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 俺は、婚約破棄された衝撃で前世の記憶を思い出した。


 前世の俺は、いたってノーマルな日本人男性だった。

 そんな前世の人生そのものは、特に面白みもなく、大した物語になるものでもないので横に置いておくことにしたい。


 そんなことより、もっと大事なことがある。


 それは今いるこの世界が、実は前世で遊んだことのある16ビット家庭用ゲーム機の専用ソフトであり、発売当時は瞬く間にミリオンヒットを飛ばしたほどに人気のあった某名作RPGの中だったということだ。


 今でも目を閉じてタイトルロゴを思い浮かべれば、荘厳なあのメインテーマ曲が聞こえてくる気がする。


 自分自身も含めて、登場人物や世界観が完全に一致しているので疑う余地はない。


 この世界での俺は名は、ナルス。


 魔王と戦う勇者を支援するアルデシア王国の国王に仕える若き側近というのが立ち位置だ。

 わりとイケメンだったりする。


 20代そこそこの年齢ながら、政治にはさほど興味をもたない国王を補佐し、王が担うべき実務のほとんどを委されているという有能ぶりである。


 実際、ナルスがこの国からいなくなったら色々と大変だろうな~とは想像がつく。


 更には聖女の生まれ変わりとされる第一王女との婚約も交わしていたりなんかして、なかなか順風満帆な人生だった。


 だったんだけど……


 ここにきて王女様からの一方的な婚約破棄を受けてしまったのだ。

 ナルスである俺にとっては人生はじめての(つまず)きであり、大きな挫折といえる出来事である。


 王宮の執務室で膨大な業務をマシーンのごとくこなしていた俺の前に、王女からの使者が現れて手紙を読み上げた。



『ナルスへ。あなたのこと嫌いになったわけじゃないんだけど、他にもっと好きな人ができたの。勇者様です。そんなわけで、あなたとの婚約は破棄しちゃいます。ごめんね(原文ママ)』



 使者は、そんな可愛らしげながら残酷な手紙を、坦々と心を込めずに音読すると、それを俺に礼儀正しく手渡して去っていった。

 業務には余計な感情を挟まない、なかなか仕事のできる使者であった。


 俺は、ひとりになると、婚約破棄の精神的な痛手と前世の記憶が思い出されるという驚きを心の両手に抱えて、執務室の座り馴れた椅子にいつもより深く体をもたれさせた。


「クククッ……」


 思わず、笑いが込み上げてくる。

 不思議と悪そうな声が出た。


 とにかく自らの滑稽さに笑うしかなかったのだ。


 しかし王女がこういう手段に及ぶというのは、まったくの予想外というわけでもない。


 他国からの帰途で魔物に襲われたところを勇者に助けられたり、王宮に紛れ込んだ刺客の魔の手から勇者によって救われたり、馬車ごと飛竜に捕まって誘拐されそうなところを勇者に救助されたりしているうちに、彼女が勇者に惹かれていることには薄々は気付いていた。


 それでも、わりとこんな軽い感じのノリで婚約破棄されるとはさすがに思いもよらなかったので、わりかしショックだったのである。


 それでも、そのせいで前世の記憶がゲットできたのは不幸中の幸いだった。


 知らずにこのまま生きていたら待っているのは破滅の道だ。

 ゲームの物語でのナルスは、当初は勇者の味方として登場する。

 国が勇者を支援しているから当たり前だが。


 だがそのうち、勇者と王女が恋仲になっていくにつれて、次第に勇者へ嫌がらせをしたり、わざと試練を与えてみたりして邪魔をする嫌なキャラに変貌していくのだ。

 それもこれも、恋敵に対する嫉妬ゆえの行いだ。

 勇者の視点でゲームをやっていたときには、やたらとウザいキャラだった。


 たぶん今このあたりだと思う。


 この先、ナルスはどんどん駄目になっていく。


 まずは裏で魔族と繋がりはじめるらしい。

 ゲーム途中から勇者の行動が魔王軍に筒抜けになるのだが、それが実は裏切ったナルスが情報を横流ししていたことが後になってて判明する。


 次第にやることがエスカレートしていくナルスは、魔王が聖女でもある王女を誘拐するのを手引きしたうえ、愛する王女と永遠に一緒になれるという魔王のあからさまに騙す気満々な言葉に乗せられて、精神体に過ぎなかった魔王が復活するための憑代(よりしろ)となるために肉体を差し出してしまうのである。


 ナルスは魔王に体を乗っ取られて、ラスボスになってしまうのだ。


 最終的には、勇者との決戦で肉体がプチプチ破けてブクブク膨らんだりなんかしちゃったりして、巨大モンスター化してしまうので、心も体も原形をとどめなくなってしまう。

 なかなか最悪な末路だ。


「クククッ……ボクのあたらしいボディーをみるがいい……おそれろ……ひざまずけ……ボクこそがあたら…………ぐふ……げへ……へひ……ひひヒヒヒ────!」


 とかそんなのが、ナルスの人生最期の言葉だった。


 そんなの絶対に言いたくないぞ!


 俺の体がモンスター化とか、マジでありえない。

 そんな運命は御免被るというものだ。


 でもそんなゲーム通りの展開を回避するのは、きっと簡単だと思う。

 王女への執着を捨てればいいのだから。

 ただそれだけで済むことだ。


 すべては愛し合う二人の仲を羨んで横恋慕する怨念を燃やしてしまったがために陥る結末なんだから。

 婚約破棄は、かえっていい機会だろう。


 脳裏に、王女の姿を思い浮かべてみる。


 ナルスである俺の記憶に刻まれている美しい少女。

 あの滑らかに風にそよぐ金髪を。

 見つめ合えば吸い込まれるように大きく開かれた青い瞳を。


 やばい。


 思い出してみたら王女は可愛すぎる。

 イメージオンリーで萌えてしまったではないか。

 諦めろと言われても、そうそう諦めきれるものではない。


 人生のひとつやふたつを狂わせて当然な魅力がある。


 ────いや、落ち着こう。


 俺は自分に言い聞かせた。

 このままだと死ぬ。このままだと死ぬ。このままだと死ぬ。


 たぶん我が記憶のなかの王女は、思い出補整もがっつりと入っていて何割か増しで美化されていると思う。

 本物を厳しい審美眼で些細なことまでケチをつけるようにして見れば、そこまでのものでもないだろう。


 だいたい相手は10歳近く年の離れた小娘だ。


 別にこれは俺がロリコンなわけではなく、ゲームの設定のせいなのだ。

 俺は悪くない。悪くないぞ。

 実際、まだ手も出してない訳だし。


 どうせナルスがどうあがこうと、王女は勇者と結ばれてめでたしめでたしになるのが、この世界に約束されたストーリーなのだから。

 二人の子孫が続編でも、勇者の血を受け継ぐ勇者として主人公になるのだ。

 無駄な努力をしたあげく、待っているのがラスボス化なんて、とにかくそんな人生は断固拒否なのである。


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