37、崩壊
熱光線が、二度に渡って防がれるとは、ダンデにとって予想外であった。
魔神の首筋に手を当て、保有魔力を感じ取る。
今の一撃により、かなりの魔力を消費していた。
撃ててあと一発、それ以上は無理だろう。魔神が体を維持できなくなる。
彼は顔を歪めてエストをにらんだ。
あの黄金の魔法陣―――、非常に厄介だ。
もう一度、熱光線を放っても、あれに防がれては意味が無い。
ならば―――、
暗闇の中、重々しい足音が、再び響き始めた。
おあつらえ向きに、城壁にはちょうど亀裂が入っている。
熱光線がダメならば、物理的な力で、あれを破壊してしまえば良い。
ゆっくりと、その歩みを進める魔神に対し、エストは白銀の魔法陣を展開させ、狙い撃つ。
だがその攻撃は、表面の岩をわずかに削るのみ。効果はほぼ皆無とも言って良い。
しかしエストは攻撃を止めなかった。ひたすらに連射を続ける。
やがて、攻撃を受けるダンデの口元に、笑みが浮かんだ。
───あの防御陣には驚いたが、攻撃は何ともお粗末じゃないか!
自分に向かってきた波動を片手で打ち払うと、ダンデは高らかに笑った。
▽
背後に広がる闇が、魔神の威圧感を際立たせていた。
そして一歩、また一歩と、響き渡る地響きが、恐怖心を震わせる。
太郎はそんな魔神の迫力に圧倒されていた。
それは塔から飛び出たケイメンも同じだったようで、一瞬その場に固まる。
だが、孤軍奮闘しているエストを見て、我に返った。
「やめろ。そんな攻撃、いくら続けても意味がねえ!」
「―――!」
掴まれた肩の感触に、エストも自分を取り戻す。
目の前にいるのはクロエの仇、少し頭に血が上ってしまっていたらしい。
彼女は背後を振り返りつつ、ケイメンに問いかけた。
「では、どうすれば………」
「術者を狙う。いくらバカでかいっても、ゴーレムの原理に変わりはねえ筈だ。術者が倒れれば、魔神も停止する!」
その視線が、魔神の肩に乗るダンデに注がれた。
「三人であのダークエルフを狙い撃ちにする。おい、タロー、聞こえたか!?」
その声を聞いた太郎はうなずくと、力の限り城壁を蹴って、ダンデ目がけて飛んだ。
弾丸の如く、舞い散る粉塵を突き抜け、突如として現れた太郎の姿にダンデは驚愕した。
―――いける!
かざした剣を振り下ろそうとする。だが、すぐさま体の自由がうまく効かないことに気付いた。
ダンデがまとった風の結界が、太郎の推進力を奪い、体の自由を拘束していたのだ。
「―――ぐっ!?」
「……驚いた。人間にしては驚異のスピードじゃないか」
渦巻く風の中、それでも太郎は、渾身の力を込めて剣を振り下ろそうとした。
だが、剣がダンデに到達するより早く、凄まじい暴風が彼を襲う。
凄まじい圧力。その暴風に吹き飛ばされ、彼はそのまま塔へと激突する。
壁に走る亀裂、走り抜ける激痛、やがて彼は壁をずり落ち、うなだれるようにして座り込んだ。
同時に、臓腑からこみ上げる熱い何か。
こらえ切れないそれが、ごぽっ、と口から吐かれる。
赤い……。
それが吐血であると理解し、彼は激痛に顔を歪め、天を仰いだ。
背中には焼け付くような痛み。体を動かした瞬間、体内にも激痛が走る。
それでも立ち上がろうとしたが、思わずよろけて、その場に倒れ込んでしまった。
石畳の冷たさを感じつつ、ふと、アイシャの言ったあの言葉が思い浮かんだ。
―――勇者様には、自己回復能力があるように、私には思えるんです。
自己回復能力って、本当なのか?
確かに、元の世界では考えられないほど、この世界での回復は早かった。
今までは、回復魔法のおかげだと思っていたが……
そこで、かつて考えた仮説が、心の中によみがえる。
―――心の力が、物理的に発現しやすい世界……
やり方などわからない。信じるしかない。
この肉体強化の技もそうだった。できる、と信じ込むんだ……!
意識を集中させ、体中を巡るマナを感じ取る。そして、治れ、治れ、と念じた。
ほどなく、激痛を放つ患部に、焼け付くような熱さを感じる。
その熱が、まるで痛みを拭ってくれているようだった。
▽
その頃、ケイメンとエストは、ダンデを相手に思わぬ善戦をしていた。
魔神の周囲を飛び回るケイメン。
ダンデは周囲に張った渦巻く大気を次々に刃へと変え、彼を打ち落とそうと狙う。
しかし、それらの刃を縫うように、ケイメンは滑空していた。
ケイメンが放つ衝撃波は、研ぎ澄まされた槍のようだった。
風の結界を突き破り、ダンデを襲う。
ダンデは、その衝撃波を打ち払うと、横目でエストを見た。
彼女が放った白銀の波動が迫っている。
この攻撃は、さほど威力は無いものの、魔神に当たるとその体を削り、粉塵を巻き上げていた。
目くらましには非常に有効な攻撃である。
魔神の足は止まってしまっていた。
城壁まで、あと少しだというのに!
