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32、魔神出現

 鳴り響く鐘の音は、人々の恐怖心をかき立てた。

 馬蹄を轟かせ、街中を走り回る騎馬。「家から出るな」「鍵をかけろ」そんな声がこだまする。

 市民の誰もが、この都市が現在、非常事態にあるということを理解していた。


 騎士団により、城壁の外に発見された暗黒球は計5つ。

 そのうち、最も城壁に近かった1つは、結界士による封印に成功した。

 だが、うち2つから魔物が出現したため、壁外調査は打ち切られることとなる。


 そして、都市の北西、そこで発見された暗黒球が、とんでもない膨張を始めていた。

 その暗黒球は、城壁からかなり離れた場所にあったのだが、今やその大きさは、城壁の上から肉眼で確認できるほどになっている。


 「どんだけ、でかくなるんだ?あれは……」

 城壁に配備された騎士が、暗黒球を眺めつつ、つぶやく。


 暗黒球は魔物を転送するゲートであることは、もはやその場の誰もが存じていた。

 その大きさから察するに、出てくる物は大量の何か──或いは、巨大な何か───。


 誰もが予測しえたが、誰も口にしなかったその言葉を、沈黙の中で誰かがつぶやく。


 「まさか……魔神が………」


 300年前、人類を滅亡寸前まで追い込んだ魔王軍。

 その最終兵器と呼ばれた巨大ゴーレム───それが魔神。

 その威力は、1体で都市をひとつ滅ぼせると伝えられている。

 西方の戦線では、数体が投入されていると聞くが、まさかこんな場所に?


 「そんなバカな……いくら何でも、こんな重要拠点でも無い場所に………」


 そう、誰かがつぶやいた瞬間であった。


 雷が弾け飛ぶと同時に、暗黒球は急速に、倍近くまで膨張する。

 そして、その深淵から星空へと伸びる、腕のシルエット。

 暗闇の奥には、赤く光る目が二つ、ぼんやりと浮かんでいた。


 まるで窮屈な穴から出てくるように、その巨人はゆっくりと姿を現した。

 ベキベキと、足下の木々を折りながら、地響きを立ててその魔神は地に降り立つ。


 その場の誰もが、声を失っていた。


   ◆◇◆◇◆


 風を切り、滑空しつつ、ダンデは魔神の出現を見た。

 魔神の体は岩石で形成されており、頭部には赤く光る目が二つ。


 「岩か………」そうつぶやくと、彼はその肩へと舞い降りる。

 そして暗闇の中に、ぼんやりと浮かび上がる都市を見た。


 そんな彼の元へ、3体のガーゴイルが飛んで来る。

 そのうちの1体は、他のガーゴイルとは違い、額に1本の角を生やし、体には皮鎧を着込んでいた。


 恐らくは隊長格なのであろう、それは胸に手を当て、一礼をするとダンデに告げた。

 「あっしはここの群れの長で、バオと申しやす。お見知り置きを」


 ダンデは横目でバオを見つつ、冷淡に問いかける。

 「ではバオよ。戦況を聞こうか」

 「へえ、ゲートを1つ潰されちまったせいで、一部は来れなかったようですが、それでも百以上は参戦できてますな」

 「………全然、戦況報告になっていないな。現在、我が軍は有利なのか、不利なのか?」

 「そりゃあ有利でしょう!何てったって、魔神様が登場されたんだァ!」


 それを聞き、ダンデは顔に浮かんだ嫌悪感を隠しもせず、バオをにらんだ。

 バオは、何故にらまれたのか理解できない、といった様子で首をひねる。


 「貴様の部隊は、都市に入り込めたのか?」

 「そうですなァ、しょっぱなの数十体は入り込めたようですが、その後はほら、アレが出てきちまって」


 バオは都市結界を指しながら答えた。


 「部隊員には何と指令してある?」

 「そりゃあもう、1体でも多く人間を殺すようにと!」

 「………それだけか?」

 「それ以外に何か?」

 「この、馬鹿者が!」

 「───ひいィ!」


 ダンデが大の人間嫌いであることは、バオも知っていた。

 バオとしては褒められると思い言ったセリフであったが、思わぬ叱責に頭を抱える。


 一方のダンデは、バオの馬鹿さ加減に怒り心頭であった。


 自分たちは仮にも軍隊なのだ。

 戦略を立て、部隊員にそれを命じ、最短距離の勝利を勝ち取る。

 それができて初めて軍隊だ。ただ虐殺するだけでは、獣と変わらぬではないか!?


