44、パーティー
「ほう、それではタロー殿の世界には、魔法が存在しないということですかな?」
「ええ……、そうですね」
「だが、人間は馬よりも早く移動でき、鳥のように空を飛べると。そのカカ……カク……」
「……科学です」
「ああ失礼、カクガクという力ですな!」
いや、違うぞ―――、と太郎は思ったが、あえてツッコむのはやめておいた。
それを聞いた恰幅のいい紳士は、周囲の客に対し何やらカクカクと、興奮した様子で話している。
もういいや、カクカクでもシカジカでも何でも。いちいち指摘するのも面倒くさくなっていた。
パーティーは、夕暮れを待っていたかのように始まり、すでに小一時間が経過している。
現在、太郎とボンゴレアの元には、各都市の代表が集って卓を囲んでおり、そこで交わされる話題は無論のこと、太郎に関するものが主であった。
「魔法とカククとは、いったいどう違うのですか?」
四角く、厳つい顔の紳士が尋ねてくる。
科学なんだけどな―――と、太郎はとりあえず心の中でツッコミを入れ、これまでの経験からふと考えた。
この世界の魔法は、人の心を源とする力のようだ。
一方、元の世界の科学は、自然現象を源とする力。
この世界にも、科学現象は無いわけじゃない。
木の摩擦から火を熾す技法は存在するし、紙飛行機を飛ばす遊戯も存在している。
この世界にも確実に科学は存在しているようだ。ただ、ここは元の世界に比べ、心の力―――すなわち魔法の存在があまりにも強すぎる。
例えば、木の摩擦を利用せずとも、魔法を使えば、一瞬にして火を熾すことができる。
紙飛行機も、空気抵抗を考え、その形状を考える必要はない。風の魔法を使えば、半永久的に飛ばし続けることもできるだろう。
そう、きっと魔法の利便さが、科学の発展を阻害しているのだ。
……とまあ、ここまで考えたが、太郎は口には出さなかった。
懇切丁寧に教えてやっても、この場に居る者たちが理解できるとは限らないし、何より面倒くさい。
太郎は簡潔にこう答える。
「似たようなもんです」
「はあ、似たような……ねぇ」
その答えに、四角い紳士は少し不満そうな顔をした。
だが太郎はそのまま沈黙し、会話を強制的に打ち切る。
いい加減、嫌気がさし始めていた。こんな奴らに、わざわざ答えてやる必要はない。
何故なら、この卓を囲む者すべてが、自分に好意を持っているわけじゃ無いのだから。
いや、むしろ笑顔の裏で、疑いの目を向けている者がほとんどだろう。
それは歓談が始まり、すぐに感じ取ることができた。
―――彼らは、自分が本当に異世界人なのか試している。
元の世界の情報を、やたらと聞いてくるのは、単なる興味だけでは無い。
話に矛盾や不自然な点はないか、彼らはすぐにそれを精査し、更なる疑問をぶつけてくる。
あわよくば、この場で太郎が偽物であることを暴いてやろうと思っているのかもしれない。
それは何故か?
その答えはすぐに導き出された。
異世界人とはいえ、太郎の外見はこの世界の人間と全く同じだ。
すなわち、その辺の人間を連れてきても、十分に代えはきく。
太郎が異世界人たる根拠は、今のところ、クラウ市公認であるというただ一点のみに過ぎない。
クラウ市自体がグルとなり、異世界人を仕立て上げ、何らかの利益を得ようとしている―――と、勘ぐってしまうのも無理はないだろう。
もう少し詳しく……と、四角い紳士が口を開きかけた時だった。
そんな彼の言葉をさえぎり、おもむろに発言をする者。
それは白髪の紳士であった。
白髪とはいえ、その肌はまだまだ若々しい。
真っ白な髪抜きで見れば、まだ30代前半ほどであろう。
人の良さそうな笑顔が、太郎を見つめている。
「ところで、タロー殿の世界に、身分制度はありますか?」
「……ありません。いや、正確には、俺が住んでいた日本という国には……ですが」
「ほう、王族も、貴族もですか」
「はい。それに奴隷も存在しません」
その言葉に、卓に座る一同がざわついた。
「そんなバカな、平民しかいないのか。そんな烏合の衆を、いったい誰が支配しているというのだ!?」
「労働力はどうなのですかな。まさか平民のみで、まかなっているワケでは……?」
「刑罰法令はいかになっておられるのか。是非お聞きしたい!!」
