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変質者の個人的な事情風景 作者:冷やし中華350円

第一章 変質者の日常

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第一章4 『変質者の始まり~4』

 気配を消して俊太郎が公園の男子トイレの中に逃げようとした。公園の男子トイレの中は尿の異臭を放っていた。敦美の魔の手から逃げるために、俊太郎は個室のトイレにガチャと鍵を掛けた。
 個室トイレの中は、トイレットペーパーも散乱していた。しかし公園の男子トイレにも関わらずに敦美は侵入してきたようだ。俊太郎の入っている個室のトイレの扉をコンコンとノックし続けた。一時間以上も個室トイレにこもっているが、約千回以上も個室のトイレの扉をノックしてくる。


「俊太郎様? 入っていますよね? ねぇ、トイレにこもっていないで、出てきて下さいよ。もっと、もっと、抱擁やキスをしましょうよ?」

 敦美は待ち伏せするかのようにして、俊太郎に呼び掛けていた。俊太郎が個室トイレの中で身震いを起こした。このままでは、確実にストーカーの敦美に男の貞操を奪われてしまう。そして今の俊太郎の状態は、羊がオオカミの群れに襲われるようになってしまうのに近い。ストーカーの敦美が、コンコン、トントンと扉をノックをしてくるのは、まるでジェットコースターの落下するスリルに似た感覚だ。
 最近の彼女の突飛な行動はエスカレートとしている。普通の女子は平然と男子トイレに入ってこないが、敦美の場合は違うのだ。何事もなかったように男子トイレの中に入ってくるので、夢や目的を達成するためには手段を選ばない女性だ。
 敦美の執着心の怖さを知っているのだ。俊太郎が個室トイレの中で縮こまった。

「怖い、怖い、怖い……敦美のノック音が怖すぎるだろ」

 俊太郎が震え声を出してしまった。

「いるんですね? 俊太郎様? わたしは俊太郎様がトイレの中を出てくるのを何時間でも待っていますよ」

 敦美ならば本気でやりかねなかった。そして急に敦美が病んだ声で「かごめ、かごめ」と歌い出した。特に「歌詞の後ろの正面、誰?」といった部分を強調してきた。四回も「後ろの正面、誰?」と繰り返しに歌っている。
 俊太郎には、お経や呪文のようにしか聞こえなかった。

「トイレの中で好きな人と一緒にデートですね。エヘヘ、エヘヘ、エヘヘ、俊太郎様との赤ちゃんがほしいなぁ」

 奇妙な笑い方をしてくる敦美。寮の中で三大変質者の一人だと言われる由縁は伊達じゃなかった。

「なんで俺のことを好きになったんだよ?」
「だって、わたしは二人の両親を自殺で亡くしているんですよ。独りぼっちだったわたしに、俊太郎様は最初に友達になろうと言ってくれたじゃないですか? それで、あなたを好きになりました」

 敦美はネガティブな発言をしていた。

「俺じゃないとダメなのか?」
「俊太郎様の子供を身ごもりたいんですよ。だって、わたしの夢は俊太郎様と温かい家庭を作るのが、夢ですから。二人の両親を自殺した家庭の子供は、温かい家族に憧れるものですよ?」
「それでも、俺のことに執着しないでくれよ」
「いやです。この好きになった感情を止められないんですよ。だって、この世界には運命の赤い糸を存在していると信じているのです」

 敦美が今にも泣きそうな声を出して言った。

「それでも、迷惑な行為をやめてくれよ。俺は敦美の恋人でもないし、まして付き合っていないんだ」

 敦美を突き放すように喋っている俊太郎。

「わたしは、たぶん頑固で負けず嫌いなんですよ。欲しい物を手に入れるまで、たくさん努力します。俊太郎様の好みの女性になるために努力しますから、どうか捨てないでくださいよ」
「負けず嫌いねぇ……健全な学生を送りたいだけだ」
「どうして、どうして、わたしと付き合ってくれないんですか? 健全な学生なんて面白くもない。なんでもしますよ。エッチなことでも、キスでも、なんでもします。どうかわたしと付き合って下さいよ」

