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28、内気法の回復術士

 幼いアイシャは、父親の背に揺られていた。

 父親の脇を歩いている女性は、母親だろうか。


 おぼろげな街並みの中、ゆっくりと揺られる感触が、どうにも心地よい。

 彼女はその背にしがみつきながら、この時間が永遠に続くよう祈った。


 これは夢───、そんな事は十分に承知している。

 そして両親の姿も、自分の願望が生み出した偶像であることも。

 何故なら、自分には両親の記憶など、ひとつも無いのだから。


 それでも両親の顔が見たくて、必死に声をかけようとした。

 だが、喉に何かが詰まっているように、声が出せない。


 アイシャはもどかしさを覚え、掴んだ肩に思いっ切り力を入れる。

 その瞬間、どこか遠くから声が響き、夢から醒めるあの独特の感覚が、体を通り過ぎていった。


 「あだだだだだだっ!」


 アイシャは太郎の背中で目が覚めた。太郎は悲鳴を上げている。

 気付けば、爪が肉に食い込むほど強く、その両肩を握っていた。


 「は、放して!痛だだだ!」

 「キャッ!ごめんなさい!」


 慌てて手を放す。と同時に、無意識のうちに手をかざしてヒーリングを開始しようとした。

 だが、詠唱を開始した瞬間、視界がぐにゃりと曲がり、意識が闇に落ち掛ける。

 かろうじて意識は維持したものの、アイシャは太郎の背中でフラフラ揺れていた。


 彼女を背中から落とさぬよう、バランスを取りながら太郎は叫ぶ。

 「いい、ヒーリングはいいから!お前、覚えてないのか!?」


 それを聞き、アイシャは考えた。


 自分は何故、太郎におぶさっているのだろう?

 彼女は記憶の糸をたぐり始める。


 そうだ。私は今日、教会の診療所でボランティアをしていた。

 昼休みに、マナの回復がてら散歩に出て、帰ってみると太郎が来ていた。

 午後の診療を始めてどれくらい経った頃だろう。重傷患者が搬送されてきたのは……。


 それは城壁の外に出ていた騎士であった。

 魔物の爪を受け、首筋にできた大きな傷とおびただしい出血……。

 彼のヒーリングを始めて、それから………


 そこで、記憶の糸はぷっつりと途切れていた。


 「………マナが枯渇して、私は気絶してしまったんですね」

 「ああ、そうだよ。思い出したか?」

 「あの騎士は………助かったのでしょうか?」

 「うん。一命はとりとめたってさ」

 「………良かった」


 安堵感から、アイシャはぐったりと、太郎の首筋に顔をうずめた。

 ふわりとした彼女の髪が首筋をくすぐる。太郎は思わず気恥ずかしくなり、無理矢理に話題を探した。


 「だけど……あれだな、アイシャの力はすごいよなぁ」

 「……いえ、そんな事ありませんよ」

 「謙遜するなよ。体験者の俺が言うんだから間違いないさ。それに、あの診療所の中でも、君の魔法が一番強かった」

 「それは………当然なんです。だって、私の治癒魔法は………」

 「聞いたよ。内気法っていうやつだろ?」


 治癒魔法には、内気法と外気法の2系統がある。

 外気法はマナを媒介とし、自然による治癒力を強める方法だ。

 この方法はマナの消費が低いが、治癒力も低い。


 一方の内気法は、マナを直接患部に流し込み、治癒を促進させる方法で、その効果は絶大。

 即効性のある治癒魔法である反面、大量のマナを消費し、自らの命を削る魔法とも言われていた。


 都市でも、この内気法による治癒魔法の使い手は、アイシャを含めて数えるほどしかいない。


 「でも俺には理解できないよ。報酬も無しに自分の命を削るような真似はさ」

 「……………」


 それを聞いた瞬間、彼女の脳裏に忌々しい記憶が巡った。

 それは、かつて自分の力が及ばず、目の前で死んでいった人々の姿。その数も1人や2人では無い。


 自分の腕の中で、息を引き取った幼い子供もいた。

 そして、子供の死を知った瞬間、狂ったように自分を罵る母親の姿……。


 ───あなたが殺したんだ!この人殺し!!


