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「またかっ!」


 俺は思わず声を荒らげてしまった。

 だが叫びたくもなる。


「勇者め、今月に入ってからこれで何度目だと思っているんだ?」

「……4度目になりますね」


 近衛兵は至って冷静に応える。


 ちなみにこの世界での1ヶ月は毎月30日きっかり。

 1年が360日になる。

 今は、第6の月にあたる、翼竜月の第16日目だ。


 勇者(あいつ)は最近、4日に1度のハイペースで死んでいるのか。

 そう考えると呆れてしまう。


 このゲームは死にゲーではない。

 死んで攻略法を見つけながら進むタイプのアクションゲームではないのだが。


「まったく、なぜあいつはレベル上げをしないまま先に進みたがるんだ!」

「そのあたりは私にはわかりませんので、今度、勇者に聞いてみてはどうです」

「そうだな。で、今回はどこで死んでいるんだ?」

「はい、それなのですが────」


 近衛兵はまたも言い難そうにする。

 彼が、例え言いたくないのだとしても、俺はそれを聞き出さなければならない。


 それには理由がある。


 この世界では勇者が死ぬと、ゲーム上では「ぜんめつしてしまった」のメッセージが出ながら画面が1度ブラックアウトして、次の瞬間には、この王宮の謁見の間に引き戻される。

 そこから再スタートすることになるのだ。


 だが()られた勇者の死体が自動的に強制送還されて戻ってくるわけではない。


 誰かが行ってわざわざ死体を回収するのである。

 勇者が死んでいるあいだに、あいつの知らないところで働いている誰かがいるのだ。


 そして、その誰かとは、俺のことなのだ。


 勇者が世界のどこかで死ぬたびに、俺が毎回その現場に行って棺に収めて王宮に連れてきている。

 なにしろ勇者が死ぬような場所なので危険も多い。

 だからこそ、こうも高い頻度で死なれては怒りたくもなる。


 そのせいで俺はだいぶ鍛えられているわけだけれど。


 あの勇者はゲーム主人公としては、攻略の不味さもさることながら、基本的なことからして疎かにしがちでダメダメな部類に入る。


 俺は、あいつに話しかけられる度に、セーブはこまめにやっておくようにということだけを口が酸っぱくなる程に訴えているのだが、それすら怠っている始末だ。

 慎重さを欠く無謀と、危険をかえりみない勇気とは別物だということがわからないのだろう。


「それで、あの馬鹿の死体はどこにあるんだ。怒らないから言ってみ?」

「ええ……北西のダンジョンです」

「剛魔獣将軍の住み処だと!」


 俺は、再び叫ぶ。

 勇者が目の前にいたら、すぐさま張り倒していたかもしれない。


「怒らないって言ったのに……」


 近衛兵が小声で俺を非難しているが、知ったことではない。


 剛魔獣将軍といえば魔軍四天王のなかに含まれる強敵ではないか。

 ゲームでも、あれとの戦闘は過酷なもので、やっと勝てたときには「こんなに強いやつが、まだ他に3人もいるのか……?」と思ったものだった。


 実際には、まともに戦闘する四天王は剛魔獣将軍だけだったりするのだが。


 魔軍四天王の、ちょっとお色気おネエさんキャラ属性がついている幻魔堕天使は「敵かしら? それとも味方かしら?」というスタンスで出てきて、結局はがっつり味方だった。


 もう1人である、死魔霊博士は自身が復活させた超巨大な古代兵器大魔獣に踏み潰されて息絶えた。

 古代兵器大魔獣は勇者が体の中に乗り込んで停止させられるんだったな。


 最後の黒鉄仮面卿は一応、戦闘には入るのだが、これが強制敗北イベントで、勇者これまでか!という場面からの流れで、実は黒鉄仮面卿は勇者の生き別れのお兄さんだったという衝撃の事実が発覚するんだった。

 たしか思い出のふたりのお揃いペンダントがキラ~ンで、封じられていた兄の記憶が解放されるんだったか。


 キラ~ン!


「それは──まさか、兄さん?」

「なん……だと! うおお──頭がっ!」

「しっかりしてくれ、兄さん!」

「……む……お……お、お前は……弟なのか?」

「兄さーん!」


 懐かしいな。

 でも、兄さんはわりとすぐ勇者を庇って死んじゃうんだっけ?


