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逢引

大変長らくお待たせしております。

サイト掲載分の1話をこちらに移していきます(次話の時期は未定です)

 朝8時起床。夏休みになるとついついだらけがちになるけれど、このくらいの時間ならばまだ寝坊ではないと許されたい。

 部屋着のまま自室から出てリビングに向かうと、すでに両親の姿はなかった。まああの人たちは共働きだし時間を考えれば当然か。

 朝飯の用意をしようと食パンを1枚トースターにセットして冷蔵庫を探る。代わり映えのしない食材のラインナップに安心と落胆の気持ちを持ちながら、いつもの場所にあるハムと玉子を取り出してコンロへ向かう。

 フライパンを熱して油を敷く。ハムを両面じっくりと焼いてから玉子を割り落とし、白身部分に塩を一振りした後は黄身を潰さないまま熱するための蓋をフライパンに被せて蒸し焼きにする。

 そうこうしている間に焼きあがってポップアップされているトーストを皿に乗せ、そのタイミングでコンロの火を消す。片付けを少しでも楽にするためにハムエッグをトーストの上に乗せてしまう。

 食卓の椅子に座り、リモコンでテレビの電源を点けてチャンネルを変える。芸能人が司会をする情報番組で指を止めて、適当に流し見ながらトーストに噛り付く。うん、いつもの味だ。

 これくらいは料理と言えないし些細なことだろう。けれど毎日繰り返していれば習慣のように身に付いてくるし、自分の好きな焼き加減のちょうど良いタイミングがわかってくるのは楽しい……なんていうのはきっと錯覚だな。1人暮らしをしてみればもっと躓くのだろう。

 エンタメコーナーをぼんやりと眺めながら朝食を終え、洗い物を済ませてしまう。

「テレビもつまらないし宿題を進めてしまおう」

 芸能人の誰某が交際相手と破局だなどという情報に魅力を感じられなかった俺はテレビの電源を切り、夏休みに入ってから何度と繰り返してきた言葉を口にして自分を勇気付ける。言霊という考えでは、実際に言葉にした方が実現するとも聞くし。今日は大丈夫なはず、と信じよう。

 

 学校から出されている宿題を済ませる為に自室へ戻って学習机に向かう。椅子を引いて腰かけたタイミングで、昨夜充電したまま眠ってしまったスマホが目に入った。

「ケーブルを刺したままで置いておくと電池の寿命が早くなるんだったか」

 今から長時間触るわけじゃないから、と誰に向けるでもない言い訳を口にしながら充電ケーブルを引き抜く。その時に液晶のロック画面が目に入る。いや、正しく言えばただのロック画面ではない。

『綿延くんおはよう。今日も1日頑張ろうね』

 メッセージの着信を知らせる画面だ。ロック状態だとしてもスマホの画面を人に見せる習慣のない俺は、着信メッセージをロック画面のままでも見られるようにしていた。

 そのメッセージが着信したのは8時過ぎだったようだ。着信音やバイブ音を聞いた記憶は無いので朝食に向かったことですれ違ったらしい。

「はぁ……」

 考える間もなく勝手にため息が出た。やっぱり今日も、か。

『おはよ。今日は国語の宿題を進める』

 出来るだけ端的に、完結に。送られてきたメッセージへの返答をする。必要最低限と言うべきか、できれば返事を返さなくても良いような、そう思っても良いような。

『おはよう。って、もう9時前だよ。朝ごはん食べた?』

『国語の宿題は何があるの?』

 しかし俺の祈りは届かなかったらしく、2つのメッセージと共にうさぎのキャラクターが笑っているイラストも付いて返ってきた。

 俺はこいつのことを勘違いや誤解をしていたのだろうか。

 このメッセージの主、網野由衣という女子について。

 

     ○

 

 俺と網野は中学校の3年間を同じ教室で過ごしていた。同じ教室と言っても思春期特有の、男女の間にある隔たりなんかはもちろんあったし、同じグループとして話したことさえなかった。

 しかし男連中がよくやる「付きあうなら誰か」という下世話な会話を小耳で挟んだところから「声が小さい」「ほとんど話さない」「そもそも話せるのか?」という印象が強く、究極的に言えば授業中に指名されても発言できないどころか自己主張もできないタイプだと判断していた網野のことを『背景と同等』とさえ思っていたのかもしれない。

 そんなイメージのまま一切の交流を持たずに中学を卒業してしまったからなのか、それとも本来の網野がそうであったのか。俺の想像していた網野と現実の網野はあまりにかけ離れていた。

 メッセージのやり取りを始めて以来、連日にかけて網野は不必要なまでにメッセージを送ってくる。

 今日は何をするのか。ご飯は何を食べたのか。どこへ出かけるのか。どんなテレビ、本、音楽が好きか。

 謎の写真とともに送られてくる「これは何でしょう」「ここはどこでしょう」「これ、可愛いよね」エトセトラエトセトラ。

 とかく、毎日際限なく送られてくる疑問やメッセージに答えていればキリがなく、途轍もない時間の浪費を強いられる。

 その頻度、内容によって返事は必要ないと判断して放置。昼夜問わない睡眠時間に放置。家事、外出などで放置しようものなら、1時間後に「おーい」2時間後に「大丈夫?」3時間後に「もう返事送ってくれないのかな?」のメッセージが届く。

 本当はもっと先まであるのかも知れないが、これ以降は知らない。後からメッセージを見てあまりにもいたたまれなくない気持ちになるので、1時間程度でメッセージを返すように心がけていて睡眠時間にはそう宣言をすることで追撃から逃れることができた。

