34、部隊合流
思いのほか負傷者は少なく、ホールは閑散としている印象があった。
恐らくは、まだ本格的な戦闘が始まっていないためであろう。
「俺はこいつを置いてくる。お前は向こうで傷の手当てをしてもらうといい」
ルディアを背負ったケイメンと別れた太郎は、負傷した肩を抑えつつ、ホールの奥のほうへと歩いてゆく。
流血のせいで、太郎の制服の肩口は真っ赤に染まっていた。
だが、今はさほど痛みは感じない。それに流血も止まっているようだった。
見よう見まねでやった圧迫止血法のおかげであろうか……などと考え、重傷患者の治療スペースへと向かう。
そして仕切りを越え、視界が広がった先で、彼はその歩みを止めた。
彼が見たのは、助手のシスターと何やら話し込んでいるアイシャの姿。
―――おいおい、聞いてないぞ!
心臓がビクリと波打った。思わずうつむいて顔を隠す。
だが冷静に考えてみれば、回復術士である彼女が、この場にいるのも当然のことであった。
きっと顔を合わせたら、微妙な雰囲気になってしまうに違いない。
引き返そうかとも考えたが、ここで傷の治療はしておきたかった。
あたふたと視線を泳がせつつ、その先に捉えたのは、アイシャの隣りのスペースにいる中年の女性魔導士の姿。
彼女には見覚えがあった。ゴーレムとの訓練の際、アイシャの代打で来てくれた女性ではないか。
太郎はアイシャに顔をそむけつつ、そそくさと足早に彼女の元へ進んで行った。
▽
「あら、あなたも戦いに参加していたのね」
中年魔導士も、太郎のことは覚えていたようであった。
だが彼女は、苦笑いで答える太郎の肩口―――、その真っ赤に染まった服を見て、あからさまに嫌な顔を見せる。
その表情に少しイラッときた。内気法が相当な負担を強いるのはわかる。だが今は戦闘中、そして彼女はそれを仕事としているのだ。
「けっこうな流血ね。私には荷が重いかもしれないわ。隣りにアイシャ様がいるから……」
アイシャの方向を指差しつつ、彼女は気だるそうにそう言った。
そうは言われたものの、傷の治療は、何とか彼女にしてもらいたい。
太郎は彼女の手を素早く掴むと、ぐいっと体を乗り出しつつ、小声でささやく。
「お願いします。この場でやって下さい。この場で!」
「………!?」
突然の大胆な行動に、中年魔導士は驚き、言葉を失った。
心臓が高鳴る。そして、その高鳴りは、彼女が久しく忘れていたときめきであると感じるのに、そう時間はかからなかった。
確かに、手を取り顔を近付けて小声でささやく太郎の行為は、愛の告白と取られても仕方のない行動である。
その若い少年の視線に耐えきれず、彼女は思わず視線を落とす。
一方の太郎は焦っていた。
アイシャが会話に気を取られているうちに、何としても治療してもらい、この場から立ち去りたい。
頬を染め、マゴマゴしている中年魔導士の仕草にイライラがつのる。
「でも……アイシャ様のほうがマナも強いし、技術も上だし、私では……」
「そ、そんな事ないです。回復してもらった俺にはわかります。あなたは素晴らしい回復術士だ!」
「………そ、そうかしら?」
「そうですよ!」
「でも、私には主人と子供が……」
何か完全に勘違いをしているようだ。
だが、あまり深く考えている時間は無い。
「あなたじゃなきゃダメなんです。あなたがいいんです!」
「そ、そう……」
「あなたに比べたら、アイシャなんかまだガキです。子供です、子供」
「………」
「わかってもらえたのなら、さあ、早く……!」
そこで彼は気付いた。頬を染めていた中年魔導士の顔が、真っ青になっていることに。
その視線は太郎を通り越し、その背後へと向けられている。
一瞬、最悪の展開が脳裏によぎった。
そして、その想像を裏付けるかのように背中に走る悪寒。
彼の背中はどこからか流れ来る、冷たい殺意のオーラを感じ取っていた。
「……勇者様」
それは、まるで死刑宣告をする裁判官のような、淡々とした感情のない声であった。
だが太郎は、その声の裏側にへばり付いたマグマのような感情を察し取る。
一瞬にして体中から冷や汗が噴き出した。
握った手をゆっくりと放し、背後を見ぬようカニ歩きで移動を始める。
だが、即座に首根っこを掴まれた彼は、凄まじい勢いで背後に引きずられて行ったのであった。
▽
「わ、悪かったですね。子供で」
アイシャの前で、太郎はうなだれた様子で正座していた。何とも弁明が思いつかない。
チラリと視線を上げ、アイシャの顔をのぞき見る。腕組みをした彼女もまた、視線を横にずらしていた。
明らかに怒っている様子ではあったが、その表情に、太郎はどこか拗ねた子供のような印象を受ける。
「……どうして、私のほうに来てくれなかったんですか?」
一方のアイシャは、少し混乱していた。
それまで、太郎は当然、自分に好意を抱いていてくれているものと確信していた。
だが、それにしては彼の行動は腑に落ちない。まるで、自分をダシに使って、隣りの女性を口説いていたように見えた。
もしかして、自分はとんでもない勘違いをしていたのではないか?
