27、教会の診療所
街の広場には露店が立ち並び、市場が開催されていた。
今日はこの世界の安息日、元の世界でいう日曜日のようなものである。
かなりの人出でにぎわう中、二人は人混みを縫うように進んでいた。
「しかし平和だなぁ……」
走り回る子供をひょいと避けつつ太郎はつぶやいた。
クロエの石化からもうすぐ1ヶ月がたつ。魔王軍襲来を控えている町並みには到底見えなかった。
「本当に魔王軍は来るのか?」と、横目で尋ねる。
「ああ、ロージンも半信半疑だ。エストですら、最近は自分が聞き違えたのかもしれないと言っている。騎士団はどうだ?」
「う~ん、何も言われてないなぁ」
「何だよ、騎士団にいるくせに」
「ほら俺、新人だし」
「………俺の方が情勢に詳しいようだな」
ケイメンはやれやれといった感じで肩をすくめる。
「西方の戦線が破られたという情報は入っていない。仮に突破されたとしても、ここまでどれだけ距離があると思う?」
「だけど、城壁の外にも魔物がいるんだろう?そいつらが襲って来たりはしないのか?」
「その可能性も考えて、城壁の外も定期的に調査しているらしい。魔物が強力化したり、集結したりする兆候は、今のところ無いようだ」
「じゃあ、魔王軍はやって来ないのか?」
「さあな。だが、クロエが襲撃され、石化されたのは事実だ。全てが嘘だと考えるのは危険だろう……」
そこまで言うと、ケイメンは唇に一本指を立て、太郎を見る。
「ちなみに、この話は機密事項だからな。ここまでにしようか」
そのまま彼は、すっと前を向いた。
いつの間にか市場は通り過ぎていた。街並みはやや寂れつつある。
目の前にあるのは、ひときわ大きな白い建物、この世界の教会であった。
屋根の上には翼をかたどった教会のシンボルマーク。元の世界でいう十字架のようなものが立っている。
そんな教会の脇にある小屋へと、ケイメンは歩みを進めて行った。
小屋の正面には、見るからにみすぼらしい格好をした人々が行列をなしている。
「これは………何だ?」
「教会の診療所だよ」
「……俺は別に悪いところは無いぞ。痩せたのは多分、心労のせいで……」
「………違う。今日はここでアイシャが働いているはずだ」
「アイシャが………!?」
それを聞くと、太郎の歩みが鈍くなる。
ロージンの家を出た時の、あの光景がよみがえってきていた。
『───勇者様!』
扉を閉めた時、背後から聞こえた彼女の声が、心の中で反芻する。
やっぱり、怒ってるんだろうな………。
そう考えると、何となく顔を合わせづらい。
「おい、何してんだ。早く来いよ」
「いや……その………」
足を止め、苦笑いを浮かべる太郎を見て、ケイメンはわずかに笑みを浮かべた。
「大丈夫だって。あいつも気にしちゃいねぇよ。むしろあれ以降、あいつも落ち込んじまってだな……」
そう言うと、ケイメンは太郎の腕をつかみ、ぐいぐいと引っ張り始める。
どんな顔をして会えばいい?
どんな会話を切り出せばいいのか?
引っ張られながら、太郎の頭はそんな考えでいっぱいになっていった。
「あああああああ、ちょっとまっ、待って、心の準備があああああああ!!」
「何だよそりゃ。いいから、ここで仲直りしとけって」
そのまま引きずられるように、太郎は診療所の裏口まで連行されてゆく。
そして太郎の腕を掴んだまま、ケイメンは勢いよく裏口を開けた。
心臓が止まるかと思った。恐る恐る中を眺める。
そこにいたのは、白の法衣に身を包んだシスターたちの姿。
その中にアイシャの姿が無いことを確認し、太郎はほっと胸をなで下ろす。
「いない……みたいだな」
「いや、治療中かもしれん」
「でも、邪魔しちゃ悪いし、俺はこれで………」
「………待て!」
さりげなく立ち去ろうとした太郎の首根っこをケイメンは掴み、強引に連れ戻した。
二人して裏口に戻るとそこには、いつの間にやらシスターたちが群がってきていた。
「ケイメン様!どうしたのですか?」
「いや、ちょっと用事があってだな………」
「まさか、どこか具合が悪いのですか?」
「まあ、それは大変です!さあ、こちらへ!」
「いや、ちが………うおおああああ!!」
シスターたちは、それぞれ彼のローブを掴むと、引きずりながら部屋の奥へと拉致して行く。
太郎は裏口にポツンと立ち、連行されてゆくケイメンの姿を、生温かい目で見守っていた。
そして奥の部屋へと消えた彼らを見送りながら思う。
……………帰ろう。
ケイメンという仲介役が亡き今、アイシャとどんな顔で会えばいいやら、彼には思い付かなかった。
正直、仲直りしたいという気持ちはある。だが、それ以上に不安な気持ちでいっぱいであった。
(別に今じゃなくてもいいじゃないか。いずれ仲直りすればいい……)
すぐにそれが、前に踏み出せない自分への言い訳であることに気付く。
いかにもな理由をくっつけたところで、彼女と仲直りをしたいという、自分の気持ちは変わらない。
太郎はしばらくその場に立ち止まり、扉の奥を見ながら考えた。
だが、その思考は、背後からの思わぬ声に停止させられることとなる。
「勇者……様?」
聞き覚えのある声だった。
まさかこれは幻聴か、などと考える。
だが、いる。背後に、彼女が………いる。
退路は断たれた。撤退という選択肢が消える。
とりあえず、できる限りの平静を装おうと彼は考えた。
まるでからくり人形のように、太郎はぎこちなく、ゆっくりと背後を振り返った。
「………よ、よう」
「………は、はい。お久しぶりです」
突然の遭遇に、アイシャもパニクっているようだった。
チラチラと、時折視線を外しつつも、お互いの様子をうかがう。
やがて、アイシャがボソリと口を開いた。
「お噂は……聞いてます。騎士になられたそうで、おめでとうございます」
何となく、その言葉が心の隅に引っかかった。
これはまさか、ロージンの家を飛び出た自分に対する、彼女の皮肉ではなかろうか?
