表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

獅子将麗夜

 雨の中、その男は帰って来た。

「どうしました」

 出迎えたくれないに聞かれ、笑みを浮かべる。

「思いの外早く決着がついた。城を囲んでいる者達を退かせろ。この戦、義の負けだ」

 あの抑えられた殺気は、相当な手練れ達の物だ。あんな奴等に直接狙われて、あのボンクラが無事で済む訳がない。

「わかりました、手配しておきます。麗夜れいやはとりあえず着替えてください。そのままじゃ風邪をひきますよ」

 そう言われて麗夜はその場でその身に纏っている衣を脱いだ。

 鮮やかな金髪。そして、碧い瞳。

 その容姿はこの大陸にあって稀有なものだった。黒髪黒瞳の中でこの姿は人目を惹く。

「しばらく、ここで休んでもいいだろう。西の方はだいぶ落ち着いたようだしな」

 紅は麗夜が落とした衣を拾い女官に渡す。

「ゆっくりは出来ないかもしれません。伊の国から支援の要請があったようです」

 伊の国……

 麗夜は地図を思い浮かべる。羅の東北に位置するあの国か。

 これでもだいぶ減ったとは言え、まだまだ国の数は多い。西は夜の国が大半を治め、だいぶ落ち着いたが、東はまだまだだ。

 それにしても。

「羅という国は随分と嫌われたものだな」

 周りの国は羅の国を潰すのに必死だ。そうじゃなければ、辺境に位置する夜の国に助けを求める訳がない。

「元々の成り立ちから、周囲の反感を買うでしょうし……何よりあれがありましたから」

 麗夜は「あれ」の意味するところをよく知っていた。

「瑠の字を継ぐ娘狩り」

 麗夜は人指し指の爪を唇にあてる。

 あれほど壮絶なものは無かった。あれが無ければ……こんなにも焦りを感じることは

「そう言えば……呉覇くれはとやらの居場所がわかりました」

 紅は静かに言う。この男、こういう事に長けている。

 義の国に来るにあたり、どうしても会っておきたかった、元剣闘士。この男なら、この焦燥感に決着をつけてくれるかもしれない。

「ああ、すまなかった。で、どこにいる」

 紅は地図を広げる。

「この辺ですね。麗夜、会いに行くのですか?」

 紅は常に顔色を変えないが、今回はやや不安気だった。確かに場所が悪い。羅の国と義の国の境界線上、今となっては激戦地だ。

「もう少し早く動けば良かったな。でも、大丈夫だろう。明日の夜にでも行ってくるよ」

 紅はやや下を向き頷く。そして、溜息とともに。

「麗夜はこのために戦っていると…わかっていますから」

 麗夜はこの言葉にふっと笑む。

「悪いな」


 麗夜。

 その名が意味する通り、夜の国の先王の子だ。

 ただ、金髪碧眼のその容姿を周囲から嫌われ、幼い頃は城の中の小部屋に閉じ込められていた。

 この小部屋から出られる日は来ないと諦めかけていた五歳のある日、彼がやって来た。

「貴の国の王妃瑠依るいの遣いで参りました。麗夜様を預からせて戴きます」

 その存在を隠し通していたにも拘わらず、何故知っていたのか……応対した母は疑問に思わなくも無かったが、瑠依が「瑠の字を継ぐ者」であるからだと納得し麗夜は小部屋から出された。

