33、一時の静寂
クラウ魔導評議会の本部、太郎が召喚された魔法陣のホールには、現在臨時の診療所が設営されていた。
負傷した若い騎士に肩を貸しながら、デュランは白ヒゲの老騎士とともに、そこに入る。
中はすでに負傷者が列をなしていた。受付の女性魔導士に負傷者の傷を見せる。
彼女はそのわき腹の傷を確認すると、わずかに顔をしかめ、ホールの一角を指さした。
「重傷ですわね……、あちらにどうぞ」
そこは恐らく、重傷患者を治療するスペースなのであろう。
他の場所とは仕切りで別に区画され、白の法衣をまとった2人の魔導士が配置されていた。
そのうちの1人、栗色の髪をした少女───アイシャの元へ歩みよる。
彼女は、青白い顔でわずかにうめく若い騎士を見て言った。
「わき腹………ですか」
「ああ、ガーゴイルの爪にやられてしまってね。大切な部下なんだ。助かるだろうか?」
「………ええ、では胸当てを脱がせて、そこに寝かせて下さい」
アイシャは下に敷かれたシーツを指さす。
すでに何人かの治療を終えた後なのであろう。そのシーツには、あちこちに血痕が付着していた。
言われるがままに、胸当てを外し、負傷者をそこに寝かす。
アイシャは負傷者の制服をハサミで切り裂くとまくり上げ、患部を露出させる。
そして濡れた布で、真っ赤に血塗られた患部を拭いた。騎士は苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げる。
肌にぱっくりと開いた傷口が、その内部の赤い肉を露出させていた。
すぐにジワジワと、内部からさらに真っ赤な血がにじみ、肌を垂れてゆく。
あまり好んで見たい光景ではない。デュランは思わず目をそむけてしまう。
だが、アイシャは真剣な顔でその傷を直視していた。そして手をかざし、呪文の詠唱を始める。
淡い光が傷口をつつんでいった。
まず流れ出ていた血が止まる。
そして、見えぬ糸で縫合されてゆくかのように、ゆっくりと傷口がふさがっていった。
デュランと老騎士は微動だにできず、その光景を、固唾をのんで見守っていた。
「………これで、とりあえず生命に別状はなくなった……かと」
アイシャは若干、疲労の色を顔に浮かべて言う。
傷口はふさがり、出血はおさまっていたものの、そこにはまだ痛々しい傷跡が残っていた。
だが、痛みは引けたのだろうか。負傷した騎士は、安らかな顔で眠りについている。
「完全に治すことも可能なのですが、あまりマナを使ってしまうと、次の患者さんを治せなくなってしまうので………ごめんなさい」
「い、いや……、十分だよ」
「傷口はふさがっていますが、失われた血は戻っていませんので、戦闘には復帰させないほうが───」
そこまで言った瞬間、デュランはアイシャの手を握り、叫んだ。
「すごいな、君は!」
「は……はひっ?」
「感動したよ、まさに”神の手”だ!ひょっとして君がエル、エル……エル……マタドーラ?」
そこで「………エルシオーネです」と、老騎士が耳打ちした。
「そう、エルシオーネ!君がエルシオーネさんなのかい?」
「ち、違いますよ!エルシオーネ様は、私のお師匠様です!私は弟子のアイシャ……と言いまして……」
「へえ、でもさすが”神の手”の弟子だねぇ。いや本当に見事なもんだよ!」
「い、いえ……そんな………」
照れてうつむくアイシャの手を放すと、彼は負傷した騎士を抱え上げる。
そして必要以上に爽やかな笑顔を浮かべて告げた。
「じゃあ、明日デートしようか?」
「………はい?」
どこからどう繋がれば、その話題に行くのか?
突如、話の流れが、とんでもない場所にワープした。
アイシャは状況がよく掴めず、目を点にして固まる。
やがて、その言葉の意味を理解した瞬間、彼女は体を震わせて叫んだ。
「ええっ!?」
どういう事なんだろう、何故ここでそんな話が……てゆうかデート?ええええっ!?
心の中で二重に叫んでしまった。
そして顔を赤らめながらうつむくと、慌てて答え始める。
「あ、あの……お誘いは嬉しいんですが、その……私にはもう好きな人が───」
「じゃあ、またねー」
その言葉に視線を戻す。その先には、今まさにホールから出ようとしているデュランの姿。
彼は負傷した騎士を背負い、こちらに向けて手を振っていた。
───聞いてない!