 ひとつ深呼吸し、いくらか冷静さを取り戻すと、早口でまくし立てる。


 「あの結界を見ろ。塔の周辺だけ結界が強いのがわかるか?恐らく、塔に魔導士を配置して結界を張っているんだ。塔から離れれば、離れるだけ結界も弱くなっているはず。つまり上空の結界は、かなり弱いと見ていい。もしかしたら入り込める穴があるかもしれない。そこから部隊を侵入させよ。それから、行動は3体を一組とすること。侵入に成功したら、まずは塔にいる魔導士を攻撃─────」


 そこまで言い、ダンデは言葉を止めた。

 真っ赤な顔で、バオは頭を抱えている。その両目がグルグル回っていた。

 あまりの情報量の多さに、バオの頭はオーバーヒートしてしまったのだ。


 怒りを通り越し、もはやあきれてしまったダンデは、眉間を指で抑えながら言う。


 「………3体一組で、都市の上空から侵入し、まずは塔の魔導士を殺すのだ」


 その言葉を聞きながら、バオはその場に固まっていた。大量の汗をかき、目は明らかに泳いでいる。

 ダンデとしては分かりやすく説明したつもりであったが、バオが理解しかねているのは明白だった。


 やがて、バオは恐る恐る指を3本立て、ダンデに示す。

 「………そう、3体がひとつのチーム」


 続けて、都市を指さす。

 「そうだ。都市の上のほう、上のほうから入る」


 さらに、両手を上下させ、細長い塔のジェスチャーをした。

 「そう、細長い建物。壁に付いてるやつ。そこの鎧を着てない人間を殺す」


 そこまで聞いて、やっとバオに晴れやかな笑顔が浮かんだ。

 バオは嬉しそうに背筋を伸ばすと、ビシッと敬礼し、都市へと飛び立つ。


 ダンデは不安で仕方が無かった。


 最悪、頼りになるのは、自分とこの魔神しかないかもしれない。


 彼は頭を抑えつつ、魔神を前進させた。


   ◇◆◇◆◇


 都市の一角から、羽虫の群れのように飛び立つ黒い影。

 バオ率いるガーゴイルの一軍である。彼らは都市の上空に滞空し、様子をうかがう。


 「おい、おまえら!いいか、ここから中に入るんだ」


 叫ぶバオの眼下には、光のヴェールに包まれた都市の光景。

 そこは、確かに塔の周囲と比べ、結界の膜が薄くなっていた。

 しかし、ガーゴイルたちに、そんな事は理解ができない。

 バオの周囲にいるガーゴイルたちの顔は、明らかに怯えていた。


 「デモ、オサ、光ッテル。光ル場所、痛イ、入レナイ」

 バオは、そうつぶやいたガーゴイルを殴り飛ばすと、急上昇して大声で叫ぶ。


 「情けねえ!それでもおまえら、ギザーレ族の戦士か?見てろ、俺が手本を見せてやる。おまえらは俺に続け!」


 そして都市めがけて急降下した。


 光のヴェールが目前に迫る。しかし、バオは速度を緩めない。

 通過する瞬間、電撃のような衝撃が体を襲う。だが彼はヴェールを突き破り、都市内への侵入に成功した。


 歓声とともにわき上がるオサコール。

 彼らはバオにならい、上昇すると都市への侵入を開始した。


 一方、都市では緒戦が一段落していた。


 初っ端に侵入した数十体のガーゴイル。

 個々のガーゴイルの戦闘力は高かったが、それでも多勢に無勢であった。

 そのほとんどが、単体行動で都市内を荒らし回ったことも幸いし、それらは次々に各個撃破されていったのである。


 ここは都市の一角。

 1体のガーゴイルを、複数の騎士が取り囲んでいる。


 群がる騎士団に気を取られているうちに、背後から跳躍したデュランの剣が、ガーゴイルの翼を切り裂いた。

 落下したガーゴイルに、騎士たちが次々、剣を突き立てる。断末魔の悲鳴を上げ、絶命するガーゴイル。

 それが動かなくなったのを確認すると、デュランは額の汗をぬぐった。


 「かなり苦戦しましたな………」

 白ヒゲの老騎士が、剣を鞘におさめつつ、デュランに告げた。

 彼は相変わらずの笑顔で答える。


 「そうだねぇ。そもそも僕たちは、飛空する敵と戦う訓練をしてないしねぇ、苦戦するのも当然かな?」