「一度に言われては、タロー殿も困ってしまうであろう。それぞれ順番に……」と、慌ててボンゴレアがとりなす。
湧き出る不快な感情を表に出さぬよう、太郎は顔を引き締めた。
ルディアの一件もあり、太郎はこの世界の奴隷制度に、怒りに似た感情を覚えている。
つい熱くなり、それぞれの質問に、知りうる限りの知識で返し始めた。
選挙で国民の代表を決め、政治が行われていること。
労働力は基本的には平民。異国からも労働者は来るが、それは出稼ぎであり、奴隷ではないこと。
刑罰により、刑務所に入って労働をする場合もあるが、その目的はあくまでも社会復帰であること……
そんな太郎の熱弁を、各都市の代表は少し信じ難そうに見守っていた。
誰も太郎の世界に行ったことはないのだから、彼が語る話が真実かどうかはわからない。
だが、太郎は言葉に詰まることもなく、スラスラと答えを話している。矛盾している点も無さそうだ。
そんなワケで、各都市の代表は、太郎の言葉に納得せざるを得なかった。
そんな中、ただひとり、若白髪の紳士だけが太郎に質問を続ける。
「話から察しますに、タロー殿は、300年前の勇者様と同じ世界から来たようですね」
「……はあ、俺もそのように感じています」
入浴習慣やら、ハンバーガーセットやら、果てはフーゾク情報……
初代勇者と自分の世界の間には、あまりにも共通点が多すぎる。
どう考えても、世界から召喚されたとしか思えない。
「では、勇者思想もご存知ですか?」
「あの人間は平等である……ってやつですか」
「そう、あれは勇者様の元の世界にある思想を、そのままこの世界に持ち込んだものなのですね。それをたった今、タロー殿が証明してくださった」
……なるほど、そういう考え方もあるか。
つまり今、元の世界の話をしたことが、異世界人の証明になったということか。
ふと、周囲を見渡す。
しかし、周囲の面々は何やら微妙な表情を浮かべていた。
彼らのの視線は、若白髪の紳士に向けられている。
その視線の意味がわからず、戸惑う太郎に向け、彼の右手が差し出された。
「私は真の自由都市、ベルナスの外務官でユーゴといいます。お見知りおきを」
人の良さそうな笑顔、差し出された手に吸い寄せられるかのように、太郎の右手も伸びた。
まるで女性のように華奢な手、そのぬくもりを通じ、徐々に警戒心が解けてゆくのを感じる。
何となく、良い人そうだ………。
「我が都市は、勇者思想の体現都市。身分制度はありません」
「………えっ?」
この世界にも、そのような都市が存在していたことは初耳であった。
意外なその言葉に、思わず乗り出し気味となり、太郎は問いかける。
「本当ですか?」
「ええ、恐らくはタロー殿の世界と同じ。王侯貴族も奴隷も存在しません」
詳しく話を聞きたい―――、太郎が口を開きかけた瞬間であった。
まるで会話を遮るように「さて………」と、ボンゴレアの声が挟まれる。
彼は太郎の肩に手を置き、周囲の面々に笑顔で伝えた。
「まあ話は尽きぬところだが、この辺でどうだろうか。我々も他の卓に挨拶に行かねばならぬのでな」
この都市のトップにそう言われては、言い返す者もない。
ボンゴレアに促されつつ、立ち上がる太郎を、彼らは無言で見守った。
去り際に「タロー殿」と、ユーゴの声が聞こえ、太郎は肩越しに彼を見た。
「いずれ、ベルナス市に招待いたします。是非ご訪問いただきたいものですな」
「は、はい………、是非」
その答えを聞き、ユーゴは満足げに、わずかに頷いた。
気付けば、会場内は宴たけなわとなっていた。
あの卓上での話に集中していたため気付かなかったが、周囲はお祭りのような賑やかさ。
酔いつぶれて寝ている者に、楽団の演奏に合わせて大声で歌っている者、会場の隅のほうでは抱き合う男女の姿もある。
当初の厳粛な雰囲気はどこへやら、太郎は口元を抑え、わずかに吹き出した。
そんな彼の脇腹に、ボンゴレアが肘を入れる。
「過激な自由主義者と、あまり関わりを持つなよ」
「………?」
その頭ごなしの忠告に、太郎は少しムッとした。
「だけど本来、自由都市ってのは、自由を理念に解放されたんじゃないのか?」
「掲げられた理念は”王族支配からの解放”だった。勇者思想はあくまでも理想論に過ぎぬ」
