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第1回「初体験」

 終業式の帰り道。高校から1番近い駅の階段前で俺はクラスメイトとたむろしていた。

 構外には屋根が無い駅の構造上、構昼過ぎの太陽に曝されることになる。7月の頭ともなると日の照りようは半端ないが、今からやろうとしていることの内容を考えると構内に入ってしまうのは気が引けた。

「こんな暑い日にやらなくても良いんじゃないか?」

 そう。確かに気が引けるから構内に入らない。けれどここまでの暑さには文句の1つも言わせてほしい。

「そう言ってお前、うやむやにして逃げるつもりだろ」

 しかし、隣に立つ牧島は俺のぼやきを拾い上げては反論をする。学年1位の成績優秀者は小言も流してくれない。

「せっかくクールな綿延君が華麗なシーンを見せてくれるって言うんだ。楽しみにするのは勿論のことだろ?」

 唇の片端を釣り上げながら話す牧島を見ては、何故こんなに性格の悪い奴の話に乗ってしまったのかと過去の自分を殴りに行きたくなる。

 その原因に当たるもう1人のクラスメイトがいたはずなのだが、当の本人はこの場にはいない。

「葛西、無事に進級できるかな」

 心配は少しだけ、大半は牧島の意識を反らすために。俺がこんな目に遭うことになった根源である男の身を案じる言葉を吐いた。

「大丈夫大丈夫。進学校なんだから1年でダブるような奴は他所に移るよ」

 本人の尊厳を守るために言っておこう。葛西という男はやらねばならぬ時にはやる男だ。牧島が言ったような結果になることはきっとないだろう。ただ一応、葛西を傷付けないためにもこのことは本人には伝えないようにしよう。

 駅前で仁王立ちを続ける2人の男の前を怪訝な目で見る人、興味を持たず目も向けない人、一声かけてから家路を辿る知人たちが通り過ぎていく。もう、動きがないまま1時間が過ぎようとしている。そろそろ限界だろう。

「そろそろ――」

「覚悟できたか」

 帰ろうぜ。そう言いたい俺の言葉を牧島が遮った。そのままの勢いで「行ってこい」とでも続けるように俺の背中を押して距離を離した。

 人生で初めての経験を今からしてしまうのか……。

 背中を押された衝撃に堪えながら背後を見やると、愉快そうな顔でニヤつく牧島がいた。

 

   ○

 

 事の発端と言えば、つまらないことだった。

「綿延。期末試験を頑張るために賭けをしないか」

 試験まであと1週間と近付いた頃の昼食時、葛西が発した言葉だった。

「お、その卵焼きうまそうじゃん。貰うぜ」

 それを無視して、俺は葛西の弁当箱に収められた黄金色の塊に箸を伸ばす。

「いや、やんねぇし! 母ちゃんが作ったおれの弁当だぞ!」

 しかし弁当箱は持ち上げられ、俺の箸は空を掴んだ。

「あのさ、おれの話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。ノリと勢いで入学してみたら勉強について行けなくて中間試験がヤバかった葛西凛太郎が、期末試験を自力でどうにか頑張るって話だろ?」

「違う! 何でそうなる! おれは出来れば頑張りたくない!」

 何を言ってるんだこいつは。その発言で馬鹿さ加減が2割増しに見えるぞ。

「でも頑張らないとおれの小遣いが減るんだ! それは困る!」

 教室で無駄に叫ぶな。暑苦しいし馬鹿が更に3割増しに見えるぞ。

「だからおれは、おれ自身を焚き付けるための材料が欲しい!」

 それを言うなら燃料じゃないのか……?

「ったく……。そうは言っても中間試験学年30位の俺と、下から10位のお前じゃあ勝負になんねえだろ」

「それはその……。むぅ」

 正論を突くと黙ってくれた。

 自分に程良いレベルの公立進学校に来たんだ。俺はまあまあの成績を積んで大学に進めるならそれで良い。下手な刺激なんて無くていい。そう思っていたのに。

「なあ、お前ら。面白そうな話してんじゃん」

 その時聞こえてきた、馴染みのない声に首を傾げる。そのまま声の方を見やると三日月のような笑い顔の男がいた。

「えーっと、牧島……だったか」

 新生活が始まって約3ヶ月が過ぎた。よく話す相手やクラスで目立つ奴なら名前を覚えていたけど、こいつに関してはうろ覚えだった。

 クラスで目立つタイプにもいくつかある。勉強や運動が出来る、出来ない。身体がデカい、小さい。声が大きい、極端に縮こまってる。そういう風に見て行けば誰もがどこかに引っかかるはずだ。なのに、こいつはどこにも引っかかった記憶がない。

 身体は細過ぎず太過ぎず。髪はごく普通の黒髪ショートヘア。制服に乱れも無い。ただ、何かが異質を感じさせた。

「そうだな。賭けは期末試験の学年順位にしよう。それを奇数か偶数か自分で決める。それを当てられなきゃ罰ゲーム。これでどうだ」

 すらすらと放たれていく言葉に唖然とする。何を言ってるんだこいつは。

「葛西、これならお前も綿延に勝てるぞ」

 ちょっと待て。いつから俺たちはお前の賭けに参加することになってるんだ。

「お、おう!そうだな!」

 いやいや、葛西。お前それで良いのか? むしろこのルール、勉強をすることに具体的な関係は無いぞ?

