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 俺は、マッピング担当を呼び寄せると作成中のダンジョン地図を確認する。


 羊皮紙に丁寧に描かれた地図。

 複雑に入り組んだ通路は、まさに迷路のようだ。

 これを攻略と同時に作成していることで、もしも再度このダンジョンに潜ることになったとしても、初回よりは何倍も容易に前進することが可能である。


「よし、この三叉路まで戻ろう」


 俺は、地図の上の一点を指差して宣言した。


 俺が決定した事柄には全員が従う。

 これからやろうとしていることに何か考えがあることは俺が出している雰囲気で伝わっているようで、特に不平不満の(たぐ)いを洩らすやつも今はいない。


 そうして、来た道を三叉路まで後退すると、その交差点から我々の姿がが見えなくなるところにまで更に戻った。


「ここで全員待機だ。そうだな、二人……お前と……お前。ついてきてくれ」

「はいっ」

「うーいっ」


 俺は、適当に選んだ二人の兵士を連れて、三叉路のもうひとつの道、地図のとおりなら、しばらくして行き止まりになっているはずの道を進む。


 すると当たり前のように行き止まりに出くわす。


 目の前に立ちふさがる物言わぬ壁。

 途中、隠し通路がありそうな怪しい箇所などもなかった。

 見事なまでに、ただの行き止まりである。


 RPGなんだから、このあたりで宝箱のひとつでもあってよさそうなものだが。

 あるいはもう勇者たちが回収してしまったのか。


 まあいい。


 俺の目的に即したロケーションには違いないのだから。


「ていっ!」


 俺は、行き止まりの壁にむけて、例のビンを力一杯(ちからいっぱい)投げつけた。


「ええっ!」

「なにすんですかい!」


 説明なしの行動に兵士二人から驚きの声が上がる。


 壁との衝突で粉々にビンが割れて、中の液体があたりにぶちまけられた。

 こういう八つ当たりみたいなのを思いっきりやるのは、ちょっとストレス解消にいいと思った。


 本来なら数滴ずつ垂らして使うものの中身が、一度に外に解放さるたことにより、このダンジョンという密閉空間のなかを隅々まで満たすように物凄い匂いが立ち込めていく。


 擬音で表現するなら、モワ~ンである。


「うわっ、くっさー!」

「へぇーっ、ぬわんだよこれ、鼻が曲がるぅ」


 兵士らは、鼻を摘まんだり、咳き込んだりしている。

 刺激の強い独特の匂いではあるが、そこまで嫌がるほど酷くもないと思うのだが……


 もしかすると俺は、一般的な人間よりも魔物との相性がいいのかもしれない。

 あまり認めたくはないことだが。


「もう一本、いっとこう!」


 なんだか、もの足りない気もしたので、もう一本を壁にぶちまけた。

 今度はアンダースローで。


「よし他の連中と合流するぞ! この匂いで、こっちには魔物が来るだろうから急いだ方がいい!」


 俺が言うや、二人はもうここにいたくない気持ちが最高潮に達していたのだろう。

 俺を置き去りにする勢いで一目散に走り出していった。


「おいおい……」


 仕方なしに後を追う。


 仲間のところに戻ると、こっちでも何人かは鼻を摘まんでいた。

 匂いはダンジョン中に拡散する勢いのようだ。


 効力の範囲は心配していたのだか杞憂(きゆう)に終わった。


「念のため背後から敵が来ないか注意しておいてくれ」

「はっ」


 俺は命令を下しておいて、自分は物陰から三叉路を観察する。


 匂いに釣られて敵はその発生地点に呼び寄せられるはずだ。

 そうして魔物をなるべくだけ袋小路に集めておいて、その隙に先に進むのが作戦である。


 うまくすれば戦闘を劇的に回避できると思うのだが。


「来たぞ」


 長く待つこともなく魔物が姿を見せ、続々と三叉路を通っていく。

 思った以上に効果覿面(こうかてきめん)で、エグい頭数の魔物が横切っていく様子が見られた。


 延々と、行列をなして流れていく魔物の群れ。

 魔物の通勤ラッシュアワーみたいな状態だ。


 しだいに、このままいくと行き止まりまでの通路のキャパシティが足りないのではないかと心配になるくらいだったが、そこはなんとか、三叉路にまで魔物が溢れるには至らなかった。


「行ったみたいだな」

「こうして見ると、えらい数がいるもんですね」


 あの集団では、行き止まりから戻ろうとする連中と、とりあえず匂いの元に行きたい連中とがぶつかり合って大混乱なのでないかと想像がつく。


「先に進むぞ」


 何か、通路を崩落させて塞いでしまう手段があればよかったのだが生憎(あいにく)持ち合わせがない。


 それでも、香水のこの使い方ができたことで大幅にこの先のダンジョン攻略は楽になったのである。

 前半で苦労しただけに、大加速した気分だった。


 やがて深部へと進んだ俺たちが、ようやく目的の勇者の死体を発見したのはダンジョンも最後の最後、ボスのフロアでのことだった。


 勇者は石化していた。

 コカト・リリスにやられたらしい。




「どうやら石化解除の魔法が使える女司祭が倒れたあたりが全滅に繋がったみたいですね」


 兵士の一人が、大量殺人事件の犯行現場を捜査する刑事のように勇者パーティの死体を調べながら言う。


 勇者ら5人は、2名が戦闘によるダメージで死亡、3名が石化により行動不能に陥っていた。

 魔法がなくてもアイテムでの石化解除は可能なわけで、いつもどおりの準備不足か、引き際の悪さが全滅の原因だ。


 ボスのフロアまでたどり着いた以上、退くに退けない気持ちはわからなくもないが。


「はあ……」


 思わず溜め息が出る。


「石の塊を持ち帰ると思うと、うんざりするな」

「そうですけど、今回は死体がまとまってくれて良かったですよ。石になって更にバラバラに砕けたりとかしてたら、そのへんの砂も全部かき集めないといけなかったですからね」

