3、はじめてのたたかい
太郎が召喚された場所は『クラウ』という大規模な都市らしかった。
4人でそこを出発し、10分ほど街道を歩いている。
先頭を歩くのは、鼻の穴にティッシュを詰め込んだロージン。彼は都市のリーダー格であり、普段は長老と呼ばれているらしい。
その後ろに続くのは太郎。立派な鎧を着込み、腰にも長剣を携えている。長老いわく伝説の剣だとか。
さらに太郎の後ろには、先ほどの少女と、長髪で美男子な魔導士が続いていた。
少女の名前はアイシャ。長老の孫らしい。
美男子の名前はケイメン。先ほど太郎が『死なない程度に殺すリスト』に加えた男である。
彼らは太郎の実力を試すべく、魔物を探していた。
やがて彼らの行く先に、墓地が見えてくる。
「あっ!お爺様、共同墓地ですよ。ここなら出てきますね」
「うむ、わしらの臭いを感じたらすぐに出てくるじゃろう。ほら言ってるうちに…」
太郎は嫌な予感がした。
墓地のあちこちで、地面がモコモコと盛り上がり、かつてヒトだったモノの手が出てくる。
そして、ゆっくりと、腐敗臭をまき散らしながら、その醜悪な姿が地上にさらけ出された。
「勇者様、ゾンビはあまり強くありません。さあ、やっつけちゃって下さい!」
鼻をつまみながら、アイシャは期待を込めた目で、太郎を見た。
しかし、太郎は両足をガクガク震わせ、蒼白な顔に口をあんぐり開けて放心状態であった。
「ゆ…勇者…さま?」
5体のゾンビがふらつきながら、ゆっくりと迫って来ていた。
やがて先頭のゾンビは、太郎をロックオンしたのか、うなり声を上げ、彼に向かって走り来る。
「☆※@¥◯…&#●□△◇☆───!!!!」
太郎は、およそ人の言葉とは思えない奇声を発し、すさまじい勢いで失禁した。
◆◇◆◇◆
太郎はあの部屋で泣きながら服を着替え、4人は再び太郎の実力を試すべく外へ出た。
「すんません。俺の世界って、あーいうグロ系のヤツっていないんで。ちょっと驚いちゃって。」
「大丈夫ですよ。こっちの世界だって、魔王が現れるまでゾンビなんかいなかったし、私も初めて見た時は怖かったし…次がんばりましょう!」
アイシャは両手をぐっと握り、太郎に向けてガッツポーズをとる。ああ、いい娘やなぁ…好きになってしまいそうだ。
やがて、今度は出発してすぐに、草むらがガサガサと動き、そこから魔物が現れた。
それはオレンジ色をしたゼリー状の物体で、中央部に間抜けそうな顔がある。
「これはベスですね」
「何を言ってるんですか。オレンジスライミーじゃないですか」
これなら倒せそうだった。
太郎は腰の剣をチャキッと抜いて構えをとる。
「いくぞ、ベス!」
「ベスって何ですか?どこからどう見てもオレンジスライミーですよ!」
「うおおおおお!死ねやあああああ!!」
振りかぶった剣を、一気にベスに叩きつける。
その頭頂部に命中した剣は、一瞬ベスの形をゆがませたが、ふにっと弾力のあるボディに跳ね返されてしまう。
ヨロヨロっとバランスを崩した太郎は、その場にしりもちをついた。
ベスを怒らせてしまったようである。その間抜けな顔は、今や大魔神のような劇画調の顔に変貌していた。
そして勢いよく飛び跳ね、座り込む太郎の顔面にボディアタックをかます。
やわらかいかと思いきや、ビンタを食らったような衝撃だった。
太郎は顔面をおさえて大地に倒れこんだ。すかさずベスは飛び跳ね、腹にボディプレスをくれる。
「うぼぁ!」
これまた意外な重量感だった。思わずせき込む太郎。
ベスは調子に乗って何回か飛び跳ねると、今度はべちょっと腹の上に居座り、ズキュンズキュンと太郎の生体エネルギーを吸い取り始めた。
「助けてください!助けてください!」
太郎は3人のほうに手を伸ばし、必死に助けを求めた。
しかし、3人は負のオーラを出しながら、まるで売れない家畜を見るような目で太郎を見据えている。
やばい…死ぬ……。
死への恐怖と絶望感に太郎の視界はぐにゃりとゆがみ、やがて彼の意識は闇に沈んでいった。
◇◆◇◆◇
あの魔法陣のホールでは、先ほどの魔導士10人が集められ、緊急会議が開かれていた。
太郎はホールの片隅で、うずくまりながら泣いている。
やっぱり無理だ。異世界に来たって貧弱少年は貧弱少年のままなのだ。
