表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/52

25、筋肉痛アゲイン

 「騎士団には体調不良で休みをもらっておいたから」

 「す……すまないッ………ッ!」


 体中に走る電流のような激痛に、太郎はベッドの上で身をよじった。

 そんな彼を、ルディアが冷たい目で見ている。


 「き、君は……、行かなくて、いいのか……?」

 「むこうは、私たち二人一組みでスケジュールを組んでいるようね。一緒に休んでいいそうよ」

 「そう………か」

 「あの”青いの”が、お大事にって、30分くらいしゃべって行ったわ」


 ───青いの?


 次の瞬間、太郎はその言葉がデュランを揶揄したものであると悟った。

 青っぽい制服に、青い髪。デュランの外見はまさしく”青いの”に見える。


 「直接、ここにお見舞いに来てもらえば良かったかしら?」


 ───やめて下さい!


 体中をめぐる筋肉痛に、今ルディアとしゃべっているのも億劫なのだ。

 あの調子でしゃべられたら、冗談抜きで、マジに切れてしまいかねない。


 太郎はベッドの上で、固まったまま沈黙した。


 体を動かすと痛みが走る。動かないのが一番だ。

 とはいえ、巨大化を1回経験して耐性ができているのか。今回の筋肉痛は、前回ほどでは無いような気がした。

 例えるならば、当社比で前回の80%ほど。まあ、十分な激痛ではある。


 しかし、この筋肉痛が起きるということは、自分はまた巨大化してしまったということだろう。


 太郎には、あの後の記憶が全く無かった。

 今朝、気が付くとベッドの上である。


 ふと、ルディアに尋ねてみた。


 「俺は……、あの後、どうなったんだ?」


 それを聞いた瞬間、彼女のバックに稲妻が走る。

 そして、とんでもない悪夢を思い出したかのように、顔をひきつらせた。


 「どうして……、服を着て、ベッドの上にいるんだ?」


 太郎が感じていたのは、泥酔して前夜の記憶を失った恐怖に似ている。

 自分が無意識のうちに、何をしでかしてしまったのか、気になって仕方ない。


 それを聞くと、ルディアは顔を紅潮させ、おもむろにベッドに飛び乗ると、太郎を足蹴にし始めた。


 「いづづづづづづづづ!!」

 「それはこっちが聞きたいわよ!バカ!!」

 「ちょ……おま、やめ………あだだだだだ!!」


 太郎はベッドを転がり、そのまま落下した。落下の衝撃が体を走る。

 そして断末魔とも呼べる悲鳴を上げると、さらに床を転がった。


 昨晩はあの後、気絶した太郎をルディアが部屋まで運んだ。

 そしてベッドに寝かせると、傷を負った頭頂部の手当てをし、服を着せたのだ。

 それは、とてつもない重労働であり、彼女にとっては屈辱的ともいえる作業だった。


 思い出しただけで身の毛もよだつ。

 ルディアは顔をひきつらせたまま、転がる太郎に向けて追い打ちをかけた。


 やがて、異常を察したエリィが部屋に踏み込んでくる。

 そしてその暴行現場を目撃すると、慌ててルディアを止めに入った。


 「ルディア様、おやめ下さい!」


 太郎は白目をむいて動かない。その体の上には、離脱しかけた魂が、ふよふよと浮かんでいた。

 ルディアは呼吸を整えつつ、やっとその足を止めると、荒っぽい口調で太郎に尋ねる。


 「ひとつ聞きたいんだけど!」

 「……………」


 答えない太郎にむかついた。ルディアは再び足を上げる。

 その様子を見た魂が、慌てて体内に戻ってゆく。即座に太郎は叫んだ。


 「ああああああ!やめて、やめて!何ですか?何でしょうか!?」

 「……あなたは昨晩、どうしてあの女とお風呂に入っていたの?」


 ………何とも、返答に困る質問だった。


 このような質問が来るということは、リーザの口から、昨晩の真実は語られていないということだろう。


 無論、昨晩の出来事の原因は、リーザにある。

 彼女が勝手に風呂場に入ってきて、要求もしてないのに太郎を誘惑してきたことが原因なのだ。


 しかし、ありのままの真実を話してしまっていいものだろうか?


 あの出来事を話すということは、彼女の名誉に傷を付けてしまうような気がする。

 さらに、原因の全てを彼女に押しつけることにもなるだろう。


 果たしてそれは、男として正しい事なのか?