 初めて見た「城外の人」は名を貴都たかとと言った。

 麗夜を見ても顔色一つ変えず、それどころか笑顔を見せた。

「では、お預かりします」

 自分の容姿を見ても顔色を変えない、この男が不思議だった。今まで、自分の母にさえも「化物」として扱われていたのだ。

 貴都は麗夜を馬に乗せると、自分もひらりと馬に跨がった。そして、ゆっくりと歩かせる。

 ただ、どこに連れて行かれるとしても。今までよりは良いかもしれない。たとえ見世物小屋に売られたとしても、今までよりは自由だろう。

「不安か?麗夜」

 先程とは口調が違うが、冷たさは感じない。麗夜は貴都の腕の中で頷いた。

「心配するな。売り飛ばしたりはしない。お前の事を待っている娘がいるんだ」

 貴都は麗夜の不安を取り除くべく、色々話をしてくれた。わかったのは向かうのは「貴の城」ではないことと自分を待っている二つ年下の女の子がいること。

 その子は親に嫌われ、それが原因で言葉も表情も失ってしまっているということ。

 そして、貴都がその女の子を大事に思っていること。

「というわけで先を急ぐ。辛くなったら言え」

 そもそも、あまり外気に触れたことがなかったせいか最初こそかなり辛かったが、数日もすると慣れてきた。

「案外、丈夫だな。向こうに着いたら鍛えてやろう」

 貴都は笑いながら話してくれる。麗夜は自分に笑顔を向けられることにも慣れてきた。

 半月はかかったと思う。

 ようやく目的地に着いた。東の海に近い地域、端から端まで駆けて来たことになる。

「ここだ」

 着いたのは真夜中だった。

 貴都は静かに扉を開けた。

「起きていたのか?」

「ええ。なかなか寝なかったのでおかしいなって思っていたら。なるほど、帰って来るからだったのね」

 貴都は女の人と話しているようだった。

 貴都の影から覗くとその人と目が合う。

「あなたが麗夜ね。私は沙智さち、よろしくね」

 この人も、自分を見て驚かない。

「とりあえず、中に入って。疲れたでしょ」

 沙智は麗夜を迎え入れる。貴都も中に入り扉を閉める。

 中に入ってすぐ、沙智と名乗ったその人の影に女の子がいることに気づいた。自分より小さな女の子が恐る恐るこちらを覗いている。

「はじめまして」

 恐る恐るの表情はかつて見覚えのあったものだが、その奥底にあるものは今までのものと違う気がした。その子と目線を合わせるため膝をおり挨拶する。

 その子は驚いたように目を見開き、次の瞬間、笑顔を見せた。

「笑った…」

 この子が笑ったことを貴都も沙智も驚いていた。

「表情も言葉も失ってしまった」少女だということは道すがら貴都に聞いてはいたが、彼女が見せた笑顔はそんなことを微塵も感じさせなかった。

 髪も瞳も黒く、何よりこんなに可愛いのにどうして嫌われるのだろう

 麗夜はそれが不思議だった。


 この日からこの少女とずっと一緒に過ごした。

 この少女が「瑠優るゆ」という名であることの本当の意味を知るのはだいぶ大人になってからだ。

 確かに言葉を発することはないが、何かを話した気にじっと麗夜を見る顔や、話しかけると嬉しそうに見せる笑顔で彼女の感情はわかった。

 だからこそ、彼女が親に嫌われた理由が初めの頃は理解できなかった。

 それが理解できたのは、ここに来て数ヵ月ほど過ぎた時だ。


 その日は普段からよく行っていた野山で野草を探していた。

 いつも、貴都から「離れるな」と言われていたが、その日はつい夢中になり、気がついたら瑠優と二人でだいぶ遠くまで来てしまっていた。

 そこに野盗が現れた。

 ここに来て数ヵ月、確かに貴都から剣の手解きを受けてはいたが、大人に敵うわけがない。わかってはいたが、その時麗夜には「瑠優を守らなくてはならない」という気持ちしか無かった。

 瑠優を後ろ手に庇い剣を構える姿を野盗は笑った。

「兄ちゃん、珍しい髪の毛してるじゃないか。そっちの娘もえらいかわいい顔をしてるな。まとめて売っ払えば、結構良い値がつくんじゃねぇか」

 麗夜の背中で瑠優が怯えているのがわかった。

「兄ちゃん、俺に敵うと思っているのか」

 伸ばしてきたその手に思い切り剣を振る。油断しきっていた野盗の腕にそれは当たった。

「てめえ」

 だが、それは当然致命傷となるわけでもなく。ただ、野盗の怒りに火をつけただけだった。麗夜は軽々と持ち上げられ、地面に叩きつけられた。

「後で売り物にするんだから殺しはしない」

 そう言いながらも手加減は無かった。身体の中から変な音がし痛みが走った。そんな麗夜に野盗は更なる痛手を負わせようと近づいて来る。その姿を視界の端に捉え、麗夜は身体を固めた。