呼び止めなくては──と思ったが、あまりの動揺に体が動かなかった。
デュランはそのまま扉から立ち去ってゆく。
………どうしよう?
何かデートの約束をした形になってしまった。
だが、そこで重大な事実に気付く。
あの人はどこの誰なのか、名前すら知らない。
それに、時間も、場所も告げられていなかった。
ひょっとして、自分はからかわれたのか?
或いは、あの人はそーいうキャラなのか?
そもそも、この都市に明日という日があるのかも疑問であった。
◇◆◇◆◇
ケイメンは、民家の屋根から周囲をうかがっていた。
単独行動である。
当初は騎士団の部隊に付けられていたのだが、命令されるのは彼の性分に合わなかった。
こっそりと部隊から離脱し、その後は独自の判断で行動していたのである。
すでに3体のガーゴイルを倒している。
他の者たちは、飛空するガーゴイルに手を焼いているようであったが、空中戦は風使いの彼にとって得意分野でもあった。
周囲にもはや敵がいないことを確認し、彼は風をまとって飛び立つ。
ほどなく彼は、路面に座り込む太郎の姿を見た。
「おい、どうした?」と問いかけつつ、太郎の元へ舞い降りる。
「どうしたんだよ。またヘタレ病が出たか?」
憎まれ口をたたくが、呆然としたまま答えない太郎を見て、すぐに異変を察した。
その視線を追う。
その先───上空からは建物の陰となり見えなかったが、そこには倒れたガーゴイルに馬乗りとなって、短剣を突きつける女騎士の姿があった。
「おい、やめろ!もう死んでる!」
そう叫びながら駆け寄ったが、太郎同様、彼女───ルディアもそれに答えない。
そして、その肩に手を掛けた瞬間───、
振り向き様に、彼女の短剣が、水平になぎ払われた。
─────危ねえ!
背後に飛び退きつつ、ケイメンは思わず喉に手を当てた。
少し反応が遅れたら、喉笛がパックリいくところであった。
そして、見てしまう。
彼女の黒い瞳──その中心部に、赤い光が宿っているのを。
その赤い光は、ジワジワと、黒目の部分を侵蝕しているようにも見えた。
それは見覚えがある赤い光であった。
───狂戦士!?
ルディアは、ゆらりと立ち上がり、憎悪の瞳でケイメンを見る。
「誰……あなたは?私の……敵ね」
「お、おい、何を言って……」
「私は、彼を守らなくちゃいけないの、彼を……」
「違う、待て、俺は敵じゃない!」
「───嘘だッ!」
そう叫ぶとケイメンに向かいダッシュする。
その瞬発力は、マナ全開状態の太郎に近いスピードであった。
即座に風の防壁を張り、それを一気に放出させる。
その暴風にルディアは吹き飛ばされた。だが、空中で一回転すると、地面に降り立つ。
───ダメだ。この女、完全にトチ狂ってやがる!
「おい、タロー!ヘタレてる場合じゃねえぞ!こいつ、狂戦士に覚醒しかけてやがる!」
自分の名前を呼ばれ、太郎は我に返った。頭に立ちこめた霧が、スーっと晴れてゆく。
風がうねって肌を流れていた。恐らくはケイメンが操っているのであろう。
彼はとっさに立ち上がると叫ぶ。
「ルディア、やめてくれ!そいつは敵じゃ───」
だが、その言葉が彼女に届くことは無かった。
ルディアは、大地を蹴ってケイメンに迫る。
ケイメンは再び風の防壁を張るが、彼女は宙で体をひねると回転し、それを切り裂き突破した。
そして間合いの中に降り立つと、2本の刃をケイメン目がけて繰り出す───
───間に合わねえ!
