シチュー
それはずっと昔、父親がおかしくなる前のことだった。
「ケン、今日はホワイトシチューよ」
母親が俺の目の前にシチューののった皿を置く。
俺はそのシチューが好きだった。ニンジンが苦手だった俺だがどういう訳か母のシチューに入っているニンジンは食べられた。
今思うとお袋の味というやつだったのだろう。
喜ぶ俺とは正反対に父親は苦い顔をする。父親は味にうるさく特にこのシチューは槍玉に挙げられた。そんな、父親のつくる料理が美味いだろうと俺は思っていたが現実は違う。
以前母が出掛けていて父親が料理を作らなければいけない時があった。その時父が作ったのはアルコールがろくに抜けきっていない。ビーフシチューだった。あれはまともに食えたものではなく食ったあともしばらく悶え苦しんだ。
今思うと父親はその時から酒の感覚が分からなくてなっていたのだろう。
シチューのいい匂いがする。しかし気づいてしまう。
「あれ、俺さっきまで何してたっけ?」
そんな事を考えて脳が現実に戻ろうとしての働きだろう。世界が変わり始める。
母親は突然化粧が濃くなり。父は口を半開きさせたままうなり始める。
母が口を開く。
「ケン、貴方もう高校生なんだから一人で生きていけるわよね」
いやだ違うそんな事できるはずがない。
父が口を開く。
「お前にはお父さんなんて必要ないよなぁ」
駄目だ。あんたがいなくちゃ家族がバラバラになる。
二人は口を開く。
「ケン、一人でいきなさい。」
一人は怖い、辛い、悲しい。
頼りたい。誰かを頼りたい。
いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
いつの間にか場所はいつかの公園になっていた。
目の前にはいよりがいる。
「なあ、いより。俺やっと自分の気持ちが分かったんだ。俺は・・・・」
いよりが口を開く。
「あんた誰?」
ひどい夢が覚め始める。しかしシチューの匂いはずっとする。シチューの匂いは現実だと考えるくらいには頭が働いた。
昨日の深夜お兄様が新しい教主様を連れて来てくれた。あぁ、これで争いが起こることは免れた。この数週間は生きた心地がしなかった。
ことの発端は5代目の病からである。5代目は若い頃にとんでもない任務を成功させたことから伝説の男と呼ばれていた。教団でも彼を慕う者は多く、教団は一つにまとまっていた。
しかし、伝説の男も病には勝てなかった。自分があと数年の命もない事を悟った彼は自分の息子に教主の座を譲ることにした。
今まで先代の血縁で教主になった者はいない。皆、自分の任務を全うし教主から信頼を得て次の教主となる。それは5代目も同じだが今回に関しては事情が変わってきていた。
まず5代目の主要な部下である。彼らは皆5代目を慕い集まって来た者が多い。優秀な人材に5代目は恵まれていた。しかし彼ら全員が仲間意識を持っているわけではない。天才と言える人間がたくさんいた。天才は孤高を愛する者が多い。彼ら全員をまとめられる幹部は残念ながらいなかった。
二つ目は5代目の伝説をその目で見ていない第二世代の息子第三世代の登場である。たちの悪いことに彼らは過去の世代の歴史を悪い意味で重んじなかった。
本来、教団は国と深い関係を持ってはいけない。様々な国に雇われるからというのが理由だ。
しかし第三世代の彼らは利益追求のため国と関係を持ち暗殺業以外の商売を始めるようになった。隠密行動が得意な私達ならば商売敵の邪魔をするのは容易かった。
今の幹部に教主を任せると第三世代と軋轢が生じるのは目に見えている。
第三世代が主流になる日はいつか来る。5代目は今のシステムでは古いと考え、教主を決めるのに血縁を用いることにした。
5代目は争いにより妻も家族も失った。しかし、彼は唯一、一人息子のみ失わなかった。5代目は次の教主を自分の息子とした。
6代目はまだ若い第三世代と同じ位の年齢だった。彼ならば新しい流れについて行けるだろうと5代目は考えていた。
5代目は6代目が正式に自分の息子に決まると静かに息を引き取られた。
5代目が予想もしなかった事態が彼の死後すぐに起こった。何人かの幹部は5代目の後を追うため自ら命を絶った。5代目の人徳によるものと讃えたいところだがこれにより6代目着任早々幹部争いが起こった。
幹部争いに勝利したのはどこでも物資が勝る第三世代だった。
そして、6代目着任から三年後事件は起こる。教団が忙しく護衛であるお兄様でさえ任務にいかなければならず6代目の守りが手薄な時だった。
6代目の屋敷は襲撃を受け6代目は殺害された。
何よりまずかったのはまだ6代目に子供がいないことにである。
今、教団ではほとんどの幹部達が7代目の椅子を狙っていて、いつ争いが起こってもおかしくない状態だった。
道を歩いていると人目につかない場所に教団員の遺体が転がっていることなど日常茶飯事で夜も襲撃に備えて眠ることは出来ない。正直そんな生活うんざりだった。
しかし、お兄様が7代目にふさわしいという方を連れてきた。その方について私はよく知らない。しかし、この方ならきっと平和な日常に返してくれるだろう何しろお兄様が選んだ人なのだから。
そういうことで今日はお兄様が唯一お母さんの味に近いといってくれたホワイトシチューを晩御飯にしようと思う。7代目のお口に合うとうれしいけど。
しかし、せっかく見つけた7代目を私に任せてお兄様はどこに行ったのだろう?
最悪な夢から目を覚ます。夢のせいで頭は判然としておらずもう少し眠りたいという自分からの欲求を聞いてやるにはもってこいだった。体が痛い無理して起きる必要もない。
あれ、何で体が痛いんだ?
あれ、このベット俺のじゃない
あれ、ここどこだ?
何やら物音が聞こえたので起き上がりそちらを向くと料理をしている女の子がいた。
後ろ姿だけだが身長は160いくかいかないか位で髪の毛はショート、髪色は白っぽいピンク色で雰囲気から高校生の本能でこの娘はかわいいと確信する。
うん?待てよ。ピンク色だと・・・?
その要素だけで俺は確信する。
コスプレ少女に俺は拉致されたようだ。