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アストろじっく!聖徳太子篇  作者: 遠野紗雪
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西暦二一〇〇年代、東京。


 校門の近くに植えられた桜が見ごろだった。アズマ桜というその桜は、秋に花が咲くように品種改良された桜である。

百年ほど前、九月入学が多い海外の大学に、四月入学が主だった日本が入学時期を合わせるようになった。入学式といえば桜なのに、秋ではそれが見られない。それを理由に作られた桜だ。

 当初はいっそ散らない桜を作ってはどうか、という提案のもと、散らない人工の桜が作られたらしい。だが、それでは日本の美的感覚にそぐわない、という声が多く寄せられ、結局自然に散る桜が作られた。人口の桜の方が作るのも、管理する方の手入れも楽なのに、と作り手は嘆いたそうだ。

 日本人の美的感覚にそぐわない。一見ナンセンスな意見のようではあるが、日本の文化や歴史を思うと、そうとも言い切れないだろう。文化や歴史は、過去と未来とをつなぐ、たすきのようなものだからだ。

 それはそうと、校門の内側にある学校では、こんな会話が聞かれた。

 

「まだ引きこもってるの? 曜子のお兄さん」

 曜子の親友、中国人の万璃茉が聞く。

「璃茉、引きこもりって……。直球過ぎるわ」

「そう? じゃあなんというべきかしら。不登校?」

「兄さんは大学生よ」

「難しいわね」

「殻に閉じこもってるって感じかな」

「ふうん。えらく抽象的な表現ね」

「……やっぱり引きこもってるってのが一番正確かも」

 曜子は璃茉と目を合わせ、やれやれ、というように鼻から息を吐いた。

 曜子の兄は、大学の共同研究でイエス・キリストのホロスコープを作成し、それを世界中に発表した。それは一時は画期的な研究ともてはやされ、メデイアを中心にセンセーショナルに取り上げられた。しかし、キリスト教信者の目にとまったその研究は、やがて大バッシングを受けることになった。それは神を人間に落とし込む行為、すなわち神への冒涜であると非難されたのだ。

「まあ仕方ないんじゃないかなって思うよ。宗教はデリケートな問題だもん」

「曜子はクールね」

「クールっていうか……。兄さんが熱すぎるのよ。研究テーマをキリストのホロスコープにするって決めたときにはえらいはしゃいじゃって。家族に自慢してたし」

「へえ」

「この研究が有名になったら、次は陰陽道の復活だって息巻いちゃって。キリストのホロスコープ作成と陰陽道は何の関係もないのに。自分が有名になればなんとかなるって考えたんだろうね。ほんと単純なんだから」

 曜子は芯から呆れた声を出す。

「お兄さんも陰陽道に詳しいんだ?」

「まあ家が神社だから。自然と詳しくなるよ」

「神社の根幹にあるのは神道よね。神道と陰陽道って、イコールなの?」

 璃茉がこともなげに聞いてくる。

「えっと、全く同じってわけじゃないんだけど……」

曜子は返答に詰まってしまった。

そこにクラスメイトの李星桂がやって来て、口を挟んだ。星桂は北朝鮮自治区出身の中国人である。

「陰陽道は古代中国の陰陽説・五行説・天文説などをベースに平安時代に独自に編み出された信仰・学知・技能の体系だろ? 体系化の過程で密教や道教、加えて神祇信仰の交渉、習合はあったが、神道と陰陽道が百パーセントイコールだったことはなかった。実家が神社のくせに、そんなことも知らないのか」

糾弾するような口調の星桂の言にいたたまれなくなった曜子は、そっと視線を落とした。

「なによ、偉そうに」

 曜子と仲が良く、勝ち気なところのある璃茉が喰ってかかる。

「俺は事実をいったまでだよ」

 星桂は譲らない。

「えーと、わかりやすくいうとね、神道と陰陽道は互いに影響しあう関係にあったのよ。でも、どちらも一方に取り込まれるということはなかった。陰陽道が重用された時代には神道は陰陽道の良いところを取り入れたし、その逆も然りだった、ってとこかな」

