第1話
ちょこちょこ書いています。
・野蛮人度チェック
あなたは生活物資が不足しています。
あなたの目の前にあなたより確実に大きく劣る雑魚が生活物資を持っているのを見つけました。
ただし、その雑魚も余るほど生活物資を持っていません。
あなたならどうしますか?
これで野蛮人かどうかが分かる。
『大鯨号が現れたとき、某は本営で休んでいたが、港のほうがにわかに騒がしくなっており、本営に詰めておった同輩の騎士とともに従者や兵を率いて騒ぎの鎮圧に向かった。
海の上での戦いは海賊どもに任せざるを得ず、マダカス様が雇い入れられたのも仕方のないことである。だが、奴らは卑しい生まれゆえ粗野なものが多く、酒に夜伽、遊戯に耽るばかりで己を鍛えようとする気概が無いどうしようもない者たちである。
だから、某は、さてこれで奴らの性根を鍛えなおせるぞ、とばかりに勇んで港に向かったのだったが、港には母から聞き及んでいた大鯨号がいるではないか。
大鯨号は大聖堂の鐘楼よりも高く、港にいた全ての船よりも大きく、島と見間違うほどであった。船は木ではなく、灰色に光る何かで出来ている。船にマストは無く、その日は風も弱いにも関わらず、自由に動き回るではないか。某も兵も幼少のころからアドリアーノ・セッチを聞いて育ったのだ。誰もが何も言わずともあの巨船こそアドリアーノ・セッチが悪魔を食らって得た知識で作った悪魔の船、大鯨号だと分かった。
海賊どもが逃げ惑う中、幼子が逃げる海賊に蹴飛ばされ、踏まれている。普段なら某が行かずとも、某に鍛えられた兵がそのような蛮行を許してはおかなかった。だが、下等で野蛮だが、恐れ知らずの異種族にもで勇猛に戦う兵たちも我先にと逃げておる。兵だけでなく、同輩の騎士たちも逃げている。
逃げた者たちを笑うことは某には出来ない。某と幾人かの騎士や兵はその場に残ったのだが、このこととて恐怖で足が動かなかっただけのことだ。
動けずにいると、大鯨号から小舟が出てきたが、これまた木ではなく黒い何かで出来ている。アレこそ話に聞く悪魔の金属なのだろう。小舟には櫂や舵は無く、音と波しぶきを立てながら見たこともない速さで桟橋に向かってくる。声が届くはずも無い距離から、何事かを繰り返し喋っている。なんという大声であろうか、離れている某にも響いてくる。某たちに魔術師はおらず、何を喋っていたかは分からなかったが、分かった者たちはマダカス様のもとに向かっていった。
しばらくすると、マダカス様が歩いてこられた。マダカス様を呼びに行った者たちは大鯨号を恐れて動けなくなっているのに、マダカス様は威風堂々と歩かれ、小舟と話せる距離に行くと、幾ばかりかの言葉を交わす。さすると、いかなることか、小舟は急ぎ大鯨号に戻り、小舟が戻った大鯨号も港から出ていくではないか。マダカス様に追い立てられた大鯨号を港から離れた位置で停泊したのだ。
マダカス様は武器を使わず、その御威光だけで大鯨号を追い返されたのだ。
世間では聖下が神の代理である、いや王こそが神の使途である、と騒がしいが、マダカス様こそが現人神である。聖下や王が真の神の代理や使途であるのなら、大鯨号を追い返してみよ』
この日のことを綴った日記の一つである。
歴史書では王国政府の失敗は西部との軍事衝突を恐れて、マダカスを自由にさせたこと、と書かれている。
マダカスはこの日、この時、この瞬間、その身に神を降臨させたのだった。
港に入港した『いずも』から進出した複合艇に乗った『いずも』の副長が交渉したいから責任者を出してくれ、とその場にいた騎士に伝え、やって来たマダカスが不安を与えるから港から離れた場所で停泊するように伝えただけのことである。
マダカスがやったことは大それたことではなく、単に邪魔だからどいてくれ、と伝えて、相手がそれに従っただけである。