 「ですが、これであらかた魔物の駆逐も終わったのではないかと」


 気付けば、都市に鳴り響いていた鐘の音が止んでいた。

 付近に魔物が出現した場合、その近くの警鐘が鳴らされる決まりになっていたのだ。

 これが鳴り響いていないということは、あらかた魔物の駆逐が済んだといっても過言ではない。


 「でもねぇ、これで終わるとは思わないほうがいいかな?いや、僕もこれで終わってくれれば万々歳なんだけど」

 「はい、それは確かに………」

 「とりあえず、負傷者の救護をしようか」


 そう言うと、デュランは脇にうずくまった若い騎士に肩を貸し、抱え上げる。

 その騎士はわき腹を押さえ、うめき声を上げながらも、ヨロヨロと立ち上がった。

 制服の脇部分は切り裂かれ、血がにじんでいる。


 「す、すみません、隊長………」

 「ん~、それ位なら大丈夫!すぐに診療所に行こう」

 「は、はい………すみません」

 「それよりもさ、今月、僕、給料下がったんだけど、君はどうだった?」


 その唐突な問いに、若い騎士は目を丸くさせた。

 やがて彼は苦笑しながら答える。


 「私は………少し上がりました」


   ◆◇◆◇◆


 果てしなく続く暗闇の中、おぼろげに浮かび上がる巨大なシルエット。

 そこに浮かび上がった紅い両眼は、否応なしに人々の恐怖を駆り立てた。

 地響きを立てつつ、迫り来る巨大な魔神───、騎士団の顔は恐怖でひきつっていた。


 ひとり、またひとりと、弓を投げ出し、その場から逃走を始める。


 「こ、こらァ!に……逃げるな!逃げるな貴様ら!」

 必死にそう叫ぶ隊長の声も、恐怖で震えている。


 「だけどよォ、こんな弓で、何ができるってんだよ!」

 叫びながら、弓を路面に叩きつけると、中年の騎士が駆け出した。


 まるでそれが合図であったかのように、雪崩打つ壊走が始まる。


 「お、おい、き、貴様らッ………!」

 狼狽して周囲を眺めつつ、自分も逃げてしまおうか──などと隊長が考えた時、異変は起きた。


 「お、おい……あれは………!?」

 ひとりの騎士が指さした先───その魔神の口がゆっくりと開かれていた。

 その中にある、渦巻く深淵から赤い光が発せられた瞬間───、


 膨大な熱光線が都市を襲う。


 まるで天地がひっくり返るような轟音。

 同時に視界が真っ白にかすむ。


 死を覚悟するいとまもなく、彼らは本能的に死を感じた。だが───、


 死んではいない。


 気絶して倒れた者は多々あったが、彼らは全くの無傷であった。

 恐る恐る、自分の五体を確認する。そして目の前いっぱいにたちこめる煙を見た。


 ───防いだのだ。あの都市結界が、あの光線を。


 その光景を、ダンデは魔神の肩から見ていた。

 「ちッ……」と軽く舌打ちをし、憎々しげに都市を眺める。


 都市の外側の大地が、扇状に大きくえぐれている。

 しかし、肝心の都市は、全くの無傷であった。


 まさか傷ひとつ付けられないとは。

 あの結界は、想像以上に強力なものらしい。


 魔神の首に手を当て、その魔力を感じ取る。


 今の一撃による、相当な魔力の消費を感じ取ることができた。

 そう何発も使うことはできない。魔力が不足すれば、魔神は体を維持できず、瓦解してしまうだろう。


 ならば、やはり塔の魔導士を排除することが先決だ。

 しかし、それを命じたガーゴイルたちは、はっきり言って頼りない。


 できるならば、自分が都市に乗り込んで、塔の魔導士たちを一掃してしまいたかった。

 だが、操縦者のいない魔神を、この場に放置することに不安を覚える。


 思わずライノスの顔が脳裏に浮かび、ダンデは首を振ってそれを打ち消した。

 頼めるはずが無い。頼むことは、己のプライドが許さない。


 今はただ、都市の内部に入り込んだであろうバオが、自分の命令を忠実に遂行してくれることを願うしかなかった。




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