24、メイドの誘惑
元の世界に比べ、この世界には、調味料というものの種類が、圧倒的に少ないようであった。
ケチャップやマスタードといったものは、当然存在しない。
昼間に食べたハンバーガーもどきも、パンは固く、合間にしょっぱい肉が挟まれているだけ、といった感じであった。
本場といえるかわからないが、元の世界のファーストフードとは、全く別物といった感が否めない。
とはいえ、空腹という最高の調味料は、この世界でも十分に通用するようである。
テーブルの中央には、平皿に山積みにされたパンがある。
目の前にはスープと、肉と野菜を使った簡単な料理。
ホカホカと立ち上る湯気と、鼻を刺激する匂い。
元の世界の料理に比べ、見劣り感はあるものの、それでも太郎の腹はぐぅぅと鳴った。
この世界のパンは総じて固い。太郎はパンをスープで湿らせて口に運ぶ。
───うん、悪くない味だ。
対面に座ったルディアも、黙々とその料理を口に運んでいた。
何となく先ほどの出来事もあり、雰囲気は気まずかった。
何か話を切り出すべきであろうか。
いや、下手な話を振れば逆効果となりかねない。
なかなか良い話題が見つからなかった。
二人は黙々と食事を進めてゆく。
やがて、沈黙のまま二人が食事を終える頃、エリィが一礼をして入室する。
「お風呂の用意ができておりますが、いかがしましょうか?」
それを聞き、太郎とルディアは目を見合わせた。
「………お先にどうぞ」
「………いえ、私はいいわ。このまま寝るから。あなたが入れば」
「でも、せっかく入れてくれたんだから、入ればいいじゃないか」
それを聞くと、ルディアはうつむき、何やらもじもじし始めた。
やがて、顔を赤くし、つぶやくように言う。
「お風呂って……お湯に入るのよね?」
「え………そうだけど」
「………熱く……ないの?」
「はぁ?」
「行水と、どう違うの?」
「……ひょっとして、初めてなのか?」
それを聞いた瞬間、ルディアはキッと太郎をにらんで言った。
「悪い?」
「いや………悪くはないけど」
彼女の境遇を思えば、無理もないことかもしれない。
別に悪気があったワケじゃない。というか、自分は何か気に障るような事を言ったのか?
「大丈夫ですよ。湯加減はちゃんと調節してありますし。もし宜しければ、入り方をお教えしましょうか?」
雰囲気が険悪になりつつある中で、エリィのナイスフォローが入った。
ルディアは無言でうなずき、エリィに手を引かれて部屋を出て行く。
それは、何となく微笑ましい光景であると思った。
◆◇◆◇◆
リーザがテーブルの片付けを始める。
太郎は自分の寝室に戻ると、部屋の中を見渡した。
テレビがあるわけじゃない。もちろんラジオも無い。
インターネットも無ければ、ゲームやマンガも無い。
娯楽の要素が全く無い。
まあ、これがこの世界では普通の事なのかもしれないが。
太郎はベッドに寝転がり、騎士団からもらった指南書をペラペラとめくる。
たとえこんな物でも、暇つぶしの代わりになるかと思った。
そこに書かれた言葉は、日本語と全く別の言語である。
しかし、召喚された影響なのか、太郎はこの世界の言語を無意識のうちに自動翻訳できていた。
太郎は何か面白そうなページはないものかと、その本をめくってゆく。
そして、その中の”戦術の章”という項目が目にとまった。
▽
大陸の西方に、毒の瘴気に包まれた広大な森があった。
古くより”魔界”と呼ばれたこの樹海より、魔王は現れる。
強力な魔法と、魔神と呼ばれし巨大ゴーレムを駆使した魔王軍は、瞬く間に人間世界を蹂躙してゆく。
当時の人類の戦法は、兵力を密集させ、陣形を組んで戦う集団戦術が主流であった。
しかし、この戦法は魔王軍に全く歯が立たず、むしろ兵力の密集は、強力な魔法の格好の標的となってしまったのである。
当時の人類は戦術の変更を余儀なくされた。
そこで考案されたのが、散開戦術である。
