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 俺は、回収した指輪をそっと左胸の位置にある上着のポケットに入れた。


 手を当てると、そこに固い感触が確かめられる。


 ここにこれを入れておけば、万一、悪の組織に放たれた凄腕スナイパーに狙撃されても、俺の命を救ってくれそうなフラグが立つ気がした。

 撃たれて倒れて、「ナルス死んじゃった?」と見せかけての「こ、こいつが私を守ってくれたんだ……」と言いつつ指輪を取り出すやつだ。

 誰でも言ってみたいと思ったことがある台詞シリーズである。


 あとは「勘違いするなよ。貴様を倒すのは、この私でなくてはならない。そういうことだ!」も言ってみたいものだ。


 まあ、期待していてもこの世界に狙撃銃(ライフル)がないので絶対にそういう展開にはならないのだが。


 さて、感傷的になるのもほどほどにしておかねばならない。

 

「戻ろう。残念だが、王女はもう遠くに連れ去られているとみるべきだ。隠し通路の存在を国王にも報告し、捜索隊をまわそう」

「はっ」


 俺は、兵士を伴い、来た道を戻る。


 戻りは行きよりも道程が長いような気がした。


 城下町の上を通るとき、さっきは通りにいた町娘が、今はもういなかった。

 勇者の来訪がないときには、この世界の人々は自分の場所に囚われることなく自由なのだから、当たり前のことではあるが。


 台所まで戻ると、料理人がいたので隠し通路の入り口に警備をつけるよう頼むことを指示する。

 これ以上、敵にこの出入口を利用されないためには近いうちに塞いでしまった方がいいのかもしれない。


 少しばかり、埃や泥に汚れてしまっているが、そのまま王の居室に向かう。

 王は、この程度のことは気にしない人だ。


 良く言えば寛容、悪く言えば横着なのである。


「おや、ナルス様?」


 目的の部屋の前に着くと、そこに立つ衛兵が、俺の姿を見て不思議そうな顔をする。


「どうした。私の顔に、美しさ以外の何かがついているか?」

「いえ──」

「まあいい、王は御在室か?」


 衛兵の顔には更に「?」が増える。


「何を仰せですか、ナルス様。つい先程、貴方がこられて王をお連れになったばかりではないですか?」

「何? 私がか」

「はい」

「王を?」

「そうです」


 頭のなかで警報が打ち鳴らされる。

 これはいわゆる、緊急事態ではないか。


 連れ立って祠から戻ってきた兵士が、やや乱暴に居室のドアを開ける。


「ナルス様、室内に王は()られません!」


 そう言いながらも兵士は、かくれんぼの鬼さながらに居室内の隠れられそうなスペースをひとつずつ確かめていく。

 なかなか行動力のあるやつだ。


 ──タンスの中に王はいないと思うぞ。


 おかげで、衛兵が「なんちゃって嘘でしたぴょーん」を仕掛けてきたわけではないことがはっきりした。

 この王宮には、国王を中心にそういうブラックジョークを好み嗜む者が少なからずいる。

 今のも「ナルスが来たらこう言ってみ?」と、王が衛兵に仕掛けていた罠だった可能性があったのだ。


 しかし、これは本気(マジ)なようだ。


 俺は、王を連れ出してなどいない。

 ということは何者かが俺の姿を借りて王を何処かに連れていってしまったことになる。


 やられた。


 王女のことといい敵にしてみれば、この国の重要人物(セレブ)は誘拐し放題ではないか。

 セ◯ムしてなかったことが悔やまれる。ないけど。


 俺の言葉ならば、王を信じさせることは容易い。

 楽に誘拐できたことだろう。

 敵ながら見事な人選だ。

 それに、俺のような整い過ぎている顔立ちは、ある意味では変装も容易いように思える。


 それにしても何故、俺が王宮を離れたことが敵に伝わったのか?