 無言のまま、困ったように目を泳がせる太郎を見て、ルディアは勝手に結論を勘ぐった。


 すなわち、『太郎が自分の立場を利用し、強制的にリーザを手込めにしようとして、反撃を食らい頭頂部に負傷を負った』という結論を。

 まあ、それでは天井の風穴の説明がつかないのだが、頭に血が上ってそこまで気が回っていない。


 ルディアは冷ややかな目で、転がる太郎を見下ろす。

 そして蔑むように言った。


 「………サイテーね」

 「ちょ……ちょっと待て!何か誤解してるぞ!色々と誤解してると思うぞ!!」

 「じゃあ言ってくれる?昨晩、何があったのか!?」

 「……それは、その………まだ言えないというか、何だ………」


 喉元まで言葉は出かけていたが、やっぱり口に出すのは、はばかられた。

 その様子を見たルディアは、自分の推測に確信を得たようである。

 苛立たしげに、窓の外に視線を向けると、遠い目で語った。


 「残念だわ。あなたの事、少しは評価してたんだけど。結局、他の男どもと一緒ってことね。兄さんは、もっとストイックだったのに………」


 ………何故、ここでアウランと比べられなくてはならない?

 そもそも自分に非は無いはず。まあ、きちんと説明しないところは悪いと思うが。

 ムカムカした感情が湧き上がる。何か言い返さねば気が済まない。


 「確かになぁ、俺は君の保護者になると言った。だがな、兄さんになると言った覚えは無い!君の兄さんと比較されるのは、お門違いってもんじゃないか!?」


 ─────!?


 ルディアは顔をこわばらせると、一歩後に退いた。

 その言葉に、彼女は気付きたく無いことに、気付かされてしまったのである。


 ルディアの10年間は、兄に依存し続けた10年間と言ってもいいだろう。

 兄の存在は大きく、そんな兄にしがみついていなければ、簡単に消し飛んでしまうほど自分はちっぽけな存在であった。


 だが、そんな絶対的な存在であった兄が死んでしまう。

 心にぽっかりと空いた大きな穴。かつて兄が占めていたその場所に、ひょっこりと太郎が現れた。

 太郎と兄とは、全く別の存在だ。いや、彼は兄の仇、憎らしい存在ですらある。


 そんな事は理解している。いや、今まで理解していたつもりでいた………、しかし、


 認めたくはない。認めたくはないのだが………、


 自分は……、いつからか太郎に、兄の存在を投影し始めていたのだろう。


 驚きと戸惑い、そして自己嫌悪に似た感情が湧き上がる。

 ルディアは顔をひきつらせ、何かを言おうとした。だが、うまく言葉が出てこない。

 心に渦巻く複雑な感情を、うまく言葉に変換できないでいた。


 やがて彼女は、キッと太郎をにらむと、そのまま足早に部屋から立ち去ってゆく。

 慌てた様子で、エリィがそれに従って行った。


 ───少し言い過ぎたか?


 天井を見ながら太郎は少し後悔した。

 だが、それについて深く考えている余裕は、太郎には無い。


 それよりも、全身を這い回るこの激痛が、彼にとっては目下の深刻な問題であった。

 理性を失うと巨大化するとは、召喚と同時にとんでもない十字架を背負ってしまったものだ。


 すぐそばにあるベッドが、あまりに遠く感じる。

 とりあえず今は、あの上に瞬間移動したいと思った。


   ◆◇◆◇◆


 リーザは布団の中で目が覚めた。


 窓から陽射しが差し込んでいる。もうどれくらいの時間なのだろう。

 隣のベッドにエリィの姿は無かった。


 自分はあの後、どうなったのだろう?

 記憶が無いということは、気絶してしまったのだろうか。


 ぼんやりと、昨晩の記憶がよみがえってゆく。


 それは、金色の光を放ちながら巨大化してゆく太郎の姿。


 あれを見た後の記憶が無い。

 それは、今思い出しても衝撃的で、身震いを覚える光景であった。


 太郎が異世界から召喚された勇者であるとは聞いていた。

 この世界で巨大化する人間など聞いたことが無いが、あれは異世界人の能力なのか?


 そこまで考えて、リーザはいったん思考を止める。


 巨大化の事については、自分がどうこう考えても結論を出せないことだった。

 それよりも、彼女にとっては、もっと大事なことがある。


 太郎は、自分のことをどう思っているのだろう?


 昨晩は気を失ってしまい、太郎の気持ちを確かめることができなかった。

 もしや、あの巨大化は、彼の何らかの意思表示であったのか?

 もしもそれが、拒否の意思表示であるのなら───、


 (やっぱり、クビにされちゃうのかな………)


 などと気を落としていると、部屋のドアがガチャリと開かれ、エリィが姿を現す。


 「あら、起きてたの?」

 「………うん。ついさっき」

 「昨日は何があったの?あなた、裸でお風呂場に倒れていたけど」

 「………え、まあ、その……」

 「ルディア様はご立腹よ。ご主人様も昨晩の事は何も言ってくれないし」

 「え、そうなの?」


 何となく、意外であると感じた。

 何も言わないということは、何か不都合な事があるのだろうか?


 自分とのあの出来事を隠したいのか?

 あるいは、巨大化体質を隠したいのか?


