表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/52

31、魔軍襲来

 空気がピリピリと張り詰めているように感じた。


 窓の外は闇。見下ろせば街中を動き回る無数の松明の火が見える。

 ボンゴレアは、執務室でそれらを眺めつつ、重いため息をついた。


 まさかこのような事態となるとは………!

 あのエルフの小娘が言っていた事は真実であったのだ。


 だが、この都市を攻撃することに、何の利がある!?

 それは、敵の勢力圏内まっただ中に、部隊を投入するに等しい。

 一時的に都市を占拠できたとしても、それを維持するのは困難だろう。

 そもそも、このような遠方に魔物を転送できる魔法技術が、魔王軍にあるとは聞いていない。


 ………いや、もう考えまい。

 今は、目の前の事態に対処するのが先決だ。


 そう考えた瞬間、遠くから鐘の音が響いてくる。

 そして窓が光った。オレンジがかった膨大な光が、窓の外から射し込んだ。

 まるで昼間のような明るさに、執務室が照らされる。

 いや、執務室だけでは無い。都市全体が、昼間の如き明るさに包まれていた。


 都市の城壁沿いに建てられた6本の塔。

 そこに結界士を配置し、マナを発動させることにより、都市全体を包み込む結界が張れる。

 それは本来、都市解放戦争の後に、専制君主国家の襲来を想定して付けられた機能であった。


 まさか都市結界が、魔王軍防衛のために使われることになるとは……。

 だが、これが発動されたという事は、ついに始まったと見るべきであろう。


 ボンゴレアは執務室の扉を閉め、会議室へと急いだ。


   ◇◆◇◆◇


 会議室では中央の円卓を囲み、各組織の幹部が一同に会していた。

 ボンゴレアの入室を確認すると、彼らは一斉に起立し、一礼をする。

 そして彼が座ると同時に、報告が始まった。


 まず口を開いたのは騎士団長のワフーである。

 彼は円卓中央に広げられた、都市の地図を指さしながら説明を始めた。


 「暗黒球は現在、都市の周囲3カ所に確認されており、現在騎士団が監視中であります」

 「その玉は魔物を転送させるゲートだそうだな?」

 「はい。従った魔導士の見解はそのようで……」

 「魔物は出現したのか?」


 それを聞き、ワフーは窓の外を見やり、答えた。


 「報告はまだ入っておりませんが……、都市結界が発動されたという事は、そのようか……と」


 ボンゴレアは「ふむ……」と頬杖をつき、ロージンを見た。

 「ロージンよ、都市結界の強度はいかほどのものなのだ?」

 「………何しろ、実戦での発動はこれが初になりますので……」


 ロージンにとっても、その防衛能力は未知数であった。

 そもそも、この都市に設置された結界機能は、いささか古い時代のものである。

 今の魔法技術をもってすれば、もっとマナの消費も低く、防衛機能も高いものを設置できるはずだ。

 しかし、都市解放戦争以降、長らく続いた平和な時代に、このような設備は必要なかった。

 建て替えの申請をしても、政庁はそれを拒否したであろう。

 正常に機能しただけもうけ物だ、とロージンは考える。


 期待した答えが返ってこなかった事に、ボンゴレアはわずかに顔をしかめた。

 そして腕組みをしながら、初老の外務官に問う。


 「他の都市への援軍要請は?」

 「はい。夕刻に周辺の都市に向け馬を走らせました」

 「そうか。ご苦労であった」


 自由都市連合の各都市は、互いに同盟を結んでいる。

 だが同時に、個々の都市同士は、お互いにライバル関係にあるともいえた。

 他の都市に弱みを見せることは、後に不利益となりかねない。

 そのため、魔王軍襲来の情報は、信憑性も低かったこともあり、他の都市には知らされていなかったのである。


 都市の首長が決定を下し、援軍が組織され、ここまでの派遣となると………

 それなりの時間を要する。ここに援軍が到着するのは、少なくとも夜半過ぎになるであろう。

 それまで、何としても持ちこたえなくてはならない。


 続けて、ボンゴレアが騎士団の配備箇所を尋ねようとした時であった。

 足早な靴音が聞こえ、おもむろに扉が開け放たれる。

 そこに姿を現したのは、伝令の騎士であった。


