26、親友宅なう
都市の郊外にある小屋が、ケイメンの自宅であった。
林の中にあるため、周囲に人家は無い。魔導士は本来、こういった立地条件の家を好む。
魔法の研究に没頭できるからだ。中には人里離れた山の中に隠れ住む者もいる。
ケイメンも、その類の人種なのであろう。
家の中は乱雑に散らかった状態で、魔導書があちらこちらに散乱している。
棚の上には、なにやら得体の知れない液体や器具、動物の剥製などが置かれていた。
ケイメンはそんな中で腕組みし、ソファーに座った招かざる客をにらみつけた。
「で、何故おまえが俺の家にいるんだ?」
その視線の先にいたのは太郎である。
太郎は憔悴し切った表情で、苦笑いを浮かべる。
その顔を見たケイメンは、少し驚いた顔でつぶやいた。
「お前、痩せたか……?」
「ははは……まあね」
太郎の頬はこけ、目の下にはくまができ、顔色も悪かった。
その表情から、ケイメンはいらぬ事を勘ぐったようである。
悪戯っぽい表情を作ると、太郎をからかうように言った。
「噂には聞いてるぞ。美人のメイドに囲まれて、随分と良い暮らしをしてるそうじゃないか。まさか、そんなにやつれるまで美人メイドと………」
「いやいやいや、何も無い!何もやってねーし!!」
「そこまで否定するのは、逆に怪しいな」
「いや……本当に。それに、あそこの生活はそんなに良いもんじゃ無い。あそこは……地獄だ」
あの騒動以降、ルディアとリーザの仲は険悪になっていた。その板挟みとなったのが太郎である。
いきなりお風呂に乱入するような暴挙はさすがに無くなったが、それでもリーザは太郎に猛アプローチをしてくる。
それに対しルディアは、肌に寒気を覚えるほどの殺意を送ってきていた。
飯は喉を通らない。
夜はたびたび悪夢にうなされる。
今日は休日であったのだが、むしろ騎士団本部へ出勤したいとさえ思っていた。
逃げるように家を飛び出した太郎は、街中でケイメンを見つけ、その後を尾行して来たのである。
「………事情は知らんが、家が地獄だからといって、俺の家にいて良い理由にはならんよな?」
ケイメンは表情を戻すと、突き放すように言う。
彼は自宅に他人を入れたくないタイプ、孤独を好む人間であった。
太郎はそれを聞くと、情けない表情を浮かべ、すがるように答えた。
「そんなこと言うなよ。俺たち、友達………だろう?」
「………友達?」
そのフレーズを聞いた瞬間、ケイメンはピクリと、小さく体を震わせた。
急に挙動不審になり、”友達”という言葉を小さく何度かつぶやく。
その顔は、心なしか嬉しそうであった。
「そうか……友達か。そうだな、友達だよな」
(こいつ……友達いないんだな………)
「まあ、友達のお前が悩んでるのなら仕方ない。良かったら話していけ」
(案外チョロいぞ……)
ケイメンはそそくさと紅茶を用意し、太郎の前に出す。
柑橘系のほのかな香りが、湯気とともに立ち上っていた。
太郎はカップのぬくもりを確かめるようにそれを両手で持つと、対面に座るケイメンに言った。
「でも良かったよ。もっと拒絶されるんじゃないかと、正直不安だった」
「……拒絶?どうして?」
「ほら、俺は………」
「ああ、ロージンの家を出て、騎士になった事か」
「………ああ」
ケイメンはフッと笑うと、黒髪をかき上げつつ答えた。
悔しいが、どんな仕草をしても絵になる男だと思った。
「くだらん事を気にする奴だな。いいか、お前は召喚によって、俺たちに人生を狂わされてしまったワケだ。俺たち魔導評議会に義理立てする理由は何も無いんだぞ。騎士になろうが、美人のメイドとイチャイチャして暮らそうが、それはお前の自由だ」
意外なことに、ロージンの家を出た決断を、魔導評議会の幹部であるケイメンが支持してくれた。
ああ、ケイメンさん、あんた男前やなぁ……などと思いつつ、紅茶をすする。
美人メイドとイチャイチャという部分は、少し引っかかったが。
「だが、じいさん連中は内心穏やかじゃないかもしれんな。何しろ、お前がよりによって政庁側についてしまったワケだし……」
そこで太郎は、心の片隅にひっかかっていた疑問を投げかけてみようと思った。
ケイメンならば、本当の事を答えてくれそうな気がする。
「ひとつ、聞きたいんだが……」
「何だ、親友の俺に言ってみろ」
(親友にランクアップされてる!)
