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35、塔の生贄

 どこかで、鐘の音が響き始めた。

 やがてそれは、都市全体へと広がりを見せてゆく。

 まるで、見えぬ恐怖が、都市全体に伝播してゆくかのように。


 誰かが見上げた空───、その都市の頂点からは、破られた結界の稲光とともに、無数の黒い影が現れ四方八方へ飛び去ってゆく。

 慌てふためく騎士団は、その指揮系統を失いつつあった。もはや政庁からの指示を待っているいとまは無い。

 それぞれが独自の判断で行動をし始める。


 それは、太郎が配属されたデュラン小隊も同じであった。


 デュラン小隊―――、20名程度の騎士で編成された彼らは、北東の塔へ向かって駆ける。

 天空より飛来したガーゴイルの群れ、その一部が都市の周囲に立てられた塔へと向かうのが確認されていた。


 人間に比べ、ガーゴイルの知性は高くない。

 よってガーゴイルのおさ―――、バオの指示を、群れの全員が理解できたわけではは無かった。

 それでも、理解できた一部のガーゴイルたちが主導となり、彼らは忠実に各塔へと散って行ったのである。


   ◆◇◆◇◆


 北東の塔―――、そこには無数の黒い影が群がっていた。

 見上げると、城壁の上で必死に剣を振るい、応戦する騎士たちの姿が見える。

 そして路面には、恐らくは城壁から落下したのであろう、無数の騎士の遺体が、血だまりを作りながら潰れたカエルのように横たわっていた。


 「思った以上に状況は悪そうですな」

 白ヒゲの老騎士がつぶやく。デュランは無言のまま、それにうなずいた。


 「ダメです。扉が開きません!」

 塔の扉を押しつつ、ひとりの騎士が叫んだ。

 外部からの侵入を防ぐためであろう。その扉は内部から厳重に施錠がなされ、微動だにしなかった。


 一同の視線が扉へと集まった瞬間、太郎は背中に冷たい風が通り抜けるような、ゾクリとした感覚を覚える。

 咄嗟に見上げた空、こちらへと急降下をする無数の影―――、


 「上っ!」叫ぶと同時に剣を抜き放ち、その鉤爪かぎづめを受ける。

 周囲から聞こえる悲鳴、太郎はすかさず反撃したが時すでに遅し、ガーゴイルは上空に舞い上がり、その剣は空を切った。

 何名かが倒れ、流血しながらうめいている。その様子を楽しむかのように、彼らは上空を旋回しながら嘲笑とも取れる濁声だみごえを上げていた。


 戦場特有の、張りつめた緊張感がピリピリと肌に触れる。

 心臓の鼓動は速度を増していた。太郎は剣を構え直すと上空を見上げる。


 今度はあのような醜態をさらすわけにはいかない。

 自分がもっとしっかりしていれば、ルディアはあのようにならなかった筈だ。

 彼女のためにも、そして何よりこの世界で生きていくためにも、戦わねばならない。

 太郎はぐっと大地を踏みしめ、その感触を確かめる。


 ―――よし、足は震えていない!


 そして跳躍すべく、腰を落とした瞬間、その肩をケイメンが制した。


 「よせ、バカかお前、死ぬ気か?」

 「………?」


 上空では、太郎を歓迎するかのように、ガーゴイルたちが円の陣形を組み、滞空していた。


 「あの中に突っ込んだら、寄ってたかって切り刻まれるだけだぞ!お前、空中で体をコントロールできる技を身に着けてるのか?」

 「だが……、このままでは………」


 俺は何もできない―――、と太郎は心の中でつぶやいた。


 空を飛ぶこともできない。魔法で敵を狙い撃つこともできない。

 自分ができるのは、この剣を振るうことだけだ。


 ガーゴイルに立ち向かった、ルディアの背中がまぶたに浮かぶ。

 あの時、自分は何もできなかった。だからこそ、今度は自分がやらなければならない。


 ―――俺は何故、ここにいる?


