4、勇者失格
ホールでの会議は続いていた。
元来、弱気な性格であり、クラスでの発言権も無に等しい太郎は、なかなか『帰りたい』と、口を挟めずにいる。
先ほどの、宇宙人のくだりで言っておけば良かったと後悔したが、後の祭りであった。
アイシャだけは、彼を擁護してくれていたが、皆の結論は『この勇者は使えない』という方向に行っている。
彼女には悪いが、それは太郎にとって歓迎すべきことであった。
(やった、元の世界に帰れる!)と、心の中で、太郎はガッツポーズを取った。
やがて、それまで腕組みをし、沈黙をたもっていたロージンが重々しく口をひらく。
「わかった。残念じゃが今回は、魔法陣の間違いであった…と。そういう結論で良いのじゃな?」
周囲の魔導士たちが、次々とうなずいてゆく。
「お爺さま!」と悲しそうな目をし、アイシャだけが抗議の声を上げる。しかし、それに答える者はいなかった。
「では、この者の処遇じゃが…皆の意見は?」
にへらにへらと、だらしのない笑みを浮かべる太郎を向き、険しい表情でロージンが言う。
意見…?何を言ってるんだ?元の世界へ帰すんじゃないのか…?
自分に向けられた”売れない家畜の目”を受け、背中に悪寒が走った。嫌な予感がする…。
すると次々、魔導士たちが発言を始めた。
「キロル地区で新しく橋をかけるそうな。その人柱にするというのはどうだ?」
(人柱って…生贄のことかぁぁぁ!)
「いや、ワシが買い取るぞい。先日、奴隷が1人、逃げてしまってな」
(じ、人身売買イクナイ!)
「あなたは奴隷を酷使しすぎるんですよ。あなたの所に行ったら、こんな貧弱な少年、すぐに死んでしまいます。それより…」
角刈りで、魔導士にしてはマッチョすぎる壮年の男性が、太郎を振り向いてウィンクした。
「アタシの所に来たら、かわいがってあげるわよ☆」
(どう分岐してもバッドエンドォォォォ!!)
元の世界への期待感が一転、生命と貞操の危機にさらされる。
太郎は思わずロージンを指差し、怒り心頭に訴えた。
「ちょっと待てよ!あんた、いつでも帰れるとか言ったじゃないか。約束が違う!!」
「確かにいつでも帰れるとは言った。しかし、それはワシらが儀式をおこなえばの話。儀式を必ずやるとは約束しておらぬ」
「この…詐欺師め───ッ!!!」
ふ、不幸だ。これは神の罰なのか。自分がいったい何をしたというのだ。
あれか?母ちゃんに『参考書を買う』ってウソついて、実はエロ本を買った罰ですか?
それとも、夜な夜な、妄想の中でクラスの女子(一部をのぞく)にあんなこと&こんなことしちゃってた罰ですか?
あるいは、親友の前田に頼まれたラブレターを、職員室のシュレッダーでこっそり裁断した罰ですか─ッ!?
………ちくしょぉぉ!けっこう思い当たるぅぅぅぅ!!
苦悶の表情で頭を抱え、踊るようにフラフラ歩く太郎。
そんな彼に軽蔑の目を向けつつも、ケイメンは意外なことに、擁護とも取れる発言をした。
「先輩方、こんな奴、ここの世界に置いといても、クソの役にも立ちませんよ。あのガラクタと一緒に、元の世界に帰したほうがいいんじゃないですかね?」
『おっ』と、太郎がケイメンを見やった瞬間であった。
「控えろ、若造がッ!」と、初老の男性魔導士が怒鳴った。彼はケイメンをにらみ付け、早口でまくし立てる。
「召喚の儀式にどれだけの精神力が必要か知らぬわけでもあるまい?我々、この都市でもトップクラスの魔導士10名が、儀式に3日費やすのだぞ。しかも、召喚はまだ安いほうじゃ。空間の門を開け、物体を送り込む”転送”となると、ざっと見積もっても”召喚”の倍の精神力が必要となる!」
要するに、コストも高いし、時間もかかるし、面倒くさいし、そんなの嫌だ───ということで、太郎は理解した。
ケイメンはチッと舌打ちをし、反抗的に返した。
「ですがね。こいつも、突然この世界に呼び出されたワケですよ。彼のむこうでの生活も考えずに。使えないからといって殺したり、身分を奴隷に落とすというのは、いかがなものですかね?」
