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43、パレード

 その日、政庁から中央広場へと抜けるメイン通りには、人ごみがあふれ返っていた。

 これから魔王軍撃退の、戦勝パレードが開催されるのである。


 ―――この都市には勇者が召喚されている。


 以前より、そんな噂が、巷には流布していた。

 ところが今回、政庁は公式にそれを表明する。


 さすがに『勇者』というストレートな表現はしなかったものの、『異世界の戦士』として、太郎の存在は公表されたのだ。

 みんな、噂の勇者を一目(ひとめ)見ようと、メイン通りには、大勢の一般市民が参集したのである。

 通りの脇には露店も立ち並び、もはやそこはお祭り状態だ。


 やがて、勇壮な音楽とともに、政庁の門が重々しく開かれてゆく。

 音楽隊を両脇に従えつつ、白馬に引かれた馬車が、公衆の前に進み出てきた。

 御者の後ろには、市長のボンゴレアと、噂の当事者である太郎の姿。


 服装は騎士団の制服姿であるが、今回着ているものは普段と少し違う。

 その両肩には、ヒラヒラと垂れのある肩章(けんしょう)が付いており、そこから胸元にかけてモール紐が伸びていた。

 それは、儀式などで用いられる、いわゆる礼服と呼ばれるものである。


 しかし馬子にも衣装、とはよく言ったもので、それを着た太郎は、一角(ひとかど)の立派な騎士にも見える。

 いや、着こなしている、と言うよりは、衣装に着られている、というのが妥当な表現かもしれないが。


 だが、そんな外見とは裏腹に、太郎の内心はガクブル状態であった。


 「タロー殿、立って手を振られよ。皆、君を見に来ておるのだぞ」


 ボンゴレアのアドバイスに従い、太郎は恐る恐る立ち上がった。先ほどよりも視界が(ひら)ける。

 通りの両脇にあふれ返る観衆。そんな観衆をあふれ出さすまいと、必死に規制線を維持しようとする騎士団の面々。

 雨あられと降り注ぐ歓声に対し、太郎はひきつった笑いで手を振った。

 そんな彼の足が、ガクガク震えているのを見て、ボンゴレアは苦笑いを浮かべる。


 ……みんなこっちを見ている。


 英雄になるのも悪くない―――、などと考えもしたが、似合わない。やっぱり自分には似合わない。

 そもそも自分が、目立つこと、人前に出る事が苦手だったのを思い出した。


 小学校の全校集会で作文を発表した時ですら、緊張のあまりゲロった経験があるのだ。

 都市全体の注目を浴びる英雄なんて荷が重すぎる。やっぱり無理だ。

 そう考えた途端、突如として感じたのは、腹からこみ上げる異物感。


 やばい。この場でゲロとか、あり得ない。

 脱糞、失禁、嘔吐の三重苦とか勘弁願いたい。


 委縮し、思わず座り込んだ太郎に、ボンゴレアが声をかけようとした瞬間であった。

 彼らの背後から、天をつんざくような、黄色い歓声が上がる。


 振り返った先―――、背後の馬車に乗り込むのは、騎士団長であるワフーとケイメン。


 ケイメンはタキシードっぽい礼服に身を包み、髪型はビシッとオールバックに固めている。

 思いっきり不機嫌な表情で、腕を組み、立ち上がることもせず、何か舌打ちをしていた。


 相変わらずだなぁ……、あいつは。


 そんな彼の様子が可笑しくもあり、クスリと笑う。

 黄色い歓声により、観衆の注目がケイメンに向いたことで、少し安堵感も感じていた。


 ワフーが何か注意をしているようだが、ケイメンはそれに耳を貸すことなく、さらに顔を険しくするとプイッとそっぽを向く。