 その時だ。

「あ…あぁ…」

 初めて聞く瑠優の声。低く絞り出すような声。

 しかし、その声で麗夜の視界から野盗が消えた。来るはずの衝撃も受けない。代わりに小さな手が麗夜の身体に触れた。

「瑠優」

 その手は暖かく触れた場所から痛みが消えていく。

「麗夜…」

 その声は耳から聞こえたものだったのか、頭に響いたものだったのか。

 ただ、心地好かった。

 痛みがすっかり引き、身体を起こすと。

「何が……起こったんだ?」

 自分と瑠優を中心にまるで竜巻でも起こったかのようだった。

 野盗は吹き飛ばされ、地面に打ち付けられている。

 瑠優もその場に倒れていた。

「瑠優?」

 身体に触れるとひどく熱く、呼吸も浅かった。

「今回は…えらく派手だな」

 頭上から声が降ってきた。貴都だった。

「貴都、瑠優が……」

 貴都は頷いたが、まずは地面に倒れている野盗の様子を見に行った。そして、おもむろに剣を抜くとその野盗に突き刺した。

 麗夜は息を飲んだが、確かにこの様子を見られて生かしておいてはいけない気がした。

 貴都は戻り、瑠優を抱き上げる。

「お前は歩けるか?」

 麗夜は頷き、貴都の後ろを歩く。

「貴都……これが……」

 上手く言葉に出来なかったが、これをやったのは瑠優であることは理解できていた。

 これが、瑠優が親に嫌われた原因。

「ああ。瑠の字を継ぐ娘が持つ力って奴だ。瑠優の母親曰く、ここまで強力な力を持つ娘はそうはいないらしいが」

 ただ、その力を見ても。

 麗夜には瑠優が怖いとは思えなかった。

 その力を使ったことで瑠優は高熱を出しているのだと、貴都は教えてくれた。

 ということは。

 瑠優は自分の身をかけて麗夜を守ってくれたのだ。

「強くなりたい」

 家に帰り、貴都は瑠優を寝かせる。苦しそうな瑠優の表情を見て、麗夜はそう強く思った。自分が強ければ、瑠優にあの力を使わせる必要はなかった。

 その真剣な表情を見て、貴都はポンと麗夜の頭を撫でた。

「わかった」

 瑠優の状態が落ち着くまで、麗夜は瑠優の側を離れなかった。瑠優は時折うっすらと目を開け麗夜を探す。手を握ると安心したようにまた目を閉じる。

 そんな日が二日ほど続き、三日目の朝に瑠優は目覚めた。

「瑠優、大丈夫か?」

 側にいた麗夜に、瑠優は思いの外驚いていた。

「どうしたもう少し休むか?」

 瑠優は首を振る。何かを言いかけているのがわかって、静かに次の言葉を待つ。

「こ……怖く……な……いの……?」

 この言葉が出るまでしばらくかかったが、初めて聞く瑠優の「意味を持つ言葉」に麗夜は笑顔をみせた。

「怖くないよ。貴都を呼んで来るから待ってて」

 麗夜は瑠優の頭を撫でながら答えた。瑠優は麗夜に抱きついてきた。高熱にうなされている間何度か麗夜を探す様子を見せた、その理由がわかった。

「大丈夫、いなくならないから」

 瑠優の頭を撫でながら安心させようと何度も呟いていた。


 この日から、瑠優は少しずつだが言葉を発するようになった。表情も更に豊かになり、よく笑顔を見せるようになった。

 同じ年頃の子供と接点が無い中で常に一緒にいたのだから、麗夜にとって「瑠優が誰よりも大事」になるのは当然だった。

 すべての行動が瑠優を守るためのものだった。

 貴都との剣の稽古はそれに合わせ厳しいものとなったが、それはみずから望んだこと。

 その様子を瑠優は心配そうに見ていることもあったが、それについては何も言わなかった。


 瑠優と会ってからの10年の月日はあっという間に過ぎる。

 貴都とも互角に打ち合えるようになり、これからは自分が瑠優を守るのだと信じていた。