そう、ケイメンが覚悟した瞬間、二人の間に飛び込む影。
太郎が、彼の前に立ちふさがり、ルディアの両腕をひねり上げる。
「やめろ、ルディア!」
「─────!?」
彼女は一瞬、信じられないといった感じで目を丸くさせたが、すぐに太郎をにらみ見る。
その両目は、赤い光に支配されつつあり、その表情からは徐々に理性が失われつつあるように見えた。
両腕に込められたのは、もはや女性の力では無い。気を抜くと、力負けしそうになる。
「あなたは……こいつの味方をするの!?」
「話を聞け、こいつは、そもそも敵じゃない!」
「あなただけは……私の味方だと思っていたのに!」
そう叫んだ瞬間、赤い光の侵蝕が加速度を増した。
その首筋から浮き出始めた血管が、徐々に上へと這い上がってゆく。
「あなたは誰にも渡さない!お願いだから、私を独りにしないで!」
その意外なセリフと、悲壮感あふれる表情に、太郎の手が緩んだ。
思わず両手を振り解かれそうになり、太郎は慌てて両手に力を込める。
だが、もはや時間の問題であることは分かっていた。
このまま拘束を続けても、いずれ彼女の精神は赤いマグマに呑まれる。
ならば───この場で、何とか現状を打破する一手を打つしかなかった。
太郎は覚悟を決めると、渾身の力を込め、その両腕を引きつける。
─────!!
右手の短剣は肩をそれたが、もう片方のそれが、太郎の右肩に深々と突き刺さった。
大切なものを傷付けた、その嫌な感触に、彼女の体がビクリと震えた。
そして突き立った短剣を中心に、徐々に広がってゆく赤い染みを見て、彼女は悲鳴を上げる。
右手の短剣が、乾いた音を立て、地面に転がった。
「………目が、覚めたか?」
「………………」
彼女は蒼白な顔で、”ごめんなさい”を連呼しながらつぶやいていた。
だが、その目の奥にある赤い光は、完全に失われてはいない。
もう一押しが必要だった。
時間差でやって来た、焼け付くような痛みを体に走らせつつ、太郎は考える。
負の感情を引き金に、それを増大させ侵蝕し、やがては理性全体を支配する狂戦士の呪い。
それを解くには、呪いの糧となっている負の感情を消すか、抑えるしかない。
ならば───、
太郎は掴んだ両手をゆっくりと離し、そして彼女を抱き寄せた。
震える彼女の体から、染み出すようにして出てくる孤独の感情。
肌を通して伝わるその悲しい感情に、太郎はせつなさを覚え、いっそう強くその体を抱きしめる。
「心配するな。俺は、君の味方だ………」
それを聞いたルディアはしばらくその場に停止し、やがてゆっくりと顔を上げた。
視線が合う。その両目は、今にもこぼれ落ちそうな涙をたたえ、おぼろげに潤んでいた。
そこに赤い光はもう見えない。狂戦士への覚醒は、どうにか防げたようだった。
彼女は不安げな顔で、太郎に尋ねる。
「………本当に?どこにも行かない?」
「ああ、どこにも行かない。ずっと君のそばに居る」
それを聞いた瞬間、彼女の顔に、安堵の笑みがこぼれた。
同時に、細めた目から涙が一筋、頬を伝う。
「本当ね。約束よ……」
「ああ、約束だ」
その瞬間、彼女の体から、一気に力が抜けた。
両腕からすり抜けようとする体を抱き上げようと、両腕に力を入れる。
だが、それまで忘れていた激痛が、右肩から全神経へと伝播した。
「───うがっ!」
思わず太郎は叫び転倒しかける。そんな二人を、風が包み込んだ。
体を包み込む浮揚感、気付けば脇にケイメンが立ち、右手をかざしている。
「よくやったな。お前にしては上出来だ。この色男」
やや皮肉っぽく笑うケイメンを見て、太郎は思わず目をそらした。
………そうだ、こいつが居たんだった。てことは、ずっと見られていたのか。
思わず気恥ずかしくなり、顔が赤くなる。
自分で考えても、似つかわしくない行動だった。
そんな太郎を見て、ケイメンは再び口元に笑みをたたえる。
そして、かざした右手をぐっと押し上げた。
わき上がる風に、太郎とルディア、二人の体が浮遊した。
「とりあえず傷を治せ。お前には、まだ働いてもらうことになるだろう」
鳴り止んだ警鐘。都市は一時の静寂を取り戻している。
だが、このままで終わるはずが無い。本当の戦いはこれからであろう。
体調を崩してしまい、長期に渡り更新できませんでした。すみません。
今後も治療と仕事とで、やはり更新が滞ると思います。
定期的に閲覧して下さる少数の方々、ありがとうございます。
どうか気長にお待ち下さい。




