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「クククッ」


 俺は誰も居ない室内で、ひとり笑う。


 俺の執務室には壁面に大きな姿見が備え付けられている。

 縁に豪華な黄金と宝石の装飾がしつらえてある、職人の手による逸品だ。


 この世界で鏡といえば貴重品である。

 特に人間をまるごとひとりの姿を収められる大きさとなると、なかなかレアなアイテムなのだ。


 たまに、トレーディングカードのランク付けでレアが連発され過ぎた結果、かえってノーマルのカードのほうが珍しいなんて本末転倒な場合もあったりする気がするが、これはそういうレアではない。


 本気で珍しいわけで、それなりの地位と財力がなければ手に入らない、これは良いものなのである。


 俺の仕事部屋になぜに大きな鏡が必要なのか。


 それはもちろん、俺が、俺を見るためだ。


嗚呼(あぁ)……美しい」


 俺は、俺の姿に我慢しきれず恍惚として溜め息を()く。


 美しく長い銀髪はオールバックに背中に流され、腰のあたりで纏められている。

 切れ長で釣り上がった両目、そこに宿る朱にやや近い印象のブラウンの瞳。蒼白い顔色。鷲鼻に尖った顎。それらの顔を構成するパーツは、少しばかり人相が冷たくて悪そうにな人に俺を見せている。


 まあ悪役なのだから仕方がない。


 鏡にむかって優しさ溢れる気持ちで微笑んでみたが、どうにも何かを企んでいるようにしか見えない。


 左目に装着している片眼鏡は、賢そうな感じを増強している。

 衣服はいかにも貴族ですといった、それっぽいやつだがナルスの性格上、機能性が重視されているので動きやすくて堅苦しくないのがいい。


 それにしても俺は美しい。

 悪役ではあるが、美形悪役なのだ。


 見ていてしばらく飽きないのは、クオリティの高いラノベの表紙絵を思い出させる。

 ポーズと角度を変えていれば永遠に楽しめそうだ。


 俺は上着とヒラヒラのついたシャツを脱ぐ。


 上半身をさらけ出すと、そこには見事な細マッチョガイが現れた。

 ナルスはわりと鍛えているのだ。


 そりゃ、ラスボスにも選ばれるのも納得のいい体をしている。


 服を着ていると痩せているように思われるのだが、実は俺は着痩せするタイプなのである。

 うん、腹筋もいい感じで割れている。


 俺が、俺を鑑賞するという至福のときを満喫していると、ドアがノックされた。


「ナルス様! よろしいでしょうか」

「どうした入れ」


 俺が声を掛けるとドアを開けて近衛兵が一名、入室した。


「またご自分をご覧になっていたのですか」


 特に感情のこもらない声の調子で彼は言った。

 馴れたものである。


「そうだ。それで、何の用かな?」


 俺が王女からの一方的な婚約破棄を受けたあの日から、もう数日が経過し、そのことは王宮中の人々の知るところとなっている。

 しかし、皆からの俺に対する扱いや、俺自身の城内での立場には何の変化もない。


 おそらくは陰でなにかと噂を囁かれてはいるのだろうが。


「はい。勇者一行が王宮に向かっているとの報せにございます」

「おや、そうか」

「早々に所定の位置につくようお願い致します」


 それだけ述べると、彼は(うやうや)しく頭を垂れて退出していった。

 もう少し、俺の美しさを見て目の保養にしていってもよかったのだが。

 俺は意外とサービス精神が旺盛なのだ。


「フム。勇者、来たるか」


 俺は呟きながら、シャツと上着に再び腕を通した。

 勇者がやってくるとなれば、ここにはいられない。


 俺は執務室を後にした。




 謁見の間。


 国王が鎮座する玉座から手前に段差を降りて少しばかり離れて更に右にやや寄ったあたり。

 そこが俺の定位置だ。


 つまり、ゲームキャラとしてのナルスがいつも立っている場所である。

 勇者が王宮を訪れるという以上は、ここに立つのが俺の宿命(さだめ)なのであった。


 でもここにいると不思議と落ち着く。


 なんか本当の居場所があるって感じで、ちょっといいかもしれない。




 勇者はしばらくするとこの謁見の間に現れはしたのだが、俺のことは盛大にスルーしていった。

 今回は特に終始、あいつの視界にすら入らなかった気がする。


 俺だけではない。


 奴のお目当ては玉座の隣の椅子に座っている王女に会いにくることだけだったようで、俺や近衛兵たちのみならず一国の王ご自身さえ、わざわざ勇者のためにポジションについてやっているというのにガン無視されたのだ。

