41、彼の消失
ある程度、傷も癒え、包帯が取れた太郎は、鏡で自分の体を確認していた。
体中にあった痛々しい傷は、赤い痣となり、まだその色を残す。
だが、この痣も時間の経過とともに、消えてなくなるらしい。
今回は、以前にも増して傷の回復速度が早まっているような気がした。
これはやはり、自分自身が自己回復能力を意識し始めた効果なのだろうか。
ともかく、意識が戻ってから5日が経過し、体の痛みはもう無くなっていた。
しかし……、
太郎は少し顔色を上気させながら、鏡の前で珍妙なポージングを始める。
その体は、鋼と形容するに値するほど、さらに引き締まったようだった。腕もひと回り太くなったように思える。
考えてみれば、戦闘の都度、マナを使って限界以上の身体能力を引き出し、戦っているのだ。
予想外に体が成長するのも、無理もないのかもしれない。
だが、そこでふと、あの塔で見たオカマ魔導士ラモンの肉体美が脳裏に浮かぶ。
彼も同じ肉体強化系であるのだから、もしかして、行き着く先はあのゴリラマッチョなのか。
……そ、それは何か嫌だな。
思わずゴリラマッチョな自分を想像し、太郎は顔を青くする。
そんな彼を、ドアの影から、ジド目で見守る人影があった。
「……何をしてるの?」
「つ、うぉわぁぁ、ルディア、いつからそこにッ!?」
自分がパンツ一丁であることを確認し、慌ててベッドに飛び込み、毛布にくるまる。
「……誰かと決闘をしに行くの?」
「ハ、ハァ!?」
「今、戦いの舞いを踊っていたわよね?」
南方の一部の部族には、決闘をする前に舞いを踊る風習があった。
ルディアはそのことを言っていたのだが、無論、太郎にそんな知識は無い。
「な、何言ってるんだよ?俺はただ、傷を確認してただけだし!」
キョドる太郎に向けられる、疑いの眼差し。
その視線に耐えきれず、太郎は強引に話題を変えようと試みた。
「あのな……ノックくらいしろよ!失礼じゃないか!?」
「ごめんなさいね。両手がふさがっていたから」
言いつつ、ルディアがゆっくりとドアから姿を現わす。
彼女は朝食が載せられたお盆を、両手で持っていた。
「……ドアはどうやって開けたんだよ?」
「足で……」
彼女はくいっと片足を上げた。
朝日を浴び、磨かれた騎士団支給の革靴が光る。
ちなみに彼女の物は、鉄板が仕込まれた特注製だった。
まるで自慢するかのように、その足を伸び縮みさせる。
体幹を全くブレさせずにするその仕草は、さすがのバランス感覚を思わせた。
「……器用な奴だな」
思わず笑みを浮かべる太郎。それを受け、ルディアもまた、わずかに微笑んだ。
だが、テーブルに食事を置き、再び太郎を向いた眼差しには厳しい光が宿る。
「あなたは怪我人なのよ。外に出ちゃダメだからね」
「……わかってるよ」
「決闘なら、私が代わりに戦うわ。相手は誰?」
「だから決闘じゃないって!」
「………」
「何だよ、その目は。俺を信じろって!」
「……わかった、信じるわ。それじゃあ、私は仕事に行くわね」
カツカツと、小気味よい靴音を立て、彼女はドアへと歩みを進める。
やがてドアの手前で立ち止まった彼女は、少し照れながら、わずかに振り向いた。
「……行ってくるわ、兄さん」とつぶやき、そのまま早足で姿を消す。
ベッドの上の太郎は、その言葉に若干の鳥肌を覚えた。
何だろう、この違和感は。
何度呼ばれても、彼女から兄と呼ばれるのは慣れなかった。
▽
ルディアと約束はしたものの、このまま部屋にこもるのは、太郎にとって拷問に等しかった。
元の世界であれば、ネットにゲームにマンガなど、病休中のひきこもり生活もエンジョイができた筈だ。