「じゃ、過半数賛成で決議だな。オレは奇数にするけどお前らは?」

「えーっと……じゃあ、中間が奇数だったからおれも奇数かな」

「いや、ちょっと待てお前ら!」

 この場の雰囲気で流れていく話の動きに静止の声を出した瞬間、周りからの注目が集まった。

「何? どうしたの? 喧嘩?」

 などと女子が口々に話し始めるのを聞いてしまっては「いや、大丈夫。ごめん」と否定するしか無い。普段から大声を出さないキャラクターが大声を出すと不安になるもので、怖がらせてしまったらしい。

 出来るだけ和やかな顔を作って対応をした後、牧島の方に向き直れば、またもやこいつは歪な笑い顔を作っていた。このまま乗らないともっと目立つことになるぞとさえ言いたそうな表情だった。

「……じゃあ、俺も奇数だ」

「おっけー。全員一緒ならわかりやすくて良いな。……じゃ。通知表を貰うのが楽しみだな」

 俺の言葉を聞くと牧島は自分の席へと帰り、スマホを取り出していじり始めた。メモでも作成していたのか、少しいじった後ですぐにズボンのポケットに収めた。

 

 牧島はこんなにも濃いキャラクターなのにどうして記憶に薄いのか。それは授業中の奴を注視しているとよくわかった。

 先生の説明中は目を合わせた上で集中して聞いている様子を見せ、板書中は机に突っ伏したりしてダラける。

 授業内容について質問をされれば応えるが、自分からは別段発言しない。

 牧島の振る舞いの随所に悪目立ちしない工夫が詰め込まれている。そんな印象を受けた。

 しかし――

「結果発表!」

 期末テストが終わり、終業式が済んで担任からの通知表配布が終わった後。暗い表情を露わにする葛西と隠そうとしている俺、そして相変わらず笑い顔の牧島が教室に残っていた。

 俺は事前に自分の通知表をチェックした。何度見直しても印字されている順位は300分の28。中間より順位は上がったものの、奇数ではない。

 見たところ葛西もきっと偶数なのだろう。そして、牧島は……。

「はい。1位」

 は? え? ちょっと待て。

「お前、これ……」

 期末試験の成績結果のすぐ上には中間試験の欄がある。そこにも300分の1という表記があった。

「ああ、俺、言いふらすタイプじゃないんだよね」

 謀られたことへの恨みと賭け事への敗北に茫然としている俺を放って牧島が言い放つ。何故、こんな奴が……! などと心の中でどれだけ叫んでも、答えは出ない。

「で、葛西は300位。と」

 え?

「葛西、お前……」

「いやー、前回290位だったからさ、ちょっと手を抜いたら1個下がるかなって思ったんだ。そしたら……」

 俺の問い掛けに、ただ震えながら答える葛西を見て何も言えなくなった。心なしか真っ白になっているようにも見える。

「さて、罰ゲーム」

 そんな葛西に気も掛けずに、笑い顔の牧島は俺たちに死の宣告を放った。

「学校の最寄り駅でナンパ。電話番号かライン。聞いてこい」

 そして俺は牧島の指示する罰ゲームの内容に震えた。……ちなみに期末試験で最下位を取った葛西は、そのまま終業式の後から地獄の追試が始まった。

 

     ○     ○

 

 きっと牧島のターゲットは俺だったんだろうな。ずっと、俺を丸め込むための言葉選びをしていたように思える。葛西が単純過ぎるのは置いておいて。

 あいつは自分のやり口で、誰かをハメて楽しむ手筈を目論んでいたんだろう。

 だが、それに乗ってしまったのは俺。罰ゲームの内容を考えれば結果を言及されるに違いないから、牧島のやり口を吹聴なんて出来るはずもない。

 ……何が原因で狙われたんだろうな。最低でも残り半年は一緒に過ごすクラスメイトだ。自分に問題点があるなら解決はしたいな。

 そんなことを考えていても、後ろからの「早くしろよー」という声は止まない。

 仕方ない。腹をくくるか。

 そう思った時、ちょうど他校の制服を着た女の子が通りかかった。肩より長いロングヘアを背中に流した、少し暗い感じのある子だった。

 相手には申し訳ないが、いたずらで声をかけられた程度に思ってもらおう。

「ごめん、ちょっと良いか?」

 そう思って声をかけた。のだが……。

「え……綿延君?」

 相手は俺を知っていた。

 質問に答えが無いからか女子生徒は警戒心を持った表情をしているが、確かに俺はその顔に覚えがあった。

「網野、だよな?」

 なんとか思い出してそう問い掛けると、はにかむような笑みを見せてくれた。

「そうだよー。久しぶり……かな?」

 この女子、網野は俺と同じ中学出身だ。歯切れの悪い会話に「3ヶ月は久しぶりと言うには微妙だな」と共感の言葉を発した。

「……こんな所でどうしたの?」

 理由を考えたのか、間を置きながら質問が続く。そうだ、話をしなくては。

「いや、学校の帰りだったんだけど、もしかして網野かな、って声をかけたんだ」

 心苦しいけれど嘘をついた。流石に罰ゲームでナンパのために声をかけただなんて言葉は地元の知り合いに言えないし、もし知られたら網野を傷つけるだろう。

「そうなんだー」

 懐かしむように話す網野に少し違和感を覚える。が、そうだ。連絡先を――

「綿延君、ラインしてる?」

 聞こうと思ったら網野から聞いてくれた。棚からぼた餅とは、このことだろうか。

「あ、うん。やってる」

「やったぁ。私あんまり中学校で一緒だった子のアカウント知らなくて――」

 その後、無事にアカウントの交換を済ませた俺は「友達、待たせてるから」という言葉を言い訳に網野と別れ、牧島の方を振り返ったのだが……。

「あのさー。何普通に楽しそうに会話してんの? 信じらんねぇ」

 不満気な表情をしていた。

 けがの功名とは言え頑張りは認めてくれよ……。

このあと綿延君は平然と牧島君にラインを聞いていて欲しいし、牧島君は「はぁ?!」とか言ってキレながら教えていて欲しい。

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