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 ダンジョンに足を踏み入れてすぐに、最初の犠牲者を出してしまった。


 通路いっぱいの巨大な丸い岩が坂道を転がり落ちてくるという、古典的にして初歩的なトラップで1名が潰されてしまったのだ。

 5人用のダンジョンを17人で攻略している弊害が出てしまった。

 人が多過ぎて逃げ場をなくしてしまったのである。


 最初の階層で犠牲者を出してしまうなんて縁起が悪い。


 ちゃんと験を担いで左足からダンジョンに入るとか、そのあたりも気をつけていたというのに。

 今日のラッキーカラー緑色の装備も身につけていたのだが。


 それでも圧死した兵士が、もたもたして逃げ損なっていた3人の新人たちのことを庇って身代わりになったのは立派だと誉めてやりたいところだ。


 あとで蘇生できるとはいっても、新人である彼らが、はじめてのダンジョンで出鼻から死んでいては後々に影響するトラウマになっていたかもしれなかった。

 ゲームの中でのこととはいえ、人には人の心がある。

 こういうことから悪い流れに乗り、夢をもって志願してきた若い兵士が心を折られて田舎に帰っていくこともある。

 いまどきの若者の繊細さはこの世界もあまり変わらないのだ。


 俺たちは協力して岩を安全な位置に逃がした。

 それがあった場所の下で、無惨な死体となっている勇敢な男の姿に心が痛む。


 以前に、勇者パーティが壁が左右から迫ってきて挟み込んで押し潰そうとしてくる、あのトラップによって全滅したのを救助した記憶がフラッシュバックする。

 あの手の罠が有効に機能した事例にまず驚かされるところだが、あのときにはトラップを開かせるスイッチが見つからなくて難儀したのだった。


 最終的にはツルハシで掘削して、汗と根性をフルに使い、勇者パーティ全員の死体を発掘したのだ。

 たしか、総作業時間で2週間くらい掛かったか?

 もう再びはやりたくないものだが。


「オジロ司祭、蘇生魔法をお願いいたします」

「ほいきた、まかせときんしゃい」


 司祭が呪文を唱えると、薄暗い通路は聖なる光に暖かく満たされた。


 ペシャンコになっていた兵士の体が、空気を吹き込まれた浮き輪のように膨らむ。

 砕かれた骨が繋がり、肌に生気と血色が戻っていく。

 転生者の感覚として、こうも身近にこんな奇跡が起こせるということを、現実に目の当たりにさせられることで素直に驚いている自分がいる。


 魔法の光が収束すると、そこにはトラップに遭う前と何ら変わらない姿に戻った兵士がいた。


「お、俺は……一度死んだのか?」


 地面に、四肢を伸ばして倒れていた自分の全身の跡が、くっきりと掘ったように残っているのを見ながら彼は呟いた。


 オジロ司祭が、そんな彼の背中を痩せた腕で叩く。


「こんでもう、大丈夫そうじゃの──うっ! ゴフォ、ゴフ、ゲフ!」


 叩いた反動で、むしろ自分のほうにダメージがあったのだろう。

 司祭は激しく咳き込む。

 どう見てもこの人の方が大丈夫ではない。


 俺たちはオジロ司祭を休ませるための小休止のち、気を取りなおして奥を目指すのだった。




 ダンジョンに棲む魔物を蹴散らしながら、より深くへ進む。


 愛剣であるレイピアが、魔物特有の黒くて粘りのある、いかにも悪そうな血に汚れるのは嫌なものだ。


 俺は、敵を一匹ずつ屠るたびに刃を振り穢れを払う。

 だがときには、そんな暇すら与えずに次の敵が俺に迫り来た。


 勝てるわけがない俺に、何の躊躇もなく襲ってくる敵の単細胞ぶりに少し苛立ちを覚える。

 一方的に敵を処理していく戦いをしながら俺は、頭のなかで『◯れんぼう◯軍』のテーマを流しながら気を紛らわしていた。


 同時に魔物と戦闘できるのは最大で6人が限界だ。

 ダンジョンの通路幅のせいで全員で敵をボコるというワケにはいかない。


 俺は最初から前線に立ちっぱなしだ。


 俺くらいしか、このダンジョンの魔物に、まともにダメージを与えられる攻撃力がないのである。

 兵士のなかではレベルが高い2名が、ギリギリ戦えなくもないのだが、その他の兵士たちは彼らの装備する『ふつうのてつのヤリ』では、かすり傷らしき何かを与えるくらいで精一杯だ。


 自然と、戦える3人がずっと攻撃を担当し、残りの戦闘に参加している3人は攻撃担当を『かばう』ことで盾になり、そのうちにダメージが蓄積すると他の者と交代するというルーチンが組まれることになった。