そう考えると、恥ずかしさで居ても立ってもいられなくなる。
彼女は、そんな事ない、と心の中で何度も頭を振った。
「ゆ、勇者様は……勇者様は、女の人なら誰でもいいんですか?」
「………え?」
そのつぶやきにも似た声は、太郎の耳まで届くことは無かった。
見上げた太郎の視線を受けきれず、彼女は顔を赤くしてうつむく。
馬鹿な事を聞いてしまった、と後悔した。
「な、何でもありません!とにかく治療をしますので、肩を出して下さい!」
「は、はいっ!」
アイシャの剣幕に押され、太郎は慌てて甲冑を脱ぎ、肩をあらわにした。
凝固しつつある血を、濡れた布で拭き取ってゆく。
しかめっ面をする太郎を横に、やがて彼女の目の色が、魔導士のそれに変化した。
「隣りで治療を受けてきたんですか?」
「……いや、受けてないけど」
「じゃあ、その前は。ここに来る前はどうです?」
「だから受けてないって。外で治療を受けてたら、ここに来るはず無いだろう?」
「………」
「何だよ。何かヤバイことになってるのか?」
不安そうに尋ねる太郎を横目に、彼女は傷口に手をかざし、治癒魔法を詠唱してから続けた。
「いえ、逆です。出血の割に、傷口が浅すぎるように見えたんです……」
「………?」
「前々から、勇者様は怪我の治りが……普通の人より早いような気がしていました」
「それって、どういう……?」
「勇者様には、自己回復能力があるように、私には思えるんです」
それを聞き、太郎は元の世界でプレイしていたゲームを思い出した。
自己回復能力―――、戦闘中に一定時間またはターンごとにHPが自動回復するアレのことか。
アイシャは魔法により、ふさがってゆく傷口を注意深く眺めていた。やはり回復が早すぎる。
回復速度には若干の個人差があるのも事実だ。それに術者の体調、メンタル面も少なからず影響を及ぼす。
しかし、これは……
それまで疑問に過ぎなかった思いが、徐々に確信に変わってゆく。
「圧迫止血法ってやつのおかげじゃないかな。ここに来るまでずっと傷口を押さえて来たし」
「それは私も知ってますけど、ここまで血の出た怪我を、すぐに治せるものじゃありません。もしかしたら、治したいという勇者様の意志にマナが呼応して、治癒が早まったのかも……」
アイシャの心の中で、魔導士としての探究心が、かま首をもたげた。
実験してみたい。この体に傷を付け、どれほどの回復がなされるのか観察をしたい。
「あの……アイシャ……さん。何を………」
青い顔をして尋ねる太郎の声に、アイシャは我に返る。
気が付けば、施術用のナイフを、太郎のふさがった傷口に当てていた。
慌ててナイフを後ろに隠す。視線の先には、不審そうにこちらを見る太郎の顔。
肉体強化系のマナ使い。
それだけであれば、この世界に幾人と存在することだろう。
だが、自己回復能力を持つマナ使いというのは、聞いたことが無い。
神が与えた制約なのか、自身のマナで自身の体を治癒させることは不可能なのだ。
そう考えた瞬間、アイシャの心にある、自制心というダムが音を立てて決壊した。
もはや、あふれ出す探究心を抑えることは不可能だった。
彼女は頬を紅潮させ、興奮した様子で再びナイフを前面に出す。
「あ、あの、勇者様、よろしければもう一度、体に傷を付けてもよろしいでしょうか?」
「……よろしくないっ!!」
「大丈夫ですよ。万が一、治らなくても私が治癒してあげますっ!」
「大丈夫じゃない。断るっ!!」
甲冑を脇に抱え、後ずさる太郎。
そんな彼へと、ナイフを構えたアイシャがにじり寄っていた。
「お願いします。ちょっとだけ、ちょっとでいいですから!」
「や、やめ、うわああああああああ!!」
猛ダッシュで出口へと逃走する太郎。
「あ、あの、待って……」
アイシャは彼の後を、追いかけることはしなかった。
元より本気では無かった。もしも応じてくれるのなら───、と思っていたのだ。
彼女は、彼の背中を名残惜しそうに見守る。
やっぱり無理だったか……
残念な気持ちとともに、紅潮していた顔が、徐々にその色を失ってゆく。
そして冷静さを取り戻すとともに、今度はその顔が真っ青に変わっていった。
襲い来る凄まじい後悔の念。
彼女はナイフをその場に落とすと頭を抱え込んだ。
―――何て事をしてしまったんだろう、私は!