どんだけ友情に飢えてたんだよ……と思いつつ、太郎は苦笑いで尋ねた。
「俺は……いったい何のために召喚されたんだ?」
「何って、魔王を倒す勇者として召喚されたんだろう?まあ、始めは全く使い物にならなかったがな」
「市長に言われたんだ。この世界に勇者はすでに存在している。俺が召喚されたのは、魔導評議会の実績のためだと」
「………そうか。そんな事を」
ケイメンは腕を組み直すと天井を見上げ、何やら思案を始めた。
「まあ、そこまで聞いているんじゃ、言っても構わんだろう。少し長くなるぞ。そもそも、俺たち魔導評議会の本部は、ベスターレという自由都市にあってだな………」
▽
ベスターレは、都市解放戦争の発祥地である。
戦乱期に、国を滅ぼされ権力を失った”リオン・エコ・ファウスト”という貴族が、この地で王権からの解放を叫んだことにより、都市解放戦争は幕を開けたのである。
戦乱期における戦争の主役は、騎士と歩兵であった。
魔王戦争時代に流行した散開戦術はなりをひそめ、この頃は再び集団戦術が主流となる。
だが、長らく続いた戦乱の時代により、魔法の戦争利用研究は促進し、人類の魔法技術は飛躍的な進歩をとげた。
戦乱期もその後半になると、『1対1の個人戦においては、騎士は魔導士に勝つことができない』とさえ、言われるようになっていたのである。
そんな強い力を得た魔導士の本質は”研究者”であった。彼らは集団の規律に縛られるのを嫌う。
そんな魔導士たちを、国家が危険視始めるのに、そう時間はかからなかった。
時の専制君主たちは、魔導士の魔法研究を規制し、中には弾圧を始める国家も現れたのである。
そんな中、勇者の説いた平等思想と、迫害を受けていた魔導士に目をつけたのがリオンであった。
『諸君、私は宣言しよう。この都市を、王権から解放された自由都市とすることを!そして魔導士諸君、君らは罪なくして罪を問われ、迫害を受けている。私は宣言しよう。自由都市においては、全ての魔法研究を解禁すると!』
都市解放戦争において、それを主導したのは没落貴族たちであったが、戦争における功労者は、専制国家から大量に流入してきた魔導士たちであった。
▽
「………とまあ、ここまでが自由都市の成り立ちだ」
「ああ、その辺は騎士団で聞いてる」
「………聞いてるんなら言えよ」
「でも、戦争で魔導士が活躍したってのは初耳だ」
「ああ、騎士団じゃ魔導士の活躍は出てこないだろう。あいつら、昔も今も戦争の花形は自分たちだと思い込んでやがる。実際に戦えば、俺たちのほうが強いのにな」
「でも、それだけの力を持った魔導士たちを、国は体制に組み込もうと思わなかったのか?」
「いたさ。昔から宮廷魔導士って奴らがな。だが、そういうのは一部の魔導士だ。俺もそうだが、大部分の魔導士は君主に頭を下げたり、厳しい軍規に従うのを嫌がる。それに……そういう場であまり力を持っちまうと、今度は自分の命が危うい」
「暗殺されるって事か?」
「そうだ。宮廷内の陰湿な権力闘争に関わるより、自分の研究に没頭していた方がずっと良い。お前にはわからんだろうな。新しい魔法や、魔導具の開発に成功した時の、あの達成感は……」
「………魔導具?」
「ああ、お前は知らんのか。こういうやつだ」
ケイメンは壁に立てかけられた剣を取った。その束を握りしめ、意識を集中させる。
と同時に、その刀身からは炎が立ち上り始めた。
「おお!すげえ!!」
「これはマナさえ送り込むことができれば、炎の魔法と同じような効果を得られる。まあ、刀身も焼かれてしまうので殺傷能力はいまひとつだ。はっきり言うと効果が派手なだけの失敗作だな」