 俺は、こんな肉体労働をするカテゴリのキャラではないと思うのだが。


「しかし、このダンジョンは魔物が多すぎるぞ」

「そうですね。なんだか不自然なくらいですな」

「まあおかげで我々3人だけはレベルが上がりましたけどね。また、他の連中と差がついてしまいましたが」


 攻撃担当の3人は次第に愚痴を共有するようになっている。


 それにしても、やっとダンジョンの(なか)ばあたりまで来ているところだが、予定よりも味方への損害が大きくなっていた。


 司祭の蘇生魔法にも限りがある。

 攻撃担当が倒れた場合に備えるために、すでに死体となった仲間を2人、生き返らせずに組立式の棺に収め引っ張っている。

 このままだと、また棺の数は増えることになるだろう。


 死んでいる者は帰還してからの蘇生になるから、起きた頃にはすべてが終わっていることになるが、大変なのは重い棺を引かされる者たちではある。

 変な話、死んだほうが楽な現場という表現ができるわけで、なかなかブラックなお仕事と言えるかもしれない。


 すでに重軽傷あわせて負傷者も多く、帰り道に残すべき余力のことも思うと、撤退も視野に入り始めていた。


 指揮官には逃げる勇気が必要なときもある。

 そして決断するのは俺なのだ。


「ちゃんと、魔物が嫌う匂いを放つ聖なる香水も撒きながら進んでるんですけどね~」


 何気無く誰かが言った言葉に、ピンとくるものがあった。


 あまりに不自然な遭遇(エンカウント)率の高さには、何か理由があるような気はしていたのだ。


「ちょっとそれを貸してみろ」

「こいつですか?」


 俺は、香水のビンを受けとると、そっと鼻をよせる。


「こいつは────」

「なんすか? こいつが、どうかしやしたか?」

「──これは魔物が嫌うのと違って、むしろ好む匂いなのではないか?」

「まさかそんなはずは……っていうか、なんでそんなことわかるんです」


 俺は「あなたまさか魔物ですか」などと失礼なことを言っているやつを無視して歩き出すと、ビンを手にしたまま、隊列の中央やや後ろよりの安全な位置に待機しているオジロ司祭のところに行った。


「司祭、このビンから出ている匂いの属性は『光』ですか『闇』ですか?」

「……? どちらかも何も、ワシには、闇の属性を持つ塵のようなもんがうなるように溢れ出ておるのが見えるのう。なんじゃい、その禍々しいもんは」


 司祭は垂れ下がった眉毛の下に隠れていた両目を見開かせて、信じがたいものを見るようにしている。

 彼ならば他の者には見えない、物体に宿る聖なるちからと悪しきちからを見分けることができるのだ。


 やはりそうか。


 どうりで魔物が予想を上回って襲いくるわけである。

 こちらで呼び寄せていたのだから当然だった。


 俺は、とりあえずビンの栓を硬く閉じる。


「これでひとまずよしと。同じものが他にもあるのか?」


 確かめると、魔物が大好きな匂いを放つ香水はまだ6本もあり、中身はすべて同じものだということだった。


「しかし、このビンの色とラベルは間違いなく、魔物が嫌って近寄らないほうの匂いの出る香水のものですぜ」

「つーことは、うちの発注担当じゃなくて業者のミスってことかよ、ありえねー」


 兵士らが言うように、確かにビンのパッケージ自体は、巷にありふれている『まものよけのせいなるみず』のものではある。

 ラベルの裏には「※のみものではありません」の注意書きもある。


 それにしても効果が正反対過ぎるが。


「でも、うちにこれを卸してるっていうと……」

「あのお嬢ちゃんか!」

「ああ、あの子ならやりかねん。錬金術師としては凄腕なんだけど、飛び抜けたドジっ子だからなあ」


 兵士たちが言うには、この香水をやらかしてくれた業者というのは、王国の森の片隅にある小さなアトリエにひとりで住んでいる、錬金術師の少女なのだそうだ。

 立派な錬金術師になるために頑張る、天然キャラだけど可愛い女の子だということらしい。

 どこかで聞いたことのある話のような気もするが……。


 兵士らのなかにファンが多いらしく、あの子のことを責めないようにと懇願されたが、そのあたりはまだ今は考えるときではない。


「何しろ気づいてよかったし、これを使ったのがそこらの行商人とかではなくて我々だったのが良かったと思うことにしよう」


 仮に、これが俺たちでなければ大変な惨事になってしまっていたかもしれない。

 特に、街道を往来する戦闘力の低い一般人らが誤ってこれで魔物を呼び寄せていたとしたら全滅を免れなかっただろう。


 普通にそう思っていったのだが、兵士たちには変な顔をされた。


「ナルス様、最近なんだか丸くなりましたよね」

「何だと? 私は昔と変わらず美しいままだ。太ってなどおらん。丸いとはなんだ、ゆるキャラか、俺は! 何だったら見るか? 惚れてしまうぞ!」

「あーあ、いいです。脱がなくていいです。それに、そういう意味じゃ……まあ、いいですけどね……」


 兵士が言いたいことの意味はわかっている。


 俺にも、俺が以前のナルスとは別の人柄になってしまっているという自覚はある。

 前世の記憶が甘い角砂糖のような効果を出して、もともとのビターでブラックな苦々(にがにが)の珈琲のようであったナルスの悪役な性格を、かなりとろけるマイルドに仕上げているのである。


 とはいえ、兵士たちには厳しくするべきところは厳しくして、なめられないようにしないといけない。


 俺は、俺の美しいボディーを拝めるという滅多にない大チャンスをおあずけにしてやることにした。


「中身がわかれば別の使い道もあるな」


 俺は『まものよけのせいなるみず』のビンを握り呟いた。

 これを上手く使えば、諦めざるを得なかったかもしれない、今回でのダンジョン攻略を成功させられる可能性があるのだ。


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