しかし、この世界には何もない。只々、ベッドで寝ているだけの生活など、若い彼には耐えられなかった。
それに現在、外の様子がどのようになっているのかも気になる。
「……ルディア、すまん!」
彼女の立ち去ったドアに向け、頭を下げながらそうつぶやくと、彼はローブを着込んでテラスへと出た。
降り注ぐ陽光と、そよぐ風が、まるで彼を歓迎しているようだった。思わず心が躍る。
(すぐに帰ってくるさ。バレなきゃいいんだ)
そう自分に言い訳しつつ、彼は手すりから眼下の地面へと飛び降りる。
だが、彼の脱走計画は、開始3秒で暗礁に乗り上げることとなった。
「あら、ご主人様、どちらへ?」
聞きなれたその艶っぽい声色に、思わず彼はその場に直立不動となる。
ゆっくりと首を回し、フードの隙間からのぞき見たそれは、ホウキを持ってたたずむリーザの姿。
「イエ、僕ハ太郎ジャアリマセン」
「……ルディア様に言いつけますわよ」
「ごめんなさいっ!」
やや喰い気味、予想以上の謝罪速度に、リーザは思わず吹き出した。
「でもまあ、退屈ですわよね。それにあの高さから飛び降りる元気があるんじゃ、体ももう大丈夫……なのかしら?」
「……ひょっとして、見逃してくれるのか!?」
「ええ、でも条件があります」
そう言うとリーザは、懐から一通の封書を取り出す。
そして頬を染めて、恥じらいをみせつつ、それを太郎へと差し出した。
「これを……、ケイメン様に渡してもらえますか?」
ケイメンを見て以来、彼女のターゲットは、太郎から彼へと変わっていた。
「私も手渡ししようと、今朝方まで彼の家の前を張ってたんですが……、結局昨晩はお帰りにならなかったようで……」
(ストーカーですか、あなたは!)
「ポストは無かったですし、ドアに挟み込むのも不安だったので……、お願いできるかしら?」
散歩のついでにちょうど良いと思った。
もしもケイメンが捕まらなければ、アイシャかエストあたりに頼めばいい。
太郎はそれを承諾し、堂々と門から外出をしたのだった。
◇◆◇◆◇
往来へと出て、まず目についたのは、木材や建設機材などを運ぶ奴隷の姿。
そのほとんどが北へと向かっている。恐らく倒壊しかけた北の城壁修復に行くのだろう。
そして、街中に流れているのは、やはり魔神を倒した勇者の噂。
勇者は、異世界から来た長い黒髪の美青年―――って、この容姿、まんまケイメンじゃねえか!?
一部では、勇者はエルフの美少女らしいって説まで流れてる。
ひととおり人ごみを通り抜けてみたが、自分と思しき噂は皆無であった。
まあ、自分で言うのも何だが、あまりに平均的な容姿であるため、話題にも上りづらいのだろう。
太郎はそのまま人ごみから出ると、懐からリーザの手紙を取り出す。
とりあえず、口止め料代わりに、この仕事だけは完遂しなければならない。
ケイメンの行く先に、太郎は2つの心当たりしか無かった。
とりあえず彼はロージンの家へと向かう。
▽
アイシャはあれ以降、悶々とした日々を送っていた。
太郎とルディアの結末は兄妹という形で幕を閉じた。
アイシャとしては、ギリギリのところで救われた思いがある。
しかしあの時、見つめあう二人に、何か特別な絆のようなものを感じた。
その光景は、日に日にアイシャの中で美化がされ、今では見つめあい、キスをして、ベッドインするまで妄想は暴走していた。
「あああああああぁぁぁぁ……」
その光景を妄想し、頭を抱える。
妄想だとわかっていても、二人は同じ屋根の下、そういう間違いが起こっても不思議ではない。
