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第8話

『政府によりますと、探索活動の実施に関する特別措置法に基づき派遣中の探統合任務部隊、JTF-シノビの日米合同部隊で死傷者が出る戦闘があったとのことです。この戦闘での死者は鈴木昇一等陸尉一人だけとのことです。戦闘の詳しい内容や死因については発表されていません。

 テレビ旭日によりますと、匿名の政府高官から現地人数人を確保したとの報道もあります。

 山之内総理は国家安全保障会議を招集して、今後の対応を協議中とのことです。また、探索活動で協力関係を結んでいるアメリカ、ロシアの両大使も首相官邸に・・・』

 テレビからは公営放送が報道特番を組んで、早朝からこの調子であった。

 公営放送はまだおとなしい方で、民放は報道合戦に終始していた。

 普段なら呼ばれない軍事ジャーナリストでも引っ張りだこで、どの報道局も他局を出し抜くことに全力を傾け、会社に尻を叩かれた記者たちの中には買収など非合法な手段に出る者もいるほどである。

 テレビだけでなくラジオや新聞も同じである。

 『自衛隊創設以来、初の戦死者』『戦後初の戦死者』『朝鮮戦争以来の戦死者』などのヘッドラインが並んでいる。

 雑居ビルの一室を借りている『中国極東貿易公社』の一室は仕事が無く暇そうにしている中国人や日本人がオフィスにしてはやけに多いテレビやラジオを見ながら、新聞にも目を通していた。

 中国極東貿易公社は中国からの雑貨を主に取り扱う輸入代理店であり、室内にも取り扱っている商品の見本や見本誌が棚や机に所狭しと並び、日本企業や中国企業との契約書や書類が散乱している。

 輸入代理店にしては購読している新聞や雑誌の種類、テレビやラジオが多かったが、それ以外はオフィスも社員も特に変わったことは無かった。

 まぁ、どの社員もほとんど仕事をしていないが、中国極東貿易公社に限らず今の日本で輸入企業はどこも開店休業状態だったから社員が暇なのはおかしくはないことである。

「さっきから公営放送は戦死者と言わずに、死者だの、死傷者だの、相変わらず面倒な国だな」

 とある中国人社員は公営放送のキャスターが『戦死者』と言ってしまい、慌ててテロップとキャスターが頭を下げて『殉職者』に訂正したことをからかっていた。

「それよりこっちを見ろよ。『戦後初の戦死者』だとよ。この新聞社は自衛隊史特集を組んだばっかりだろ、日本特別掃海隊についても特集には書いてたよな」

 課長の役職にあるごく普通の中年男性が笑っている社員たちを窘めるが、課長自身が笑ってしまっていて上手くいっていない。

「しかし、本当にいい国ですね、日本は。こんな状況でも報道を続けてくれるのですから。インターネットも復旧させて使い放題とは大盤振る舞いです」

 課長の一言にこの場にいる社員がそろって同意を示した。




「今は巧遅より拙速です。備蓄に余裕がある今なら交渉のやり直しや方針の見直しができるだけの猶予を作れます。遅れれば、遅れるほど日本には取れる手段や外交交渉の材料が減っていくだけです」

 国家安全保障会議は紛糾した。

 当初の予想を覆し、強力な火力や謎の技術を有する異世界を警戒して慎重な対応を求める防衛省に対して、外交交渉を求める外務省、経産省で大きく割れていた。

 どちらにも妥当な言い分があったが、山之内の決断で外務省の推す現時点での接触で決まった。

 実のところ、会議の最初から山之内は決断していた。

 もともと山之内は現状維持を好む性格で事なかれ主義だったため、もしかしたら防衛省の味方をするのではと防衛省からは期待され、外務省と経産省からは警戒されていた。外務省と経産省は北垣官房長を抱き込んで、総理の説得をする気だったほどである。