そして、涙目でその場にうずまり込んだ。
―――嫌われた。絶対に嫌われちゃった!
◆◇◆◇◆
ホールの外では、すでにケイメンが待っていた。
扉から太郎が飛び出てくる。その様子に驚いた彼は、太郎の肩を掴みつつ尋ねた。
「おい、どうした!?」
しきりに背後を気にする太郎は、何かに怯えているようだった。
「何があった。治療はできたのか?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
背後からアイシャが追いかけてくる様子は無い。
とりあえず安堵した太郎は、息を整えつつケイメンを見やる。
彼は何故かフードを目深にかぶり、顔を隠しているようだった。
不思議そうな顔をする太郎に、彼はばつが悪そうに少し目線をそらした。
その視線の先―――、広い往来には甲冑を付けた騎士たちが集結している。
「ミゲル小隊はこっちだ。こっち!」
「部隊とはぐれた奴、こっちに集まれ!」
「おい、私語は慎め。命令が聞こえぬ!」
ざわざわと、まるで烏合の衆のようだった騎士たちが、徐々に隊列をなしてゆく。
どうやら部隊の再編制を行っているようだった。
「おい、行くぞ」と、ケイメンが太郎の裾を引っ張る。しかし、太郎は動かなかった。
自分も一応、騎士団の一員であるのだ。あそこに参加し、どこかの部隊に入った方が良いのではないか?
そんな彼に苛立ちを覚えたケイメンが、何か言おうと口を開いた瞬間であった。
「おーい、タロー君、こっち。こっち!」
見覚えのある青髪の青年が、こちらに向かって手を振っていた。
その青年―――、デュランは太郎に駆け寄ると、その手を握って熱っぽく話し始める。
「良かった。心配してたんだよ。君は僕の部隊に配属される予定だったからね」
「そうなんですか……」
それを聞き、太郎は少し安堵した。
単独で闇雲に戦うよりは、どこかの部隊に所属したほうが気分的に楽なような気がした。
「しかし、肩に傷を負っているようだけど、大丈夫なのかい?」
「ああ、これなら大丈夫です。もう回復してもらいましたし」
「それなら良かった。やっぱりガーゴイルに?」
「は、はい。まあ……」
ルディアにやられた傷であることは割愛した。
彼女が狂戦士に覚醒しかけた事が知れると、後々面倒なことになるだろう。
そんな会話を横目に、ケイメンはゆっくりと、彼らに悟られぬよう距離をあけてゆく。
だが、デュランがそれを許さなかった。彼はケイメンのローブの裾を掴み、問いかける。
「ところで、こちらの魔導士さんは?どこかの部隊に入っているのかな?」
「……俺は魔導士じゃない」
「でも、何で顔を隠してるんだい?」
そう言いつつ、フードの中をのぞき見た。
「ああ、ケイメンさんだね。評議会幹部の」
「俺はそんな名前じゃない。俺の名前は……」
「ケイメンさんは、どこかの部隊に入ってないのかい?」
「ボナサンだ。ボナサン=ボースターだ」
「タロー君と一緒ってことは、ケイメンさんも単独行動なんだね」
「おま、人の話を聞けっ!!」
ケイメンが一喝すると、その場の空気が停止した。
ひと呼吸おくと、彼は早口でまくし立てる。
「俺は魔導士でもねえし、ケイメンでもねえ。よってお前らに従う筋合いはねえ。わかったか、じゃあな!」
そう吐き捨てるように言うと、早足で立ち去り始めた。
そんな彼を見送りつつ、二人はしばし呆然とたたずんでいたが、やがてデュランが口を開いた。
「ところでケイメンさん!」
「ああ、しつけえな。何だよ!」
振り向いた勢いで、ケイメンのフードがはらりと落ち、その顔があらわとなる。
やがて、その名前を呼ばれて振り向いてしまったことに気付いた彼は、眉間にしわを寄せつつ天を仰いだ。
そんな彼に、デュランはダメ押しの一言を浴びせる。
「ケイメンさんなんだね?」
「ああ、そうだよ。何だよ!?」
ケイメンは半ばキレ気味に叫んだ。
復活しました。
何か文章が書けなくなってる……