もう帰してもらおう。勉強も運動もできなくたって、女の子にモテなくたって、死ぬよりマシだ。
太郎は魔導士たちの話に聞き耳を立てながら、言い出すタイミングをうかがっていた。
不機嫌そうに、ケイメンが口をひらく。
「全く使えませんね。子供だって、がんばればスライミーくらい倒せるのに」
「でも…勇者様は、まだ自分の本当の力に目覚めていないだけかもしれません!」
「よく言うぜアイシャ。お前だって、さっきは売れない家畜を見るような目で、ヤツを見てたじゃないか」
「…た……確かに。スライミーに負けた時はドン引きしちゃいましたけど………でも、でも」
アイシャは、ひと息ついて続けた。
「52回目で、やっと出てきたマトモな勇者様なのに!」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」
ホールの隅から、思わず太郎はツッコミを入れた。
そして、ゆらりと立ち上がり、フラフラと危なっかしい足取りで歩いてゆく。
「なに、なに?52回目ってどういう事?魔法陣が俺を勇者だって選んだんじゃないの??」
アイシャは、マズイとばかりに両手で口をふさぐ。ケイメンはやれやれといった感じで、太郎と反対側の、ホールの隅を指差して言った。
「あれが過去51回の成果だ」
ホールの片隅に、何やら山積みになった黒い影がある。
太郎が近付くにつれ、それらは松明の光をあびて色を帯び、様々な物品を形づくっていった。
ああ!この泥よけに『田中太郎』と書かれた自転車!駅前で盗まれたと思ってたら、こんな所に!!
この数学のノートは、先生に提出する前に机の中から消えたやつだ!てっきり誰かのイジメだと思ってた。このせいで自分は補習を…
何だよ、この前田から借りたゲームソフト!なくしたと思って、新しいの買って返しちゃったじゃねえか…
その他にも最近、自分の身の回りで無くなった物、色々と見覚えのある物があった。
近ごろ起こった不幸の元凶がここにある思うと、太郎は彼らに軽い殺意を覚えてしまう。
「お前ら…俺に恨みでもあるのか?」と、うらめしそうに、にらみつけた。
だが、ケイメンは悪びれずにサラリと言う。
「なんだ、それ全部、お前のか?」
「そうだよ!無くなって困ってたんだ!!」
「じゃあ、それはお前の友達か?」とケイメンが指を差す。
その先には、鉄製のオリがあった。中で何かがうごめいている。太郎はドキリとした。
ここにある物から察するに、彼らの召喚はピンポイントで自分、または自分の周囲のモノを呼び出している。
あながち自分が魔法陣に選ばれたというのもウソではないのかもしれない。
ということは、自分の家族や友人が間違って召喚された可能性もあるのだ。
「お前ら、何てことを!」と、怒鳴ってオリの中をのぞき見た。
その中には、宇宙人が寝そべっていた。
子供くらいの大きさの、頭と目が大きい、年末にテレビでよく見る、いわゆるグレイタイプのヤツだ。
しかも太郎の顔を見たとたん、両目に殺意の火がともり、目を真っ赤にしてキーキー怒鳴ってる。
太郎はゆっくりと顔を上げ、笑顔でケイメンを見て言った。
「これは違います」
「そうか。そいつは確か10回目くらいに出てきた奴でな。初めはそいつが勇者かと思ったんだが、言葉は通じんし、いきなりこいつで攻撃してくるし」
ケイメンはふところから、銀色の光線銃を取り出して見せる。
「こいつはすごいな。こちらの世界でいえば中級魔法クラスの攻撃力がある。調子に乗って撃ちまくってたら、光線が出なくなったんだが…どうすればまた出るようになる?」
ケイメンは太郎に光線銃を手渡して言った。恐らくエネルギー切れだと思うが、宇宙人の武器のチャージ方法などわからなかった。
素直に「わかりません」と答えると、ケイメンは「ふん、使えん奴だ」と吐き捨て、太郎に背を向け去って行った。
太郎は手に握った光線銃と、グレイとを交互に見やる。
グレイは相変わらずで、オリの隙間から腕を伸ばし、太郎を指差しながらキーキー怒鳴っていた。
自分の身近に宇宙人がいたって事か?
もしかしたら自分は、グレイに殺されそうになってるところを、彼らに助けられたのかもしれない…などと考える。
「まさかね」と、太郎は誰にも聞こえないようにつぶやいた。