「それ最悪だな……」


 兵士たちは馴れた手つきで組立式の棺を用意しはじめている。


 俺は、なぜか自信ありげな顔で石になっている勇者を眺めた。

 自分には石化なんて効かないぜ、みたいな顔に見えなくもない。

 結果はこの様だが。


 根拠のない自信に満ちあふれた顔を見ていると悪戯のひとつもしたくなる。


「髪の毛の部分だけ削ってやろうか?」

「ははは、ご冗談を」

「ツルツルに頭を丸くして磨いておいてやろうか?」

「やめてくださいや、そんな勇者、眩しくて見てられませんわ」


 そんなことを言っているあいだにも、仲間はてきぱきと片付けを進める。

 勇者たちを回収すれば、あとは撤収するだけである。


 仕事の終わりが見えたせいか、兵士らの表情も少し明るい。


 同じフロアの奥にボスが鎮座していて、こちらを睨み付けているのだが構うことはない。

 こちらから話し掛けない限り、襲ってこないあたりは律儀なものである。


 あれこそが、魔軍四天王の一角である剛魔獣将軍だ。


 獰猛な猪の額から一本の太い角を生やしたような野獣の頭部に、鋼鉄の合板鎧に全身を包まれた巨大な体躯。

 腕にした広刃の戦斧は、そのひろい刃の上で大人ひとりが座ってくつろげそうな面積がありそうに見えるほど巨大だ。


 ときおり唸り声を出して、こちらを威嚇してはいるが、持ち場を動かないのを察しているのであまり怖くない。


 あれを相手にするのは勇者の大事な役目だ。

 わざわざこの場で戦って、他人の仕事を横から奪うような無粋な真似はしない。


 王宮に帰るための余力を残すことを度外視して挑めば、なんとか倒せそうな気もするが、試してみようとも思わない。


「ナルス様、戦士の腕が棺に収まりません!」

「なんだと?」


 見ると確かに、戦士は石化のタイミングで腕を振り上げた姿をしていたらしく棺の上蓋が閉じきらずに、右手の先だけがはみだしてしまっている。

 ちょっとホラーな感じだ。


 手にしていた武器は何故か石化を免れたようで、棺の横に一振りのバスタードソードが転がっていた。

 剣を引き抜いたためだろう。戦士の右手は剣を握っていたスペースが空洞になっている。


 俺は、昔遊んだロボの玩具を思い出した。

 武器を持たせるように穴が空いていた握り手パーツとよく似ている。


「邪魔だし切り取ってしまいましょうか?」


 兵士のひとりが平然と残酷なことを言い出した。


「駄目だ。それだと蘇生のときに教会から請求される金額が跳ね上がってしまう。おそらく棺を加工したほうがコスト安になるから、腕のところだけ棺の蓋を切り取ってしまえばいい」

「わっかりましたっ!」


 蓋に穴を空ける作業が終わる頃には、撤収する準備もすべて整っていた。


「よし帰るぞ!」

「おう!」

「撤収だー」

「ずらかれーずらかれー」


 俺たちは、意気揚々とダンジョンを後にするのだった。


 ボスのフロアを出るとき、一瞬だけ四天王のことを見たが、どことなく寂しそうな目をしていたのが印象的だった。

 再び勇者がやって来るまでは、ああして永遠に待っているのだと思うと、少しばかり不憫ではある。




 帰り道は、来たときよりも重くなったので1日多く、行軍には6日を要したのだった。


 遠征隊は王宮に帰還次第、解散となり束の間の休息が与えられた。


 しかし俺には、勇者が生き返ってまた冒険に旅立つくだりに立ち会う必要があった。

 それぞれが所定の位置につくと大司教が勇者に蘇生魔法をかける。


 復活する勇者たち。


 そして、国王が寝ぼけ(まなこ)の勇者に対して、堂々とカンペを読むのであった。


「勇者よ、今はまだ次代に譲って眠るには早いときである! ふたたび冒険に挑む機会を与えるゆえ、決意を新たに旅立つがいい!」


 王は、台詞を読むとき眩しいくらいのドヤ顔をする。


「──ああ、死んでたのか、俺」


 勇者は、やや間を置いてから状況を把握したらしい。

 彼の仲間たちもたった今、覚醒したばかりなので揃ってボーッとしている。

 こんなやつらに任せて大丈夫なのか。世界は。


「いつもありがとうございます。また、がんばります。では、いってきます」


 目を擦りながら勇者は眠そうに、謁見の間を去っていった。

 ぞろぞろと、その後ろをついていく仲間たち。


 俺は、そんな彼らの背中に、あまり期待を込めてはいないものの、心の叫びを投げ掛けるのだった。


 もう二度と死ぬんじゃないぞ!



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