しかし、周囲にいる観衆はそういったことが分からないからこそ、マダカスの至高教の高位の神官という立場から自分なりの解釈をしたのだった。
マダカスではなく、この日記の著者が同じように港の外で停泊するように伝えたとしても、『いずも』は同じように従ったが、実際に伝えたのはこの日記の著者ではなくマダカスだった。
騎士に案内されたマダカスは櫂も舵もない不思議な小舟を見て驚きつつも、堂々と交渉に応じた。
交渉を求めるということは相手に敵意が無く、こちらに求めていることがあるということだったからこそ、強気の姿勢で応じたのだった。
交渉ははったりである、例え嘘でも虚勢を突き通すのが交渉である。
交渉とは名ばかりの詭計という可能性もあったが、『いずも』を見ただけで相手は詭計を用いずともこちらを圧倒出来るから、詭計の可能性は極めて低いという目算もあった。
本格的な交渉のための前準備の交渉という相手にマダカスは、突然やってこられても直ぐには交渉は応じられない、5日の内に準備を整えて、準備が整ったらこちらから使いを出すから港から離れた場所で待っているように伝えたのだった。
交渉の前段階の交渉では外交交渉の前段階の取り決めを交わしただけだったが、言外ではマダカスは多くの情報を得ていた。
準備期間にしても日本側もそこまで悠長に出来ないが、マダカスも大鯨号の出現となれば王国政府や至高教総本部も黙っているわけがなく確実に介入してくる。だからこそ、マダカスは介入される前に日本との交渉のイニシアチブを獲得する必要があった。日本も、マダカスもさっさと交渉に入りたいという思いを共有していたのだった。
だから、マダカスは交渉の準備期間を一日か二日とすぐに判断したが、日本側には一か月という異様に長い準備期間を伝えて相手の反応を観察したのだった。テクノロジーでは劣っていても、人同士の交渉能力ではマダカスは貴族や国家を相手取り、至高教内でも次期教皇の筆頭候補と呼ばれたほどである。
相手がどの程度の忍耐力があるのか、この交渉を重視しているのか、急ぎの交渉なのか、といった情報を引き出すことが狙いであった。しかし、長めの期間を言って受け入れられたら、今度はマダカスのほうが王国や至高教に介入されて困ったことになるから、断られるくらい長い期間をいったのだ。
海軍士官は外交官である、とは伝統だったが、海軍士官は軍人であって本職の外交官ではなかった。この時も『いずも』の副長や海上自衛官、海上自衛隊の士官教育に不備はなく、相手が悪かっただけのことである。
副長は『いずも』と連絡を取って一か月という期間を伝えて、短くできないかという紳士的な交渉に入った。これで一か月という時間でも相手は苛立たないが、急ぎの交渉だということ、相手が理性的だということが分かった。
このとき、マダカス最大の収穫にして、最大の驚きは通信機の存在である。異世界にも遠方と連絡を取れる魔術具が存在しているが、小舟に乗せれるサイズでも、普及もしていない。王国だと王都と大都市くらいにしか存在していない代物である。
あとは、相手を上手く乗せて、譲歩した振りをしつつ、相手の人となりを観察しつつ、当初の予定通りの日数まで短くするだけだった。
五日と伝えても二・三日以内には交渉に入りたいくらいマダカスも急いでいるのだ。
大聖堂に戻ったマダカスだが、大聖堂ではマダカスが見込んだ者たちが雁首そろえて待ち構えていた。
恐怖の表情が浮かんでいる一同に向かって、マダカスは口を開く。
「彼らはアドリアーノ・セッチの海賊団ではなく、あの船も大鯨号ではなかった。我々と外交交渉をしたくてやってきた日本という国からやって来た海上自衛隊という名前の使者だった」
一同の表情から恐怖が消えて、困惑の表情になった。唯一、恐怖の表情を浮かべていなかったハイドロでさえ困惑している。
伝説の大鯨号と見間違う巨船でやってくる使者なんて異世界には存在していないし、そもそも大鯨号と見間違う巨船すら異世界には無い。