 女子からすると、そんな彼の仕草がたまらないのだろうか。歓声はますますヒートアップしていった。

 彼に花束を手渡すべく、飛び出そうとする者まで出始め、騎士団が四苦八苦している。


 そうこうしている間にも、行列は着実に広場へと進んで行った。


   ▽


 中央広場には特設会場が設けられ、都市の有力者、他都市の代表などのVIPが一同に会していた。

 そんな中、厳粛に、今回の戦闘における功労者へ、勲章の授章式が行われる。


 トップバッターは、今回の主役でもある太郎であった。

 勲章の受け取り方は、パレードの前に政庁の中で何度も練習させられた。

 緊張していた太郎は、ぎこちない仕草ではあるものの、何とか形式どおりにそれをやり遂げる。

 列へと戻り、ホッと胸をなでおろしていると、続いてケイメンが市長の元に進み出ていった。


 何と優雅な立ち振る舞いなのか、と思った。

 正式な動作を叩き込まれた太郎は、ケイメンの動作に細かい部分で間違いがあることを見て取る。

 しかし、全くその間違いを感じさせない。むしろそれが正しい動作であるかのように、堂々と彼は勲章を受け取った。

 来賓で参列した貴婦人たちが、うっとりと見とれている様子が目に入る。


 役者が違うというか、本当に何をやっても絵になる奴だなぁ……。


 続けて進み出るのは、白いドレスに身を包んだエスト。

 彼女には、もはや作法も何もあったものじゃなかった。

 勲章を片手で受け取るとペコリと頭を下げ、半ばスキップしながら列へと帰る。

 そんな姿に、太郎は思わず苦笑い。


 まあ、あれはあれで、キャラ的に許されるんだろう。


 その後も、20名程度の者たちに対し、授章式は続く。

 その中には、北東の塔をほぼ単独で守り切ったラモン、ガーゴイル撃退に功があったデュランなど、見知った顔ぶれも含まれていた。


   ▽


 「ちッ、まいったぜ。いつまで拘束されるんだ、こりゃ!」


 ソファーにドカッと腰かけ、首元の蝶ネクタイを(ゆる)めつつ、ケイメンは叫んだ。

 ここは政庁の応接間。三人はここで、次の催しまで待機を命ぜられている。


 「夕方、お偉いさん方と食事会があるからね。気の毒だけど、きっと夜中になるだろうねェ……」


 そう説明してくれたのは、ドアから半分顔をのぞかせたデュラン。

 それを聞き、ケイメンは「マジかよ!」と頭を抱え、天を仰いだ。

 そんな彼を見つつ、デュランは申し訳なさそうに続ける。


 「すまないんだけど、こっちに混ぜてもらってもいいかな……?」


 太郎・ケイメン・エストの三人は、魔神撃退の功もあり、主賓ということで特別待遇がされていた。

 この応接間は三人専用。テーブルの上にはそれなりに豪華な軽食が用意され、ドアの脇にはメイドが控える。

 そしてドアの外には衛兵が二人立っていた。名目上は三人の護衛であるが、ケイメン・エストが逃げ出さないための監視役ではないかと、太郎は思っている。


 ちなみに、その他の受章者は、広めの部屋で待機しているらしい。


 「ああン、嫌だね」と、ケイメンは容赦なく断る。

 「食べ物(たへほほ)()()()()()()!」モグモグと肉を頬張(ほおば)りつつ、エストが続いた。


 「そ、そんなこと言わないでさ。ほら、このとおり」


 二人の言葉を無視し、デュランは両手をすり合わせながら入ってくる。

 その頬には真っ赤な口紅、大きいキスマークが付いているのが見えた。


 (ああ、あっちにはラモンがいるんだっけ……)


