8
三日後の放課後、四人はコンピューター室に集まった。
「聖徳太子のホロスコープの特徴について、気づいたことを話してくれないか」
「私はまず天王星と火星のコンジャクション、0度での重なりに注目したわ。改革心と激情が合わさって、情熱的に制度改革をしたんじゃないかと思ったの。それに月も重なっているから、感情的な部分も置き去りにしなかったんじゃないかしら」
「天王星と火星については、古い本にこうも書いてあるわ。『自尊心が強く、勇敢で冒険心に富む。しかし頑固で信念を曲げない面もある。月並みでない思想や、生活信条を持ちやすい』って」
璃茉の発言に、曜子が言葉を連ねる。
「月とのコンジャクションはタイトなのかしら。月は出生時間によって度数が動くから、先に出生時間を定めてしまわない?」
「それもそうだな」
星桂が頷く。
「出生時間については、マジョリティがどこのハウスにあるかで決めようと思う。太陽・月・水星・金星・火星・木星・天王星が、皆はどこに入っていたと思う? もちろんこの全てが入っているとは限らないが」
「その前にハウスについておさらいしないか」
「おさらい? お前、ハウスのことわかっているのか?」
アナンの発言に星桂が訝しげな表情をする。
「と、間違えた。おさらいじゃなかった。教えてくれないか、と言おうとしたんだ」
「おかしな奴だな」
そう言いながらも星桂は、素直にハウスについて説明し出した。
「ハウスというのは、簡単に言うと部屋みたいなものだ。東の地平線上の太陽が昇ってくる点、――要するにアセンダントのことなんだが――、を起点として黄道を十二のブロックに分けて一室から十二室まで数える。これを天球十二室という。で、この十二宮のそれぞれの室をハウスと呼ぶ」
「ハウスの分け方には、種類があるのよね。イコール・ハウスだとか、プラシーダス・ハウスだとか。それと、プラシーダス・ハウスを改良したものも確かあったわよね」
璃茉の問いかけに、星桂はすぐさま返答する。
「それはコッホ・ハウス。プラシーダス・ハウスとコッホ・ハウスは、アセンダントとMCによって四分割されたエリアを、『時間』を基準にさらに三分割して十二ハウスとする方法だ。イコール・ハウスはその名の通り、アセンダントからぴったり三十度ずつに十二分割する方法」
「イコール・ハウスがわかりやすいね。この研究ではその方法を使用させてもらえないか」
アナンがそういうと、星桂も
「そうだな」
と首を縦に振った。
「では、各ハウスの説明といこうか。まずは一ハウス。これは『本人の室』または『生命の室』と呼ばれている。十二ハウスのうちで最も重要なハウスで、本人の基本的な運命や人生に対する姿勢を決定する」
「アセンダントの近くだものね」
そう曜子が口にすると、星桂が
「そうだ」
と頷く。
「二ハウスは『金銭の室』または『所有の室』と呼ばれている。牡牛座をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれないな」
「うーん、牡牛座のイメージ。おっとりにしていて身なりがきれい、とか?」
「貯金してそう」
璃茉とアナンが続けざまに言う。
「合ってる」
「二人ともすごいね」
曜子の発言に璃茉が
「曜子をイメージしたのよ」
と返す。
「僕も」
「私ってそんなイメージ?」
「うん、曜子って典型的な牡牛座」
璃茉が笑う。
「補足すると、二ハウスは本人の金銭に対する態度や経済力、収入減を示す部屋だ」
「ここが強いと、お金持ちになれそうね」
「例えば木星とかね」
「木星が入ると、確かにお金は入るが、出てもいきやすくなる。木星には浪費、の意味もあるから」
「なるほどーー」
アナンがしたり顔をした。
「西洋占星術って、面白いね」
曜子が微笑む。
「三ハウスは?」
璃茉が聞くと、星桂は少し慌てた様子で
「あっ、ああ」
とだけ言った。
「星桂どうかした?」
曜子が星桂の表情を読み取ろうとする。
すると星桂は顔を逸らした。
「三ハウスは、『知識の室』または『研究の室』と呼ばれている」
「それは対応するのが双子座だから?」
「そうだ。璃茉は呑み込みが早いな」
「具体的に言うと、第三ハウスは本人の精神活動・学習能力・知的興味や研究の対象を示す」
「へーー」
「お前はそればっかりだな」
「そればっかりって?」
