表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/52

4、勇者失格

 ホールでの会議は続いていた。


 元来、弱気な性格であり、クラスでの発言権も無に等しい太郎は、なかなか『帰りたい』と、口を挟めずにいる。

 先ほどの、宇宙人のくだりで言っておけば良かったと後悔したが、後の祭りであった。


 アイシャだけは、彼を擁護してくれていたが、皆の結論は『この勇者は使えない』という方向に行っている。

 彼女には悪いが、それは太郎にとって歓迎すべきことであった。


 (やった、元の世界に帰れる!)と、心の中で、太郎はガッツポーズを取った。


 やがて、それまで腕組みをし、沈黙をたもっていたロージンが重々しく口をひらく。

 「わかった。残念じゃが今回は、魔法陣の間違いであった…と。そういう結論で良いのじゃな?」


 周囲の魔導士たちが、次々とうなずいてゆく。

 「お爺さま!」と悲しそうな目をし、アイシャだけが抗議の声を上げる。しかし、それに答える者はいなかった。


 「では、この者の処遇じゃが…皆の意見は?」

 にへらにへらと、だらしのない笑みを浮かべる太郎を向き、険しい表情でロージンが言う。


 意見…?何を言ってるんだ?元の世界へ帰すんじゃないのか…?

 自分に向けられた”売れない家畜の目”を受け、背中に悪寒が走った。嫌な予感がする…。


 すると次々、魔導士たちが発言を始めた。


 「キロル地区で新しく橋をかけるそうな。その人柱にするというのはどうだ?」

 (人柱って…生贄のことかぁぁぁ!)


 「いや、ワシが買い取るぞい。先日、奴隷が1人、逃げてしまってな」

 (じ、人身売買イクナイ!)


 「あなたは奴隷を酷使しすぎるんですよ。あなたの所に行ったら、こんな貧弱な少年、すぐに死んでしまいます。それより…」

 角刈りで、魔導士にしてはマッチョすぎる壮年の男性が、太郎を振り向いてウィンクした。

 「アタシの所に来たら、かわいがってあげるわよ☆」



 (どう分岐してもバッドエンドォォォォ!!)



 元の世界への期待感が一転、生命と貞操の危機にさらされる。


 太郎は思わずロージンを指差し、怒り心頭に訴えた。

 「ちょっと待てよ!あんた、いつでも帰れるとか言ったじゃないか。約束が違う!!」

 「確かにいつでも帰れるとは言った。しかし、それはワシらが儀式をおこなえばの話。儀式を必ずやるとは約束しておらぬ」

 「この…詐欺師め───ッ!!!」


 ふ、不幸だ。これは神の罰なのか。自分がいったい何をしたというのだ。


 あれか?母ちゃんに『参考書を買う』ってウソついて、実はエロ本を買った罰ですか?

 それとも、夜な夜な、妄想の中でクラスの女子(一部をのぞく)にあんなこと&こんなことしちゃってた罰ですか?

 あるいは、親友の前田に頼まれたラブレターを、職員室のシュレッダーでこっそり裁断した罰ですか─ッ!?



 ………ちくしょぉぉ!けっこう思い当たるぅぅぅぅ!!



 苦悶の表情で頭を抱え、踊るようにフラフラ歩く太郎。

 そんな彼に軽蔑の目を向けつつも、ケイメンは意外なことに、擁護とも取れる発言をした。


 「先輩方、こんな奴、ここの世界に置いといても、クソの役にも立ちませんよ。あのガラクタと一緒に、元の世界に帰したほうがいいんじゃないですかね?」


 『おっ』と、太郎がケイメンを見やった瞬間であった。

 「控えろ、若造がッ!」と、初老の男性魔導士が怒鳴った。彼はケイメンをにらみ付け、早口でまくし立てる。


 「召喚の儀式にどれだけの精神力(マナ)が必要か知らぬわけでもあるまい?我々、この都市でもトップクラスの魔導士10名が、儀式に3日費やすのだぞ。しかも、召喚はまだ安いほうじゃ。空間の門を開け、物体を送り込む”転送”となると、ざっと見積もっても”召喚”の倍の精神力(マナ)が必要となる!」


 要するに、コストも高いし、時間もかかるし、面倒くさいし、そんなの嫌だ───ということで、太郎は理解した。


 ケイメンはチッと舌打ちをし、反抗的に返した。

 「ですがね。こいつも、突然この世界に呼び出されたワケですよ。彼のむこうでの生活も考えずに。使えないからといって殺したり、身分を奴隷に落とすというのは、いかがなものですかね?」