だからこそ、マダカスの外交という言葉と繋がらず理解できないでいた。
そして、理解出来たら恐怖と驚愕の表情に変わっていくが、恐怖の色が先ほどまでの幽霊に怯える類から強者の力への恐怖という変化があった。
伝説の大鯨号と見間違う巨船を有する国家など存在していない、存在していないが仮にマダカスの言葉通りに外交使節だとしたら、あのような巨船を使節に使わせられる日本本国の国力を思って恐怖を感じたのだった。
言葉を理解できるくらい頭の回転が回復するのを待ってから、マダカスは続ける。
「二・三日以内に外交交渉を始める。今日中に兵たちを落ち着かせて、彼らを攻撃して交渉を台無しにさせないように徹底しろ。準備が出来たらこちらから使者を出すと相手に伝えているから、明日には交渉場所や日時を伝える
あのような巨船を見て、我らの矮小さと比べて卑屈になっておるのだろう。確かに相手は強大だが、実際に言葉を交わしてみて分かったが相手の力は我らを凌ぐが、交渉においては我らと彼らは対等だ。つまり、交渉の場こそ我らがあの巨船を我らと対等の位置に引きずり落とし、討ち取れる戦場であると心得ろ。
この場にいる誰もが交渉において誰かの風下に立つようなものではない筈だ。そうであったなら、この場に立っておらず強者の食い物にされておるからな。自信を取り戻して、準備にかかれ」
『港に現れたのは大鯨号ではなく、遥か遠方にまで鳴り響く聖人マダカス様の御高名を耳にして、教えと慈悲を乞いに来た者たちである。マダカス様は彼らの誠意を理解されたが、ウェストフォーレンの民たちを思い、彼らにいったん離れるように心を鬼にして言われたのである。
だが、マダカス様は艱難辛苦の旅路を重ねてまでやって来た彼らの信仰心に感動して、彼らの求めに応じて教えと慈悲を与えられる。迷える子羊たる彼らを害する者たちはマダカス様と至高教、ドンツェリ子爵、フィリオン伯爵家率いる西部貴族連合に剣を向けると同義ある。
至高教の正しき信徒たちは天井におわす神の与えし艱難辛苦を乗り越えた彼らに称賛を示し、温かく迎え入れるべし』
この日、あらゆる場所に高札が張られ、いたるところで読み手が昼夜関係なくマダカスらの言葉を伝えた。
マダカスと『いずも』の副長との会談をその場で見た者たちが見ていなかった者たちに話を盛って伝え、話を聞いた者たちがさらに話を盛って広げ、それを聞いた吟遊詩人たちはさらに英雄的にした歌を即興で披露する。
大鯨号ではないが、大鯨号を追い返した聖人マダカスへの信仰心は不動のものとなっていた。
その聖人マダカスの言葉と命令だったからこそ、信仰心の篤い者たちは自主的に自警団を組織して、害そうとする者たちを血祭にしたり、艱難辛苦を乗り越えた同志を一目見るために海岸線に集まったのだった。
信仰心が篤くない者たちも話が大盛になって、御威光だけで大海賊アドリアーノ・セッチを討ち取り、大鯨号を沈めた歌を海に浮かぶ『いずも』を見ながら聴けば冷静になってくる。冷静になったら、『いずも』が一切攻撃してこず、自分たちが無事で、離れたところで大人しくしているのを見たら、とりあえず大丈夫だと理解できる。理解出来たら、好奇心が旺盛なら物見遊山に大鯨号見物と洒落込んだ。
それを見ていた生粋の商人などがこれは商機だと思って商売に精を出す。
無論、怯えて逃げる者もいたが、ウェストフォーレンの町は落ち着きを取り戻していた。
・野蛮人度チェック
物資を奪う、貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ、パパパパパウワードドンといった回答者は野蛮人です。
単なる略奪者ですよ。
文明人の回答は友達になるですね。
友達になって『あなたのものはボクのもの、ボクのものはあなたのもの』という関係になるのが文明人。