王伝編集官 異伝 ノーリェ①
『王伝編集官』54話頃の話です。
夜半、物音ひとつしない部屋にかわいい妹テラネーゼからの手紙を愛おしげになでるのは兄であるノーリェ。彼は惜しげもなくテラをかわいいと評するがそんなこと思っているのは家族とその周囲の一部くらいだろう。もっとも表立って否定するものもいないが。そんな恐ろし・・・・
こほん・・・こちらも表立って言われないが誰もがそう思ってること。
『あの2人、逆だよな』
兄は冴え渡る夜の雫と称される今や腰まである漆黒の髪と、慈愛に満ちた濃紺の瞳に見つめられるのは最強の癒しだと一部には信者もいたりするらしい。常に穏やかで微笑を絶やさない人柄までもが、それは美少女に向けられるものだろうと思っても言ってはいけない。言っても困った微笑みも素敵な美少女が見れ得なだけなので。
そんな彼の愛おしい妹は少し内向きにくせのある黒髪は硬い。そのくせ伸ばすと際限なく広がり収拾がつかなくなるので生後すぐ短く整えられた。好奇心いっぱいのくりっとした青い目は見つめた多くのものを怯ませる効果を持ち、明るく向上心にあふれた性格はまさに物語のヒーローに相応しかろう。
さして筆まめでもないテラは、アラスティに行ってから何故かほぼ毎日兄に手紙を出していた。今彼の手元にはその集大成が積み上がっている。今朝届いた最新のものは〆に明日帰りますと書いてあった。つまりこれで最後ということ。テラなりの兄愛は彼が本当に望んだものでない分、想いは数になって現れたのだ。
*ノーリェ・フォレスライ
一区切りついた妹の手紙をまとめるも、次送られてくる時は手元にいないのがわかっているので安易に楽しみにできない。寂しさと引き換えに得る手紙、それはまるで嫁に出す父のような感覚に実の父はまったくそんな心配なぞしてないとノーリェが知ることはない。人は目の前にあっても望まないものは見えないのだから。
「お食事の用意が整いました」
晩餐の間には父と母がすでに来ており仲睦まじげに話している。ノーリェに気づくと父が福々しい笑顔を向けた。彼の人は小柄で少々ふくよか、控えめな目鼻立ちながら小さな丸メガネをかけていて近所の雑貨屋のおじちゃんみたいだがルシネイラ国においては財務を預かる長である。つぶらな瞳がメガネの奥でキラリと光り
「再提出ですね」
にこっとそう言われた部下の人たちの顔が真っ青になるのがルシネイラの日常だという。これは幼少時にテラと城の執務室を見学したときのことで、退屈したテラが抜け出し城中逃げ回ったのもノーリェにとってはいい思い出だ。食後のデザート共に今でも色鮮やかな思い出に浸っていると父から書類を渡された。
「あの子はいったいなにをやったんだろうねぇ」
「イゾルダーン国のベルデミン王子といえば自他共に厳しく律する御人との評価ですね」
つまり特定の人物を贔屓しない。そんな彼から私的な書状が届いた。「私的」それがまず異例。そして内容は
「自国を含めた周辺国での国賓待遇ですか。テラのかわいさは万国共通なんですね」
「あらぁ、テラちゃん王子様落としちゃったのねぇ」
「「え?」」
この時の父と息子の思考はというと
(いやいあ それはないよぉ うちの子にかぎって)
(こんな早くお嫁に行ったら間に合わない・・・・)
2人の正反対の顔色を母君はおもしろそうに見ていたが、彼女の見立てでは遠からず近からずだ。あの子は武芸で認められただけでしょうに、と口に出さないのがやはりテラの母だなと納得。妹の事となるととたんに感情が乱れる我が子、ノーリェがとても丁寧に髪を伸ばしているのはいつか自分の髪を使ったカツラでテラの花嫁衣裳姿が見たいと思っているのも知っている。
もうひとつ母はノーリェに言えない。
(そんな日来るのかしらねぇ)
このノーリェとあのセテリオンが想い合う姿がまったくわからないですよ。