 なかなか失礼な奴だ。


 主役気分で、いい気になっているに違いない。

 自分中心に世界が回っていると思っているのだろう。


 ……でもまあ、そういう世界なのか。


 勇者は、王女に好感度が上がりそうなプレゼントアイテムを3つほど渡して会話を少し交わすと、それだけで去っていった。

 落ち着きのない奴だ。


 それでも王女の勇者への好感度は、既にかなり上がっているみたいで、奴とのやりとりをしているときにだけ彼女の柔らかくて白い頬が赤く染まっているのが(うかが)えた。

 あれはもう、だいぶデレている状態の立ち絵変化パターンだ。


 これがRPGではなく、恋愛シミュレーションだったら、そろそろアダ名で呼んでもらえたりする頃合いだろう。


 攻略は順調といったところか。


 ナルスなら本来、ここで嫉妬の青い炎を燃やすところだが、そうはならない。

 むしろ見せつけられて諦めがつくような気がした。


 そうだ。そのほうがいい。


 このまま王女との破棄された婚約への未練は、すべて断ち斬ってしまおう。

 それが俺の未来のためだから。




 やがて勇者が完全に立ち去ったことが報告されると、ちょっと変な解放感が謁見の間を支配した。

 これはゲームキャラに転生してみないとわからない感覚だ。


 自由になった、という感じ。


 学生時代に、放課後を告げるチャイムを聴いたときの感覚に近いかもしれない。


 大量の仕事が俺のことを待っているので、すぐさま執務室に戻りたいところだが、俺は勇者の坊やと違って礼儀を重んじる大人なのだ。


 上司である王様に挨拶をしておこう。


「しかし勇者も失礼なやつですな」


 無視されて国王もさすがにやや憮然とした顔をしている。

 勇者には王女を譲ってやってもいいが、何だかんだでムカつくので一応、悪口は言っておくことにした。


 昔、普通に勇者でゲームをやっていたときも裏ではこんな感じだったのだろうか?


「うん、まあ、今どきの若いやつなんてあんなもんじゃない? 勇者とは別に趣味も合わないから、話しかけてほしくもなかったし、いいよ」


 残念なことに俺が仕えている王から発される、ひとつひとつの言葉には威厳らしき要素は見当たらない。


 さすがに勇者との会話では王様風に話しはするのだが、それとて勇者の視界に入らないところで兵士がカンペを持っているのでそれを読むだけだったりする。


 国王は、勇者についてはそこまで関心はなく、そのうち世界さえ救ってくれさえすれば比較的どうでもいいといったスタンスなのだ。


 王は鼻歌を歌いながら玉座の後ろをごそごそすると、何やら長細い物体をとりだした。


「それより見てくれるか、これを」

「はて……釣竿でしょうか?」

「そうそう、特別に作らせてみたんだよ。いいだろう」


 それは、形状こそ釣竿に見えたが、全体に宝石や真珠が散りばめられて埋め込まれており、装飾のやり過ぎで、どう見ても悪趣味と言うしかないレベルの細長い棒だった。


「これは──いいですね!」


 俺は、悪趣味も突き抜けるとある意味では芸術だと考えた本音を胸の奥に片付けておいて、ただ誉めた。


 ここで国王の望む言葉を掛けて自分の真の気持ちを偽ろうとも、俺の心はすり減らない。

 ヨイショして持ち上げておけば国王は嬉しいだろうし、それで喜んでいるとなれば俺もそれで良かったと思える。誰も損をしていない。

 時には本音を出すのもいいだろうが、使いどころを誤れば、ただ無闇に他人を傷つけることになりかねないのだから。


 それに「なんだか楽しそうでいいですね」という意味の「いいですね」だけを口に出しただけのことである。

 まったくの嘘を王に言っているのではない。


「ずーっと、できるのを楽しみにしてたんだよね」

「素晴らしい出来映えではないですか」


 全体はともかく個々の細工は素晴らしい。


 うん、うんと頷く国王。

 本当に嬉しそうで自慢気な顔をしている。

 子供のような人だ。


 歳はもう50近いはずなのだが。


 いい年をしながら、ピカピカの釣竿を愛しげに撫でて、頬擦りをしている。

 彼は最近、釣りにハマっているのだ。


 そして一度、マイブームとして熱が入ると惜しげもなく時間と金を注ぎ込むのである。


 本当は、勇者が冒険の合間に遊ぶ用のミニゲームとして『釣り』が用意されているのだが、当の勇者がまったくやらないので、その代わりにというわけでもないはずなのだが国王がよく遊んでいるのだ。


