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46、作業場にて

 「ああー、やってられねぇ。やめだやめだ!」

 男は担いでいた丸太を大地に放ると、その場にどかっと腰を下ろした。

 その行為を、警備についていた騎士が咎めるが、男は言うことを聞かない。

 肩にかけられた騎士の手を、男は乱暴に振り払うと、半ばわめき散らすように叫ぶ。


 「ふざけんな、何で俺がこんな事をしなきゃならねえんだ。こういう労働は奴らの仕事だろう?」

 男が指差す先には、首輪を付けた奴隷たちの姿。そう、男は首輪をしていない。

 そんな男を諭すように、若い騎士は言う。


 「だが、あなたは税を払えなかった。税を払えない者は、ここで労働をして返す。これは都市が決めた決定事項でしょう?」

 「ああ~、わかったわかった。少し休んだらまたやるよ」

 「…………」

 「それにしてもよぉ、いるだろうがよ。奴隷商人たちが出し惜しみしている奴隷がよ。そいつら出したら、ここの労働力なんて、軽く足りるんじゃねえの?」


 時が流れ、魔神の残骸である岩山の浄化が終わる頃になると、北の城壁の作業場で働く奴隷の姿は、目に見えて減ってきていた。

 防衛戦の直後、都市の一大事ということで協力をしていた奴隷商人たちが、徐々に奴隷の出し惜しみをするようになってきたのである。

 奴隷は、彼らにとって大事な商品であった。


 特に剣闘奴隷のスター選手などは、作業場で余計な怪我をさせられない。

 よって、奴隷商人たちから差し出される作業員は、高齢者や、病気や怪我を負った者など、もはや商品的価値が低くなった奴隷たちであった。


 そんな商人たちの打算を、都市側も追及はできない。

 何故なら、裕福な奴隷商人たちは、奴隷の人数分の人頭税を軽く支払っていたからである。

 労働力として、無償で作業員を出してくれるだけ有難いともいえる。


 そうなると、作業をする者は、おのずと限られる。

 そう、税を支払うことができない、貧困層の平民たちであった。


   ◇◆◇◆◇


 男はなかなか仕事を再開しない。

 若い騎士は、そわそわしながら男を見守る。


 この場所は、彼に割り当てられた区域であった。

 見回りにきた上司に、このような光景を見られたら叱られてしまう。

 だが、彼の思惑に反し、男の周りには、首輪の無い作業員たちが5~6人ほど集まり、勝手に休憩を始めていた。


 「お、おいっ、いい加減にしてくれっ!」たまらず若い騎士は叫んだ。

 だが、作業員たちはそれを無視する。雑談に花が咲いたようで、馬鹿笑いをする者まで居た。


 「お……、おい、ちょっと!」もはや上ずった声で騎士は訴える。

 そんな彼を面倒くさそうに男は振り返った。そしてにやりと笑って言う。


 「そうだあんた、酒もってきてくれよ」

 「は、はあ?何を言って………」

 「知ってるんだぜ、あんたらの上司らがよぉ、あっちの天幕で休憩中に酒を飲んでるのよぉ」

 「な、な、何を、そんな事は………」

 「2~3本くすねてこいよ。それ飲んだら、また仕事するって。なあ!」

 「するする、俺も酒が飲めるなら仕事するって!」

 「しかし………」

 「煮え切らねえ奴だな、このままじゃ俺ら、仕事しねぇぜ。それはあんたも困るんだろ?お互いのためなんだよ、ほら!」

 「………わ、わかった。飲んだらちゃんと再開するんだぞ」


 そもそも、都市の平民たちにかけられた人頭税は、まっとうな仕事をしていれば十分に支払える額であった。

 支払えない者は純粋な貧困層に加え、定職につかない遊び人、収入はあるが酒や博打に消えてしまう者など、いわゆる”ろくでなし”が多かった。

 そして作業員とはいえ平民階級である。警備につく騎士たちも同じ平民階級であり、同階級である以上、あまり強い態度にも出れないのであった。


 結局、若い騎士は幹部の天幕に忍び込み、酒を持ち出そうとしたところで上司に捕まった。

 作業員たちは口裏を合わせ、酒を強要したことを認めず、若い騎士の単独犯行ということで事態は収拾された。

 騎士は鞭打ちの刑を受け、作業場の警備から外されたのであった。


   ◇◆◇◆◇


 「作業場の空気が………、乱れているようですな」

 ここは市長の執務室。騎士団長であるワフーは、困った様子で報告を行った。


 「ふむ………」と、ボンゴレアが答える。

 相変わらずのでっぷりした体型、だがその顔はいくらかやつれた様子だった。


 「やはり平民と奴隷を、同じ作業場で働かせるのには無理があったようです」

 「対策は?」

 「はっ、作業場を分け、平民には軽い作業を分担させるように………」

 「………それしかないか」


 ボンゴレアは眉間に指を当て、神妙な面持ちとなった。

 彼とて、何度も巡察をし、作業場の現実はの当たりにしている。


 防衛戦直後、頑健な奴隷たちが投入された事により、城壁の修復作業は予想以上にはかどっていた。しかし、ここ最近の効率低下はあまりにも酷い。

 市長が巡察する間、現場の責任者たちは、作業場に問題が無いようつくろっていたようだが、そこで働く奴隷の質の低下は、隠しようの無いものだった。

