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第1話

 リザードマンのミンチ肉の価格が分かった人はいますか?

 土交じりだから0円ですか?

 ロシア軍のアテトリ王国への派兵と内戦への参戦。

 日本政府はその日の内にロシアに対して遺憾の意を表明、米国大使館、国連、各国大使館もロシアへの非難声明を相次いで発表した。

 マランギ王国大使館はロシアからの発表を属国への内政干渉として抗議し、この先何が起きても全ての責任はロシア側にあると警告した。

 日本中がこのニュースに度肝を抜かれ、今まで交渉の表舞台に一切登場しなかったアテトリ王国とロシアとの戦争というパワーワードがネット世界でも駆け巡った。

 五か国会談ではアテトリ王国の名前は異世界の世界情勢についての確認作業で出てきてはいたが、会談に列席しておらず、内戦中だったことで会談中の話題にはならなかった。

 そのため、一般国民でアテトリ王国の認知度は極めて低く、このニュースで初めて国名を知ったという国民が大多数だった。

 そんなアテトリ王国がいつの間にロシアと接触して、王太子が亡命できるまでの関係を築いたのかという点にも注目が集まった。

 いつの間にかロシアが築いた独自パイプに日本政府の外交努力不足を指摘する声も上がり、国会内でも内閣の責任問題を追及する動きが出てきていた。

 国会内の動きは七者会談で異世界と国交が成立し、検討中の内容が多いが通商条約も締結されたことで、今後の道筋がつき、政権の座に火中の栗を拾ってでも得るだけの価値を見出せるようになったと判断する政治家や有権者が出始めたということの証だった。また、こういった政界の動きの裏には財界の働きかけがあった。

 アテトリ王国の存在は一般国民の間では知名度が低かったが、政財界では注目の的だった。

 マランギ王国南部貴族領で原油が産出されていることが伝えられ、機密に触れない程度のマランギ王国の地図も提供され、そこからマランギ王国南部一帯からアテトリ王国に掛けて大型油田の存在が疑われた。アテトリ王国についてはマランギ王国の属国以上の情報が得られず、油田の存在は示唆されていたが、未調査だったため、アテトリ王国の宗主国かつ同じく産油国のマランギ王国の機嫌を損ねたくなかったため、マランギ王国経由での国交樹立という方針になった。

 しかし、アテトリ王国王太子という情報源と外交カードが大きく話を変えた。

 ロシアの発表を信じるならアテトリ王国は内戦中で、王太子は唯一存命している正当な王位継承者だった。ならば、日本こそが王太子を保護して内戦の停戦と復興支援という名目で国連を動かしてPKO派遣するべきという声まであった。


 アテトリ王国の宗主国であるマランギ王国は特にロシアの動きに敏感に反応した。

 ロシア大使館に急使を派遣して、派兵への厳重抗議と派兵中止、詳しい説明を求め、保護したというアテトリ王国王太子の本人確認も要求した。

 ロシア大使館は平和と人道目的の派兵であり、アテトリ王国の安定化のためにアテトリ王国王太子から直々に要請があったという回答でマランギ王国からの抗議を封殺した。

 ロシアはこの派兵に全てを賭けていた。

 軍隊は大量の物資を消費する。ましてや、派兵となるとさらに多くの物資が消費される。

 ロシアは大規模演習の為に大量の物資を集積させていたが、派兵には不十分だった。

 それなのに無理に派兵すれば、備蓄分に補えない分は北方領土のロシア国民の生活に必要な分で賄うことになり、北方領土のロシア国民の生活の維持も危うくなる。

 だが、このまま派兵しなくても軍隊は維持するだけでも物資を消費し、兵器も永遠に維持することは出来ない。その維持にしても、米軍と違い自衛隊と維持するために必要な物を共有できず、近い内にロシア軍は維持すら出来なくなるのは目に見えていた。そうなれば、ロシア軍という恐れるものが無くなった日本は北方領土をこのままロシアに渡したままにしてくれるとは思えなかった。

 このまま何もせずにいればしばらくは大丈夫で、日本からの支援で生活もどうにかなる。だが今動けば、すぐに物資は底を突き短時間しか持たないが、アテトリ王国という新たな生存圏を確保できる。