 今のこの世界ではなんとかしてやれるかもしれない。

 近いうちにそれとなく教えてやろうか。


 だが今はまずダンジョンで死んでしまっている勇者一行の回収を考えなければ。


 今回はまた特に、今月に入ってからの前3回に比べても随分と遠いところでお亡くなりになってくれたものだ。

 しっかりした準備を整えてかかる必要のある、長く険しい旅路になりそうである。


「王には、このことは?」

「伝わっています。ナルス様には、よきに計らうようにとのことでした」


 いつもながら気楽なものだ。


「作戦会議をする。遠征の兵士たちに召集をかけてくれ。私もすぐに仕度をして行く」

「はっ!」


 近衛兵は一礼して去っていった。


 残された俺は、壁に掛けてあった我が愛用のレイピアを手に取る。

 美しい俺に似合う、美しい武器だ。


 装飾の華麗さゆえに儀礼用の宝剣かと思われてしまいそうな代物だが、ちゃんと実用に耐える鍛え上げられた名剣である。


 この世界での強い武器トップ10くらいには入るだろう。

 金のちからにモノを言わせて手に入れた。

 しかし、例の使えない釣竿のことを思えば正しい金の使い方だとは言えるよな。


 鞘から抜けば、ミスリル銀のもつ独特の輝きが目を奪う。

 すべての熱を奪い凍らせてしまいそうなほどに冷たい光。

 鋭利な切っ先は、あらゆる肉を骨を貫き、あるいは鋼の甲冑ですらその尖端が突き抜けることを阻めはしないだろう。


 俺は、刃こぼれひとつない細剣に満足し、鞘に収め腰に吊るした。


 作戦会議に向かおう。

 俺のことを仲間たちが待っているはずだ。




「今回は、ベテランを12名、新人は3名を連れていく」


 宣言する俺の前には計15名になる王国の兵士らが揃っている。

 何人かは勇者の死体回収では何度も仕事をしている顔なじみだ。

 月に4度目ともなれば、それも当然だが。


 連れていく人数は多ければそれだけ糧食の確保などで費用がかさむし、少なければ当たり前だが戦力が不足する。


 ダンジョンの攻略難度からいって、この人数ならなんとかなるだろうというのが、俺の計算だ。

 諸費用には死亡時に勇者が持っていた所持金の半分を徴収することになっていて、その金があてられるのだが、今回はまた特に、あまり期待できない。

 基本、赤字前提の事業なのだ。

 国庫からの出費はなるべく抑えたいものである。


「新人の3人は、ただ後ろにしっかりついてくるだけでいい。帰ってくる頃にはレベルも5つ6つ上がっているだろう」


 将来に向けて若手を育成しておくのも大切なことだ。


 新人たちは会議に出ること自体がはじめてで神妙な顔つきで全身を固くしている。

 見た感じ半分はまだ子供のようなあどけなさが3人ともに残っていた。

 まあ勇者とて少年なのだが。


 場合によっては彼らにも盾になってもらわなければならないかもしれない。


 どれだけ犠牲が出ても、最終的に誰かが他の全員の体を持ち帰りさえすれば蘇生できる。

 とにかく行方不明にだけはならないのが、俺たちが守るべき鉄則だとは言える。

 奈落の底にピューとか落ちるのは最悪なパターンだ。

 ミイラ取りがミイラになるみたいなことになってしまう。


「ダンジョン内で遭遇する魔物は5種類だ」


 俺は、壁に貼り出した図を示す。

 わかりやすく誰かが絵で魔物の特徴を描いてくれているのだが、なんだか絵柄が渋い感じで妙にシュールなことになっている。

 魔物の絵なのに、どことなく妖怪絵巻みたいな印象なのだ。


 だがせっかく描いてくれたのだから、使わないとバチがあたる。


「特に危険なのはこいつ、コカト・リリスだ」


 コカトリスではなく、コカト・リリス。

 ニワトリのコスプレをしている、ちょっとエロいおネエさんみたいな見た目の魔物である。巨乳である。


 この世界には、お色気っぽい魔物が多いのだ。

 それを思うと魔族側に加担するのも、なかなか捨てがたいようでもある。

 ラスボスにはなりたくないが。


「こいつには石化の能力があるから気をつけること」

「でも、どう気をつけるんです?」


 兵士たちは口々に「こえー」とか「やべー」みたいたことを口走っている。

 貴族階級の出身者で占められている近衛兵たちと違い、俺がこれから連れていこうとしている一般兵士たちは生まれも様々だ。

 なかにはガラの悪いやつらも混じっている。


「大丈夫だ。石化を無効化する魔法の指輪が支給されている」

「そりゃ助かった」

「でも、合計で7つしかないので全員分は足りない。前線に立つときに、ちゃんと後ろに下がるやつから受け取って装備するようにしろよ」


 誰かが「けちくせー」などと言っているが、これは金の問題ではなく、現在、市場に出回っている量が少なくて単純に手に入らなかったのだ。


「そういえば、教会のほうはどうなった? 誰か司祭をまわしてもらえるように頼んだんだろう」


 俺は、一番前にいた最も年長のベテラン兵士に訊いた。


 司祭が参加するかはかなり重要な要素だ。

 回復魔法、蘇生魔法があれば仕事はかなり楽になる。


 逆にいないとなると、持っていくべきポーションの量も変わってきてしまう。

