私の執事はドSなの
ここはイギリスのとある場所。
赤を基調に作られた城の一室で、私こと『アリサ・ブラッドフィールド』はストロベリーのように赤い天蓋付きのベッドから体を起こした。
すると、左の方から軽やかの音と共に、暖かな陽光が辺りを優しく包んだ。
それはさながら宝石箱。
深紅な部屋を映えらす、自然の恵み。キラキラと光るそれらは、ルビーを思わせる輝きを放つ。
あまりの眩しさに、思わず手で顔を覆った私は、光を受け、陰になっている者の姿を捉えた。
「おや、お嬢様。お目覚めですか」
髪は漆黒。真ん中で分けていて、頬の辺りまで伸びている。
銀縁の眼鏡を反射させながら、すらっと伸びた燕尾服を翻したこの男は、『アーサー・キングスレー』。
私の執事だ。
「おはようアーティー。お目覚めですかという質問はどう考えてもおかしいでしょう?」
アーティーというのは愛称。彼はカーテンを纏めて、眼鏡を人差し指で直した。
「おかしいとは……どういうことですか?この私に分かるように三行で説明してもらえるでしょうか?」
そう言って首を傾げるアーティー。私は半眼でレースのついた掛け布団を握りしめた。
「
アーティー
起こす
私
」
アーティーはきょとんとし、目を見開いた後、ふっと鼻で嗤った。
「おやおや、リサは実に馬鹿ですね。それは三行にしただけで、飽くまで三単語でしかありませんよ?」
ぷぷぷと笑いを堪えるかのように口元を押さえるアーティー。私はそいつの顔を指差して叫んだ。
「あ、あ、あんたねぇっ!!ご主人さまである私を呼び捨てってどういう了見よ!!」
アーティーは何処か不思議そうに手を当て首を傾げた。
「……何か問題でも?」
「問題しかないわよ!!それにね、さっきバカって言ったわよねこのバカっ!!バカって言った方がバカって習わなかったの!?」
アーティーはやれやれと言って首を横に振った。
「だとしたらば、阿呆と言い換えて差し上げます。光栄に思うのですね、リ・サ」
嫌味ったらしく敢えて強調するように私の愛称を呼ぶアーティー。
「もううっるさい!このバカ!!どっか行きなさい!!」
「おやおや……良いのですか?一人で、お着替え出来るのですか?掃除は?洗濯は?食事はどうなさるおつもりで?」
うっ……痛いところを突かれた。
「お嬢様はどれも壊滅的ですからね~かえって私の仕事が増えてしまいます。あぁ!私は何処かに行くのですから面倒を見る必要もなかったのですね。ふぅ……職業病という奴ですか。ではでは、今までありが――」
「――って」
私は俯き掛け布団を強く抱きしめた。
「ん?なんですかリサ?もっと私に聞こえるように!大きな声で!さん……はいっ!」
「待ちなさいって言ってるのよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
私は全力で叫んだ。きっと城全体に私の美声が響き渡ったんじゃないかしら?
「確かに私はあんな服、袖から顔出しちゃうくらい一人じゃ着れないわよ!!掃除だって間違って高価なもの捨てちゃうし割っちゃうし!!洗濯なんかどの洗剤をどの量入れていいのかわかんなくて泡だらけにしちゃうし!!料理なんて全部炭よ!炭!」
はぁはぁと息を整える私。自分の事だけど恥ずかしいわね全く。
アーティーはそれを聞いてにんまりとする。腹立たしい顔だ。
「ほら、見たことですか。所詮貴女なんか私がいなければ何も出来ない無能で!愚図で!頭の中ストロベリーに染められてる馬鹿な……間抜けな人じゃありませんか!!」
終いにははっははと笑いだした。これがご主人に対する正しい態度だとでも思っているのだろうか。
「うるさいわね!いいから私を着替えさせなさい!!」
私も今や18歳。独立できる年齢だ。だけど、悲しいことに、この執事に全てを任せて来て、自分一人じゃ着替えも満足にできない。
アーティーはいつもの如く、呆れたような顔をして真っ赤なドレスを取り出した。
このアーサー・キングスレーという男は、さっきも言ったけど私の執事だ。
頭脳明晰、容姿端麗、完璧主義という非の打ちどころのない男……かと思っていたけど、こいつはとんっっっっっっっっっっっっっっっっでもなくドSなの!!