「理想論………か。だけど、俺の世界では………」
「君の世界がどのような場所か知らぬ。だがな、この世界には身分制度が必要なのだ。社会秩序の維持のためにな」
「………」
ボンゴレアの力強い眼光に、太郎はその先の言葉を失った。
身分制度に怒りは感じている。しかし、自分の力でそれがどうこうなるとは、考えてすらいなかった。
そんな彼が、ボンゴレアに言い返せるはずも無い。
消沈した太郎の様子を察し取ったのか、ボンゴレアは振り返りながら、やや穏やかに続ける。
「まあ、それについては追って話そう。ここはそのような話をする場では無いしな」
「はあ………」
「ここから先はパーティーを楽しむといい。都市代表の者たちの他にも、君と話をしたがっている者は沢山いるだろう」
そう言い、ボンゴレアは立ち去ってゆく。あとには一人、太郎が残された。
◇◆◇◆◇
太郎はほのかな甘い香りに包まれ、目を覚ました。
体中がフワフワしている感覚………いや、感覚だけではない。
何か柔らかいものに顔をうずめているようだ。
ふと見上げると、そこにはルディアの寝顔―――、
「――――――!?」
心臓が止まるかのような衝撃とともに、太郎は声にならない叫びを上げて飛び起きた。
そのままベッドから転げ落ちる。痛みを感じる暇もないまま、彼は頭を抱えて狼狽を始めた。
「な、な、な、な………」
いったい何があったというのか!?
やがて、目をこすりながら、気だるそうにルディアが上体を起こす。
「………起きたの?」と、つぶやきつつ、彼女は大きく伸びをした。
肩近くまで伸びた黒絹の髪はやや乱れ、ネグリジェに似た寝具は体にフィットし、スタイルの良さを強調している。
普段、男装に近い姿しか見ていないためか、その姿は新鮮で刺激的であった。そして、改めて彼女が美人に分類される女性であることを実感する。
「ど、どうして俺は、ここに………?」
「どうしてって………」
「ま、まさか、まさか俺は………やっちゃったのか!?」
「………何を?」
「何をって……、それは………」
一瞬の沈黙の後、ルディアは顔を真っ赤にし、枕を太郎に向けて投げ付けた。
「そんなワケないでしょ!」
枕を顔面で受け止めた太郎は、「そ、そうだよな……」と、ホッと安堵の表情を浮かべた。
▽
昨晩、パーティー会場で泥酔してしまった太郎は、深夜に馬車で自宅に送り届けられた。
その後、とある邪悪なメイドの策謀により、太郎はルディアの部屋へと放り込まれたのであった。
「びっくりしたわ。突然あなたが入ってきて、隣りで寝始めるんだもの。私、暗殺者と間違えて、もう少しであなたに斬り付けるところだったのよ」
ルディアは枕元に備え付けられた短刀を見つつ言う。
彼女に夜這いをかけるには、命を賭する覚悟が必要なようである。
とりあえず殺されなくて良かったと、太郎は苦笑いを浮かべた。
「でも、良かったのか。別に追い出してくれても良かったんだぞ」
ルディアはきょとんと目を丸くし、不思議げに小首を傾げて返した。
「別に兄弟なんだし、一緒に寝るくらい普通でしょう?」
「……いや、年頃の兄弟は、一緒に寝たりしないと思うんだが………」
「そんなことないわ。アウラン兄さんとは、よく一緒に寝たものよ。特に寒い冬なんかは、お互いに抱き合いつつ、体を温め合って………」
「あ、ああ、そうだね。もういいです………」
彼女には、一度、健全な兄弟の在り方について教養をする必要があるようだった。
▽
そんな二人の会話を、ドアにへばり付きながら聞く、ひとりのメイドの影。
彼女―――リーザは、小さく舌打ちをしつつ、ゆっくりとドアから離れた。
「………何してるの?」
廊下を通りかかったエリィが、ジド目でリーザに問いかける。
彼女はスタスタとエリィに歩み寄ると、小声でまくし立てた。
「信じられる?あの二人、一晩中同じベッドで寝て、何もなかったのよ!?」
「あんた………、一晩中、そこに居たワケ?」
「せっかくあたしが恋のキューピット役をしてあげたってのに!」
「………」
「あの二人には、健全な男女の在り方について、あたしが講義をする必要があるわね!」
親指をグッと立てながら、リーザは嬉しそうに言う。
そんな彼女に向け、エリィは冷淡に告げた。
「………仕事して下さい」