 「で、伝令、伝令っ!南西の暗黒球より、数十体のガーゴイルが出現!そ、その一部が都市へと侵入いたしました!」


 それを聞き、その場の何人かが、驚きの声を上げた。

 だが、ボンゴレアは想定の範囲内とばかりに沈黙を保つ。


 数十匹程度であれば、何とか対処できる。

 都市結界は発動されたのだ。これ以上の侵入を許さなければ良い。

 問題は、都市結界がどの程度、魔物の侵入を防げるか……であろう。


 彼は立ち上がり、窓の外を眺める。

 相変わらず、結界の光が都市を昼間のように照らしていた。

 あちこちで、非常事態の鐘の音が、狂ったように打ち鳴らされているのが聞こえていた。


   ◆◇◆◇◆


 太郎とルディアは、馬車の中で都市結界の発動を見た。


 突然の光に言葉を失う。馬も驚き、いななき声を上げ、馬車が左右に大きく揺れた。

 御者が必死に馬を制している声が聞こえる。


 二人は顔を並べて、窓から外の様子をうかがった。

 「何だ………これは?」


 城壁に沿い、その上空に向けて薄い光のヴェールが張られている。

 周囲は昼間のような明るさで、民家から出てきた人々が、城壁を見上げている姿も確認することができた。

 それは何とも幻想的な光景で、太郎はしばし見とれてしまう。

 やがて、ルディアがボソリと口を開いた。


 「都市結界……ね。私も見るのは初めてだけど」


 そして、どこからか響く鐘の音を聞いた時であった。

 突如として御者の悲鳴が轟き、車体が大きく揺れる。

 ルディアは思わず窓を開け、身を乗り出してその先にある御者の姿を見た。


 そこにあったのは、御者におおいかぶさるようにまとわり付いた、翼を持つ褐色の悪魔。

 御者の首は、その半ばまでがぱっくりと割れており、翼の悪魔(ガーゴイル)の顔は、返り血を浴び真っ赤に染まっていた。

 赤く光る目。鋭い歯を噛み合わせ、悪魔はわずかな笑みをたたえているようにも見える。


 彼女はすぐさま馬車の中に引っ込んだ。

 そして太郎の胸ぐらを掴むと、狼狽する彼を無理矢理に引っ張り、馬車の外へと飛び出した。


 二人は石畳を転がる。

 その直後、大きな音を立てて馬車が横転した。


 「い、いきなり、何を………」

 カラカラと空回りする車輪の音を聞きながら、太郎は上体を起こしてルディアに尋ねた。

 ルディアは何も答えなかった。その視線の先を追う。そして太郎は見た。


 都市結界のヴェールを背景に、翼を広げ、宙に浮かんだ異形の悪魔。

 その右手にあるのは御者の首。石畳へと、血がポタリ、ポタリとしたたり落ちる。

 言葉を失った太郎に向け、ガーゴイルはおもむろに首を投げつけた。


 「う、うわあああああぁぁぁ!!」

 思わずキャッチしたそれを、太郎は慌てて横に投げ出した。

 恨めしそうな顔をしたそれは路面を転がり、やがて草むらに停止する。


 「ぁ……ぁ………ぁ……」

 太郎は真っ赤に染まった両手を見つつ、うめくような声を上げている。

 いったい何が起きたのか、目の前の出来事が理解できない。


 ───何故、何故、人間の首が取れているんだ、何故───!?


 そんな彼を横目に、ルディアは両腰の短刀を抜き放ち、逆手に構える。

 彼女は闘技場で、人の残虐な死を何度も見ており、それに耐性を持っていた。

 そして何より、太郎の狼狽が、むしろ彼女にとっては良い方向に作用したのである。


 ───彼は今、使い物にならない。私が何とかしなければ───!


 そう決意はしたものの、彼女にとっては初めての実戦、恐怖心が無いわけではない。

 靴底に力を入れ、ぐっと地面を踏みしめながら、両足に走るわずかな震えを制御しようとした。


 そして、駆け出す。

 あの悪魔を、太郎に近付かせるわけにはいかない。


 ルディアは地を蹴り、相変わらずの曲芸師のような身軽さで、跳躍しながら短刀を繰り出した。

 だが、悪魔はふわりと上昇する。短刀は空を切り、彼女はその先に着地した。


 その瞬間を狙っていたのであろう。悪魔はがら空きの背中に向けて急降下する。

 だが振り向きざまに、彼女は鋭い蹴りを、背後へと飛ばした。


 ───ガッ!


 鈍い音が響く。

 悪魔はそれを、かろうじてブロックしたが、バランスを失ってしまう。

 即座に間合いを詰めたルディアは、短刀を振るい、悪魔の顔を切り裂いた。


 GIAAAAAAAA!!