 アテトリ王国が想像されていたような産油国でなかったら、戦争の早期終結に失敗して泥沼化したら、など多くの懸念はあったが、ロシアは座して死を待つよりもリスクを選んだのだった。

 しかし、ロシアにリスクを選ばした背後には日米の後押しがあり、だからこそ、ロシア大使も強気の対応で挑めたのだった。

 現山之内政権と財界の大物、米国大使館、米軍上層部はアテトリ王国王太子の存在を知っていて、尚且つ、ロシアに動くように唆したのだった。

 日米が口だけの非難はするが、戦争の後方支援を確約したことがロシアの決断を強く後押しした。

 日本、そして、米国はマランギ王国の炭鉱と油田がどのくらい有力なのか判明するまではマランギ王国を刺激したくは無かったが、不鮮明でも地図情報からアテトリ王国にはマランギ王国以上の油田の存在が示唆されている以上はアテトリ王国の油田も喉から手が出るほど欲しかった。

 そんな中、アテトリ王国王太子は現れたが、日本は自衛隊の派遣出来るだけの余力物資を捻出は難しく、マランギ王国との関係悪化も必至だった。マランギ王国に王太子を引き渡しても、王太子から提供された情報が事実なら、マランギ王国もアテトリ王国の内戦を鎮めることは困難と判断された。仮に鎮められたとしても、日本が得られるだろう利益は大きくは無く、時間も掛かると予想された。

 王太子の身柄を引き渡しても得られる利益や時期は日本の希望とはかけ離れている。だから、代わりにロシアに白羽の矢が立った。

 ロシアが動いて日本とアメリカの代わりに派兵し、内戦を早期終結に導き、アテトリ王国の地下資源を確保した上で、日本の代わりにマランギ王国からの反感を一身に受けてもらうのだ。

 これならば、早い段階での油田の確保、相応の見返りの確約とマランギ王国との極度の関係悪化の回避という二つの課題を両立できた。


 日本政府はロシアに対して遺憾の意を表明しても、それ以上の措置は一切取らず、日本企業がロシアに協力することを容認していた。

 ロシア軍の輸送は海運業者が食料、医薬品などの支援物資運搬という名目で受注していた。受注したのは日本企業だけでなく、日本に支社を置いている外国企業も含まれていた。

 例え、輸送品に武器弾薬があっても、積み荷に、ロシア軍が使用する物でも、医薬品が一つでも混じっていたら人道支援物資輸送の業務請負とされ、ロシア兵の輸送でも軍医が一人でも混じっていたら医師の輸送業務の請負だとされた。




 アテトリ王国の内戦は新たな展開を見せていた。

 内戦の勝者チュレードが白昼堂々と暗殺されたことで新アテトリ王国は瓦解した。

 暗殺の首謀者は新アテトリ王国近衛軍長官エドアーノ、実行したのは配下の近衛兵たちであった。

 エドアーノは暗殺後に近衛軍内の反抗分子を粛清して、近衛軍を完全に掌握、王都も自身の手中に収めたが、チュレード亡き後の新アテトリ王国軍はエドアーノに従わず、いくつかの勢力に分裂した。チュレードの軍門に降っていた諸侯たちも分離独立を宣言したことで、アテトリ王国は群雄割拠の戦国時代になっていた。

 しかし、この機会でもマランギ王国は軍事介入できないでいた。

 マランギ王国と国境を接する北部一帯は新アテトリ王国軍から分離し、北部諸侯を支配下としたアテトリ王家の血を継ぐ北アテトリ公国が実効支配していた。

 北アテトリ公国の支配域はチュレードが迎え入れたリザードマン軍の駐留地であり、新アテトリ王国崩壊後も北アテトリ公国はリザードマンとの同盟を継承していた。リザードマンという外部勢力の助けを借りて、内戦の勝者となるという野望に燃える北アテトリ公国だった。

 北アテトリ公国の当面の目標は南の王都を占領するチュレードの庶子を擁立した新アテトリ近衛軍率いる新アテトリ王国であり、リザードマン軍は内戦に直接介入はせず、マランギ王国との国境線の警戒に当たっていた。