初老の魔導士は「フフン」とさげすむように笑い、「もと浮浪児としては、あの役立たずの気持ちがわかるというワケか」と、続けた。
その瞬間、ケイメンの切れ長の目が、鋭さを増した。
「ゴージュ、てめぇ!」と、ケイメンは初老の魔導士の胸ぐらをつかみ上げる。
だがゴージュと呼ばれた男は余裕であった。薄ら笑いを浮かべ、むしろ挑発するように言う。
「何だ、この手は?お前も知らぬわけではあるまい。協会員同士の暴力沙汰は、都市外追放であるぞ」
うっ……と、ケイメンの勢いが止まる。
そこで、アイシャが「もう、やめて下さい!」と、二人の間に割って入った。
そしてロージンを向いて言う。
「お爺さま、私にひとつ提案をさせて下さい」
ロージンは無言でうなずいた。
「勇者様を、クロエ様に視てもらう…というのはどうでしょうか」
魔導士のうち数人が「おお」と、うなずき、アイシャは太郎を見て続けた。
「この勇者様が、クロエ様の眼鏡にかなわぬようであれば…」続いてオカマ魔導士を見る。
「私もあきらめます。…ラモン様に、好きにしてもらいましょう」
ラモンと呼ばれたオカマ魔導士は、「あら」と頬を染め、太郎に投げキッスを送る。
(バッドエンドその3……嫌だああぁぁぁ───!!)
恐らくアイシャは3つのうち、最も生命に別状のない選択肢を選んだのであろうが、いずれにしろ太郎には最悪の選択であった。
ロージンはしばし考え、そして言った。
「うむ、そうじゃな。クロエ様に視てもらい、ダメであればラモンの好きにしてもらおう」
「やったわね。私たち、長老公認の仲よ!」
「ちょっと待てェェ─!まだそうと決まったワケじゃねェ───ッ!!」
生命の危機は回避されたようだが、今度は本格的に貞操の危機だった。
あわてて太郎はアイシャのもとに走る。
「がんばる。今度こそ俺、がんばるよ。で、何をすればいいんだ?」
「勇者様は何もしなくていいんですよ。クロエ様は、もう300歳近い大魔導士で、全てを見通す透視能力をお持ちです。彼女に視てもらい、勇者としての資質を判断してもらうだけです」
太郎はめっちゃ不安であった。
どう考えても、自分に勇者としての資質があるとは思えない。イコール、あのゴリラの性奴隷だ。
思わず『逃げる』という選択肢が思い浮かんだが、逃げてどこへ行く?
元の世界に帰るには、ここの魔導士さんたちに汗水流してもらうしかないのだ。
切羽詰まった表情でたたずむ太郎の手を、アイシャは優しくにぎった。
「大丈夫です。自分を信じましょう。あなたは…魔法陣に選ばれた勇者様です!」
彼女の優しい顔が、キラキラと輝いて見える。それは、慈しみあふれる女神のようだった。
思わず涙があふれ出す。太郎は、彼女の手をギュッとにぎり返し、その場で泣きじゃくった。
どれくらい経ったのだろう。
涙を拭いている太郎に、ロージンが告げた。
「タロー殿、今日はもう遅い。出発は明日にしましょう。宿まで案内しますので、付いてきて下され」
10人の魔導士たちは解散し、それぞれの帰途についていた。
自分の前に、黒い長髪を揺らしながら歩くケイメンの姿があった。
迷ったが、決心して彼に駆け寄る。ケイメンは驚いた様子で太郎を見た。
「ありがとう」
「はぁ?」
「ありがとう。俺を…もとの世界に戻そうと…」
「別に…お前のために言ったわけじゃない。それにな、俺はまだ、お前をヘタレのクソ野郎だと思ってる」
ケイメンは、太郎の言葉をさえぎるように言い放った。
そして、少し恥ずかしそうに、そっぽを向いて足を早める。
太郎はその場に立ち止まった。ケイメンは、そんな彼に背を向け、小さく「まあ、明日はがんばれよ」と告げた。
遠くの山並みに太陽は沈みかけ、空は真っ赤に染まりつつあった。
太郎はそんな空を見上げ、空は地球と変わらないんだな───と感じた。
もうすぐ夜が来る。
◇◆◇◆◇
───その夜、太郎は、宿泊先の窓から逃走し、街中を巡回していた兵士に捕縛された。