太郎もそれを手に取ると、何となくマナを送ってみた。
しかし何も起こらない。
「マナを出せない奴にとっては、ただのなまくら剣でしかない」
「……………」
「話が脱線してしまったようだな。続けるぞ」
▽
都市解放戦争が終結し、魔導士たちは自由都市に安息の地を得たように見えたが、実際はそう上手くはいかなかった。
魔導士たちの生活は特殊といってよい。深夜まで及ぶ騒音、あるいは異臭、時に研究の失敗から爆発を起こしたり、果ては敷地内で得体の知れない複合生物を飼う者まで現れ、住民との間には深い溝が生まれていった。
とはいえ、魔法研究の解禁を宣言してしまった手前、都市側はそれを強く規制できない。
そこで都市側が目を付けたのが、当時発足間もない自由都市の魔導士ギルドであった。
魔導士ギルドに魔導具の専売特許を与える見返りに、ギルド自身に魔導士の管理を行わせたのである。
ギルドは魔法研究に規制をかけ、それに従わない魔導士を都市外追放とした。
結果として、性格に難のあった魔導士たちは、都市外へと追放されていった。
彼らからしてみれば、都市解放戦争の間だけ利用された気持ちであったろう。
やがて、魔導具の専売特許を得たギルドは莫大な富を得ることとなる。
そして、その富を維持するために、一年に一回、ベスターレにおいて定例総会を行うこととした。
一年ごとに、各支部の活動結果、新しい魔法や魔導具開発の報告を聞き、その成果に応じて富の分配をするシステムを構築したのである。
▽
「じゃあ、俺はその報告用に呼び出されたって事なのか?」
「まあ、それは否めんな。古の勇者召喚の儀式をこの現代で行い、さらに成功させたとなればそれは他の支部を圧倒する功績となるだろう」
ボンゴレアと同じ事を言っている。
何となく、自分の気持ちが重くなってゆくのを太郎は感じた。
「だがなぁ、それだけじゃないぞ。少なくとも、俺やアイシャはこの世界の現状を打破してくれる勇者が出てきてくれる事を望んでいた」
「もう、この世界には勇者がいるのにか?」
「……ああ、ミラの王子様のことか?」
太郎は無言でうなずく。
「まあ、俺も実際に会ったことは無いし、噂でしか聞かんが………あの王子に勇者の素質は無い、と思うぞ」
どういう意味なのだろうか。
聞き返そうと口を開く太郎を、さえぎるようにケイメンは続けた。
「それにしても、出てきたのがお前でがっかりだった。脱糞はするわ、失禁はするわ、スライミーにボコられるわ………」
「やめて───!!」
太郎は顔を真っ赤にして頭を抱える。
あの当時の出来事は、確実に黒歴史の1ページとして刻まれていた。
ケイメンはそんな太郎を見て、面白そうに続ける。
「そういえば、巨大化した事もあったなぁ。クロエの胸を見てだっけ?あの時は………」
そこまで言うと、今度はケイメンが顔を真っ青にし、頭を抱えてうずまり込んだ。
太郎の生粋を浴びてしまった事がフラッシュバックしたのである。
それは完全に墓穴であった。
しばらく、どんよりと暗いオーラを出してしゃがみ込む二人。
やがて、青白い顔でケイメンが立ち上がる。
「まあ何だ。お前も強くなった。その点は、俺も認めよう」
「………ありがとう」
おぼつかない足取りで、太郎も立ち上がる。
そんな彼に、ケイメンは扉の外を指しながら言った。
「ちょっと付き合えよ。どうせまだ、家には帰りたくないんだろう?」
太郎は何事かと思いつつも、無言でうなずき、ケイメンに従って行った。