 魔導評議会の元を去り、騎士となった。

 逃げ出したわけじゃない。それは正しいと思って選んだ自分の道だ。

 実証したい。自分の選択が正しかったことを。自分自身の力で。


 焦りを覚える太郎の表情を見て、ケイメンはわずかに微笑む。


 「お前なぁ、ひとりで戦ってるワケじゃ無いんだぜ」

 「………?」

 「もっと、親友の俺を頼れってこった!」


 そう言うとケイメンは大きく両手を広げ、呪文を詠唱する。


 「オラァ!お前ら、ちゃんと足、踏ん張ってろよ!」


 そう叫んだ瞬間、ケイメンを中心に放射線状に衝撃波が駆け抜けた。

 空気が音を立てて震え、地面から土埃つちぼこりが巻き上がる。


 太郎は思わずその場でよろけた。何名かの騎士たちは転倒してしまっている。

 だが、空中にいたガーゴイルたちは、それ以上の影響を受けたようであった。

 思わぬ衝撃にバランスを崩した彼らは、次々と浮力を失い、上空から落下してくる。


 「じゃあ、後は頼んだぜ。騎士団の先生方」


 ケイメンは皮肉っぽくそう言うと、太郎の手を取った。

 ほどなく太郎の体が浮遊感に包まれ、二人は上空へと舞い上がる。


 周囲では、落下したガーゴイルたちの掃討戦が始まっていた。

 それらを尻目に、二人が飛び立った瞬間、ケイメンの足に飛びつく影―――、デュランである。


 「おい、てめえ、なに勝手に付いてきてんだ。放せ!」

 「困るなぁ、部下を勝手に連れて行かれちゃ……って、危な、やめっ……ここから落ちたら死ぬって!」


 必死にしがみ付くデュランと、彼を足蹴にするケイメン。ほどなく彼らは城壁の上に降り立ったのであった。


   ▽


 その場所は、騎士団の敗北を如実に物語っていた。

 倒れた騎士たちの中には、まだ息のある者もいたが、彼らを介抱している余裕は無い。

 塔の扉が開放している。ガーゴイルの侵入を許したと見て間違い無いだろう。


 扉に駆け寄りつつ、ケイメンが太郎に告げる。

 「おい、ここからは任せるぜ」

 「………え?」

 「お前に任せるって言ってんだ。室内なら互角に戦えるだろう?俺は少し、マナを節約しておきたい」

 「……あ、ああ、任せてくれ!」


 この時、ひとりで戦ってるワケじゃない―――という、彼の言葉の意味を、太郎は初めて理解できたような気がした。

 心が躍り、体内を駆け巡るマナを、ひときわ強く感じる。そして向上した鋭敏な感覚は、扉付近にひそむ邪悪な意志の存在を感知していた。


 そこに差し掛かった瞬間、扉の影から躍り出る褐色の悪魔。

 その攻撃より早く、その剣が悪魔を両断した。


 断末魔が響く中、続けて背中に感じる悪寒―――、それは天井より降下してくる悪魔の殺意。

 振り向きざまに剣を走らせる。繰り出された右腕とともに、悪魔の頭は大きく撥ね上がり、やがて地に落ちた。


 …………!!


 武者震いであろうか。心と体に震えを覚えた。

 顔に浴びた返り血を拭いながら、太郎は達成感とも取れる複雑な感情を噛みしめる。

 やがて彼は、背後の二人に向け「行こうか」と告げると、扉の奥へと駆けだした。


 「……すごいな、彼は」

 「フフン、だからお前なんざ来なくて良かったんだよ。調子に乗った時の奴は、お前ら騎士団の誰よりも強ぇ」


 まるで自分の事のように自慢するケイメンを見て、デュランは思わずクスリと笑った。


 「何だよ、何がおかしい!?」

 「いや、別に。さあ、先を急ごう」


   ▽


 グルグルと、渦巻き状の回廊を登ってゆく。

 やがて、目的の部屋の直前で見たものは、折り重なるようにして倒れるガーゴイルたちの姿。

 すでに息は無い。致命傷は剣による傷では無いようだ。それぞれが、頭を砕かれたり、体をぶち抜かれたりしている。


 ―――これは、魔法か?