アナンが聞き返す。
「『へー』とか、『ふーん』とか。他に何か言えないのか」
星桂は呆れ顔だ。
「まあそう言うなって。誰だって不得意なジャンルの一つや二つあるだろ」
「それはそうだが……」
「まあいいじゃない。アナンなんて置いてけぼりにして、続けましょうよ」
「璃茉は全く薄情だなあ」
「不勉強なのが悪いんでしょ」
璃茉はつれない。
「まあまあ二人とも……」
曜子が宥める。
「璃茉の言う通り、続けよう。四ハウスは『家庭の室』あるいは『晩年の室』と呼ばれている。家族との関係や、家督相続についてなどを表す。母親と関係が深い室でもある」
「家庭や母親との関係が深いのは、蟹座に対応する室だから?」
「そうだ」
曜子の問いに、星桂が短く答える。
「蟹座のルーラーは月。月は母親を意味するものね」
璃茉がそういうと、アナンが
「西洋占星術って連想ゲームみたいだな」
と言った。
「意外と鋭いというか、たまーに的を射た発言をするよな」
星桂が少し驚いた表情を見せる。
「いやーそれほどでも」
「そこまで誉めてはいないよ……」
星桂は心底呆れたような顔をする。
その様子を見て、曜子と璃茉はぷっと吹きだした。
「だいぶ仲良くなったのね」
曜子が言うと、星桂とアナンは揃って
「そんなんじゃない」
と声を上げた。
それがおかしくて、女子二人はまた笑いだした。
「俺は真面目にやっているんだ。茶々を入れないでくれ」
「その茶々が楽しいんじゃない。そうじゃなかったら退屈よ。ねっ、曜子」
璃茉が言うと、曜子は困った顔をしながらも
「そうね」
と同調した。
「……わかったよ」
星桂はそう言ってこう続けた。
「次は五ハウス。『創造の室』あるいは『娯楽の室』だ。ここに土星が入ると、無意識のうちに自己表現を抑える傾向が出る」
「五室の別名は表現のハウスだものね」
と、璃茉が重ねて言う。
「ああ。他にも恋愛なども意味する。例えばエキセントリックさを表す天王星が入っていたりすると、自由恋愛に走ることがある」
「恋愛も広義には娯楽に入る、ということね」
これは曜子。
「結婚が七室で、恋愛は五室、ってことだな。その前に六室だ。六室は『勤務の室』あるいは『健康の室』だ」
「西洋占星術って、身体の状態までわかるの?」
「状態というか、傾向が出るような感じだろうな」
「例えばどんなふうに?」
アナンの問いに星桂は丁寧に答え直す。
「例えば海王星が入ると感染疾患や、中毒症や消耗性の病気に注意が必要になる」
「へーー」
「太陽が入ると心臓と循環器系等の病気になりやすい傾向が出る」
「それらは身体の根幹をなすものだからね。太陽がそれを司るのは確かに納得がいくな」
「もう少し詳しくやろうか。この部屋に行動力を表す火星が入ると、勤勉で精力的に働く傾向が出る。逆に海王星が入ったりすると、職務に対し怠慢になる。海王星は幻惑の星だから」
「そういうものなのか……」
「だが海王星の影響は悪いものばかりとも言い切れない。六室に海王星を持つ人は、自己犠牲と奉仕精神の塊だから、福祉関係やヒーラー、ひいては水商売なんかにも適性がある」
「なるほど!」
アナンが目をひらかせて言う。
「七室の説明に移ろう。七室は『結婚の室』あるいは『共同の室』と呼ばれている。第一室と対になっていると考えてもらうと分かりやすいかな。一室が本人で、七室がパートナーを表す」
「具体的に言うと?」
璃茉の声音は鋭い。
「七室に入る惑星は、その人が人生において求めるパートナーの条件を示していることが多いんだ。例えば水星が入っていると、若々しくてユーモアに富んだ人を求める。金星が入っていると美しくて魅力的な人を求める」
「魅力的な人を求めるのは皆そうじゃない?」
これは曜子。
「土星が入っていると魅力よりも堅実さを求めたりするよ。土星が入っていると、うんと年上だったりすることが多い。それに、晩婚になることも多いな」
「七室に惑星が多いと、理想が高くなったりするのかなあ」
「それはあるかもしれないな。まあでも、人生のパートナーは結婚相手とは限らないからな。それに、七室にある惑星は他者との関係性の傾向を表す、という側面も持つ。例えば水星がある人は知的・精神的な交流を求めるし、金星のある人は他人と円満に生活するのに長けている」
「八室は?」
アナンが星桂に聞く。
