。ここは、一体どこなのだろう?

 すると、御者は何かの巻物を取り出すと、それを広げ、書いてあった呪文を唱え始めた。


「え……?」


 彼女にかけられていた、奴隷の呪いが解除された。


「うそ……」


 御者は、少女から呪いが解除されたことを確認した。満足げに頷くと、待機していた士官にリズを引き渡した。

 リズは顔を上げる。そこには、見たことのない真っ青な空と、天に向かってそびえる美しい白亜色の城があった。

 眩しい陽射しが彼女を照らしている。


「リズ・ド・ボロトラ殿。お疲れさまでした。殿下がお待ちです」

「殿下?」

「はい。まだかまだかと、私も急かされまして……」


 誰かが私を待っている? どういうことだろう。リズは、戸惑いを隠せなかった。

 少女の様子を見て、士官の女性はにこにことしている。

 これは……もしかして、感情を閉じ込める必要は無いのでは……?


「……あの……その方とは、いったい?」


 リズは、恐る恐る聞いてみた。まさかと思いつつも心の中に、ある少年の名前と顔が浮かんでいた。

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手嶋ゆきは、以下の作品も書いています。

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