 勇者は、例えステータス補助効果があったとしても魚だけは口に合わなくて駄目なんだと言っているらしい。

 ヒーローのくせに好き嫌いをするなんて、全国の子供たちの教育に良くないではないか。


「でも実はこれね、ちょっと問題が有るんだよねー」

「ほう? そうなのですか」


 国王の目が悪戯好きの幼児のように光る。


「宝石いっぱいつけたら重すぎて釣りには使えないんだわ」

「あちゃー」

「ナハハハ。笑っちゃうだろー」

「笑っちゃいますねー。クククッ」


 非常にくだらないが、俺は国王のこんな性格が嫌いではない。


 権力を振りかざして臣下に圧力をかけるようなブラック為政者などより、よほどいいと思っている。


 それに、この人が王様をやっている限り、俺はこの国になくてはならない人材であり続けるだろう。

 王女の婚約者(フィアンセ)で無くなったとしてもだ。


「ところで話は変わるけどさ」

「はい、なんでしょう」

「先日の我が娘からの手紙なんだが──」


 王が視線を横に流すので、つられるように見ないようにと努めていた王女の姿を見てしまった。

 目の当たりにしてしまうだけで完全に魅了されてしまう危険があるからだったのだが。


 彼女は少し困り顔をして微笑んでいた。

 それだけで胸の奥がチクリ、と痛む。


「あれはね、なんていうか、若さゆえの間違い?」

「はあ」

「若気のいたり? 過ち? まあ、一緒か。気の迷い、でもいいかもしんないね」


 王の言葉に合わせて、王女は「ごめんねっ」というジェスチャーをする。

 それがまた可愛い。


「だからさ、まあ、あれだ、無かったことにしよう、うん」


 国王は軽い感じで婚約破棄の破棄を提案してきた。


 王女はニッコリと俺に微笑む。

 君は、ナウで勇者にぞっこんラブなのではなかったのか。

 だからこその、あの手紙だったはずだ。


 だが今は俺との婚約をまるで改めて望んでいるようにしか思えない。

 少なくとも話の流れに拒絶する意思はなさそうだし、少し上目づかいに俺を見る顔には嫌そうにしている要素を垣間見ることはできない。

 俺の勝手な願望がそう見せているだけではない。

 客観的にもそうだとしか言えないのである。


 これはあまりに甘くて危険な罠だ。

 俺には死の香りが鼻をくすぐってくるように感じられた。

 しかしそれは強烈なほどに甘美で魅惑的な香りなのだ。


 王女は、聖女の生まれ変わりのはずなのに小悪魔キャラが強すぎるのではないか。


「いいかな?」


 何の悪気もなく国王は俺の意向を確かめてくる。

 まさか俺が拒否するなんて可能性は、(つゆ)ほども考えてはいないだろう。

 それは俺にとっては破滅への一本道だというのに。


 俺は、これ以上は王女を視界にいれないようにした。

 そうしなければ死の引力に呑み込まれてしまう。


 認めよう。


 俺は王女が可愛いし、好きだ。


 だがそれだけではない。

 俺は、それ以上に自分のことがもっと好きなのだ。


 だから破滅の運命はいらない。

 彼女のことは、死ぬほどは愛していない。


 もちろん先の運命を、この世界がゲームだと知っているのも大きな理由だが。


「王よ、お聞きください」


 俺は、片膝をついて頭を垂れる。


「なんだい、あらたまって?」

「今回のことで、私は深く反省したのです。すべては、婚約者としての私めの魅力が、かの勇者よりも結婚相手として劣っていたがゆえに招いた事態だからです」

「ん……ん? まあ、そう……なの?」


 王に「?」を向けられて、王女は可愛らしく首を「さあ?」と傾げているのだろう。

 見ないようにしているからわからないが。


「つきましては、今後は今まで以上に政務に励み、再び王女様の婚約者となるに相応しい男に成長するまでは、あらためての婚約については辞退させていただきたいかと」

「……そう? 娘と結婚できなくても、今までみたいに頑張って働いてくれるんなら、ボク的には構わないけどさ」


 正直な人だ。

 王は、婚約破棄の件で俺がこの国を離れることになり、自分が遊んで暮らせなくなることを心配しているのである。


「はい。いつか、勇者よりも優れ、王女様にとって夫とするに値する男になったときには、そのときに改めて、私から婚約を願い出たいかと」

「そっかあ……ナルスは意識高いよな~」


 俺に言わせれば、国王は意識低すぎるのだが、間違ってもそんなことは口に出さない。


 王が「こんなこと言っているけど、それでもいい?」と王女に尋ねると俺の視界の外側で「え……ええ、大丈夫です」と彼女が答えているのが聞こえた。


 これでいい。


 ゲーム的に、俺が勇者より王女に相応しい相手になることはないとみていいだろう。

 これで現実的には婚約破棄の破棄は、破棄させてもらったようなものなのだ。


「私は仕事に戻りますゆえ、失礼致します」

「あ、そう? うん、じゃあ、あんまり無理しないで頑張ってね」

「はっ」


 俺は、王に一礼すると踵を返し、謁見の間を離れる。


 王女のことは見なかった。

 だから、彼女がどんな顔で俺を見ているのかは知るよしもなかった。




 翌日のこと。


 俺が仕事を一段落つけて、鏡を見ながら気分転換していると昨日のように近衛兵が訪れた。


「失礼します。今日もご自分をご覧でしたか」

「毎日見ているよ。で、どんな用だ?」

「はい。実は、勇者が────」


 言い難そうに切り出す近衛兵の様子に、勇者が昨日来ておいて、また今日も来たのかと思った。

 毎日、王女に会いにくる気か。


 マメなのはモテるためには必要な要素だが、あまりしつこいのも嫌われるぞ。

 と、そこまで考えた。


 だが、そうではなかった。


 一拍を置いて、近衛兵は次の言葉を発した。


「────勇者が死にました」


 勇者が、死んだだと────?


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