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 せっかく前世の記憶を思い出したのだ。

 俺は、21世紀の日本人が持つ、クールジャパ~ンな文化により洗練された感性と、高度に発展した科学文明のもとで培われた知識を大いに投入することで、アルデシア王国を豊かにするために活かそうとしたのである。


 思いつく限り色々やってみた。


 しかしながら、都市機能や衛生面、医療面に関しては魔法を効果的に生活に利用した社会システムが出来上がっていたので、俺の薄っぺらい科学の知識はあまり活躍できる余地がなかった。


 残念だ。


 好評を得たのといえば、日本風のお祭りを開催したのと、そのときにB級グルメをいくつか開発したあたりだろうか。


 アルデシア風やきそばと、アルデシア風フランクフルトは新しい我が国の名物として庶民に親しまれている。


 お祭りはかなり盛り上がったので毎年開催することになった。

 娯楽が少ないせいか、この国の連中はノリがいい。


 俺の考えた、酒のつまみも王宮の兵士たちを中心にウケている。

 今のところ前世から持ち込んで、上手く受け入れられているのはそのあたりだろうか。


 現在進行形で、魔晶石に映像が映せる特性を使って、ゲーム機に似たものを魔導師らに開発してもらっている。

 これについてはどちらかと言えば俺自身の楽しみのためではあるが。


 他にも色々とやっているのだが、経済面で最も大きな効果を上げたのは、予想していなかった意外なところからだった。


 まず物流をもっと盛んにしようとして道を整備した。


 その流れで山を一部崩して新しい道を拓いたのだが、そこから山の向こうに棲息していた、こちらより強力な魔物が流入してくるようになってしまったのである。


 そのうちにもともといた低レベルな魔物はほとんどが駆逐されて、新しくきた強い魔物だらけになってしまった。

 なんだか外来種が入ってきてしまったどこかの国の河川を思い出させる話ではある。


 困ったことになったかと思いきや、そうでもなかった。


 まず、城下町の武具の店で、それまでよりも強い装備が販売されるようになった。

 小回復のみが流通していたポーションも、中回復のものが出回るようになった。

 宿屋の一泊の料金が上がった。


 国の物価が全体的に上がったのである。


 物価の上昇は商店の収入が上がることにつながった。

 レベルの高い魔物を倒すと、その分だけ価値の高い素材が手に入るので、勇者以外の一般の戦士や狩人の収入も上がることになった。


 税収も上がっている。

 その分は、今回の物価上昇では収入が上がっていないような、恩恵を受けずに負担増となっている国民への補償にあてているが。


 国内の巡回任務で遭遇する魔物が強くなったので兵士たちの平均レベルも上昇している。


 基本いいことずくめである。


 だが将来のことを思うと、魔王が退治され世界が平和になったときにむけて、領内に魔物が巣食っている状態を前提にした経済構造に依存することからは脱却しなければならない。


 将来はまだ安泰ではないのだ。


 勇者が国内で活動していると、その経済効果が計り知れないこともわかった。

 いわば勇者特需といったところか。


 やつは金を貯めるという概念が脳内に存在しないらしい。

 特に少しでもいい装備を手にいれるためには出費を惜しまない。


 あと、ちょっとエロい装備とかには目がない。


 試しに、かなり露出度の高いきわどいビキニアーマーを制作させて、それをほとんどぼったくりみたいな価格で城下町の商店に置かせてみたのだが、それを勇者は一目見て悩むことなく嬉々として即決で買って帰ったらしい。


 シリーズ化して、色のバリエーションだけで何パターンか作ってみたのだが、今までのところ勇者は店頭に並ぶや否やゲットしてしまうので全品コンプリートしている。


 まあ指示すれば仲間の女の子が、例えどんなものでも装備してくれるんだから勇者はいいよな。




 ある晩のことだ。


 深夜にその日の業務をなんとかかたちにまとめて、執務室をあとにし寝室に入ると窓が空いていた。


 風にカーテンが揺れている。


 どうやら、ついに来るものが来たことを俺は悟る。


「だれだ?」


 誰何(すいか)する俺に応じて、天蓋つきの寝台の陰から人のかたちをした何者かが姿を見せる。


「落ち着いた反応ね。さすがは噂に聞く切れ者、青年宰相ナルスだわ」

「魔族の女が何の用だ? 呼んだ覚えはないがな」


 女は妖しく笑う。


 蝙蝠のような羽が背中から伸びている以外は人間とさほど違いない姿をしている。

 やや小柄な若い女といったところか。

 いかにもイケイケな感じの、体型を無闇に強調した衣装は、どことなく古くさいような気もした。

 昭和っぽさが漂っている。

 実際、古いゲームの世界のなかではあるのだが。


 とはいっても、この魔族の女が人を誘い堕とす悪魔のごとき魅力を持っていることには変わりない。


 単にフェロモン全開のナイスバデーなお姉さんというのではなく、少女のようなあどけなさを、さりげなく残しながらも、無理をして大人びて見せるために背伸びをしているような印象にドキリとさせられる。