 しかし、国家安全保障会議前にロシア大使と会談して、北方領土とロシア軍の現状を聞かされたことで山之内の決意が固まった。

 備蓄がまだある日本と違い、ロシア軍には演習のために集積した物資が命綱であった。

 日本からの支援があっても時間をかけたら、ロシア軍は暴走する、ロシア大使は明言こそ避けたが、言外ではっきりと語っていた。

 ロシア軍を暴走させないためには何かしらの将来への期待が必要で、その期待が外交接触であった。


 その日の内にJTF-シノビには航空写真に写っていた港町に向かい、現地当局との交渉を行い、本格交渉のための地ならしが命じられた。

 同時に陸上自衛隊には北海道や東北への事前集結が命じられ、自衛艦隊司令官にも護衛艦や潜水艦、哨戒機の北方への警戒が指示された。航空自衛隊でも戦闘機の一時的な配置転換が行われた。




『血の銛』海賊団所属の海賊船『血まみれのカジキ号』、軽量高速な船で海賊団では最外周部の警戒や獲物の捜索、逃げる獲物の追撃などが仕事であった。『血の銛』海賊団最速を名乗り、西部の海賊たちの中でも最速の海賊船の一隻だった。

 『血まみれのカジキ号』は海域最速の座を争うライバルであり、今は同じ雇用主に雇われている仲間である『海神の雷号』とともにウェストフォーレン周辺海域の警戒に当たっていた。

 海神の雷号と血まみれのカジキ号は一定距離を保ちつつ、並走していたところに海の中からクラーケンが現れ、海神の雷号に取りついたのだった。

 現れたクラーケンは成体前の子供の大きさだったが、それでも20~30mはある巨大さであった。

 クラーケンは怒ったら手が付けられないが、怒らせない限り攻撃しないことで知られる見た目とは反して穏和な種族だった。穏和とはいっても、成体前の子供は比較的やんちゃで、たまに帆船を遊具にして沈めることがあったが、いきなり現れて攻撃してくる種族ではなかった。

 怒ったクラーケンが相手では速さが売りの海神の雷号と血まみれのカジキ号では勝負にならず、海神の雷号は簡単に海の藻屑となった。

 海神の雷号を沈めたクラーケンは血まみれのカジキ号を無視して、岩礁に向かって突き進んでいった。


「船長、どうしますか」

 海賊団が違っていても、普段は敵対していても、ライバルであっても、海賊には海賊なりの仁義というものがあった。

 血まみれのカジキ号で船長のイヴォンが声を張り上げて、海賊どもを動かす。

「野郎ども、海神の雷号の生き残りを助けろ。見張り、クラーケンはこっちに来ているか?」

 マストに登って、クラーケンを見張っている海賊は大声で答える。

「岩礁に向かって一直線で、こっちに見向きもしてません」

 イヴォンの命令と見張りの言葉で海賊たちはロープや浮き具となるものを海に投げ入れて、海神の雷号の生き残りを助けていく。


「なんじゃありゃ」

 マストの上でクラーケンを見張っていた見張りは手に持っていた単眼鏡を調べ、次に己の目を疑ってから、もう一度見直す。そして、甲板にいる船長に喉が避けるくらいの大声で呼びかける。

「船長、岩礁が動いてます。ありゃ、岩礁じゃねえ」

 その声にイヴォンはマストに登って、見張りから単眼鏡を奪って自分の目で見てみる。

 その後であった、岩礁と見間違うほどの巨船から、クラーケンに向けて光の矢が相次いで刺さり、クラーケンが爆発したのだった。

 クラーケンを始末した巨船はウェストフォーレンに向かって異様な速度で進んでいく。

 ディーンからの信頼も厚く、側近の一人だったイヴォンは団長の命令にこの状況でも忠実だった。

 ウェストフォーレンに向かって進路を取ったのだった。


 追い風を受けて順調に進んでいる血まみれのカジキ号だが、後方にいたはずの巨船が今は遥か前方に見えていた。

「何してやがる。てめえら、血の銛海賊団血まみれのカジキ号の名前に泥を塗る気か。死んでも追い抜け」

 上等な服を着ている大男のイヴォンが声を荒げて、船員のケツを蹴り上げていたが、命知らずの海賊たちですら怯えていた。

「船長、ありゃ、伝説の海賊船『大鯨号』ですよ。島と見間違う巨船、鳥よりも早い船速、ドラゴンも怯える大魔法、伝説通りの化け物ですよ。化け物に気付かれない内に逃げましょうよ」