 マランギ王国は王国東部の会戦の敗戦で戦略予備を東部に投入したため、リザードマンとの戦争の可能性があり、二方面作戦となるアテトリ王国内戦の軍事介入に消極的な意見が多勢を占めていた。


 ロシア軍はアテトリ王国沿岸への奇襲上陸に成功し、港町コリピサがロシア軍に擁立された王太子派に降り、無血で港湾を得ることが出来た。

 コリピサを橋頭堡に、日本からチャーターした貨物船が北方領土、コリピサ間をピストン輸送することでロシア軍は迅速にアテトリ王国への展開を完了させて、北アテトリ公国の首都アルソットに向けて進軍を開始した。

 アルソット郊外でリザードマン軍の援軍も動員して行われた会戦でロシア軍はリザードマン軍をミンチ肉に変える完勝を収め、首都アルソットをその日の内に占領したことで北アテトリ公国は滅亡した。

 アルソット陥落を受けて、アテトリ公国の軍門に下っていた北部諸侯は我先にと王太子のアテトリ王国に降伏していった。


 リザードマンという下手な金属鎧を上回る皮膚で鎧無しでも重装歩兵並みの防御力と人間を上回る怪力にスタミナ、水中を自在に泳ぎ水陸両用の種族特徴を武器に、武器と防具を整え、集団戦の訓練を受けたリザードマン軍は人間の軍隊なら倍の数でも相手にならない異世界有数の強兵である。

 その強兵を一切の損害を受けず、一方的に、一切の抵抗を許さず、一瞬で、ミンチ肉に変えたロシア軍という常識外れの異世界の軍隊とその兵器がマランギ王国、ケンベルク帝国、至高教に与えた衝撃は途轍もなく大きなものであった。

 派遣していた観戦武官の正気を疑うほどの衝撃的な出来事であり、そんな国が自国の近くに現れ、自国と国交を結んだことに恐怖と歓喜したのだった。




 後の歴史書ではチュレードの反乱は、異種族の差別撤回の一環としても、評価されず、チュレードは単なる簒奪者であり、リザードマンの傀儡に自ら成ろうとした愚か者とされ、国力を大きく浪費させた内乱と相次いだ外国軍の介入を招いた諸悪の根源と書かれた。

 結局のところ、チュレードが人間と同等の権利を保障したのはリザードマンに対してのみで、それ以外の異種族の権利は、戦争で兵士として登用したにも関わらず、新アテトリ王国建国後も保障しなかった。行ったのは過激な異種族の浄化活動を緩め、国政を顧みない過激な聖戦を推進していた王族や諸侯、宗教関係者を粛清しただけだった。

 作中に登場せずに消えていったチュレードちゃん。

 20話で登場して、感想にも名前が書かれたのに登場する機会すら与えられないとは情けない。


 チュレードちゃんは異種族を可哀想だという気持ちがあったのは間違いない事実ですが、上から目線の博愛主義者だったというだけのことです。

 彼は異種族を助けたかったというよりは気に食わない奴らを片付けてスッキリ爽快な気持ちになって、異種族を救ってやったという自己陶酔に浸りたかったというのが最大の動機です。

 アテトリ王国の従来やり方は限界に達していたというのに気づいていて、どうにか別のやり方を見出さないと反乱を起こして、従来のシステムを破壊して、リザードマンを迎え入れました。ただし、彼が試してみたやり方が正しかったかというと正しくなくて、それを修正する前に部下に裏切られたのが彼の運の尽きでした。

 失敗を修正する余裕すら与えられず、自己陶酔を裏付ける日記などの証拠や証言だけが残されたのも彼の低評価を決定づける要因です。


 一番最初の案ではロシア軍にリザードマンと一緒に榴弾砲でミンチ肉にされる予定でした。

 身元も判別困難になるミンチ肉にされるよりは、(道端に捨てられるにしても)部下に殺されたほうがこの世界的にはマシなんじゃないですかね。

 ローマ皇帝みたいな最後だね。

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