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 王は、何度も繰り返し繰り返し、俺と偽者とを睨んでは比べる。

 首を左右に振る度に、肩に立てて持っている金色(こんじき)の釣竿の先端がしなっては揺れるのが気になる。

 やがて「ひらめいた!」という顔をした。


 なぜか嫌な予感しかしない。


「ナルス、お前、──双子だったのか!」


 なぜそうなる。


「昔から、やたらと仕事ができるやつだとは思っていたが、実はふたりでひとりを演じていたんだ! そういうカラクリだったのかー!」


 違う。

 それこそまだ赤子であった頃からの俺を知っているはずなのに、どうしてそういう結論になるのか。


「違います。そこにいるのは兄弟などではなく、私に化けているだけの偽者です。赤の他人です」


 はっきりと俺は言い放つ。


 もちろん偽者もあっさり認めるようなことはなかった。


「何を言う! 貴様こそが偽者ではないのか!」

「なんだと。私は本物だ」

「いやいや、私のほうが本物だぞ」

「黙れ、偽者め!」

「ふ~ん、偽者って言った方が偽者だもんねー!」

「ど、どっちが本物のナルスなんだっ?」


 ──なんだこの昔のアニメみたいな、古めかしいやりとりは。

 美しくないぞ。


 後ろに控えている兵士たちから注がれている視線も冷たい気がする。

 それも凍てつくほどによく冷えている。


「あーそうそう、ナルスよ」

「なんでしょう?」


 王が、何か思い付いたらしい。いかにもわざとらしさ全開の口調で偽者に話しかける。


「今日も、そなたは美しいなー」

「……ありがとうございます。勿体ないお言葉です」

「こっちが偽者だぁ!」


 王は、物凄いスピードで偽者から距離をとる。

 一連の挙動は、もはやギャグキャラでしかない。


 あっけにとられる偽者。


「な、なぜだ? なぜ、今ので私がナルスではないとわかる!」


 自分のミスが理解できず、納得いかないようだが、偽者は騙せるのもこれまでと諦めたらしく正体を現す。


 背中から蝙蝠のような翼が伸び、禍々しく広がる。

 それを今まで、どうやって隠していたのか見当もつかない。


 髪止めのようなものを、うなじのあたりから取り出してそれを力強く払うように空を切らせると、その物体は瞬時に死神の鎌にへと姿を変えた。

 なかなか便利そうだ。


 偽者の正体は、かつて俺を勧誘に来ていた、あの魔族の女だった。


「まさか見破られるなんてね──嗚呼(あぁ)、忌々しい!」


 地団駄を踏む魔族の女。

 自らの冒した致命的なミスが、まだわからないらしい。


 それにしても、こんな場面で当たり前のことを言い出す王にも驚かされたが、それに感謝の言葉を返す俺の偽者にももっと驚かされた。


 空は高く、海は広く、炎は燃えて、水は流れ、ナルスは美しい。


 すべて自明のこと。

 まさに自然の摂理そのものではないか。


 王が、ちょこちょこと俺のもとに小走りでやって来た。


「おう、ナルス。今日も美しいなー?」


 念のため俺も偽者じゃないかと疑っているらしい。

 その疑り深さを、もっと前の時間帯で発揮しておいてもらいたかったものである。


「そうですね。いつものことですが」

「うん。本物だ」


 王は信じたようだ。


 これでひとまず王の身の安全と、俺の偽者が暗躍していた件がなんとか解決できたわけだが。


 もっも厄介な問題が残されている。


 そこで死んでいるおっさん戦士が魔族に手を貸す裏切り者で、それを勇者が成敗したのなら、あとは魔族の女ひとりを片付ければ万事解決で一番楽なわけだが、どうにも見るからにそうではない。


「勇者……」

「──ナルスの……本物か」


 仲間の血に汚れた剣を手に佇む勇者。

 今の、ひととおりのギャグシーンの間でも、場の空気に流されずシリアスモードを保っている。


 かつての、快活でありながら、どこか怖いもの知らずな危うさを思わせた、自信に溢れたあの少年の面影はもうない。

 暗く重々しい空気を漂わせ、辺り構わず殺気を四方に放っている。


 目のふちに、くっきりと黒いラインが入っている。

 見るからに悪そうな人相だ。


 典型的な闇堕ちキャラのビジュアルである。


 それに、フードつきのマントをまとっていることが、門番が証言した誘拐犯の姿に当てはまっている。


 勇者は、俺をおっさんの次の標的(ターゲット)に定めたらしい。

 剣を片手に構えた姿勢で殺気を放ちながらも、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「──なぜだ?」