「曜子だってわかってるんじゃない」

璃茉が言う。

「不十分だな。五十点だ」

「なんでアンタはそう喧嘩腰なの!?」

「まあ二人とも、落ち着いて」

曜子が二人を宥める。

始業のチャイムが鳴っても、璃茉と星桂のにらみ合いは続いた。

「そこ、なにをやっているんだ! もう授業の時間になるんだぞ。席に着けよ」

クラス長のアナン・ブンナークが二人に声をかける。

「アナン。それが……」

 と、曜子。

「アンタの出る幕はないわ」

 璃茉が言う。

「クラスの風紀が乱れると、僕が先生からお咎めを食らうんだよ」

「はいはい、優等生さん。大人しく席に着きますよ。悪かったわね」

「何かあったのか?」

 不調法な璃茉を無視してアナンが曜子に聞く。

「私の兄さんの話をしていたら、陰陽道と神道の話になって。璃茉に違いを聞かれて、答えに困っていたら星桂が口を挟んできて。それで、璃茉と星桂が言い合いになっちゃって」

「なるほど」

 アナンは得心顔だ。

「星桂、君が優秀なのはわかるが、それを他人にまで押し付けるのはどうかと思うな。璃茉もそうだ。君は我が強すぎる。他者を尊重することを覚えないと、これから苦労すると思うよ」

「まるで一部始終を見ていたかのように話すのね」

 不服気な璃茉。

「僕には洞察力には優れているという自負があるからね。タロットでは、とても重要なことさ」

 アナンの専攻はタロットカードで、休憩時間になるとよくクラスメイトの女子の恋愛相談にのっていた。成績優秀なクラス長で、先生からの信頼も厚い。国籍はタイ人である。

「占い師を志すなら、洞察力は何においても重要よ。数秘術だろうと、西洋占星術だろうと」

 璃茉の専攻は数秘術だった。

「何も知らないくせに、そこで西洋占星術を出すなよ」

 星桂が口を出す。

「なによ、占星術概論で、一通りのことは学んでいるわよ」

「あんな基礎中の基礎を習ったぐらいで、知った気になるな!」

 星桂が一喝する。星桂の専攻は西洋占星術だから、譲れないものがあるのだろう。

「まあまあ二人とも落ち着いて」

 今度はアナンが二人をなだめる。そこへクラスメイトの一人がやって来た。

「クラス長、この時間は先生が体調不良で自習だそうです」

「そうなのか。伝えにきてくれてありがとう」

 アナンがクラスメイトにお礼を言う。クラスメイトは、一礼して去っていった。

「星桂は自分の専攻占術に誇りを持っているんだな。璃茉も」

 アナンは二人を見ながら言った。

「一つ提案があるんだが」

「提案?」

 曜子が尋ねる。

「四人で共同研究をしないか」

「共同研究?」

 アナンを除いた三人が口を揃える。

「そう、共同研究。曜子のお兄さんがイエス・キリストを占ったように、僕たちも歴史上の人物をそれぞれの占術で占うんだ」

「そういえば、もうすぐ卒業研究を始めないといけない頃ね」

 これは璃茉。

「璃茉と星桂はわかるけど、なんで私まで。私の専攻する陰陽道では、占えることは限られるわよ」

「曜子には、曜子のお兄さんがどのようにしてイエス・キリストを占ったか、そのプロセスを教えてほしんだ」

「それに、事の発端は曜子だからね。責任をとってもらわなくちゃ」

 アナンはそう言って笑った。

「責任って……」

 困惑顔の曜子。

「面白そう! やりたい!」

それとは対照的に、璃茉は乗り気だ。

「でもなんで共同研究なの?」

「タロットカードって、研究には向かないんだよ。相手あっての占術だから。カードの歴史を調べるぐらいかな。もしくは絵柄による心理的な受け止め方の違いとか。そこまでいっちゃうと、心理学の領域のような気がして、さ」