 ………償いなのかもしれない。

 自分が回復術士を続けるのは、死んでいった彼らへの……。


 体は強張り、わずかな震えを覚える。

 背中にそれを感じた太郎は、思わず問いかけた。


 「おい、どうした。大丈夫か?」

 「嫌……なんです。もう、目の前で人が死ぬのを見るのは……」


 アイシャの明らかに落ち込んだ声を聞き、太郎はひょっとして、彼女の触れてはいけない部分に触れてしまったのではないかと後悔した。

 そんな太郎の気持ちを知ってか知らずか、彼女は言葉を続ける。


 「私は、もう何人も、この手で人を殺してしまっているんです」

 「………それは、アイシャが殺したわけじゃないだろう?」

 「私に力がもっとあれば、助けられた命ですから、同じ事です」

 「そんな………」


 回復術士にとって、人の死は避けて通れぬものであった。

 人の死に直面し、ショックのあまり、その道を断念する者さえいる。

 だが、大部分の者は、やむを得ない事であったと自分に言い聞かせ、あきらめるのだ。


 これ以上の治療は、自分にはできないのだから仕方ない……

 自分は精一杯やった。死はこの者の運命であったのだ……と。


 やがて、そのあきらめが重なると、感覚が麻痺してくる。

 人の死に直面しても、何も感じなくなってきてしまうのだ。

 感覚が麻痺した者たちは、淡々と、まるで事務作業のように治療を行うようになる。


 そして、かつては彼女も、そのようになりつつあった。


 だが、彼女は出逢ってしまう。神の手を持つ回復術士と。

 その神業とも呼べるヒーリングを見た瞬間、彼女は内気法を修得する決意をした。

 これならば、今まで救えなかった命を救うことができる、と思った。


 二人はしばらく、無言のまま歩みを進めてゆく。

 気が付けば、市場の会場が近づいていた。


 昼間の盛況さにはやや欠けるが、市場はそれなりのにぎわいを残している。

 夕暮れまでには、まだ時間があった。しかし、早々に店じまいを始めている露店もいくつか見えた。

 恐らくは、昼間に十分な売り上げがあったのだろう。


 「あの……下ろしていただけますか?」

 「え、どうして?俺は全然疲れてないけど?」

 「そうじゃなくて……私が恥ずかしいんです」


 おぶさったまま、この人混みを通るのに抵抗があるらしい。

 そういうものかと思いつつ、太郎はアイシャを背中から下ろす。

 アイシャは地面に立つと、市場へと駆け寄り、太郎を振り返った。


 「あの……もし良ければ、一緒に見て行きませんか?」

 「ああ、構わないけど……」


   ◆◇◆◇◆


 繊細なガラス細工や、珍妙な木彫りの人形。

 あふれんばかりに山積みされた新鮮な果実に、吊された肉のかたまり。

 市場には様々な商品があふれていた。


 声を張り上げる露天商に、値切り交渉をする客たち。

 至る所で商品と硬貨のやり取りがなされ、市場は活気に満ちていた。

 その活力に、少し気圧されるような気持ちさえ覚える。


 アイシャは本当に楽しそうだった。

 色々な露店に顔を突っ込んでは、この世界の物について説明をしてくれる。

 一方の太郎といえば、「そうか」とか「なるほど」とか、相づちを打つばかり。


 正直、女の子と二人で出かけたことなど無いので、どう接してよいのか戸惑っていた。

 うまい会話ができない自分がもどかしい。


 やがて二人は、ひとつの露店の前で足を止める。

 その露店からは、煙とともに、肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上っていた。


 ほぼ同時に、二人のお腹がぐぅぅ…と鳴った。

 そして、これまた同時にお腹を押さえ、真っ赤な顔を見合わせる。


 「………おごってあげましょうか」

 「いや、いいよ。俺が払う」


 こういう時は、男が支払うものだろう。


 「いらっしゃい!閉店まぎわだからな、サービスするよ!」


 威勢の良い髭面の親父の前に立ち、腰をまさぐる。

 だが、普段腰に付けている財布の感触が見当たらなかった。


 この世界に紙幣は存在しない。

 お金と呼べるものは硬貨のみであり、それは元の世界のものより、いくらか大きいサイズであった。

 よって、元の世界から持ち込んだ財布は、小さすぎて用を足さない。

 この世界では、布や皮の袋を財布とするのが通常であり、普段はそれを腰に下げて携帯している。

 その布袋が見当たらなかった。


 太郎の顔がサッと青ざめる。慌てて家から飛び出したため、忘れてしまったのだ。

 やがて様子を察したのか、腰に手を当てて固まる太郎の脇から、アイシャの手が伸びた。


 「2本、ください」

 「まいど!」


 (ああ、俺、カッコ悪い………)


 二人並んで歩き始める。アイシャは手に3本の串焼きを持っていた。

 どうやら1本、オマケしてもらったらしい。


 彼女は「どうぞ」と、太郎に2本を差し出す。

 太郎は肩を落としながらそれを受け取り、つぶやくように言った。


 「ごめん、財布、忘れちゃったみたいで……」

 「いえいえ、いいんですよ」


 そして串焼きにかぶりついた。

 その瞬間、太郎の味覚に、電撃が走る。


 これは………美味い!