 俺は、勇者に問いかけた。


 俺が進むはずだった人間の裏切り者ルートを、よりにもよって人間の未来の希望であるところの勇者が辿っている。

 ラスボスを倒して世界に平和をもたらすはずの男が、ラスボスになる道を進んでいるのだ。


 このままでは世界はどうなってしまう。

 勇者と魔王の最強コラボによって爆誕した絶望的なラスボスの手に落ちて滅亡してしまうのだろうか。


 まさか俺がラスボスになるルートを回避した結果が、勇者がそれに代わることで世界が滅ぶルートを選んだことに繋がってしまったとでも言うのか。

 世界が滅ぶか、自分が死ぬかの究極の選択だったのだとすれば、それってどんなセカイ系なんだよという話だ。


 だがもう、俺だけが死んでいたほうがマシな選択だったのだとしても後戻りをすることは不可能だ。

 俺には、この世界で記録をセーブすることも、ロードしてやりなおす権利もあたえられていないのだから。


 言わばこの状況は、もう賽は投げられたあとだし、ルビコン川は渡ってしまったというべきところまで進んでいるのだ。


 それでも、問わずにはいられない。


「なぜだ勇者! どうしてお前が魔族に味方する?」


 勇者の心のどこに、魔族に付け入らせる隙があったというのか。

 婚約者を奪われたナルスとは違って、彼の英雄人生は順風満帆イケイケゴーゴーなのではなかったのか。


「うるさい!」


 勇者の剣が、俺を切断する意図が明らかな軌跡を描き襲ってくる。

 完全に殺す気だ。


 俺は、腰のレイピアを居合い抜きの要領で抜刀し対応した。


 まともに受ければ、愛用の武器が折られてしまう。

 それだけ性能に差があることはわかっている。

 力を逸らして受け流すようにして攻撃を避けるようにしないと。


「──なにっ?」

「やめるんだ、勇者!」

「ナルス! 意外に強いな。どこでそんな強さを身につけたんだ……」


 それは勇者が死んでいるあいだに強くなっているわけで、見ていない以上、勇者が知らないのは必然ではある。


 勇者のおかげて勇者と戦えるように成長していたというのは、ある意味では皮肉でもある。


「落ち着いて自分の立場を思い出すんだ。勇者としての心を取り戻せ!」

「そんなことは覚えているさ! そうだ、俺は勇者だ。嫌になるまで、ずっとそう呼ばれ続けてきた……勇者、勇者、勇者!」


 幾度も俺を襲う剣撃を、ひとつひとつ確実に見極めながら受けては逸らしていく。


「俺は勇者になんてなりたくなかったのに!」

「なにっ?」


 勇者のカミングアウトがわりと意外だったために、攻撃の回避が危うくなりかけたが、何とか難を逃れた。

 勇者のほうでも、その一撃がやや雑だったのが俺にとっては助かった。


「ある日、村の司祭様から俺が「なんか勇者っぽい」ことを教えられた……」


 話をしながらも、絶え間なく勇者は攻撃し、俺はただ防御する。


「それから俺は世界の救世主に祭り上げられ、強くなるためにつらい修行をさせられ、それなりに強くなった途端、危険だらけの冒険の旅に出させられた!」

「──望まぬ道を歩かされたと言いたいのか!」

「そうだ! どうして俺なんだ? どうして勇者に生まれただけで、自分の体の何倍もでかい怪物とまともに生身で戦ったり、普通の人間が立ち入らない魔境に乗り込んで苦しみや痛みを受けないといけないんだ?」


 勇者の声が、悲痛な感情で震える。


「俺は何度も死んだ! 何度も死んで、死ぬ苦しみを知り、立ちなおれないほどの恐怖に逃げ出したくなっても、それでも俺は勇者として戦い続けるしかなかったんだ!」


 たしかに死んでも終わりにさせられることを許されない任務を、自分以外の人間すべての期待を背負って、ずっと終わりまで全うしなければならない勇者という仕事は超ブラックなのかもしれない。


 ゲームとして勇者の視点で遊んでいたときには思いもしなかったが。


 だが勇者にとって、これはゲームではないのだ。

 目の前の闇堕ちした男にとっては世界を救う運命も、人々の希望も、過酷な旅路も、幾度となく自分を襲う死も、すべては現実のことであり、認識できる自分の世界そのものの、ありのままの姿だったのだ。


 これがゲームだと知っていれば、ストーリーの最後にはプレイヤーがそれなりに納得できそうなエンディングが待っていて、どこかで終わりがあることが予測できるだろう。

 しかし勇者にはそんな未来など見えず、ただ言われるままに戦う五里霧中をさ迷うような日々だったのだとしたら。


 逃げ出したくもなるのかもしれない。


 俺は、少し同情を覚えた。


「それでも俺は彼女がいたから、これまで何とかやってきたんだ!」

「!?」

「彼女がいるから俺は戦えた! 諦めず何度でも立ち上がることができたんだ!」


 彼女とは、王女のことを指しているのだろう。

 勇者がそこまで王女の存在を心の支えにしていたとは意外だ。


 どうもゲームをプレイしていたときの感覚を重ねて見てしまうからギャップが生まれるのだろう。


「だが彼女の心にはいつも──いつでもお前がいた!」


 心臓を狙った鋭い突きを、俺は際どく避ける。

 衣服に裂け目が入った。


「どんなに俺が彼女を愛そうとも、彼女からナルスの存在を消し去ることはできなかった! なのに! お前はある日を境に彼女を見ることを止め、彼女から遠ざかっていった!」


 俺は婚約を破棄されたのだが。


 前世の記憶を手に入れたあの日をきっかけにして、あまりも俺の王女に対する態度が露骨に変わったと言われても否定できないところではある。


「彼女の気持ちがどれだけ傷付いていたことか!」

「……私には王女の気持ちが君に傾いていることがわかっていた。だから私は、世界のためにも君たちが結ばれれば良いと身を引いたのだ!」

「勝手なんだよ! それで賢いナルス様が頭の良い方法を選んだつもりなんだろうけど、本当に好きな人を選ぶ権利は彼女にはなかったのかよ!」


 俺はゲームとして世界を見ていて、それぞれの運命がどうなっていくのかを知った上で行動しているのだが、勇者はただ今を生きているのだ。

 王女について意見が一致しないのも無理はない。


 勇者は続けて剣と言葉の両方で、俺を攻め立てる。


「知っているのか? 彼女は、聖女としてのちからを解き放ち魔王を千年の封印に閉じ込めるとき、自分の身を犠牲にして死んでしまうということを!」


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