 平民の負担を減らすということは、その分、重い負担が奴隷にかけられることとなる。


 「あまり奴隷が死ぬと、今度は商人たちが騒ぐであろうな………」

 「それは……、確かに」


 無償の提供、価値の低い奴隷とはいえ、それらは奴隷商人たちの財産に違いなかった。

 必要以上に過酷な労働を押し付け、奴隷たちが無駄に死ぬような事になれば、その所有者たちは黙っていないであろう。

 ある意味、その背後に奴隷商人たちがいる分、平民以上に、奴隷はデリケートに扱わなければならない部分もあった。


 しばし、重い沈黙が流れた。

 やがて、それを打ち破るようにワフーが言う。


 「作業場では、政庁と富裕層への不満が上がっているようです」

 「………?」


 意味がわからない、といった様子でボンゴレアはワフーを見上げた。

 そんな事、分かり切っているのに、今さら何を?


 「作業場で、犬が2匹、死にました」

 「………!?」


 ”犬”とは、騎士団に所属しながら、表向きはその身分を隠している者たち。

 いわゆる、騎士団が巷に放っているスパイの隠語であった。


 ワフーは2冊の報告書を、卓上に置く。


 ひとりは飲酒をし、川に落ちた溺死。

 もうひとりは、作業場で足を滑らせ転落死。


 どちらも事故死ということで片付けられている。

 だが、同時期にスパイが2人、事故死するのは明らかにおかしい。

 そして、どちらの事件も目撃者はおらず、事故死という結論は、状況から推測されるものであった。


 「反政府勢力が、暗躍しているか………?」

 「あるいは、ベルナス………かと」


 ボンゴレアの顔が、一気に曇っていった。


   ◇◆◇◆◇


 名前こそ自由都市なれど、その実態が貴族支配であることに不満を持つ者は多い。

 かつてベルナス市で、勇者思想を掲げた革命が起きた際、それを主導したのはジュノーという平民であった。


 歴史学者であり、平民議員でもあった彼は、政治による貴族打倒が不可能であることを悟ると、騎士団に根回しし、その一派を味方につけることに成功する。

 そして機が熟したと見るや、武力により政庁を占拠し、革命を宣言した。


 貴族側はワコール伯爵邸に集結し、それに反抗を試みたが、当時のベルナスにおける貴族政治は腐敗を極め、もはや市民の支持を失っていた。

 ほどなくワコール邸は陥落し、貴族勢力は四散、ベルナスには革命政府が樹立されたのである。


 ジュノーにとって、貴族勢力を駆逐した後の気がかりは、宙ぶらりんとなった騎士団の存在であった。

 彼が味方にした一派は、騎士団全体から見れば、その一部にしか過ぎない。他の騎士団が敵に回れば、ベルナスの勢力図はひっくり返る。

 早急に騎士団全体を味方にしたかったのだが、貴族階級であった騎士団幹部たちは、都市外に亡命する準備に大忙しで、騎士団はその指揮系統を失ってしまっていた。


 騎士団を再編成するのは時間がかかる。

 だが、ジュノーは自分の政権を安定させるため、早急に騎士団に匹敵する軍事力が欲しかった。


 彼は軍を動かし、奴隷商人の商会を、片っ端から襲撃する。

 そして、奴隷たちに向かって叫んだ。


 身分制度の撤廃、そして富の平等分配を。


 そう、彼が目をつけた軍事力とは、剣闘奴隷たちであった。


 革命政府に軍事力として剣闘奴隷が加わり、わずかに残った貴族の反抗勢力は駆逐され、ベルナスは一時の平穏を取り戻す。

 以後のジュノーの構想は、剣闘奴隷を解放し、彼らを中心に騎士団を編成。そして財産の無い彼らに貴族の富を分配。

 貴族階級は撤廃。投降してきた貴族には平民の身分を与え、ゆくゆくは勇者思想にある選挙による議会政治を目指すつもりであった。


 しかし、それを見届けることなく、ジュノーはこの世を去ることとなる。


 ベルナスという、まだまだ未熟な社会に注がれたこの思想は、その都市すら滅ぼしかねない、非常に強力な劇薬だったのである。


   ◇◆◇◆◇


 奴隷解放、そして自由―――。


 その意味を、本当に理解していた奴隷は、どれほどいたのだろう。


 平民ですら、まともな教育を受けた者は少ないこの社会。

 奴隷という身分が刑罰に組み込まれていたこの社会。

 解放された奴隷たちは、その意味を、無罪放免程度にしか捉えていなかった。


 そして、富の平等分配―――。


 それは、解放された奴隷たちにとって、公式な略奪許可状となったのである。


 解放された奴隷たちが暴走を始めるのに、そう時間はかからなかった。

 富の分配という免罪符のもと、彼らは富の奪い合いを始める。

 城壁の門は固く閉ざされ、亡命をはかる貴族、さらには平民たちの”狩り”が行われた。


 やがては、平民の中で富裕層であったジュノーですら、その標的となり、命を落とすこととなったのである。


 自由というカードの裏には、無秩序という文字が刻まれていた。


 以後、ベルナス市は10年間、城門を閉ざし続け、他都市との接触をいっさい絶つ。

 そして、再びその城門が開かれた時、ベルナス市は新しく生まれ変わっていた。


 自由思想を唱える過激都市として。




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