 かぶりついた瞬間、あふれ出す肉汁。

 表面に塗られたものは、焼き肉のタレに近い。

 だが、味はそれほど濃くなく、肉本来の味を消してはいなかった。


 はっきり言って、騎士団で食べたハンバーガーもどきとは比べものにならない。

 さすがは商売にするだけのことはある。


 アイシャはそんな太郎の様子をポカンと見守り、やがて自分もそれにかぶりつく。

 「あ、美味しい………」

 「だろう?もしかしたら、この世界に来て、一番かもしれない」

 「そうですか。もっと食べます?残りを買い占めてきましょうか?」

 「いや……、そこまではいいよ……」


 真顔で問いかけるアイシャの申し出を、太郎は丁重に断った。

 残りといっても1本や2本じゃない。ざっと見ても数十本が露店には並んでいた。

 とても一人で食べられる数ではない。フードファイトじゃないんだから……


   ◇◆◇◆◇


 市場に集う人混みは徐々にはけ始め、店じまいを始める露店が目立ち始めていた。

 アイシャに「ちょっと寄っていいですか」と言われ、二人が最後に立ち寄ったのは古本屋であった。


 天幕の下に、無造作に積まれた書籍の数々。数名の魔導士が立ち読みをしている。

 店の中央には、店主と思しきローブを着込んだ者が座っていた。格好からして恐らく魔導士であろう。

 フードを目深にかぶっているため、性別はわからない。だが、わずかに見える口元に刻まれたシワから、かなり高齢であるように見えた。


 アイシャは書籍には目もくれず、店主の元に駆け寄ってゆく。太郎も慌ててそれに従った。


 やがて店主の前に立ったアイシャは、背筋を伸ばし、腰を45度に曲げて一礼をする。

 それは、普段のほんわかした彼女のイメージからは想像できない、礼儀正しくビシッとした行動であった。


 「先生、お久しぶりです!」


 先生と呼ばれた店主は、フードを上げてアイシャを見る。

 顔に刻まれた深いシワ。後ろで1つに束ねられた長髪は、もはや艶を失った白髪であった。

 かなり高齢の老婆に見える。


 老婆はアイシャの顔を確認すると、ゆっくりとイスから立ち上がった。

 年齢の割に、その腰は曲がっておらず、思いのほか姿勢が良いのが意外であった。

 そして、老婆の発した声に、太郎は二重の驚きを覚える。


 「アイシャか。確かに久しいな」

 その声は、老婆のものとは思えない、高く澄んだ声であったのだ。


 アイシャはまるで蛇ににらまれたカエルのように、明らかに緊張した面持ちである。


 「遠くから、先生のお姿が見えましたので。まさか露店を出しているとは……」

 「趣味みたいなものだよ。引退してから、やる事がなく、暇でね」

 「私も売り上げに貢献させていただきます!」

 「……別にいいよ。趣味みたいなものだと言ったろう。それにお前になら、この露店ごと無料で譲ってやってもいい」

 「いえいえ、そんな………」


 老婆はアイシャに、無表情でぶっきらぼうに言葉を返す。

 とりつく島もないようで、何だかアイシャが可哀想にも思えてきた。


 やがて老婆は視線を太郎に向けて問いかける。


 「………彼は?」

 「ああ、この方は、私の知り合いで、ヌケサ………」

 「太郎です。田中太郎といいます!」


 いつまで引っ張るんだ!そのネタ!!


 「ほう、知り合い……ね」

 「それでですね。こちらはエルシオーネ様と言いまして、私の治癒魔法のお師匠様になります」

 「エルシオーネと言う。別にエルと呼んで構わんぞ」

 「は、はい。初めまして……」

 「先生は、今はもう魔導士を引退されているのですが、現役の頃は魔導評議会の幹部をしていたんです。私が幹部になれたのも、先生の推薦があったからでして………」

 「お前は私の後継者のようなものだからな。当然だ」


 それを聞くと、アイシャはうるうると目をにじませ、もう一度深く礼をした。

 エルシオーネはそれを面倒くさそうに見ると、腕を組み、ぶっきらぼうに告げる。


 「とにかく、もうすぐ店じまいだ。譲ってやるから、早く好きな本を選べ」


 アイシャは「はい!」と背筋を伸ばすと、慌てて店内の本をあさり始めた。




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