「俺は共同研究なんて興味ないね。誰かさんに足を引っ張られるなんて御免だ」

「だからなんでアンタはそういう言い方しか!」

「だから喧嘩はよせって」

 アナンは手で星桂と璃茉の二人を制すと、星桂の方に向き直った。

「で、君は卒業研究のテーマ、決まっているの?」

「まだだが」

「君は僕と同じ特別奨学生だろ。いい成績をあげないとまずいんじゃないか?」

「それは、そうだが」

 星桂はそっと視線をそらした。

「じゃあ決まりね! 星桂。アンタと組むのは不本意だけれど、この際贅沢は言ってらんないわ。曜子のお兄さんの研究に、私実は興味津々だったの。楽しみだわ」

 璃茉は目を輝かせている。

「誰を占うかはもう決まっているのか」

 星桂がアナンに聞く。

「それはこれからみんなで考えるんだよ」

「難しいわよね。誰もが知っている人物で、しかも斬新さがないと。で、近代よりの人物だと手垢がついてしまっているから、古代の人物がいいわよね。でもそうなると誕生日がわからない人物が多くて」

 そこでずっと黙っていた曜子が口を開いた。

「……聖徳太子はどう?」

「聖徳太子?」

 曜子を除いた三人が口を揃えて言う。

「そう、聖徳太子なら、私共同研究に参加してもいいわ」

「そりゃあ聖徳太子は誰もが学校で習う人物だけど、ちょっと昔過ぎない?」

「聖徳太子って、生年月日がわかっているのかい?」

 璃茉とアナンが言う。

「古記録に記述があるわ」

「聖徳太子、かあ」

 璃茉とアナンが目を合わせる。どう反応したものか、考えあぐねている様子だ。

 曜子の提案に助け舟を出したのは、意外にも星桂だった。

「俺はそれで構わないよ。聖徳太子は、ある時期において信仰の対象でもあったって聞くからな。優れた政治家でもあったようだし。メジャーな人物でありながら、その一生は謎に包まれている、というのも興味深いじゃないか」

「確かに、調べると面白いかもしれないわね。私も賛成するわ」

「僕もそれでいいよ。反対する理由がない」

「みんな、ありがとう」

「お礼を言うのは早いぜ。出来そうになかったらすぐに他の歴史上の人物にするからな」

 星桂はそう言って笑った。

「じゃあ占う歴史上の人物は聖徳太子で決まりね! 放課後にでも図書館に行って聖徳太子の生年月日を調べましょう」

「お前が仕切るなよ」

 星桂が呆れた声を出す。

「僕は構わないよ。いつもリーダー役ばかりで、疲れていたところさ」

 そう言ってアナンは愉快気に笑った。



四人が通っているのはアストロジカル・アカデミー、通称アス・アカの付属高校である。

 アストロジカル・アカデミーは占いやスピリチュアルが蔓延し、世を乱すようになったため、政府がその道の「プロ」を育成することを目的に作った学校で、曜子の兄成明が通っている。

 付属高校といっても皆が皆アストロジカル・アカデミーに進めるというわけではなく、進学するためには普段から良い成績をとっておく必要があった。もちろん卒業研究もこれに含まれる。

 特別奨学生であるアナンと星桂もそれは同じであった。いや、特別奨学生であるがゆえに、彼らに対する期待値は高かった。

 特別奨学生というのは母国からの援助で特別に学費を免除されている生徒である。各クラスに二、三人ほどおり、曜子たちのクラスの特別奨学生はアナンと星桂である。

アナンはタイ政府が学費を肩代わりしており、アナン個人の生活費も支給していた。

 北朝鮮自治区出身の中国人である星桂は、日本の管轄する北朝鮮自治区の政府と、中国政府とで、二重に学費及びその他の権限を融通していた。

 西暦二〇二八年に、中国に併合された北朝鮮。そして日本と中国、二つの大国に挟まれ、身動きのとれなくなった韓国。こうもりのような態度をとる韓国に業を煮やした日本は、北朝鮮の独立に尽力し、北朝鮮自治区を作ることに成功したのである。


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