 だから。

 父が危篤だから一度帰って来るようにと呼ばれた時も、顔を見せたらすぐに戻るつもりだった。

 別れの日、ひどく寂しそうに笑う瑠優を抱き締め

「すぐに戻るから」

 と言ったあの言葉に嘘はなかったはずだ。

 夜の国に戻り程無く父が亡くなったが、まさか、その後の後継者争いに巻き込まれると思わなかった。

 そして、何より。

 まさか、貴の国が滅びると思わなかった。

 夜の国の後継者の地位は弟の静夜せいやに譲り、事なきを得たが、貴の国が滅びたことによる大陸の混乱は想像を絶していた。

 戻れないことにひどく焦りを感じていた中で「瑠の字を継ぐ娘狩り」が始まる。

 羅の国は瑠優と住んでいた所に近い。一度、心配になり様子を見に行ったが、案の定二人ともあの家からは消えていた。

「貴都がいるから大丈夫だ」

 何度自分に言い聞かせても不安は拭えない。何よりも大っぴらに瑠優を探せなくなった事が痛い。

「瑠の字を継ぐ娘」がこの大陸にいることを他に知られる訳にはいかない。知られた時点で更なる危険を瑠優に与えてしまうかもしれない。

 仕方なく麗夜は「貴都」を探すことにした。明らかな「剣闘士」の名を持つこの恩人を探すことでなんとか二人を助けたかったのだ。


「呉覇の所に行くんだって?麗夜」

 雄毅ゆうきは戻って来るとすぐに部屋に入ってきた。羅の城を囲んでいたこいつが戻って来たということは、無事、撤退出来たということなんだろう。

「ああ。有名なんだろう」

 貴都を探しながら、でも、麗夜は剣闘士の事情に疎かった。雄毅から色々教えてもらう事が多い。

「元々、大陸随一と呼ばれた剣闘士だった。今は元締として、呉覇組という剣闘士集団を仕切っているよ」

 剣闘士はほぼ全てが「どこかに所属している」ということを麗夜は雄毅に聞いて初めて知った。

「だが最近、剣闘士を手離したって噂を聞いたな。もう、そこそこの年齢だから旅から旅ってのはキツイんだろう。この手離した剣闘士ってのが、大陸最強の呼び声が高い二人だったから……高く売れたんじゃないか?」

 そして。剣闘士は「売り物」だ。

 貴都がどういう経緯で瑠優の守役になったのかはよくわからないのだが、瑠優の母とは連絡を取り合っているようだったから、そういうことなのかもしれない。

 あの地を離れてからわかったことだが、貴都は相当強かった。おかげで、静夜の策略で激戦の地に次々放り込まれても生き抜くことができている。


 羅の国はそれなりに上手くやったらしく、国境線は案外静かだった。

 自分の姿が人目を惹くことは自覚しているから、明るいうちに出歩くことは出来なかったが、夕暮れの中、特に身の危険を感じることなく呉覇の居所に着いた。

「すみませんが」

 その居所にいた女性に声をかける。

 瑠優と同年代と思われるその女性は、やはり麗夜の姿に驚いた様子を見せたが、

「何か?」

 意志の強そうな表情で返してきた。

「ここは呉覇殿の住まいで間違いありませんか?」

「そうだが。呉覇に用なのか?……入りな」

 外で待たれても迷惑だ。そう言いながら麗夜を中に迎え入れる。

 質素だが造りの良い建物の中、その男は座っていた。

「呉覇、お客さん」

 その言葉に男は振り返り、麗夜を見る。その視線は鋭い。

「獅子将に追われるようなことはしていないはずだが」

 口調は穏やかだが、さすが長く剣闘士達を束ねていただけはある。その雰囲気は麗夜を油断させない。

「いえ。そういうわけではなく……貴都という人をご存知ないかと……」

 貴都。その名を口にした瞬間、呉覇の表情と雰囲気が明らかに変わった。これは……殺気?