「八室は『遺産の室』あるいは『死の室』だ。ようは遺産運だな。これは物質的なものに限らない。精神的・感情的な影響も含まれる。第二室が自分の自由になる財産を表すのと対比出来る。さらに『死の室』ということで、本人の死の状態・死後の世界なんかも表す」
「難しいね!」
アナンが言う。言葉とは対照的に、どこか楽しそうだ。
「ああ、八室は解釈が難しい。例えばこの室に太陽が入っていると遺産運に恵まれる。これはなんとなくわかるよな?」
「もちろん」
「これが天王星だと相続が原因で紛争が起こったりする。この生まれの人は、異常な方法で他人から財産をもらう傾向がある。また、死は突然訪れる」
「天王星には予測不可能な、という意味があるものね」
「そうだ。あくまでも傾向だが、死に関していえば水星は病死、金星は通常死、火星は思わぬ事故か負傷による早い死のことが多い」
「九室に移ろう。ここは『意識の室』あるいは『外国の室』だ。第三室が若年期の知的発達を表すのに対して、第九室は成熟期の精神的発達を意味する。本人の思想を形成する精神的な概念・高度の学問・深遠な研究・信仰生活を示す」
「木星が入ると豊かな生活が送れそうね」
「確かに木星とは親和性があるといってもいいんじゃないかな。九室は射手座に対応する室で、射手座のルーラー(主星)は木星だから」
「木星が入ると、学問や宗教を極める傾向が出そうね。教授や聖職者に適性がありそう」
「そうだ。宗教的な環境にも、学術的な雰囲気にも恵まれる。研究熱心なところもある。補足すると、外国にも元々縁があったりする」
「他の惑星は?」
「例えば冥王星が入ると帰依する宗教思想によって全人格を支配される傾向を持つし、政治や思想上の確執が生じやすくもなる。自分の祖国にあまり愛着を持たないことが多く、生まれた地から遠く離れたところで亡くなったりする」
「冥王星は絶対的な力を司るから、どの室に入っていてもなんだか怖いわね」
「冥王星は確かにな。徹底的な変化や、本質を見極める、といった意味合いを持っている。だから四室、家庭の部屋にあったりすると、その人の家庭は平凡とはいいがたいものになったりする」
「十室は?」
「十室は『天職の室』あるいは『現世の室』だ。社会生活を示す室で、本人の人生哲学や学識の力・専門的職業・身分・キャリア・目上や上位者との関係を暗示する。そこから得られる名誉や業績とも関係がある」
「月が入ると変化に富んだ職業生活を送ることになりそうね」
「どうして?」
アナンが璃茉に聞く。
「月はうつろいやすいから。他の事物の影響を受けやすいというか」
「その通り。職業や、それに住居もよく変えたりする」
「十室に月がある人も苦労しそうだね」
「そういうものでもない。十室に月がある人は、人気と名声を得る幸運に恵まれている」
「どうしてそうなるんだい?」
「理由としては、女性や大衆の気持ちがわかるから、それを汲んだ商品やブームを生み出すことが出来る、というのが考えられる」
「それに、太陽と月は重要な惑星だものね」
「それもある。まあ、あくまでも傾向ってやつさ。統計学的な、な。西洋占星術のすべてに理由がつけられたら苦労はしない」
「それもそうだね」
アナンが納得した様子で頷く。
「次は十一室だなここは『友人の室』あるいは『希望の室』と呼ばれている。ここでの友人は個人的な感情で親しむ人という意味ではなく、共通の目標や主張によって結ばれた人々を意味している。それと人生上の抱負や最終目的としての願望を暗示している」
「最終目的としての願望……。なんだか大仰ね」
璃茉が深刻そうな顔をして言う。
「そこは水瓶座に該当する室だと考えてもらえれば」
「水瓶座は博愛的だものね。そう言われると分かりやすいわ。ありがとう」
「水瓶座は理想を追求する星座でもあるからね」
アナンの発言に璃茉が訝しげな表情をする。
「……。僕だって星座占いの知識ぐらいはあるよ。あんまりバカにするなよな、もう」
「それもそうか」
「この室に火星があると、喧嘩っ早くて短慮な友人を持つことになる。また、社会的な指導力があって、これが活発的な行動を持つ人を引き付ける」
「友人の傾向まで表れるのか!」
「類は友を呼ぶというか、友人ってのはその人自身を表すものだからな」
「確かにね!」
