その昔
その昔。
何もないこの島に降ろされた私は、まだ幼く、独りが寂しくて仕方なかった。
私も色々なイキモノを創ってはみたんだけど、どれも寂しさをまぎらわせてはくれない。
寂しく、泣いて暮らしていたその時、独りぼっちのヒトに出逢う。私の創った他のイキモノとは違い、姿は私に似ていた。
「こんなモノ創ったかしら?でも、このヒトなら私の寂しさがわかるかも」
孤独であったヒトもまた私に寄り添い、私達はその心を満たしあった。
私はヒトに自分の持つ力を与えた。このヒトは私の我が儘に応えてくれた。このヒトがやがて成長した時、私は初めて「母」というものを知った。私は母を慕う赤子のように甘えた。ヒトも母のように私を受け入れ……
しかし、蜜月は続かなかった。
いかに私の力を与えられようとも、ヒトはヒト。その命は永遠ではない。
やがてヒトが亡くると、私は独りに戻ってしまった寂しさに嘆き悲しみ泣き暮らした。
この島の恵みそのものである私が、この有り様では、島の全ての営みが絶える。このままでは……
「このままでは島の全てのイキモノが絶えてしまう」
私がそれに気づくまでに、数十年の月日が必要だった。
「イキモノが死に絶えてしまえば……本当に独りになってしまう」
そう嘆いていたその時。
私はまたヒトを見つけた。
初めて見つけたヒトの時のように、その力を与え、寄り添い、甘える。
ヒトの寿命が尽きるまで。
ヒトを失うと、また同じように嘆き悲しむ。新しいヒトを見つけるまでそれが続く。何度もそんなことを繰り返した。
私も努力はした。
ヒトが増えるように手を尽くした。でも、増えたヒト全てが私の想いに応えられる訳ではなかった。
私がヒトを選ぶのかヒトが私を選ぶのか。
「こんなに悲しいのなら、新しいヒトなんていらない」
そう思うが寂しさに勝てない。
そんなことを幾度も繰り返したある日、私は試しに母の胎内にいるヒトに印をつけてみた。
母の胎内にいる間に、私を受け入れてくれる下地を創った。それが上手くいった。
私はとても嬉しかった。
「今のヒトを失う前に新しいヒトを見つければいい」
それから私は「新しいヒト」が母の胎内にいる間に印をつけるようになった。その印は見るヒトが見ればわかるようで、だからこそ、その印を持ったヒトは、他のヒトやイキモノ達に大事にされるようになった。
実は。
私も、自分が愛したヒトは他のヒトに比べて寿命が短いことに気がついていた。私の持つ力の全てを注ぎ込むことに、ヒトが耐えられないのだ。
しかし、力を注ぎ入れることは止められない。そうしないと「私」に気がついて貰えない。愛してもくれない。だから、ありったけの力を注ぎ入れ続ける。
だけど、死んでしまって独りになるのは嫌だから。
新しいヒトがある程度成長し、私を受け入れられるようになると乗り換える。すると古いヒトは枯れ木が折れるように亡くなってしまう。
最初は仕方ないと思っていた。しかし。
ある日、新しいヒトがそれを悲しみ、悲しみのあまり私を愛してくれなくなった。
「どうして」
「私が新しいヒトになったことで、あのヒトは死んでしまった。それはとても悲しいこと」
「古いヒトも生かしておいた方がいいのかな」
「そうね。あなたを愛してくれたヒトなんだから」
私は少し考える。
一度は母のように慕ったヒトだが、私には未練はなかった。でも。私に選ばれたヒトは私が新しいヒトに乗り換えると死んでしまう……これが続けば私は嫌われて、誰からも愛されなくなってしまうのではないか。それは嫌だ。注ぎ入れる力の加減を変えることで、少しだけ長生きすることも知っていたから。
「うん。わかった」
しかし。
ヒトは私の想像よりはるかに愚かだった。
一度「神に愛されたヒト」は私に愛されなくなってからも、周囲の尊敬を欲しがった。
いや。
愛されなくなったからこそ、周囲の尊敬でなんとか自分の立場を確保したかったのかもしれない。
周囲の尊敬を得た「愛されなくなったヒト」はそれを盾に「愛されているヒト」を脅かすようになった。
私の周囲は常に争いが絶えなくなった。
争い自体は私を楽しませたのだが、ある日「愛されなくなったヒト」が「愛されているヒト」を殺してしまったことは、私をこれ以上無く怒らせた。
私は怒り狂い、島の全ての営みを止めた。ヒトは次々と息絶え、残るヒトも絶望の淵に立たされる。