 初老の魔導士は「フフン」とさげすむように笑い、「もと浮浪児としては、あの役立たずの気持ちがわかるというワケか」と、続けた。


 その瞬間、ケイメンの切れ長の目が、鋭さを増した。

 「ゴージュ、てめぇ!」と、ケイメンは初老の魔導士の胸ぐらをつかみ上げる。

 だがゴージュと呼ばれた男は余裕であった。薄ら笑いを浮かべ、むしろ挑発するように言う。

 「何だ、この手は?お前も知らぬわけではあるまい。協会員同士の暴力沙汰は、都市外追放であるぞ」

 うっ……と、ケイメンの勢いが止まる。


 そこで、アイシャが「もう、やめて下さい!」と、二人の間に割って入った。

 そしてロージンを向いて言う。


 「お爺さま、私にひとつ提案をさせて下さい」

 ロージンは無言でうなずいた。


 「勇者様を、クロエ様に視てもらう…というのはどうでしょうか」


 魔導士のうち数人が「おお」と、うなずき、アイシャは太郎を見て続けた。

 「この勇者様が、クロエ様の眼鏡にかなわぬようであれば…」続いてオカマ魔導士を見る。

 「私もあきらめます。…ラモン様に、好きにしてもらいましょう」


 ラモンと呼ばれたオカマ魔導士は、「あら」と頬を染め、太郎に投げキッスを送る。

 (バッドエンドその3……嫌だああぁぁぁ───!!)


 恐らくアイシャは3つのうち、最も生命に別状のない選択肢を選んだのであろうが、いずれにしろ太郎には最悪の選択であった。


 ロージンはしばし考え、そして言った。

 「うむ、そうじゃな。クロエ様に視てもらい、ダメであればラモンの好きにしてもらおう」

 「やったわね。私たち、長老公認の仲よ!」

 「ちょっと待てェェ─!まだそうと決まったワケじゃねェ───ッ!!」


 生命の危機は回避されたようだが、今度は本格的に貞操の危機だった。


 あわてて太郎はアイシャのもとに走る。

 「がんばる。今度こそ俺、がんばるよ。で、何をすればいいんだ?」

 「勇者様は何もしなくていいんですよ。クロエ様は、もう300歳近い大魔導士で、全てを見通す透視能力をお持ちです。彼女に視てもらい、勇者としての資質を判断してもらうだけです」


 太郎はめっちゃ不安であった。

 どう考えても、自分に勇者としての資質があるとは思えない。イコール、あのゴリラの性奴隷だ。

 思わず『逃げる』という選択肢が思い浮かんだが、逃げてどこへ行く?

 元の世界に帰るには、ここの魔導士さんたちに汗水流してもらうしかないのだ。


 切羽詰まった表情でたたずむ太郎の手を、アイシャは優しくにぎった。

 「大丈夫です。自分を信じましょう。あなたは…魔法陣に選ばれた勇者様です!」


 彼女の優しい顔が、キラキラと輝いて見える。それは、慈しみあふれる女神のようだった。

 思わず涙があふれ出す。太郎は、彼女の手をギュッとにぎり返し、その場で泣きじゃくった。


 どれくらい経ったのだろう。

 涙を拭いている太郎に、ロージンが告げた。

 「タロー殿、今日はもう遅い。出発は明日にしましょう。宿まで案内しますので、付いてきて下され」


 10人の魔導士たちは解散し、それぞれの帰途についていた。

 自分の前に、黒い長髪を揺らしながら歩くケイメンの姿があった。


 迷ったが、決心して彼に駆け寄る。ケイメンは驚いた様子で太郎を見た。


 「ありがとう」

 「はぁ?」

 「ありがとう。俺を…もとの世界に戻そうと…」

 「別に…お前のために言ったわけじゃない。それにな、俺はまだ、お前をヘタレのクソ野郎だと思ってる」


 ケイメンは、太郎の言葉をさえぎるように言い放った。

 そして、少し恥ずかしそうに、そっぽを向いて足を早める。


 太郎はその場に立ち止まった。ケイメンは、そんな彼に背を向け、小さく「まあ、明日はがんばれよ」と告げた。


 遠くの山並みに太陽は沈みかけ、空は真っ赤に染まりつつあった。

 太郎はそんな空を見上げ、空は地球と変わらないんだな───と感じた。


 もうすぐ夜が来る。



   ◇◆◇◆◇



 ───その夜、太郎は、宿泊先の窓から逃走し、街中を巡回していた兵士に捕縛された。 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