すぐにカタを付けるつもりで魔神を停止させたが、ケイメンのスピードと飛空技術は予想外に高かった。
元来、短気な性格である。事が思うように運ばず、ダンデのイライラは頂点に達しようとしていた。
「おのれええぇぇ、ちょこまかと!このハエがああぁぁッ!!」
叫んだ瞬間、ダンデの周囲で渦巻く大気が、一瞬にして弾けた。
思わぬ衝撃に、ケイメンはバランスを崩すが、どうにか浮力を維持させる。
エストも思わず床に伏せた。衝撃が通り抜けると同時に、太郎へと駆け寄り、床に結界を張った。
見ればダンデの体が、どす黒く変化をきたしている。
その両眼には暗闇が宿り、その奥で真紅の邪眼が火を灯す。
体から染み出した漆黒のオーラは周囲へと飛散し、まるで台風のような暴風を巻き起こしていた。
「あまり美しくないのでな。この姿にはなりたくなかったんだが……仕方ない。チッ、人間風情に、この姿を晒すことになるとは!」
その怒りを表現するかのように、吹き荒れる嵐。
黒みを帯びた暴風が、次々に刃となり、ケイメンを襲う。
先ほどとは全く周囲の状況が違っていた。
荒れ狂う風の中、浮力を維持するだけでも困難なのだ。
迫り来る刃を2つかわしたところで、ケイメンはバランスを大きく崩す。
そして3つ目の刃の直撃を受けると、彼は大きく吹き飛び、森へと落下して行った。
「ケイメン――!」叫ぶエストの脇で、太郎は剣に寄りかかりつつ、フラフラと立ち上がろうとしていた。
自己回復能力が効いたのか、或いは元々重い怪我では無かったのか。痛みはだいぶ治まった。
轟々と、魔法陣の外で渦巻く暴風。その先にある巨大な影。
「タローさん……」
エストは、すがるような目で彼を見る。
自分の魔法では、あの巨人を破壊することはできない。
もはや、何をすればいいのか、わからなかった。
太郎はそんな彼女を抱き寄せると、耳打ちをする。
不安げだったエストの表情に、困惑のそれが上塗りされた。
「―――できるか?」
「でも、それでは、タローさんが……」
「俺は大丈夫だよ。それに、もうこれしか方法が無い」
「……わかりました。やってみます………」
▽
暴風の中、エストを背負った太郎は城壁のヘリに足をかけた。
そしてその足元に出現する魔法陣。それは浮力の魔法陣を応用した加速装置。
太郎は渾身の力を込めて、城壁を蹴り、跳んだ。
ダンデは冷めた様子で、そんな二人を見やる。
―――無駄なことを!
あの二人に、魔神を破壊する力は無い。
ならば、やる事はひとつ―――術者を狙うこと。
相手の出方がわかれば、対処の仕様などいくらでもある。
強化された脚力に、魔法陣による加速。
暴風を切り裂いて、二人は一直線に飛ぶ。
速い―――、だが、その人間離れしたスピードは、先ほど見せてもらった。
密度を増した暴風とともに出現した刃が二人を襲う。
エストは、灰色の魔法陣を周囲に展開させ、刃をブロックしたが、その推進力は急速に失われていた。
「―――下っ!」
太郎の叫びとともに、その足元に出現する魔法陣。
彼はそれを足場とし、蹴りつけ、上空に跳んだ。
「ほう、少しは考えたな。面白いことをするじゃないか」
魔神の上空で、太郎はくるりと半回転すると、今度は上に出現した魔法陣を蹴り、ダンデ目がけて跳ぶ。
「だが、それじゃさっきのハエと同じだ。僕に近付けなきゃ意味が無い」
エストの放った白銀の波動を打ち払う。
魔神の表面が削れ、辺りに粉塵が舞った。
「いい加減うんざりだ。そろそろ落ちてもらおうか!」
叫ぶと同時に出現する、黒みを帯びた無数の刃。
エストは咄嗟に防御陣を展開させるが間に合わない。数が多すぎる!
四方八方から襲い来る刃、血しぶきが周囲に舞った。
▽
ダンデは落下した二人を見つめていた。
折り重なるようにして倒れる太郎とエスト。二人はピクリとも動かない。
その体にまとった衣服は、流れ出た血で真っ赤に染まっている。
風の刃を受けた上に、あの高さから落下したのだ。
即死はまぬがれないだろう。
しかし、ザコ相手に手こずったものだ。
いや、自分をここまで煩わせたのだ。
あながちザコとも言い切れないのかもしれない。
ダンデは周囲で荒れ狂う嵐を停止させると、口元に笑みを浮かべ、魔神を一歩前進させる。
そして、視線の先にある無人の城壁を見て考えた。
もうあの白エルフは居ない。
今ならば、都市を熱光線で焼き尽くすことができる!
あれほどの防御魔法を使える術士が、この都市に幾人もいるとは考えにくいが、もしも現れた場合は厄介だ。
それならば、今のうちに……
ギリギリと鈍い音を立てながら、ゆっくりと開かれる魔神の口。
その口内に出現した赤い球体が、徐々に膨張してゆく。
「……終わりだ」
ダンデがそうつぶやき、熱光線を放ったその瞬間―――、
まるで城壁の前に立ちふさがるように、浮力の陣を使い跳躍したエストが現れた。
彼女のローブは血で染まっていたが、それは太郎の血。エスト自身はほぼ無傷である。
言葉を失ったダンデに向けて、彼女は両手を掲げる。
すると、まるで魔神の口をふさぐように、黄金の魔法陣が発現した。
―――!!
ダンデが自分の失敗を悟った瞬間、轟音を立てて砕け散る魔神の頭。
四散するエネルギー波。その一波がダンデを直撃する。
―――と同時に、魔神の首から体にかけ、大きな亀裂が幾本も走った。
散った余波のいくつかが、地面へと着弾する。
まるで巨大地震が起きたように、それは大地を震わせ、クレーターを作る。
やがて、その地響きが収束した頃、かつて魔神が立っていた場所には、大きな岩山ができていた。