 ケツを蹴られても、怯えて動けず抗命した海賊の胸倉を掴んでイヴォンは海に放り捨てた。

「俺の命令に従えねえなら、てめえらはサメの餌だ。よく聞け、俺はあの化け物船に挑めとは言っちゃあねえぞ。あいつよりも先にウェストフォーレンに戻れって言ってんだ。俺たちの船はこの海最速の血まみれのカジキ号ならできるよな」

 怯えてはいたが、残骸と死体が漂う海に捨てられた仲間とイヴォンの言葉でどうにか動くことができた。




 DDG-87 USSメイソンは旗艦である『いずも』を守るように配置につき、LCS-22 USSカンザスシティが先行しながら、目的地である港町に向かっていた。

 USSメイソンはソナーで船団に向かって潜航しながら直進する音を探知したため、艦載機を発艦させて、メイソンも音源の監視に向かっていた。USSメイソンの水上レーダーと発艦したMH-60Rが小型の帆船を二隻発見し、どちらも音源と船団の間に位置していた。

 全速のUSSメイソンや原子力潜水艦よりは遅かったが、高速で接近する音源は急速に浮上して帆船の内、一隻を捕食した。

 MH-60Rからの映像には帆船に取りつき瞬く間に沈める20m級の巨大なタコらしき何かが映っていた。

 帆船を沈めた巨大ダコは生き残った帆船には目もくれず、真っ直ぐメイソンに向かってくる。

 沈んだ帆船は残ったほうの帆船が救助しているようだったため安心できるが、巨大ダコが迫るメイソンの乗組員には緊張が走る。

 艦長のウィル・テイラー中佐は戦闘配備を艦内に命令して、CICを副長に任せて自身は艦橋にいた。

 CICを任された副長は艦長に恨めがましいような、羨ましいような目で見ていた。

 相手は映画に出てくるような巨大ダコの怪物で、帆船を襲って破壊した敵性生物である。

 テイラーは艦長として乗員と艦を守り、任務を達成する責務がある。任務とは旗艦『いずも』の護衛である。

 あの帆船が襲ってきたならテイラーも独断行動を取らず、退避しながら『いずも』の指示を仰いだろう。

 これはやむを得ない、日本でいうところの害虫駆除と同じ類の行動であって、上から慎むように言われた戦闘行動では無いとテイラーは自身に言い聞かせる。

 メイソンにはMk.41にSM-6と対艦ミサイルであるLRASMが搭載され、5インチ砲もある。CICに対艦戦闘の用意を指示する。巨大ダコがどれだけ丈夫かは不明なため、火力の全てを注ぎ込んで応じる。

 メイソンから発射されたLRASMと5インチ砲の弾幕で巨大ダコは瞬く間に肉片に変わり、CICや艦橋では歓声が止まらない。


 メイソンから怪獣退治を知らされた『いずも』ではテイラーの判断に一定の問題を指摘したが、帆船を襲っていた怪物を退治しても外交交渉に影響は無いと判断して不問にした。

 ちなみに、後で行われた調査では艦長と副長が日本の怪獣映画マニアである点と戦闘行動の因果関係は否定された。




 ウェストフォーレンの港には王国最大の港町の看板通り、昼夜を問わず無数の商船や帆船が出港と入港を繰り返す眠らない港町で知られていた。

 港町の盛況は飛行物体騒ぎがあっても陰りを見せず、逆に港町の陸地には町の周囲を見渡す限りに存在する貴族の軍勢、港湾には王国全ての戦船が結集したかのごとき海上に敵無しと豪語できる無敵艦隊のお陰でより盛況であった。ここまでの軍勢がいたら安心できるうえに、この大軍勢の財布で大儲けと続々と商人たちが集結しつつあった。