 敦美が感情的になってわんわんと泣き出していた。公園の男子トイレの中、敦美の泣き声は鏡を反射するように響いた。
 すると個室の男子の扉を開けて、俊太郎は敦美を慰めようとした。

「おい、泣くなよ。恥ずかしいじゃないか?」
「だって、だって、俊太郎様が意地悪な態度を取るからですぅ」

 今の敦美の目を真っ赤にして、鼻水を垂らしながら泣いて話している。敦美が俊太郎の服で鼻をかんでいると、ベットリと鼻水をこびりついてしまった。

「俺の服は、ポケットティッシュじゃないぞ? 服が鼻水まみれだ」
「だって、だって、俊太郎様が構ってくれないからいけないんですよ」

 敦美が両手で俊太郎の背中をポンポンと叩いた。敦美がクンクンと俊太郎の服を嗅いでいた。

「犬かよ」
「俊太郎様に甘えたいんですよ。ずっと監視していいですか? ずっと見守っていいですか?」
「はぁ、それが俺はキツいんだ。その束縛が重たいんだ」

 俊太郎は大きなため息を付いてしまった。

「無視もイヤだ。孤独になるのもイヤだ。俊太郎様と離れて、独りぼっちになるのもイヤだ」

 綱引きのように俊太郎の右腕を引っ張っていると、急に敦美がワガママな口調になっている。敦美は社会の孤独を恐れて、俊太郎に依存してしまった。俊太郎と強い繋がりを求めている。敦美の場合は、学園の中や一般常識の社会ではまともに周囲と協調できなかった。一般常識の社会に合わせた生き方をしてきた俊太郎は困惑顔になった。変質者の変わった価値観を持っている人々と暮らしていると、常識人と変質者の境界線がわからなくなってくる。
 この世界の常識人とはなんだろう。俊太郎は常識人として真っ当に生きていくつもりだ。しかし三大変質者の敦美に依存した好意を持たれ、俊太郎の常識の感覚が狂っていた。何が正解で、何が間違っているのか、普通の学生として暮らしているはずなのに、俊太郎の脳内の中はグチャグチャになりそうだ。

「なぁ、この世界には他にもカッコイイ男もいるぞ? こんなクズみたいな俺を好きになるよりも、他の男を好きになったほうがいいぞ」

 俊太郎が敦美と距離を取ろうとした。

「俊太郎様以外の他の男の好意なんて気持ち悪い。好きでもない男の好意はゲロみたいなものですよ」
「ゲロ……そうかい。怖い本音だな」
「どうして、俊太郎様は常識人にこだわるのですか? 俊太郎様らしくないんですよ」

 敦美が感情的に言い放っていた。

「俺は、真っ当な常識人だと思っているよ。常識人にならないと、この社会では生きていけないんだよ」
「社会ってなんですか? 常識ってなんですか? わたしは、恋に正直に生きたいんですよ」

 敦美はヒステリックに質問攻めをしていた。
 過去の俊太郎は、周囲の人々や社会の常識に合わせて生きてきた。周囲と協調して上手に生きていると、どこにいても俊太郎は存在感も薄かった。自分自身で「特別な人間」や「主人公」だと思っているのは、本物の天才または本物の人間の屑くらいだろう。特別な人でもないかぎりに、周囲の人間と合わせた生き方をしたほうが得策なのだ。世の中の常識人たちは、周囲の合わせて生きているので上手に生きている主婦やサラリーマン。事件も何もない普通の人として生きてくるのは、何よりの幸せだと考えている俊太郎は、

「常識ってのは上手に生きていく知恵なんだよ。世の中の社会人たちは、周りの常識を合わせて生きているんだ。この世界で異端児や特別な人になれるのは、圧倒的なリーダー資質を持つ選ばれたものだけだ」

 と言い放っていた。俊太郎は学生寮の変質者のようになってしまうと、周りの冷たい視線を浴びるのは怖かったのだ。

「じゃあ、わたしが俊太郎様の選ばれた人間になりますよ」

 敦美が真剣な顔で訴えかける。
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