45、大根役者
「この都市は……、我が命をかけて守ろう。さあー、かかってこい、魔物たちよー!」
これはひどい!
何という棒読みなセリフであろうか!?
そんな悲しいセリフとともに、これまたぎこちなく剣を構える太郎は、どこからどう見ても大根役者に違いなかった。
ここは騎士団本部の地下訓練場。
太郎はぷるぷると剣を構えつつ、怯えた視線で、騎士団の制服を着た金髪美人をチラ見していた。
彼女の名はソニア、太郎の騎士就任当時、自由都市についての講義をした女騎士である。
彼女はこめかみに青筋を立てつつ、まるで出来の悪い家畜を見るような視線で、冷徹に言い放った。
「………全然、ダメですね」
そして太郎の手を、鞭でぺしゃりと叩き、続ける。
「全く感情がこもっていません。声も小さすぎます」
「いや、でも………」
「もっと観衆に届くように声を張って下さい!」
「……………」
「身振り、手振りを交えて、アクションも大きく!観衆からあなたの場所までは、かなりの距離が………」
「……………」
熱弁を振るうソニアであったが、それを受け取るべき当の太郎が、まるで無反応であることに、彼女は気付く。
ソニアの眉がピクリと動いた。そして、手に持った鞭をギュッと握り直す。
「……ほう、何か不満があるようですね?」
「い、いやいや、不満とか、そういうのじゃなくて………」
「いいんですよ。不満でなくとも、意見・要望、何かあれば遠慮なく言ってください」
顔は笑顔であったが、その言葉の端々から、どす黒い感情が漏れ出しているのを、太郎はその超感覚で感じ取っていた。
言うべきか、言わざるべきか。
ソニアはイラついた様子で、手元にある鞭をいじっている。
やがて彼女が何かしゃべろうとした瞬間、太郎は思い切って自分の意見をぶつけてみた。
「―――俺がやっているのは、魔物の討伐だよな?」
「そ、そうですよ」
機先を制され、不意を突かれたのだろうか、ソニアは一瞬、戸惑う。
それにわずかな手応えを感じた太郎は、勢いのまま続けた。
「そうだ、俺がやってるのは演劇じゃない。魔物の討伐だ。普通に魔物を倒せばいいじゃないか。どうして観衆にアピールする必要があるんだ?奴ら勝手に集まってきてるだけだろう?どうして俺がそんな奴らに………」
そこまで言ったところで、太郎は我に返った。
何を言っているの、このブタは―――的な視線が、グサグサと突き刺さっている。
思わず口ごもり、トーンの下がった太郎に向けて、ソニアは冷たく言い放った。
「少しは自分の立場をわきまえて下さい。あなたはもう、ただのいち騎士では無いのですよ―――、」
◇◆◇◆◇
あのパレードから、すでに2ヶ月が経過しようとしていた。
太郎はもはや”時の人”であり、巷ではアイドル的な人気すら博している。
街中を独りで歩くことは禁じられていた。
もしも人々に見つかったら、たちまちもみくちゃにされてしまうだろう。
自宅もいつしか、何者かにつきとめられていたらしい。
発覚当時、押し寄せる野次馬の対応に、リーザやエリィはさぞかし四苦八苦したに違いない。
今は自宅に帰ることもできず、騎士団本部に寝泊まりしている。
街を出歩く際は、周囲に護衛も付けていた。
「いいですか、前にも言いましたよね。この都市の市民である以上、あなたは義務を負っています。都市があなたの功績を認め、あなたは名声を獲得した。あなたは獲得した名声の対価を、都市に還元しなくてはなりません………」
ある程度のパフォーマンスは、住民感情を満足させるためにも必要であると、ソニアは言う。
太郎も、その言い分は、わからなくも無いのだ。
しかし、獲得した名声というものは、自分にとってむしろ邪魔なものではなかろうか?