 物思いにふけるリーザを眺めると、やがてエリィはひとつため息をついた。

 「まあ、私は何となく、わかってるんだけどね……」


 それを聞き、「え?」といった感じで苦笑いするリーザ。

 そんな彼女に向けてエリィは続ける。


 「あなた、ご主人様を誘ったんでしょう?」

 「あは、やっぱバレてる?」

 「まあ、私はあなたと長いつき合いだから。あなたの行動は大体想像できるわ」

 「………ところで、ご主人様は、本当に何も言ってないの?」

 「ええ、何も。もしかしたら、あなたをかばっているのかもしれない」


 (………へえ)


 少なくとも、嫌われてはいないのだ、とリーザは思った。


 「それにしても、立場をわきまえなさい。あなた、過去に何度も痛い目にあってるでしょう?」

 「………うっさいわね。あの二人は恋人同士じゃ無いんでしょう?だったらいいじゃない。あたしが誰と恋愛しようが自由のはずよ」

 「私まで巻き込まないでって事よ!あなたがトラブルを起こして、何回私が巻き添えをくらったか、忘れたわけじゃないでしょうね?」


 二人は政庁に所属するメイドであった。

 都市へ貴人が来訪した際、身の回りの世話をするのが主な仕事である。

 このようなメイドが、政庁には何人かいるのであるが、中でもリーザはトラブルメーカーであった。


 将来性のある独身男性に、見境なくアプローチをするからである。それゆえに、他のメイドは彼女と組むのを嫌がる。

 結果として、お人好しで面倒見の良いエリィが彼女と組むこととなり、トラブルを起こされては、その後始末を毎度のようにさせられる羽目になっているのであった。


 「とにかく、ルディア様に全てをご報告なさい。あの方、完全に誤解してるみたいだから」

 「………誤解?」

 「ご主人様が、あなたを無理矢理、手込めにしようとしたと思ってるみたいね。このままだとご主人様が可哀想だわ」

 「ふぅん………」


 別にそれでもいいんだけど、と思いながら、リーザはベッドから飛び降りた。

 だが、言っておくべきであろう。言わずとも、いずれこの話はエリィからルディアに伝わる。

 それに、騒動の原因は自分にあるのだし、この件はキッチリと片を付けるのが筋だと思った。


 彼女は鏡の前に立つと、身支度を始める。


   ◇◆◇◆◇


 「この度は、このような騒動を起こしてしまい、申し訳ありませんでした」


 リーザはルディアに向かい、頭を下げた。


 事の真相を聞き、ルディアの頭に血が上る。

 だが、リーザに対して、何を言ったらいいのかわからなかった。


 手を出さないよう忠告すべきか?いや、そんな権限は自分に無い。

 『自分はアウランでは無い』と、先ほど太郎に釘を刺されたばかりではないか。


 では、立場をわきまえるよう忠告すべきか。

 それも、元奴隷階級の身としては、口に出すのが、はばかられた。


 キュッと唇を噛みしめるルディアの前で、リーザはその顔を上げる。

 そんな彼女の目を見た瞬間、ルディアの心に嫌悪感が湧いた。


 ───イヤな目だ。


 形式上は頭を下げたものの、その目は屈服を拒んでいる。

 いや、むしろルディアを挑発しているようにも見えた。


 やがてリーザはゆっくりと口を開く。


 「ルディア様は、ご主人様の事が好きなのでしょうか?」

 「……………!?」


 意外な言葉に、ルディアの頭の中は一瞬、真っ白になった。


 「将来的に、恋仲になりたいとか、そういう気持ちをお持ちなのでしょうか?」

 「そんなことは無いわ!」


 反射的に出たセリフであったが、それを口に出してしまったことをルディアは少し後悔する。

 一方のリーザはそれを聞くと、ニコリと微笑んだ。


 「では、私がご主人様に恋心を抱いても、それは私の自由ですよね?」

 「リーザ!あなた、いい加減にしなさい!」


 見かねたエリィが、リーザの前に立ちはだかる。

 だが、リーザはエリィを見てはいなかった。その先のルディアに向けて、真剣な眼差しを送る。

 その視線が痛く感じた。ルディアは思わず視線をそらし、うつむき加減でつぶやいた。


 「………勝手にすればいいわ」


 それを聞いたリーザは満足そうな笑みを浮かべ、「では失礼します」と部屋を退出してゆく。

 エリィは慌てた様子でルディアに謝罪すると、リーザを走って追いかけて行った。


 部屋に残されたのは、ルディアひとり。

 彼女はリーザが立ち去った扉を眺めながら考えた。


 ………何なのだろう、この敗北感は。


 別に太郎が誰と恋仲になろうが、自分の知ったことではない。


 だが今、自分の中の大切な部分を、リーザに奪われて行ったような気がする。


 ルディアは思わず彼女の立ち去った扉を蹴りつけた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