 このあざとさを計算ずくでやっているのだとしたら恐るべし魔族、である。


 ひょっとしたら俺のことを、猛烈に王女ラブな年下好きの男なんだと魔族らに思われているんだとすると、魔族的に俺はロリコンだという認識になっているのかもしれない。


「うふふっ、今夜は、あなたに良い話があってきたのよ」

「話だと」


 こいつの狙いはわかっている。

 ゲームのとおりなら、俺の勇者への憎しみを利用して、魔族に与するように説き伏せて、人間すべてを裏切る間者(スパイ)として使うつもりなのだ。


 とりあえず現在(いま)は丸腰な俺に対して、相手は死神が持っていそうな大きな鎌を抱えている。

 他人の寝室に持ち込むには、なかなか物騒な得物ではないか。


 何か武器がないと、このままでは危うい。


「いいだろう。まずは聞こうか」

「賢明ね。魔王様はあなたをとても評価しているの」

「ほう」

「彼は世界を支配しても人間族をすべて滅ぼすつもりはないの。あなたさえその気なら、人間の王に据えて世界の3分の1を譲ってもいいと、魔王様は仰せよ」

「──なるほど」


 こういう場合、半分をくれるというのが定番だと思っていたが、まさか3分の1とは安く見られたものだ。

 それに大雑把に3分の1といっても、それは単純な面積の話なのか、陸地だけなのか、海も含めた世界全体なのか、農地面積はどのくらい含まれるのかなどで条件は色々変わってくる。


 でもまあ、半分とか言われるよりなんとなく貰えるんじゃないかっていうリアリティはあるかもしれない?