戦士、魔導士、結界士、回復士
これら、それぞれの役割を担う者たちを組み合わせた10名程度の戦闘集団を分隊とする。
そして、それらのチームを戦場において散開させ、敵の撃破を狙うのが散開戦術である。
魔王滅亡の後、戦乱期が始まると、この散開戦術は次第に廃れ、主流は集団戦術へと戻っていった。
だが、その後の魔法技術の発達により、都市解放戦争の頃には、再び散開戦術が見直されることとなったのである。
▽
そこまで読んだところで、部屋のドアがノックされる。
「お風呂が空きましたが、どうなされますか?」
それはリーザの声であった。
「うん、入るよ。今、出て行く」
言いながら、ベッドから飛び起きた。
今日は色々と、慣れない出来事ばかりで気疲れしてしまった。
風呂で疲れを取ったら、さっさと寝てしまおう。
リーザに案内され、建物の外に出る。
ロージンの家と同じく、風呂場は敷地の離れにあった。
「よろしければ、入り方をお教えしましょうか?」
「いや、大丈夫だよ。わかっているから」
入浴に関しては、この世界の住人よりも慣れているという自負があった。
それに、この世界の風呂も、ロージンの家で経験済みである。
元々は昔の勇者が持ち込んだ文化であるし、入り方は元の世界と大差ない。
リーザが立ち去るのを見計らい、太郎は服を脱ぐと、浴室へと足を踏み入れる。
そこにはロージンの家のものより大きい、5~6人の大人が入れるのではないかという浴槽があった。
浴槽には湯が張られ、湯気がもんもんと沸き立っている。
太郎は桶に湯をくむと、それを体にかける。
う~ん、ぬるい。
ロージンの家でもそうだったが、この世界では、あまり熱い風呂に入る習慣がないようだ。
何となく元の世界に比べると、物足りない感がある。今度、温度を上げてくれるよう頼んでみようか。
などと考えつつ、浴槽へと体を沈めた。
一日の疲労が、体から染み出てゆくようであった。
思わず思考が停止し、太郎は天井を見上げながら目を閉じる。
やがて、ゆらゆらと揺れる水面を見ながら、太郎はあることに気付いた。
………さっきまで、ここにルディアが入っていたのか……。
思わずその光景を思い浮かべてしまい、太郎は自己嫌悪におちいった。
いや、想像するだけなら別にいいじゃないか。誰にも迷惑はかけていない。
だが、何となく罪悪感がある。
それに、彼女の事を考えると、アウランの筋肉美がセットで付いてきた。
………やめよう。
太郎がそう考え、立ち上がった瞬間であった。
入口の扉が開き、誰かが姿を現す。
太郎は思わず固まり、湯気の向こうにあるその姿を凝視した。
それは、バスタオルを体に巻いた若い女性。
バスタオルの上から垣間見える、あふれ出さんばかりの豊満なバスト。胸の谷間がその大きさを強調している。
そしてバスタオルの下からは、すらりと色白な脚線美が伸びていた。
リーザは恥ずかしそうに、そしてどこか挑発的に、ピンクブロンドの合間から太郎を見つめている。
いったい自分の身に何が起きているのか。状況の把握に時間を要した。
やがて、全てを理解した彼の体は徐々に震え始め、その顔が火照ってゆく。
そして、立ち上がった状態で、全てをさらけ出している自分を自覚すると、慌てて湯の中へ身を隠した。
「すみません。いきなり入ってきてしまって。お背中をお流ししようと思いまして……」
「い、いい、いいよ!自分で流すから!」
「遠慮しなくてもいいんですよ。こういった仕事も、私のお給料の中に入っていますから。それに……」
言いながら、リーザは太郎の元へと歩み寄ってくる。
思わず太郎は、うろたえながら湯の中を後ずさった。
「ご主人様がいた異世界には、女性が男性のお背中を流して、ご奉仕をする風習があるとか」
───それは恐らく風俗です!
「な、何で君がそんな事を………!」
「昔の勇者様がこの世界に伝えたそうです」
───何てもんを伝達してんだよ!300年前の勇者!!