思わず後ろめたさから、そんな事を考えてしまう。
だが、あの出来事は自分にも非があった。この場でしっかりと謝っておくべきだろう。
太郎は覚悟を決めると、勢いよく頭を下げ、叫ぶように言い放つ。
「あの時はすまなかった!」
「え………ええっ!?」
アイシャとしては、別に皮肉を交えて言った言葉ではなかった。
予想外の謝罪に、彼女は体をピクリと震わせ、狼狽する。
「自分勝手なお願いをして……そんでもって、勝手にキレて君の家を出てしまって、本当にごめん!」
「そ、そんな、私は別に………」
「正直、俺は決めつけていたんだ。どんなお願いでも、アイシャなら聞いてくれるって。本当に自分勝手だよな。君たちの都合も考えずに……それで拒絶されて、キレて、家を飛び出して………」
「いいんです。もう、頭を上げて下さい……」
彼女の許しの言葉を聞き、太郎は恐る恐る、その顔をうかがうように顔を上げる。
そこには、わずかに微笑んだアイシャの顔。彼女は太郎の顔を見ると、今度は自分が頭を下げた。
「私のほうこそ、ごめんなさい……」
「………ええっ!?」
今度は太郎が狼狽する番であった。
何故に謝る!?
彼女には何も非は無いはずなのに!
アイシャは顔を上げると、うつむき加減に言葉を続けた。
「私も……あなたの事を決めつけていたんです。異世界から召喚されたのだから、きっと立派な勇者様なのだと」
「……………」
「私は子供の頃から、魔王を倒した勇者様に憧れていました。だから、評議会で勇者召喚をするって聞いた時は、すごく嬉しかった………でも私は、そんな立派な勇者様のイメージを、あなたに押しつけていたんですね」
アイシャの真剣な瞳が、太郎の心を震わせた。
彼女は胸に手を当て、今にも泣き出しそうな顔で続ける。
「あの後、ケイメンに言われて気付いたんです。私たちのした事は、あなたの人生を狂わせる事だったと。本当にごめんなさい!」
「いや、いいから!もう、そんな事……」
「ですが、私ひとりの力では、あなたを元の世界に戻すことはできません……。ならば、せめてこの世界で自由に生きて下さい。私はもう……あなたを勇者様とは………お呼びしません」
何となく、それはそれで寂しいような気持ちを覚えた。
沈黙の中、二人はお互いの顔を見つめ合う。やがて、アイシャは太郎の顔色をうかがうように、恐る恐る尋ねた。
「………仲直りしてもらえますか?」
それを聞き、太郎は恥ずかしそうに頭をかいた。
「仲直りも何も……、そもそも俺たちってケンカしてたのかな?」
「………どうなんでしょう。私は、別に恨んだりはしてませんでしたよ」
「俺も……別に、恨んだりはしてないぞ」
「じゃあ、元々ケンカなんか無かったんですね。そういうことにしましょう!」
胸につかえていた重い何かが、スッと下りたような気がした。
全ては自分の思い込み、取り越し苦労であったと気付き、自然と笑みが浮かぶ。
「あと……俺の呼び方なんだが、別に今まで通り”勇者”って呼んでも構わないぞ」
それを聞いた瞬間、アイシャの顔に花が咲くような笑顔が浮かんだ。
太郎は、自分の顔が赤くなったような気がして、思わずうつむいてしまう。
「本当ですか?ありがとうございます!」
「い、いや、そんなお礼なんか、別にいいよ」
キラキラと輝く笑顔がまぶしかった。
こんな笑顔を向けられては、思わず勘違いしてしまいそうになる。
「……それから、ひとつ聞きたいんですが………」
アイシャは今度は顔を赤らめ、少しもじもじしながら太郎に尋ねる。
「勇者様は……今、美人のメイドさんに囲まれて、イチャイチャしながら暮らしていると、ケイメンに聞いたんですが………本当なのでしょうか?」
(あの野郎おおぉぉ~~~~余計な事を!)
太郎が慌てて弁解しようとした瞬間であった。
裏口のドアが勢いよく開かれ、中からケイメンが飛び出してくる。
彼はパンツ一丁の格好であった。
「───ケイメン、何なの、その格好は!?」
ケイメンは、顔をそむけたアイシャをにらむと、真っ青な顔で叫んだ。
「アイシャ、どうなってんだ!あのシスターたち、禁欲生活で頭がおかしくなってるぞ!!」
次の瞬間、扉の奥から響く物騒な会話。
「ああっ!ベッドにいません!逃げられたようです!!」
「何やってるの!だから鎖で縛っておきなさいって言ったでしょう!?」
「まだ遠くには逃げていないはずよ!みんなで探して!」
それを聞いたケイメンは、青い顔をさらに蒼白にさせる。
そしてすかさず風をまとうと、空に向かって飛び立った。
それと同時に、裏口から飛び出る5~6人のシスターたち。
その先頭に立った中年のシスターが、手に持った鎖をジャラジャラ鳴らしながら尋ねてきた。
「あら、アイシャ様。ケイメン様を見なかったかしら?」
アイシャは苦笑いを浮かべつつ、空を指さす。
その先には、真っ白な雲を背景に、米粒のように小さくなったケイメンのシルエットが映っていた。