「この私が、人間の王に?」


 興味がある(てい)を装っておく。

 まずは少しでも油断させるところからだ。


「そうよ。権力は好きでしょう?」

「嫌いではないが」

「あら、他にもっと欲しいものがあるのかしら?」

「フッ……それを明かすのは、そちらの欲しがっているものを先に提示してからだな」


 魔族側は、俺が本当に願っているものは王女だと思っているはずだ。

 そしてその見返りにあちらが要求したいものは──


「魔王様は、勇者のことがお嫌いなの。ねえ、あなたもそうではなくって?」

「私が勇者を嫌っていると? まあ、好きではないな」

「殺したいほど憎んでいるのではないのかしら」


 俺が殺さなくても、勇者は勝手に何度でも死んでいるのだが。


 今こうしている間にも、どこかで死にそうになっているのかもしれないし、あるいは報せが遅いだけでもうすでに死んでいることだって有り得る。


「私に、人間の希望である勇者を売れというのか」

「そうよ。でも、ほんとに勇者は、あなたにとっても希望なのかしら。絶望をもたらす災厄なのではなくて?」


 勇者が、俺から最愛の人を奪う憎き相手であることを指摘したいらしい。

 前世の記憶がない、勇者なんて大嫌いだなナルスなら、この程度で簡単に焚き付けられたのだろうが、そうはいかない。


 俺は、悩む素振りをしながら、室内を闊歩(かっぽ)し始めた。


 すでに俺に対する警戒は緩いようだ。

 動いても咎める気はないらしい。


「なるほど……勇者は我々にとっては共通の敵だと──」

「まさにそのとおりね」


 俺は、やっとの思いで寝台の片隅に立つ。


 こういうときに備えて隠しておいた武器のもとに、やっとたどり着いたのだ。


 扱い馴れたレイピアに似た細身の刃を持つ、仕込み杖。

 まともに剣の姿をしたものに接近していたのなら、さすがに止められていただろう。


 さらりと抜き放つと、俺はそれを構えた。


「なっ! どういうつもり?」


 女は本気で驚いた様子だ。

 不意を打つチャンスだったかもしれない。

 もう手遅れだが。


「私が欲しいものを教えてやろう。それは、人々が魔王の恐怖に怯えることなく暮らせる、平和な世界だ!」

「馬鹿め! こんないい条件を蹴るなんて──死んじまえ!」


 俺を本気で殺すつもりで振り回された鎌が襲ってくるが、動きはそこまで速くない。

 難なく受け流した。


 武器さえあれば大した敵ではない。


「何っ? まさか──強い!」

「私は婦女子に甘い。見逃してやるから、魔王に伝えるがいい。美しくて強いナルスは貴様には味方をしないとな!」


 鎌の斬撃が繰り返されるすべてに対応しながら、俺はラスボスになる運命を断ち切った予感にうち震えた。

 魔王の誘いに乗らずに拒否してやったのだ。


 これでまだまだ生きていけそうだ。


「ナルス様、どうかされましたか!」

「入ります!」


 戦闘の音がしたからだろう、近衛兵たちが寝室に乱入してきた。

 ドアを蹴破るのはやめてほしかった。


「こ、これは!」

「おのれ、なにやつ!」

「くせものだー! であえーであえー!」


 俺だけでも勝てそうにないうえに、多勢に無勢とあっては魔族の女にはもうピンチでしかない。

 その顔が憎々しげに歪む。


「愚か者め! いつかあの世で後悔するわよ!」


 捨て台詞を残して、入って来たであろう窓から飛び立っていった。


「待てい!」

「おのれ、逃がしたかっ!」


 近衛兵たちは悔しがる。

 だが俺にしてみれば、あの魔族の女には無事に帰還してもらい、魔王に俺の答えは「ノー」という意思を、しっかりと伝えて貰わなければ困る。


 俺は、夜空の闇に消えた黒い翼に、我が未来を託した。


 これでもう魔王は俺を籠絡しようなどという気にはならないはずである。

 もうちょっと押しを強くしたらいけたかもしれないなどという感触は与えなかったはずだ。


 どう思うかは魔王次第なのだが、そう願いたいものである。




 ある日、俺は恋に落ちた。


 俗にいう、一目惚れというやつだ。

 相手はもちろん王女ではない。


 恋の対象は、勇者パーティにいる女性で、名をマリーという。


 マリーというと、たぶんこのゲームでは、仲間キャラを自動生成したときに出てくる名前のパターンのひとつだったような気もする。


 それは、まあいい。


 マリーはかつて女司祭として勇者パーティの回復役を務めていた。勇者の旅立ちのときからいる古参のメンバーである。

 その頃から知ってはいたが、当時は特に目立たない大人しい女性がいるな程度のイメージだったので、何とも思っていなかった。

 だから厳密には一目惚れとは言えないかもしれない。


 彼女が、回復だけではなく前線でも戦える上位職である聖騎士に転職したのは、ごく最近のことである。


 そんな彼女の新しく変わったビジュアルを見て、すっかり惚れしてしまったのだ。


 モロ好みであった。


 司祭から聖騎士になって、一気にとてつもなく垢抜けた感じがした。

 華やかで綺麗になった。


 夏休みが終わって二学期が始まったらクラスメイトの女子に「あれ? あんな子、いたかな。一学期となんかキャラ違わね?」みたいなのに近いかもしれない。


 髪型も清楚系ストレートだったのが、ゆるふわな可愛い感じに変わった。

 お化粧も変わったと思う。


 ほとんど話をしたことがないので、ほんとに見た目だけで好きになっているのだが、断片的な印象だけでも彼女がいい子なのは間違いがなかった。

 心の汚ない人はたぶん、まず聖騎士になれないだろう。


 そうそう会えない立場なのが残念だ。


 しかし、漠然とラスボスになる運命を回避して、ただ生き残りたいと考えていた俺の心に、新しい希望の芽が出てきたのだ。


 魔王が倒され世界が平和になれば、勇者と王女はめでたくハッピーエンドを迎える予測だし、勇者パーティも解散となるだろう。

 彼女と深く知り合えるようになるかもしれない。

 そのときは俺が使える富と権力をフル活用しようと思う。


 生きる目的ができたのである。




 だが、そんな新しい恋に俺が浮かれている矢先、事件は起きた。


 王女が誘拐されたのだ。


 本来のゲームストーリーなら、ナルスが手引きをすることによって厳重な警戒のもと警護されていた王女が、巧妙な手口により誘拐されるのである。

 しかし、この今回の事件には俺は関わっていない。


 それでもゲームと同じように、王女誘拐が実行されたのだ。


 これは俺ではない誰かが裏切り者として魔王に操られているということを物語っている。


 そして、ゲームのとおりなら、王女誘拐の次にナルスが起こす事件がその裏切り者によって行われてしまう可能性が高い。


 その事件とは王宮内での、最高権力者の暗殺。

 アルデシア国王暗殺なのだ。


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