 おもむろに立ち上がるのに合わせ、麗夜は一歩後退あとじさる。案の定、呉覇はその大振りな剣を抜き、一言も無く振り下ろす。麗夜も剣を抜きそれを受ける。その一振りから呉覇の実力がわかる。

 強い。だが。

 呉覇の剣を受けながら、その隙を伺う。勝てない相手ではない。そう、伊達に戦場で生き抜いてはいない。

 麗夜は呉覇の隙を突き、その剣を振るう。

 一太刀、二太刀と振るううちに呉覇の雰囲気が変わる。最初は明らかに殺気立っていたが、今は何かを試されている。

「そろそろいいでしょう、呉覇」

 そう言ったのは、ここに案内してくれた女性。その声で呉覇は一つ大きく息を吐くと剣を収め、麗夜を見据える。

「お前が麗夜か?」

 麗夜は黙って頷く。

 名乗ってもいないのにそれがわかるということは、何かを知っているのだろう。呉覇はその場に座り麗夜も座るよう促された。

「そうか……」

 麗夜は人指し指の爪を唇にあて、呉覇の様子を伺う。その仕種に呉覇はもう一度大きく溜め息を吐いた。

「貴都の太刀筋、貴都の癖……お前は生きていたんだな、麗夜」

 オマエハイキテイタンダナ……その言葉の続きは察しがつく。

「貴都は死んだよ。貴都は……な」

 そうか。思わず天を仰ぎ目を閉じる。

 貴都が生きていれば、何があっても瑠優を守っただろう。貴都は瑠優を娘のように思っていたから。

 貴都が死ぬ時、瑠優があの力を使うはずだ。それが使われてないとしたら、瑠優は……

 いや、待て。

「貴都は……か」

 もしかして。

 貴都は瑠優にあの力を使わせることをひどく嫌っていた。自分が死に行く時に瑠優を側に置いておきはしないだろう。

 しかも。

 貴都の名を口にした瞬間の呉覇の殺気。

 あれは本気だ。麗夜が貴都の太刀筋を持っていなければ、全力で殺しきただろう。

 貴都が命をかけて守りきった者を呉覇もまた守りたかった……多分、そういうことだ。

 呉覇は麗夜から目を逸らす。

 お互いにその名を口にすることはない。だが。

「そう……だな。いつまでも守られて生きていられる訳じゃないことを悟ってからのあいつは……強かった」

 やはり。瑠優は生きている。

「今は……どこにいる?」

 麗夜の一言に呉覇は首を振る。

 知らないのか?それとも、言えないのか?

 麗夜は立ち上がる。

「捜すのか」

 麗夜は頷く。そのためだけに生きてきたのだから当然だ。瑠優が生きているとわかった今、これまでより目標が明確になった分だけ楽になった。

紗知さち、見送ってやれ」

 その名を聞いて驚き、その女性を見る。瑠優が「姉様」と呼んで慕っていた沙智と響きが同じだったから。

「わかった。麗夜、こっちだ」

 紗知は麗夜を手招きする。

「呉覇殿、邪魔をして悪かった」

 麗夜は短く言うと、一礼しその場を去った。呉覇は手を上げてそれに答えた。

 建物から出ると紗知は麗夜に言う。

「早く見つけて。あいつは確かに強かったが、あの時ですでにギリギリだった。あのままじゃ、いつまで保つか…」

 紗知は小さく言う。その表情は先程までのそれとは違う。

「聞いていいか?」

 麗夜は返事を待たずに続ける。

「ここにいたのか?」

 紗知は頷き。

「出て行ったんだ」

 とだけ答えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