一見誰が見てもそんな感じはしないだろうけど、これがまぁ毒舌なのよ。さっきまでのやりとりを見ていただけたらお分かりかとは思うけどね。
それでもやっぱり、アーティーがいないと私は生きていけない。
お母さんは、私が小さい頃に病気で亡くなっちゃって、お父さんは貿易商人で、世界を周っているの。
おかげでこの屋敷には私一人だけだったのだけれど、お母さんが無くなった時に、お父さんはこのアーサー・キングスレーを雇ってくれたの。
それからはこいつに面倒を見られっぱなし。呼べばいつでもどこでも飛んでくるような便利な犬なんだけど、主人に噛みつく不躾な奴。
執事ってそこらへんのマナーを学ばないのかしら?
「目覚めの紅茶です。お召し上がりください」
キッチンワゴンをからからと持ってきたアーティーは、私の前にそれを置いた。
「わぁ!美味しそう~……ってバカっ!!バカバカバカ!!」
満面の笑みで、両手を開いて一瞬固まるも、バカを強調するために両手をグーにして縦に何度も何度も振った。
アーティーはそれを見て、いつもの調子で呆けている。
「しらばっくれんのも大概にしなさいよバカっ!」
「お、お嬢様?……どうしたっていうのですか。そんなに頬を赤く染めて。そんなに怒ってしまわれては、ストロベリーというより、ルバーブですよ?」
ルバーブってのは野菜なんだけど、その酸味からジャムとかによく使われるの。
「ってそうじゃなくて!!あんたアーリーモーニングティーの意味を調べてきなさい!!どこのバカがこんな朝っぱらから!ストロベリータルトなんて食べるのよ!!」
そう。今私の前に置かれているのは、円形のタルト生地に、粉砂糖を塗されたストロベリーがいくつもいくつもぎっしりと詰まれ、ラズベリーが随所に置かれている、いかにも美味しそうなものが置いてあったのである。
「おやおや。別に私は、朝からお菓子を食べてぶくぶく太るお嬢様を見て、微笑ましい気分になりたいとかそういうことは微塵も感じていないのですよ?」
人差し指を口に当て、嫌みたっぷりのドSスマイルを放つアーティー。
私はうがーっと両手を上げて抗議する。
「それが本当の理由かぁあああああああああああああああ!!ふざけるなこのドS執事!!あなた、仕える主人がふくよかな女性ってどう思うのよ!?」
「別に私は、ただ職務を全うしているだけですので。主人が禿頭の男性だろうと、小太りの女性だろうと、私には関係ありませんね~。寧ろ、嘗てちんちくりんだった主人がそういう変化を遂げるのは、私にとっては非常に面白い展開とはなりますけどね」
耐えきれず噴き出し、そっぽを向くアーティー。私はもう怒り心頭だった。
「やってられるかこのバカ執事!!こんなにも可愛らしい私を太らせようだなんて、いい度胸してるわ!!」
「おや。それではこのタルトは召し上がらないのですか?折角私が貴女だけのために!特別に!作って差し上げたというのに!」
ぐぬぬ……何を恩着せがましく……
アーティーは分かりやすく溜息を一つこぼし、やれやれと手を額に当て頭を振る。
「それでは勿体ないですが、これはおさげして私が後で頂きますね」
そう言ってアーティーは私の前から、ストロベリータルトが乗った皿に手を掛ける。
「あ……あぅ……」
私は手でそれを制止させようとする。
するとアーティーはもう一度私の前にそれを置いては、また持ち去ろうとする。
「食べるわよ!!た~べ~る~!!いいから置きなさいよバカ!!」
折角作ってくれたんだもん。食べなきゃ損よね。
するとアーティーは不意に私へ顔を近づけてきた。
「全く……貴女はどこまでも我がままな人だ。どこまでも、この私を惑わせる」
そう言って私の髪を掬い取り、チュッと口づけた。
「あ、あ、あ、あ、あ、ああんた何してんのよぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
ば、ば、ばバカじゃゃないの本当にこの男は!!!!
アーティーはやがて離れて、不敵な笑みを浮かべた。何処か勝ち誇っているようにも見え、結局は私を弄って楽しんでいるのだろう。
「おや。私なりの親愛表現ですよ?リ・サ」
そう言って、今まで見せたことのないくらい、純粋に微笑んだ彼を見た私は、自分の顔が赤くなっているのに気が付いていた。
アーティーはさっきルバーブだと言ったけれど、私はやっぱり、お母さんのあの深紅な髪に似た、ストロベリーの方が好き。
そしてきっと、私の顔はストロベリーに染まっている。お母さんに染まっている。
今も昔もこのドS執事と二人暮らしで、罵られ罵り返すような、そんな関係だけれど。
それでも私は、今のこの時間が楽しいと思えるほどには、この執事に対して寛容な主人と言えるわ。
べ、別に弄られて嬉しいとか、そんなんじゃないんだからね!