 そう考えた矢先、鈍い音が響くと、胸をぶち抜かれたガーゴイルが落下し、その場所に折り重なる。

 続けて降下してくる大きな影。太郎の存在を認めたそれは、大きな拳を彼に向けて繰り出した。

 反射的に剣で防ごうとする。だが、両者が交差する寸前、拳がピタリと止まった。


 そして回廊に響く野太い声。


 「あら、坊やじゃない」


 暗がりで見た角刈りでいかついその顔は、かつて見た顔だった。

 身に着けたローブは、ガーゴイルによって切り刻まれ、筋骨隆々とした巨躯があらわとなっている。

 だが、自ら負った傷はひとつも無かった。赤く染まったそれは、すべてガーゴイルの返り血である。


 「ラモン、この塔にはお前がいたか」


 背後からのケイメンの声に、太郎は彼の事を思い起こす。


 オカマ魔導士のラモン―――、太郎を異世界から召喚した、魔導評議会幹部のひとりであった。


   ▽


 その部屋の床では、魔法陣が淡い光を放っていた。

 その陣の中央には円錐えんすい状の柱が立ち、その先端には水晶球が付けられていた。

 現在、3人の結界士が、その球にマナを送り込み続けている。


 「ラモン、お前がいるのがわかっていたら、俺はここに来なかったんだがな」

 「ケイメン、酷いじゃない。傷付くわ」

 「……そういう意味じゃねえよ。お前がいれば、この塔は安泰……って意味だ」

 「あら、嬉しいわぁ~」


 周囲にお花畑を展開させ、頬を染めて抱き着こうとするラモンに、ケイメンはけっこう本気で風の刃を繰り出した。

 風の刃がラモンのローブを切り裂いてゆく。その光景に太郎は焦った。


 だが―――、


 それが切り裂いたのは、身に着けたローブ1枚。

 そのたくましい巨躯は、鉛色に変化をし、全ての攻撃を防いでいる。


 太郎と系統は違うものの、彼もまた肉体強化系のマナ使いのようだった。


 「やだー、ケイメンのえっち~」

 もはや半裸となったラモンは、胸を抑えつつクネクネと体をよじらせ、恥じらいを見せている。


 何となくイラッときた。


 「……とにかく、ここにもう用はねえ。別の塔に行くぞ。おい、ラモン、戦力的に手薄な塔はどこだ?」

 「もう、ケイメンったら、前の会議でそれぞれの塔に配置する魔導士を決めたでしょう?」

 「……忘れた。覚えてねえ」

 「会議で居眠りするくせ、直したほうがいいわよ」

 「うるせえ、早く教えろ」

 「そうねぇ、北と南の塔が心もとないかもしれないわね。特に北に配置された魔導士は、質より量って感じだから」

 「北って……隣りの塔じゃねえか!」


 慌てた様子で踵を返し、ケイメンは外に向かおうとする。

 そんな彼を、ラモンが呼び止めた。


 「ねえ、ちょっと待ってよ」

 「ああん、何だよ?」

 「ここにアタシを独りにするつもり?」

 「……独りって、お前………」


 この部屋はけっこう広い。

 都市結界を起動させている結界士が3名、そしてローテーションで待機をする結界士がまた3名。

 部屋の隅では傷を負った騎士が十数名、そして彼らを治療する回復士が2名。

 ざっと数えただけでも、けっこうな人数が居る。


 その意図を察したのだろうか、ラモンは周囲を見渡しながら言った。


 「このコたち、全然戦力にならないのよ。独りじゃ不安だわぁ」


 ―――お前ひとりで十分だ!


 3人は思わず、心の中で一斉にツッコミを入れる。

 だが、そんな彼らにお構いなしで、ラモンは3人をそれぞれ指差し始めていた。


 「だ・れ・に・し・よ・う・か・な……」


 その視線を受け、3人の体に鳥肌が走る。

 続けて、太郎とケイメンの視線が、同時にデュランを向いた。


 「……え、ええっ、僕!?」

 「勝手に付いてきたんだからよ、こんな時くらい役に立てや」

 「隊長……、下に部隊がいます。ここで待機してて下さい」

 「ちょ、待っ……やめ………!!」


 そして容赦なく、デュランの体をラモンの方へと押し出していった。

 ラモンは目の前に出された生贄をまじまじと見つめ、その両肩に手をかける。


 「あらぁ、こちらのお兄さんも、な・か・な・か、イイ男じゃな~い?」


 ぶっちゃけ貞操の危機を覚えた。

 デュランは必死に逃げようとするが、剛腕でガッチリとロックされた両肩が動かない。


 「ちょっと、誰か!おい、君たち………って、もう居ないィ!?」


 背後にいた筈の二人は、すでに逃げ出してしまっていた。

 再び正面に向けた視線の先には、こちらへと迫るラモンの唇。


 「ああ、ああ、うわああああああああああ!!」


   ▽


 背後から響く断末魔の声を聞きながら、太郎とケイメンは元来た回廊を下っていた。


 「何か、すごく悪いことをしてしまった気が……」

 「いいんだよ。ホられる事はあっても、殺される事はないだろうさ」


 そのまま、外へと出る。

 そして振り返った視線―――、その先にある北の塔を見て、二人は絶句し、歩みを止めた。


 北の塔を包んでいた結界が消えている。


 都市全体を包む結界のうち、北の塔の周囲だけが、まるで魔物の来訪を歓迎するかのように、ぽっかりと暗闇の穴を空けていた。




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