「新しいヒト」が成長し「愛されるヒト」になるまでそれは続けた。私の愛するヒトを殺すなんて絶対に許さない。
ヒトは反省し、それからは「愛されなくなったヒト」はヒトの手によって処刑されるようになっていった。
「結局、前と同じじゃない」
ある日、私は少し変わったヒトに印をつけた。
単なる興味だった。
山の民と呼ばれる、この島では虐げられているヒト。
今までは「私を愛してくれる優しいヒト」にだけ印をつけていたが、このヒトは違う。山を駆けイキモノを狩る。刀を持ち戦う。
今までのように愛してくれなかったが、それが気にならないほど、このヒトと一緒にいることは楽しかった。
注ぎ入れた力の使い方も今までと違う。
今までのヒトは私を愛するためだけに、注ぎ入れた力を使ってくれていたが、このヒトは周囲のヒトを守るためにその力を使い始めた。
「そんな使い方をしていては神がお怒りになる」
周囲のヒトはそう言ったが。
「失礼ね。私はそんなことでは怒らないわ」
そう思った。
ある日、海の向こうの大陸からヒトが来た。大陸からのヒトはこのヒトに言う。
「お前がこの島の王か噂に違わず美しい。我が王がお前を欲しがっている。大人しく従え。さもなければこの島を滅ぼす」
横柄な態度に若干怒りを覚えたが。
このヒトなら、ここにいる者達全てをやっつけることができるはず……私も力を貸すし。
しかし、このヒトは大陸からのヒトの言うことに従った。
「一緒に来るか?」
このヒトに初めて話しかけられた言葉がこれだった。
「うん。行く」
海の向こうの大陸にも興味があったがずっと島から出られないと思っていた。
でも、「愛するヒト」と一緒なら島を出られると、この時初めて知った。
大陸に渡り、このヒトがあそこで大陸からのヒト達をやっつけなかった理由がわかった。
何もかも桁違い。
ヒトの数も、武器の強さも。
「すごいすごい」
初めて見るもの全てが楽しかった。
このヒトも色々大変そうだったが、その様子を見ていることも楽しかった。
このヒトは島では全てを私に頼っていて、ヒトが自分で成長することがなかったことに気がついたようだった。
この大陸の争いに巻き込まれ、新しい国の建国に立ち会ったところで、このヒトは
「そろそろ新しいヒトが成長した頃だろう。一度島に戻ろう」
そう言って島へ戻ってきた。
「戻ったら、あなたは殺されるのよ。それでいいの?」
このヒトはそれを聞いて笑う。
「仕方ないだろう、それが運命だ。新しいヒトは私と違い、お前を愛してくれるだろう。お前もそれを望んでいるのだろうから」
「違う。もう、今までみたいに愛されなくてもいい。あなたと一緒にいて楽しかった。だから」
このヒトに死んでほしくなかった。
それでも。このヒトは島に戻った。
私を島に戻すために。
このヒトはその後、もう一度大陸に渡った。
大陸に建った新しい国の王が迎えに来たのだ。新しい国の王はこのヒトを愛していた。このヒトも新しい国の王を愛していたのを私は知ってる。
私も一緒に大陸に渡り、楽しかったあの日に戻りたかった。
でも。
このヒトは私の愛するヒトでは既になかった。
私は「愛するヒト」と一緒じゃなければ島から出ることは出来ない。
あのヒトが島を出てから、私はヒトとの係わり方を少し変えた。
もう、私のことを赤子のように甘やかしてくれなくてもいい。ヒトが自分で成長するために少しだけ手を貸す。
そうしないと、ヒトは私を楽しませてはくれない。
きっと、私は「母」を欲しがっていた頃より少し成長し「友人」を求めるようになったのだ。
私の注ぎ入れる力が少なくなったから、ヒトは慌てたようだが、数百年かけてゆっくりと成長していった。
もう、手を貸さなくてもヒトは生きていける。いや、元々そうだったはずなのに、幼かった私は寂しさをまぎらわすため、ヒトに依存し続け、ヒトの成長を止めたのだ。
そう、気がついた。
でも。ヒトは私の成長に気がついてくれなかった。今まで通り、私を愛そうする。
寂しさは感じなかったが、とても退屈だった。
大陸での楽しかった日々を思い出す。また行きたいと思っていた。今思えば、あのヒトは初めての「友達」だった。
その時、彼女に会った。
きっと「友達」になれる。そう思った。
「この機会を待っていたの!あなたは私を大陸に連れていってくれる。私はあなたを守るから。ねぇ、私を楽しませて」