少なくとも、役者の才能は自分には無い。
誰もが羨むこの、”都市の英雄”という肩書きが、今は邪魔で仕方がなかった。
◇◆◇◆◇
魔王軍が都市に残していった爪痕は、予想以上に大きなものであった。
北の城壁には、いつ崩壊してもおかしくない程、致命的な亀裂が生じている。
そして、魔神の残骸である”岩山”には、濃厚な魔力が残存し、周囲から魔物を惹き付けていた。
次に外敵の襲来があった場合、これではとても持ちこたえられない。
都市結界と城壁の修復は、都市としての急務である。
その処理にあたり、都市としてのプランはこうだった。
まず、岩山を浄化した後、撤去する。
そして、城壁の破損部分の周囲に、仮の城壁を立てて囲む。
その上で、破損部分を崩壊させ、そこに新たな城壁を構築する。
口で言うのは簡単であるが、完成まで何年もかかるであろう、壮大なプランであった。
とりあえずは、群がる魔物を駆逐し、岩山を浄化しなくてはならない。
当初、この場所にはベスターレ軍が陣を張り、魔物の駆逐に当たっていたが、クラウ市にも面子というものがある。
他都市の応援部隊にいつまでも甘えるわけにはいかず、クラウ騎士団は早急に再編成を行い、ここに部隊を派遣した。
そして、傷の癒えた太郎も、この魔物駆逐部隊に派遣されたのだった。
魔神の熱光線により薙ぎ払われた大地。
それはまるで、太郎のために用意された、広大な舞台のようだった。
ガーゴイルや魔神との戦いで、自分なりの戦い方をマスターした太郎は、ここで獅子奮迅の活躍を見せる。
その活躍は話題となり、噂を呼んで、城壁の上には日を追うごとに観客が増え始めた。
ピーク時には、騎士団が規制を行う程の混雑となり、城壁から転落する死者も出た。
そのため政庁は立ち入りを禁止したのだが、それでも規制の目を盗んで侵入する者は絶えず、結果的にこの場所は、人数制限と入場料が設けられることとなる。
そして、それと共に”勇者の魔物討伐劇場”は、日を追うごとに色濃い演出がされるようになっていったのである。
そのうち、岩山の浄化が進むと、魔物の出現率も減り始め、太郎が警備につく必要も無くなってきた。
しかし、政庁の上層部は、勇者目当ての観客が来る以上、この演劇は続けなければならないと考えているようであった。
「では、明日もよろしくお願いしますね」と、にこやかに笑うソニア。
「は、はい………頑張ります」ぺこりと一礼をした太郎は、魂を抜かれたようにフラフラと訓練場を出た。
―――あの人にもう、口答えはしまい。
そう心に刻みながら、幽鬼のように力なく回廊を歩くと、自分の部屋としてあてがわれた仮眠室に入る。
そしてベッドに横になりつつ、大きなため息をひとつついた。
自分は都市を救った英雄なのに、どうしてこんなに辛いんだろう。
こんなの鉄格子が無いだけで、牢獄にいるのと変わらないじゃないか。
何となく、ルディアやリーザ、エリィの顔が、頭をよぎる。
もう、どれくらい家に帰ってないんだろう。
ルディアとリーザは仲良くやっているだろうか。
そして、そんな事を考えつつ、いつしかあそこが自分の”家”になっていたことに気付き、太郎はわずかに微笑んだ。
もう自分は、身も心も、この世界の人間になってしまったのかもしれない。
◇◆◇◆◇
作業員たちが、浄化の終わった岩を砕き、荷台に乗せてどこかへ運び去ってゆく。
その先では、新たな城壁を作る資機材が、次々と運び込まれていた。
無機質な作業音が響く中、太郎たちの部隊は、ひたすらその場に待機する。
もう昼過ぎだというのに、出てきた魔物はオーク2匹。
太郎が出るまでもなく、騎士たちが剣で威嚇すると、森の中へと逃げ去ってしまった。
とても平穏で良い日なのだが、大抵こういう日は、城壁の上の観客たちが納得をしない。
どうやら彼らは、この場を闘技場か何かと勘違いしているようだ。
こういう日はアレである。だいたい背後からブーイングや野次が飛ぶ―――、
「おい勇者、ちゃんと戦え!」
そう言われても、敵が出てこないことには、戦うこともできない。
「そうだ、こっちは金払って来てんだぞ!」
知るか、そっちが勝手に来てるんだろう。
この手の野次は、もう飽き飽きだった。
背後からどんな言葉が飛んでも、もう何も考えまい。
いちいちマトモに考えていたのでは、キリが無い。
反応の無い太郎に対し、観衆の不満はさらに高まった。
「くそっ、無視かよ。こんなんだったら、闘技場の方へ行けば良かったぜ!」
手すりをドンと叩きつつ、体格の良い中年男が叫んだ。
そんな彼の脇に、フードをかぶった細身の男性がスッと入り込む。
そして涼やかな声で、中年男に告げた。
「おいあんた、知らんのか。闘技場は今、閉鎖されてるらしいぞ」
「………そうなのか、どうして?」
突然、声をかけられたことに若干戸惑いつつも、中年男はそう尋ねた。
フードの男は、岩山で働く作業員たちを流し見しながら言う。
「奴隷たちの大半は、城壁修復の人足に借り出されてるそうだ。剣闘士不足で闘技場も回らないらしい」
「へえ、奴隷たちも難儀なこった。タダ働きかよ」
「俺たちも笑っちゃいられん。これから人頭税の取り立てもあるみたいだしな」
その”人頭税”という言葉に、周囲の者たちが食いついた。
「それは本当か!?」
「ふざけんなよ。ちくしょう、政庁の奴ら、貧乏人から取り立てやがって」
「先の防衛戦で、復興の資金が足りないんだろうさ」
「そんなこと言ったって、持ってる奴らは持ってるじゃねえか」
「そうだそうだ、貴族たちから取り立てればいい!」
そこで、話題の中心になっているフードの男は、肩をすくめ、口元に一本指を立てた。
「シッ、あまり大きい声で政庁の批判をするなよ」
「お、おい、何だよ」
「この件で政庁の批判をすると、騎士団にしょっ引かれるらしいぞ」
「ハァ、何だよそりゃ!?」
「無茶苦茶だ!」
男たちは肩を寄せ合い、小声で政庁の批判を始める。
やがて、その集団からスッと、話題の中心だった男が抜け出た。
小汚いマントを羽織り、フードを目深にかぶった男は、まるで自分は関係ないと言わんばかりに、スタスタとその場を立ち去ってゆく。
政庁の批判を続ける男たちは、彼が立ち去ったことに、誰一人として気付いていないようであった。
やがて、城壁の上を強風が襲う。ヒラヒラとたなびくマント、かぶったフードがパサリと落ちる。
彼の、その若さに似合わぬ真っ白な髪が、風に踊っていた。