 ポーションは分厚いビンに入っているので大量に持っていくとなると相当な重量になってしまう。

 勇者の持っている無限収納カバンがあれば楽なんだが。


「それなんですがね」

「まさか来ないのか?」

「いや実は、現役バリバリの人らは手が離せないってことで、オジロ司祭なら派遣できるってことでした」


 オジロ司祭といえば、だいぶヨボヨボの爺さんではあるが、蘇生魔法も使いこなす高レベルの司祭だ。


「そうか、なら良かった」

「しかしあの爺さんじゃ、俺らを生き返らせるより前に自分の寿命が尽きたりしないかと心配ですけどね」


 兵士は軽口のつもりで言ったのかもしれないが、確かにその懸念は否めない。

 なるべく老人を(いたわ)って進むことにしよう。


 ちなみに寿命が尽きた場合の死は、蘇生魔法では復活することはない。

 もし可能なら今ごろ、この世界は死ぬことのない人間で溢れかえっていたかもしれない。

 しかもそれは、殆どが老人だらけということになるだろう。


 たぶん教会には幾らかまとまった寄付のひとつもしてやれば、もっと若手でイケイケな司祭を寄越してくれるんだとは思う。


 しかし俺には勇者のために無駄な出費をしてやる気は更々ない。


 体は張っても金は出さないのが、この仕事に対する俺の方針であり守るべき意地でもあるのだ。


 兵士15名に、俺とオジロ司祭を合わせて、合計17名。


 これが死せる勇者を救出にむかう旅の仲間だ。




 出発のとき。


 中庭に集合し準備を整えている我々の前に、王女が現れた。

 なんでも見送りをしたいらしい。


 今までは、そんなことをしたことがなかったというのに、いったいどういう風の吹き回しだろうか。


 彼女の勇者への想いがそれだけ募り肥大化しているということだろう。

 そう考えれば納得できる。

 心配しなくても遅かれ早かれ俺が勇者を救い出す。

 勇者のように無理押しをしたりはしないのが俺だから。


「また必ず、無事に帰ってきてね」


 憂いを込めた声に、俺の胸は締め付けられる。

 儚くも細いその身体を抱き締めてしまいたい衝動が俺を狂わせようとする。


 俺は、自分の体に(くさび)を打つ気分で、その場に片膝をつく。


「勇者を、貴女のもとに必ず連れ戻してみせます。我々が出払っているあいだは城内が手薄になります。あまり出歩かれませぬように……」


 特に、俺がいないことは実は王宮内の戦力を大幅ダウンさせる。

 これは誇張ではなく客観的事実だ。


「ええ。気をつけます。今、お菓子作りにハマっているの。だからそんなにお外にはでないと思うわ」

「そうなさいませ。貴女の手作りお菓子であれば、勇者も喜んで食べるでしょうね」


 俺の言葉に無言で微笑んだ彼女の顔は、なぜだかとてもさびしげに見えた。

 なぜそんな顔をするのか。


 中庭を去るまで、彼女はずっと心配そうに我々を見送った。


 誰か、噂好きの侍女あたりから、勇者が危険なダンジョンで死んでしまっていることを教えられて過剰な心配をしてしまっているのかもしれない。

 だとすれば無事にやつを回収してみせることだけが唯一の処方箋だ。


 あるいは勇者ではなく、俺のことを心配しているのだろうか?

 彼女が、俺のことを思ってくれているとしたら──


 自分のなかで存在感を増す勇者と、かつての婚約者である俺のあいだで、その心は今揺れているのかもしれない。


 だとしたら、何だというのか。


 いずれは勇者に向かう気持ちの半分が、俺のもとにまだ残っているとしてどうすればいいのだ。


 それにそんなのは身勝手な思い込みに過ぎないかもしれない。


 俺は、迷いを振り切るように王宮の外に出たあとは、ただ前だけを睨み、後ろを振り向くことなく進むのだった。




 勇者は、王宮を訪れた後、すぐに転移魔法で北西の村に飛んだ。


 その翌日、ダンジョンに潜り死亡したのだ。


 俺たちには転移魔法なんて便利な移動手段はない。

 基本、徒歩である。俺ですらも。


 荷馬車にひとり人間が乗れるのだが、そこはオジロ司祭のためにあるようなものだ。

 交通機関にあった優先席みたいなもんだな。


 街道を北に進み、やがて河に突き当たるとそこからは西に。

 勇者たちが魔法でビュンと飛んだ村まで5日かかった。


 陽も暮れる頃に村に着く。

 村の宿には全員泊まれないので、結局は野営することになる。

 司祭だけは村のベッドで寝てもらった。

 なんとかここまではまだ御存命だ。


 人は永遠に生きられないのはわかっているとはいえ、帰るまでは生きていてもらいたい。


 死体を探す旅の途中で死ぬなんて、なんだか悲劇ではないか。




 翌朝。


 俺たちは村を発ち、正午前には目的地の入り口にたどり着いた。


 地下に深く、何層にも重なり複雑に入り組んだ構造をもつダンジョン。

 魔軍四天王の住み処だ。


 暗闇のはじまりが生命を食らう魔獣の(あぎと)のように開け放たれ、その深淵の先にどんな危険が待ち受けているのかはまだわからない────。


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