「土星が入ると少数だけど忠実な友人に恵まれる。年長者の友人が多いかもしれない」
「十一室って、なんだか地味だな」
アナンが言うと曜子は呆れ顔で
「地味って、そんな一言で……」
と嘆いた。
「まあそう言うなよ」
そう言ったのは意外にも星桂だった。
「そういう直観的な感覚も意外と大事だよ。確かに十一ハウスは重要なハウスだとはいい難い。でも、だからと言って無視していいというわけじゃない。そういう感覚はそのままに、細部にまで目を向けるようにしてくれないか、アナン」
「了解」
アナンが片目をつぶってみせる。
「十二ハウスは、無意識の室だっけ?」
璃茉の問いに、星桂がすぐさま答える。
「そうだ。付け加えると、十二室は『障害の室』あるいは『秘密の室』だ。目には見えない敵、隠された真実、みたいな感じかな」
「抽象的で難しいな」
「別名をカルマの室ともいう」
「呼称多すぎ!」
「魚座に該当する」
「難しい」
女子二人からも声が上がる。
「潜在意識を司る。本人が意識していない弱点なんかが入る惑星や星座によってわかる」
「十二室に関してはちょっと保留で!」
「賛成」
璃茉がそう言うと、曜子とアナンも首を縦に振って同意した。
「分かった」
星桂が答える。
「さて、振り出しに戻ろう。皆は聖徳太子のマジョリティはどの室に入ると思う?」
少し間をおいて、星桂が皆に問う。真っ先に口を開いたのは、アナンだった。
「僕は七室だと思う。聖徳太子は周囲の人間に恵まれていたように思うから」
「蘇我馬子に、推古女帝……。確かにそうね。でも彼らは聖徳太子の『パートナー』にしては力不足だったように思えるけれど」
「その意味では、彼らは七室的な『パートナー』ではなくて十一室の『協同任務遂行者』、だったんじゃないかしら」
「璃茉はじゃあ、十一室にマジョリティがあったと思うのかい?」
アナンが聞く。
「私は十室だったんじゃないかなって思う」
「どうして?」
「聖徳太子は名誉や名声に恵まれた人だったから。マジョリティの中には月も入ってるしね。人気と名声を得る幸運に恵まれるって、まさしくそうじゃない?」
「私にはそれは運の力だったんじゃなくて、聖徳太子の実力だったと考られるけれど」
「そう言う曜子は何室だと思うんだい?」
「私は一室だったと思う。あれだけの改革をするには自我を通すことが必要だったと思うの。そうなると自我の部屋、自分自身の部屋である一室に惑星が集合していたと考えられるかなって」
曜子がよどみなく言うと、星桂もこう続ける。
「俺もそう思う。一室は人生に対する姿勢を表す。聖徳太子はあらゆることに対して積極的な人だったと思う。太陽、月、それに行動力を表す火星が一室に入っていたとするなら、合点がいく」
「それも、そうね」
思案顔の璃茉。
「わかった、一室でいきましょう」
「璃茉がそう言うなら僕も一室で異存はないよ」
アナンが続ける。
「決まりね!」
はずんだ声で曜子が言う。
「じゃあ出生時間の調整といくか。ちょっと待ってくれ」
そう言いながら星桂がパソコンをいじる。
「まずは朝五時で」
パソコンの画面にホロスコープが表示された。
「さすがね。一室に惑星が集中している。でもこれだと太陽が二ハウスになってしまうわ」
璃茉が言うと、星桂は
「そうだな。ちょっと待ってくれ」
と言いながらパソコンのキーを動かした。
「五時半。これならどうだ」
「いいんじゃない?」
アナンの声に、今度は曜子が口を挟む。
「金星がはみ出てる。これだと十二室になっちゃう。どうせなら全部一室に収めてしまいましょうよ」
「そうだな。じゃあこれでどうだ。五時二十分」
「ぴったり!」
出てきた画面のホロスコープを見て、女子二人が声を上げる。
「七天体が全て一室に収まっている。すごいね」
「ああ、すごいホロスコープだよ」
アナンの発言に、星桂が言葉をかぶせる。
「あれっ、もうこんな時間!」
曜子が腕時計を見ながら言う。時刻は七時だった。
「今日はここでお開きにしようか。この出生時刻で出したホロスコープをまたプリントアウトして配るから」
星桂はそう言ってマウスをクリックし、印刷を始めた。
「今度はいつ集まる?」
「うーん、来週の火曜日の放課後はどう?」
アナンの声かけに、璃茉が反応する。
「賛成」
曜子が言うと、星桂も頷いた。
「じゃあ、また」
四人はそこで解散した。