 マダカスがこの地に来て以来、ウェストフォーレンは空前の好景気に沸いていた。


 この日、眠らない港町ウェストフォーレンを出入りする商船は無く、陸地でも集まった商人が続々と逃げ、店を持っている商人の中にも退避する者が出たほどだった。

 全長248m、全幅38mの島のごとき巨大船が入港してきたのだった。

 王国海軍の大型船を馬鹿にしたディーンですら、青ざめるほどの光景だった。

 戦勝祝賀パーティを楽しんでいた貴族たちは兵士を見捨てて、僅かな供回りだけ連れて逃げ出していた。

 ウェストフォーレンに残っているのはマダカスに見込まれた者たちだけである。


「これは予想外ですね」

「貴様はこの状況でも変わらんな。この状況で落ち着いているのは貴様だけだぞ」

 珍しいものを観察するようにいつも通りのハイロドの言葉にマダカスは呆れつつも、いつもの傲岸不遜の態度を取り戻しつつあった。

「少なくとも我々を殺す気は無いでしょうね」

「なぜでしょうか?あれは『大鯨号』じゃないかと子分どもが騒いでまっせ」

 ディーンは先ほどまで慌てていたマダカスに親近感を覚え、この状況で平然としているハイドロには得体の知れない恐怖を覚えたが、海賊団を率いる長が子分の前でビビっていられず傍目からは堂々と尋ねる。

「大鯨号といえば悪魔の金属で出来た島と見間違う巨船で、大鯨号を率いる伝説の大海賊アドリアーノ・セッチは悪魔を食らった大悪魔、目につく全てを殺し、恐し、奪う、と伝えられています。しかし、あの巨船は港湾を他の船を避けるように入ってきています。大鯨号なら港湾の船を沈めないように入ってくるわけがありません」

「ハイドロの言うとおりだ。アレに敵意があったら、今頃はウェストフォーレンは火の海になっているはずだ。我々が無事ということは、こちらを攻撃する意思は今は無いということだ。貴様も伝承を子守歌替わりにして育ったから慌てて頭が動いていないだけだ。普段ならこの程度のことは分かるだろ」

 ハイロドとマダカスの言葉にディーンは落ち着きを取り戻して、動揺する海賊たちを鎮めに向かった。

「では、子分どもがアレを怒らせるマネをしないように鎮めま」

 マダカスのもとから去っていくディーンと入れ違うように、騎士たちが転げながら駆け込んできた。

「マダカス様、あ、ああ、あの巨船から人が、人が出てきました。聞いたことが無い言葉を喋っていますが、話し合いがしたいから責任者を出せと要求してきています」

 騎士たちはマダカスに敬語を使っていたが、あの巨船に怯えていてマダカスが断るようなら手足を切り落としてでも連れていかんとばかりの気迫であった。

「落ち着かんか、痴れ者どもが。向こうから責任者に会いたいとは。クフフフフ。ハイドロ、笑いが止まらんな。儂はやはり天に愛されておる」

「真にその通りだと思います」

 突如笑い始めたマダカスとそれに追従するハイドロに気味の悪い何かを見るような目を向ける騎士たちにマダカスの怒号が響いた。

「何をしておる、さっさと案内せんか」

開発中の兵器が出てきましたが、20XX年では配備済みという設定です。

船ならクラーケンは浪漫です。

テイラー艦長と乗組員は大興奮です。


大鯨号はモビーディック号か白鯨号という船名を考えていたんですけど、異世界に小説『白鯨』は無いよなということで没になりました。

この話を書いていて一番疑問に思ったことは、異世界にカジキや鯨は存在するのか?


分かっていると思いますが、この作品はフィクションです。現実とは一切関係ないです。

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