 だみ声のカラスのような絶叫が響く。


 悪魔は両手で顔を押さえながら、ゆらゆらと力なく着地し、大地に片膝をついた。

 すかさずその背中に飛び乗るルディア。まずその羽を切り裂き、続けてその背中に短刀を突き立てる。


 何度も、何度も、その背中に刃を突き立てた。


 初めて敵を倒した高揚感、また起き上がるのではないかという恐怖、太郎を守らねばという使命感。

 それらの感情がごちゃ混ぜとなり、彼女は若干トリップしてしまっていた。


 必死にもがいていた悪魔の動きは次第に緩慢となり、やがて地面をかく手が止まる。

 それでもルディアはその手を止めない。


 太郎は身動きひとつできず、その光景を呆然と、ただ見守っていた。


   ◇◆◇◆◇


 目線の下には、淡い光にぼんやりと浮かび上がる都市クラウ

 石化したクロエの脇に立ち、それを見下ろす人影がある。


 オールバックの銀髪に浅黒い肌、軽装の皮鎧をまとったそのダークエルフは、クロエを石化させた張本人、彼女の弟ダンデであった。


 「姉さん、ついに始まったよ。ついに……」

 口元に笑みを浮かべながら、まるでこの日を待ちわびていたかのように、ダンデはつぶやく。

 クロエは何も答えない。しかし、彼女が生きてそこに居るかのように、言葉を続けた。


 「見えますか?見えるよね、絶対に目を背けちゃいけないよ……」

 そう言うと、愛おしそうに、クロエの冷たい頬を撫でる。


 だが、何かを感じ取ったのか、表情を少し強ばらせると、ゆっくりと背後を向いた。

 「………無粋な奴だな。いつからそこに居た?」


 ダンデのその言葉に、背後の闇が動いた。

 そして闇の中から染み出すように、黒の法衣をまとった魔導士が姿を現す。


 「ハハハ、実に麗しい兄弟愛ですねェ。つい興奮しちゃって、気配が漏れてしまいましたか」

 フードを目深にかぶっているため、その表情は見えないが、その声色は若い男性のものであった。


 「ライノス、お前が何故ここに……?」

 「今日は戦目付のような役所やくどころでして」

 「………僕が裏切らないよう、監視しているのか!?」

 「ハハハ、まさか。勘ぐっちゃいけません。魔王様もあなたが裏切るとは思っていませんよ。あなたが人間を恨む感情は本物だ」


 両手をひらき、おどけるように言うライノスに、ダンデは嫌悪感を覚えた。


 「それにあなたは旧魔王軍の四天王、”白銀のルキア”の息子でもある。だからこそ、魔王様も新参者のあなたに一軍を貸し与えた。そうでしょう?」

 「ならば何故───!?」

 「ですがね、今回の作戦は、モノリスの力を大量に消費する大遠征です。あなたがそれに見合った仕事をするか、私はそれを見極めるために遣わされたんですよ」


 そう言い、ライノスは一息つくと、前に進み出て都市を見下ろす。


 「こんな場所で高みの見物をしてていいんですか?もう戦闘は始まってるんでしょう?」

 「フン、こんな自由都市相手では、僕が指揮するまでも無い」

 「でも都市結界が張られてるじゃありませんか。こんな都市にも設置されてるんですねェ……」

 「それも時間の問題だ。間もなくあれが出てくる」

 「ふむ………まあ、いいでしょう。目的を無事に達成することを祈ってますよ。それにしても───」


 フードの中で妖しげに光る紅い目が、クロエを向いた。

 ライノスは彼女に手を伸ばしながら言う。


 「石像になってまでも、何という美しさでしょうか。さすがはルキアの娘───」


 その瞬間、殺意の風が、ダンデの周囲から巻き上がった。


 「汚い手で姉さんに触るな!」

 舞い上がった風が、無数の刃に形を変え、伸ばした右腕を襲う。

 その右腕は、ズタズタに切り裂かれた───かに見えた。


 だが、切り裂かれたのは、上にまとった法衣のみであった。

 細く、色白な腕が、その場には相変わらず伸びている。


 ライノスはダンデを見つつ、ゆっくりとその腕を引っ込めた。

 「フフフ、怖い怖い……」


 ダンデの肌はいっそう黒ずみ、その両眼には深い闇が宿る。

 そして暗闇の中でも視認できるほどの、漆黒のオーラを漂わせていた。


 「フフ、良い表情だ。その意気です。じゃあ、私は遠くで見守らせてもらうことにしますよ」


 ライノスはそう告げると、ゆっくりと上昇し、やがて闇へと消えてゆく。

 ダンデは彼の気配が完全に消えたことを確認すると、山の麓へ目を向けた。


 都市の北西、そこに出現していた暗黒球が、この場所からでも視認できるほど巨大化している。


 「………もうすぐのようだな」


 そうつぶやくと、彼は風をまとい、都市へと飛び立つ。


 何も言わぬクロエの視線が、その背中を静かに見守っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