 俺に化けるにしても、本人と偽者が御対面するのは不味い。俺も、びっくりしたことだろう。

 だから俺が王宮にいないときを狙ったのだろうが、どうしてそれがわかったのか。


 俺は、目まぐるしく思考を走らせる。


 疑問の答えは簡単だった。

 城壁の外側を歩いていたときに見られていたのだ。


 敵が、俺の性格をある程度は把握している人物であるなら、発見された隠し通路を自分の目で確かめに行く可能性が高いことがわかる。

 俺は率先して自分が動くタイプのリーダーだ。


 そして敵はあの祠までの通路の構造を知っているはずだから、俺が城壁の外側に出てくるのを城下町のどこかで見張ってさえいればいい。


 城壁から祠に出て往復してくるまでの、しばらくの間、少なくとも俺に姿を変えて国王を連れ出すくらいの時間はあるだろう。


 まんまとしてやられたわけだ。


「王はどちらに向かわれた!」

「そ、それは、ナルス様の方がご存知なのでは?」


 余程、偽者の変装はそっくりさんだったのか。

 衛兵はまだ事態を飲み込めていないようだ。


 とりあえず、衛兵に訊いても何もわからないことは、わかった。


 俺は、ついにはツボの中まで探し始めている兵士に声を掛ける。

 王は当然いないが、王が隠していたプライベートな諸々が見つかっているみたいだ。

 今は特にどうでもいい。


「追うぞ! まだ遠くには行っていないはずだ!」

「はっ!」


 兵士を連れて、俺は走り出した。

 廊下を走るのは、お行儀が悪いとかを言っている場合ではない。


 階段の手すりを滑ってやろうかとも思ったが、それはさすがに止めた。

 ただずっと昔、まだ王女が幼かった頃に、ちょうどこの手すりを滑っていて俺が制止しようとしていた思い出がフラッシュバックする。

 もう10年も前の話だ。


 そんな記憶の横を、俺は駆け降りていく。


 ある予感があり、俺は正面門ではなく、裏口にあたる北門に走った。


 門番がひとりだが立っている。

 王と俺の偽者が、ここから出ていったなら見ているはずだ。


「今ここに、私が来なかったか?」


 門番の、奇術を見るような不思議そうに見開かれた目だけでも、俺の予感が当たっていることがわかる。


「え、ええ──ついさっき、ここから出ていかれましたよね?」

「そいつがルパ……じゃなくて、そいつは偽者だ! 一緒に王がおられなかったか?」

「偽者!? 王は……ナルス様が見つけたレアな魚釣り放題な釣りスポットへ行くと……ナルス様と、あとフードを被った若い男と3人で出ていかれましたが……」


 なるほど敵は釣りをエサに王を騙したのか。

 意気揚々と外出していく王の姿が目に浮かぶ。


 釣りに行こうとしているつもりかもしれないが、実際に釣られているのは国王本人の方ではないか。


 北門の近くが一般兵たちの詰め所だったのが幸いした。


 俺は、集められるだけ兵士を集め、急いで指示を出す。


「早馬を出して城下町からの出口をすべて封鎖するんだ! 入ってくる者はいい。出ていく者は例外なく足止めすること!」

「はっ!」

「町中を当たって、王を探し出すんだ! 何人かは私に着いてきてくれ!」


 そう言って、走り出した俺の後ろを思ったよりも多い人数の兵士が着いてきた。

 4,5人を引き連れるつもりだったが、なんだかマラソンの先頭集団みたいな人数になっている。


 まあ、それもいいだろう。


 保険を掛けるつもりで城下町を封鎖したが、王が連れていかれた場所には心当たりがある。

 十中八九、そこだろうという予感がしていた。


 王宮の北、貴族らの邸宅が並ぶ地区を越えた先には森がある。

 森の先には天然の要害となる山脈の絶壁がそびえ立つ。


 その麓には、200年前頃にアルデシア王国の城であった旧城跡がある。


 旧城跡の地下。

 歴代のアルデシア国王が葬られている地下墓地(カタコンベ)


 ゲームで、ナルスが国王を殺害するイベントが発生する場所だ。




「そこにいるのは誰だ!」


 地下墓地に足を踏み入れてすぐ、前方に3人分の人影が見えたので俺は呼び掛けた。


 だが返事がない。


 薄暗い地下だ。影の正体を知るには近づく他ない。

 人数は合うが、3つのシルエットのなかには恰幅のいい国王の輪郭は含まれていない。

 追いついたかと、一瞬だけぬか喜びしてしまった。


 それにしても人影は微動だにしない。


「これは──!」


 松明の灯りに照らされて浮かび上がった姿に驚く。


 それは、勇者パーティの面々だった。

 3人が3人とも石化をさせられている。よく石になる連中だ。


 聖騎士のマリーを含む、女武道家と女盗賊の3人。

 勇者自身と、おっさん戦士がここにはいない。


「誰か、石化解除ができる司祭を呼んできてやってくれ」

「わかりました!」


 兵士がひとり、戻っていった。

 石化のちからを持つ敵がいるなら、それを解除できる味方がいたほうがいい。


 俺は、俺の新しい恋の相手である、マリーに目を奪われずにはいられない。


 石になっても彼女は綺麗だ。

 むしろこのまま永遠の美を残すことができるのであれば、彼女の時を静止させて自分のものにしてしまいたいという誘惑にすら駆られる。


 実際に、そうすることはないのだが。


 彼女ら3人が、何者かとの臨戦態勢であったことが残された姿からうかがい知れた。

 俺たちの追う敵とやりあったのだろう。


 この3人だけが別行動ということもないはずだ。

 どうやら勇者たちが、この地下墓地に来ているようだ。


「王が心配だ。先を急ぐぞ!」


 俺たちは、今できる処置もないので、マリーらを置いて先を急ぐ。


 地下墓地の最深部。


 絶えず燃え続ける聖なる炎によって照らされた聖域の灯りが見え始める。

 同時に武器が激しく打ち鳴らされる音がする。


 誰かが戦っている。


 俺たちは、そのまま雪崩れ込むように、聖域に入った。


「!」


 そこにいたのは4人。


 まずは怪我の無さそうな国王の姿に、俺は一安心する。

 そのすぐ近くに、俺の偽者がいる。


 戦っているのは勇者と、その仲間であるはずの戦士だった。

 それが模擬戦などではないことは一目瞭然だ。


 俺たちがその場にたどり着いたのと、決着がついたのはほとんど同時だった。


「勇者ぁ! ────うぐっ!」


 剣を振りかぶる戦士の腕が、振り下ろされるよりも早く、その胴体を勇者の剣が貫いた。

 完全な致命傷だ。


 金属製のプレートメイルがまるで果物の皮でしかないかのように、意図も容易く貫かれている。


 勇者の剣である伝説の武器『ゆうしゃのつるぎ』が、どれだけ凄まじい武器なのかを思い知らされた。


「ぬ──あ──ぐふっ!」


 戦士の全身がちからを失い、その場に倒れる。


 戦いが終わると、その場にいた者たちの視線は闖入(ちんにゅう)してきた俺たちに注がれる。


「国王、ご無事ですか!」

「おお、ナルスか! ──ん、ナルス?」


 王は、俺と横にいる俺の偽者とを見比べる。


「ナルスが二人いる!」


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