 そうしてなんとか対処をしてきた今の網野に対して『背景と同等』だなどとは決して思えない。

 このことについて、同じ中学の奴らに確認するという考えも無くはなかった。ただ、俺との関係について変な勘繰りをされるのは網野も困るだろうとも考えてしまい、その案は却下した。

 そもそも網野の連絡先を知った経緯が経緯だけに俺自身も後ろめたい所があったし。

 

     ○     ○

 

『そろそろ宿題溜まっててまずいから、今日は集中する』

 とうとう送ってしまった。

 もしも自分の言葉で網野が傷付いたらどうしよう。そういう気持ちから突き放せずにいたのだが、自分のタスク管理の出来なさに流石の危機感を覚え始めた俺は、かねてより送ろうかどうか迷っていた言葉を送ってしまった。端的に言えば「お前の相手はしてられない」という意味なのだから、やはり躊躇はする。

 そもそも俺自身が網野への返事と宿題を片手間で進められたなら問題はなかった。それに、もし自分が異性からこんな言葉を送られたとしたらちょっと辛い。だから出来れば送りたくはなかった。

 そうして今、こんなことをぐずぐず考えてしまって結局宿題が進まないというなら突き放した意味もないのでは、という問題点に気付いてしまう。

 1人で負のループを作り続けている俺の手元で、もう1度メッセージの着信音が響いた。

『もし良かったら、一緒にする?』

 その文面を読んだ瞬間に俺の思考は止まってしまって、何も考えられずに返事としてメッセージ付きのスタンプを1つ送信する。

 会話の下に表示された“親指を立てた白い禿頭のイラスト”がひどく場違いに浮かんでいるように思えた。それでも『やった! 嬉しいな』なんて文字が返って来て、少し安心した。

 

     ○     ○     ○

 

「このマンションだから。もう、ここで良いよ?」

「あ、そうなんだ」

 18時に近くなってもまだ青い夏の空に、散り散りになって浮かんだ雲が夕焼けを反射している。曖昧な空模様が今の俺を表しているようで、何だか恥ずかしい。

 

 あの後、昼過ぎに図書館で落ちあうことを約束した俺は、ひどく狼狽した。

 網野による連日のメッセージ攻撃は、もしや俺への好意の現れだったのでは。と考えたからだ。

 そうなってしまった後は始末に負えず。どうしてそうなった。俺はどう対処をすれば良い。そんなことを考えて時間を無為に過ごしてしまった。

 

 そう。無駄だった。

 気が逸って12時半に図書館に着いた俺は、13時頃に網野と合流。その後は閉館時間まで、普通に宿題をしていた。

 例えば、隣同士の席に座って肩を並べてだとか、わからない所をお互いに教え合いながらだとか、青春漫画にありがちなイベントなども一切無く。

 4人席の角テーブルを1つ占拠し、隣の席には自分の鞄を置いた状態でそれぞれ対角線上の席に座った。なぜそうしたのかって? 俺が聞きたい。

「もしかしたら図書館が満員になって、網野が座れない状況が出来るかもしれないから隣の席に鞄を置いておこう」

 そんな俺の考えは全くもって意味がなく、そもそもの利用客が少なすぎる図書館は網野が到着するまで、周りのテーブルや椅子でさえ使う者は俺以外にいなかった。

 その後図書館内に現れた網野は俺を見つけるや否や小さく手を振り、俺と同じように隣の椅子に鞄を置いて斜め前の席に座った。

 そこからはお互いに何も言わず、触れず。

「もうすぐ閉館だから、用意してね」

 そう司書の人から言われるまで宿題をしていた。

 おかげで勉強に集中できたし、宿題の残りも順調に減らすことができた。

 ただ、俺の心にしこりだけが残った。

 

「あの、綿延くん」

「え? なに?」

 妙な1日だったと振り返っている俺を怪訝な顔で見る網野に、精一杯平静を取り繕う。ぼーっとしていて、変な所を見ていると思われたかもしれない。

「あの、ね。もし、良かったらなんだけど……」

 とつとつと話し始める網野に、中学生の頃の印象を思い出す。自己主張が苦手な女の子。実にそれらしい。

「その……明日も、一緒に勉強できないかな」

 これはひょっとして、俺の考え事は思い込みではなかった、ということ。なのか?

「……だめ?」

「いや、良い。大丈夫。行けるよ、明日も」

 またもや考え始めてしまい、言葉を返し損ねていたことで不安に思わせたらしく、小動物が首を傾げるような仕草で確認をされてしまった。そして、俺の返答を聞いてはにかんでいる。

 

 やばい。

 この感情が1つ、脳裏に浮かんだ。

 自分自身でもちょろすぎるのではと思う。急接近してきた異性からのアタックで心を揺さぶられるなんて。

 ただ、目の前にいる女子が可愛く見えて仕方がない。

 いや、見た目は充分に良いのだ。表情さえ暗い感じはするけれど笑うと可愛いし、今日は1つ括りにされたロングヘアがさらっとして柔らかそうで、それでいておしとやかそうな、おっとりとした、いかにも大和撫子、的な。

 だから、この好意を受け止めよう。

 

 そう心に決めた俺はそれから1週間。

 俺たちは図書館で、会話も接触もない勉強会を繰り返した。


 なぜそうなったのか? 俺が聞きたいよ。


     続く


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