 何となく、むこうの惨事が予想できた。


 デュランとラモンを引き合わせたのは、太郎とケイメンである。

 それに少し負い目を感じ、彼が不憫にも思えてくる。


 ここに居るくらい、いいんじゃないか―――と、太郎が言おうとした瞬間である。


 「デュ・ラ・ン・さまぁ~、どこ~?」


 廊下の奥から、駆け足とともに野太い声が響く。

 蒼白となったデュランは、反射的にドアの影へと隠れ、息を殺した。

 直後、その声の主が応接間へと踏み込んでくる。


 顔を上気させ、油っこい笑顔を浮かべるオカマ魔導士のラモン。

 着込んでいたのはケイメンと同じ礼服であるが、その顔はバッチリ化粧がされ、唇には真っ赤な口紅が引かれている。


 「あら、あなたたち、ここに居たの?」

 「まあな。俺たちは主賓らしいからな」

 「デュラン様を見なかったかしら?ちょっと目を離した隙に、あっちの部屋から姿を消してしまって……」

 「ああ、奴なら……」


 ケイメンは意地悪そうな笑みを浮かべ、言葉を続けた。


 「お前に貞操を捧げる準備をするとか言ってな。あっちの方に全裸で走って行ったぞ」

 「まあ……!!」


 頬を染めるラモン、その頭上に出現したマッチョな天使たちがラッパを吹き鳴らす。


 「ついに踏み込む決心をしてくださったのね。魔導士と騎士の禁断の恋にッ!」


 そして「うおおおお、こうしちゃいられねえぜぇぇぇ!」と叫ぶと、凄い勢いでドアから飛び出してゆく。

 バタン、と閉まったドアの影。そこの壁にへばり付いていたデュランがヘナヘナ……と、その場にへたり込んだ。

 彼は小刻みに震えながら、相変わらずの蒼白な顔で、恨めしそうに言う。


 「き、君ねぇ……」

 「何だよ。ちゃんと奴を追い払ってやったろう?」

 「………」


 確かにかばってもらったような、いや逆に売られたような、複雑な気持ちでデュランは口ごもる。

 とりあえず、ラモンと次に顔を合わせた時が、ものすごく不安であった。


   ▽


 「へえ、こりゃ凄いや!」


 それまでの落ち込みようはどこへやら、デュランはその剣を眺めつつ、興奮した様子で叫んだ。

 切り替えが早い男なのか、或いは頭カラッポで嫌なことはすぐに忘れる男なのか。

 恐らく後者ではなかろうか……と、太郎は考える。


 そんなデュランが目利きしていたのは、太郎が副賞として貰った剣であった。

 ケイメンやエストにも見てもらったのだが、彼らは剣に関する知識に疎く、よくわからなかった。

 ちなみにケイメンは杖を、エストは腕輪をそれぞれ副賞として貰っている。どちらもなかなかの業物らしい。


 「これは、あのアルテノ工房、抗魔剣(アンチマジックソード)シリーズだね」


 アルテノ工房とは、ベスターレにある高名な武器工房らしかった。

 この剣は、魔鋼という希少金属を用いたものであり、騎士であれば喉から手が出るほど欲しい逸品らしい。


 「へえ、そんなに凄い剣なのか……」

 「そりゃそうさ、アンチマジックの名のとおり、ある程度の魔法なら切り裂いて防ぐことができる」

 「おお……!」


 それまで魔法に(あらが)う手段が無かった太郎にとって、それはまさに朗報であった。


 「だけど残念ながら、純魔鋼製じゃない。他の金属も混じっているね。それでも売却したら、名馬の2~3頭は買える値段がつくんじゃないかな?」

 「はあ、名馬……ですか」


 太郎には、いまいちピンとこない例えであった。

 元の世界でいうと、車2~3台と考えるべきなのか。

 まあ、ともかく、これががすごい剣である事は理解できた。


 そんな太郎に向け、デュランはチラリと、横目で視線を送る。


 「ところでタロー君……、日頃の感謝の意味を含めて、この剣を僕にくれる……なんてことは」

 「ありません!」


 太郎は慌てて、剣をデュランから取り返す。


 「ははは、冗談だって。冗談!」


 いや、あの目はかなり本気だったぞ。

 やっぱりあの時、ラモンに引き渡しておくべきだったか?


 などと考えていると、おもむろにドアがノックされた。

 入ってきたのは、初老の秘書官らしき男性。


 彼はうやうやしく一礼をすると、彼らに告げた。


 「晩餐会の準備が整いましたので、皆さまホールへご移動をお願いします……」




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