そしてふと、廊下で見たルディアの姿が脳裏に浮かんだ。
小麦色の肌に、黒絹のような髪、彼女には南方女性特有の美しさがあった。
そして、制服の上からでもわかる、ウエストのくびれと胸のふくらみ。
思わずアイシャは自分の両胸に触れ、大きなため息をついた。
(やっぱり、大きいほうがいいんだろうなぁ……)
そんな彼女の視界の隅に、机の上に置かれた魔導書が入ってくる。
その背表紙には、『使える魔法陣百選』と銘が打たれていた。
▽
「きゃああああぁぁぁぁっ!!」
太郎はその悲鳴を、ロージン宅の玄関で聞いた。
あれはアイシャの声、ただならぬ事態に違いない。
彼はノックもせず、ドアを開け、中へと飛び込んでゆく。
まず目に入ったのは、こちらに背を向け、栗色の髪を振り乱しながら、奥へと走り去るアイシャの姿。
「どうした!?」と叫びつつ、太郎は数歩、室内へと踏み込む。
「あら、タローさん」
部屋の脇には、エストがちょこんと座り込み、こちらに笑顔を向けていた。
「エスト、いったい……」
セリフを言い終えぬうちに、彼を包み込むピンク色の光。
見れば足元に描かれた魔法陣が、ピンク色のエロティックな光を放っていた。
「えへへ、ちょっと間違えちゃって……」
その言葉に、太郎は嫌な予感を覚える。
そしてほどなく、彼の体に異変が生じ始めた。
下から上へと、体内を何かが通り抜ける感触。
体中が波打つような衝動に、太郎は思わず立ちくらみを起こした。
彼は体を抑え、その場に座り込む。
やがてその衝動が治まり、立ち上がった彼は、自分の体に奇妙な違和感を覚えていた。
顔の両脇がワサワサとウザい。
どうやら髪が伸びているようだ。
そして、胸元に覚える重量感。
思わず胸元に手を当てた彼は、叫び声を上げた。
……ある。
できたのか、生えたのか、表現はともかく、胸が……ある。
しかもけっこう大きい。
……まさか………。
続けて彼は、震える手を、恐る恐るその股間へと伸ばした。
そこに触れた瞬間、彼の予想が確信へと変わった。
「うわあああぁぁぁああぁぁっ!!」
いつもそこに居た彼。
いつもはその存在感だけが控え目だった彼。
今や、そんな彼の存在自体が消失していた。
太郎はへたり、とその場に座り込む。
そして、色を失った彼の目に映るのは、魔法陣の脇に広げられた魔導書。
右のページには、『上に乗った者を、短時間だけ性転換させる魔法陣』の項。
左のページには、『上に乗った女子の胸を、短時間だけ巨乳にさせる魔法陣』の項。
どこかで見た内容だと思ったが、どこで見たのかは思い出せなかった。
とりあえず、諸悪の根源は、この魔導書に違いない。
呆然と、魔導書を眺める太郎に、エストは苦笑いで説明をする。
「えーと、二人で胸のほうを試してみようと思ったんですけど……、私、間違えて逆のページの魔法陣を描いちゃって……」
「返してくれ……」
「……はい?」
「返してくれ、俺の彼を!」
「ぼーい?」
きょとん、とエストは目を丸くさせる。
そんな純粋な眼差しを受けつつ、太郎は考えた。
とりあえず、この魔導書には短時間とある。
ということは、いずれ元の体に戻るということだろう。
そう考えると、安堵感とともに、冷静さが頭に戻ってきた。
とりあえず、エストは魔法陣のエキスパートだ。彼女に尋ねるのが早いだろう。
「なあ、この本に短時間ってあるけど、いったいどれくらいの時間なんだ?」
「そうですね~、短時間だから、それほど長くないのでは?」
「……それ、答えてるようで、答えになってないぞ」
太郎の心に、再び暗雲が広がっていった。