太郎の中で、先代勇者のイメージにひび割れが生じた。
リーザの勢いは止まらない。
浴槽にその肢体を浸からせると、ジリジリと太郎に向かい、にじり寄ってくる。
ほどなく太郎は浴槽のコーナーに追い詰められた。
浴槽に、肩を並べた一組の男女。
男の性か、太郎はその胸の谷間が気になって仕方ない。
さほど熱くもないのに、汗が止まらなかった。
「………あの、大丈夫だよ。自分で流すから……」
「私の事、お嫌いですか?」
太郎をのぞき込むようにして、リーザは言った。
顔が近い。その青い瞳に吸い込まれるような気がして、太郎は思わず視線をそらした。
悪い考えが頭をよぎる。据え膳食わぬは───頭の中に浮かぶその諺を、理性が必死にかき消していた。
「いや、嫌いじゃないけど………」
理性と欲望の狭間で、太郎の感情は右往左往する。
やがて、狼狽する太郎の手を、おもむろにリーザが掴んだ。
視線が合った。リーザは不敵な笑みをたたえつつ、その手をゆっくりと引き寄せた。
やがてその手は、彼女の胸へと押し当てられる。
「私は……いいんですよ」
それを聞き、太郎の体はピクリと震え、思わず手に力が入った。
柔らかい感触が、手のひらから瞬時に脳内へと伝達される。
「んっ………」
リーザは頬を上気させ、目を閉じてわずかな吐息をもらした。
それを見た瞬間、太郎の感情ゲージは、一瞬にして欲望側へと振り切れた。
……………。
目を閉じたまま、リーザは次のアクションを待つ。
だが、何も起こらない。
───何よ。ここまでしてあげてるのに、何もしないワケ!?
何となくプライドに傷が付いた。
しびれを切らした彼女は、薄目を開けて太郎をこっそり見る。
─────!?
そこには金色のオーラを放ちつつ、筋肉を隆起させ始めた太郎の姿。
「………な、なな、何これ!?」
掴んだ手首が、どんどん太くなってゆく。
同時に、その体は光を放ちながら、徐々に巨大化を始めていた。
「い、いやァァァァ───!!」
リーザは悲鳴を上げながら浴槽から飛び出ると、背後を振り返った。
太郎の巨大化は止まらない。その体は元の2倍程度にまでなっている。
それを見た瞬間、あまりのショックに意識は途切れ、彼女はその場に倒れ込んだ。
「ウオオオオォォォォ───!!」
ほどなく、雄叫びを上げた太郎は、風呂場の天井を突き破ったのであった。
◇◆◇◆◇
獣のような雄叫びと破壊音。
ルディアとエリィがその異変を感じ取るのに、そう時間はかからなかった。
風呂場へと駆けつけた二人がまず見たのは、浴室のタイル上に倒れ込んだリーザの姿。
タオルははだけ、もはや全裸の状態で気絶している。
「リーザ、どうしたの!?」と、エリィは彼女を抱え上げる。
リーザはわずかなうめき声を上げたが、その意識は戻ることがなかった。
そして、その先にある浴槽を見たルディアは、思わず顔を青くし、一歩後ずさった。
そこにはうつ伏せで、太郎がプカプカ浮いていた。
体の巨大化は収束し、そのサイズは元に戻っている。
そして、湯船のお湯は赤く染まっていた。恐らく天井を貫いた際、その頭頂部に傷を負ったのであろう。
これはただ事では無い。ともかく早く助けなければ、と思った。
ルディアは浴槽へと踏み込むと、太郎の体を抱えながら、外へと引き上げる。
「いったい、何があったのでしょう?」
「………わからないわ。でも、何者かの襲撃があったのかもしれない」
ルディアは太郎を抱えたまま、耳を澄まし、鋭い目で注意深く周囲をうかがった。
だが、不審者の気配は全く感じられない。
「………誰もいないようね」
「はい。でも………」
「どうしたの?」
ルディアの問いかけに、エリィは少し顔を赤らめ、つぶやくように答える。
「この二人は……どうして、一緒にお風呂に入っていたのでしょう?」
それを聞き、ルディアは怪訝そうな表情を浮かべ、眉をピクリと動かした。
そして、二人は同時に太郎を見る。
その股間にあるモノを見た瞬間、二人は顔を真っ青にした。
天井にある風穴のその先、満点の星空へと、二人の悲鳴が響き渡っていった。




