23、自由都市と騎士団
300年前の勇者の功績は、魔王を討ち滅ぼしただけでは無い。
彼は、元の世界における様々な文化や制度などを、この世界にもたらしていたのである。
中でも入浴習慣は、勇者がもたらした物のうち、現在この世界で最も普及しているものの一つであろう。
だが、彼がもたらしたのは、この世界にとって必ずしも有益なものばかりでは無かった。
後に争いの火種となるものも、もたらしていたのである。
それは平等思想であった。
魔王を倒した後、勇者はこの思想に傾倒し、奴隷解放や種の差別撤廃について語ることが多くなったという。
だが、その思想は時の権力者たちにとって、危険思想以外の何物でもなかったのだ。
ほどなく勇者は”魔法陣の中に消えていった”とあるが、これは恐らく元の世界へ強制送還されたのであろう。
勇者がこの世界を去ってしばらくの後、人類は戦乱の時代へと突入し、この思想はしばらく人々の頭から忘れ去られる。
しかし、ある時、その思想に目を付けた者たちが現れた。
争いに敗れ、権力を失った貴族たちである。
”王族支配からの解放”を旗印に掲げ、彼らは都市の民衆を扇動し、蜂起を呼びかけた。
皮肉なことに、勇者の掲げた平等思想は、時の没落貴族たちが権力を回復するための道具に利用されたのである。
それは、戦乱末期における”都市解放戦争”の幕開けであった。
「───こうして、戦乱の時代が終わる頃には、9つの都市が解放され独立自治を勝ち取ったのです。これらの都市は互いに同盟を結び、自由都市連合という………って、そこ!聞いてるんですか!?」
講師のチョークが飛び、太郎の額に直撃した。
半ば夢の世界にあった意識が、急速に現実へと引っ張られる。
太郎は無意識のうちに立ち上がり、寝ぼけ眼のまま叫んだ。
「すみません、北条先生!」
「………誰ですか、それは?」
そこは騎士団本部の一室であった。
黒板の脇には騎士団の制服を着た、20代後半と思しき女性が立つ。
金髪のスレンダー美人であるが、どこか冷たそうな雰囲気を持っていた。
そんな彼女の正面には、太郎とルディアが机を並べて座っている。
青を基調とし、背中には魔法陣からデザインされた紋章。そんな騎士団の制服を、二人は共に着込んでいた。
太郎とルディアは騎士団の一員として、都市に採用されることとなったのである。
現在受講しているのは、この世界の歴史、自由都市の成立についての授業であった。
都市への忠誠を誓わせる教育の一環として、この授業は新兵に義務付けられている。
「自由都市には基本的に王族は存在しません。まあ、他国から亡命してきた者たちがわずかに存在しますが、彼らには市民権は与えられていないのです。都市の指導者はあくまでも民衆の代表者であり、あなた方は、特定の血統ではなく、この都市自体に忠誠を誓ってもらうこととなるのです」
太郎はほおづえをつく素振りをしつつ、ほっぺたをつねった。眠気に抵抗するためである。
まさかファンタジー世界に来てまで、こんな歴史まがいの授業を聞くことになるとは……。
そんな不真面目な彼の脇で、ルディアは真剣に話を聞いていた。やがて手を上げて質問をする。
「平等思想が根底にある自由都市に、何故、貴族や奴隷が存在しているのですか?」
「奴隷制度は、刑罰に組み込まれたものであるからよ。罪を犯した者の人権に制限を加える。これは当然の事でしょう。300年前の勇者も、その辺の理解は足りなかったようね」
それを聞き、ルディアは少し不満げな表情を浮かべた。
───自分は別に罪を犯したわけではないのに。
南方の部族間の争いから、ルディアとアウランは奴隷として売られていたのであった。
まあ、奴隷にされた場所が自由都市では無いため、それ以上は何も言えない。
やがて遠くから、高く澄んだ鐘の音が聞こえた。それと同時に扉が開き、デュランが顔をのぞかせる。
彼は爽やかな笑顔で、頼まれてもいないのに、その講義の補足をした。
「貴族制度が残ってるのはね、自由都市を作った立役者が貴族階級だったからさ。自分たちが持っている権利を、みすみす手放すわけが無いだろう?」
「デュラン、あなた!」
「ははは、ごめんソニア。でも君の時間はもう終わりだよ。君たち、退屈じゃなかった?居眠りしたんじゃないの?」
「補足させてもらうわ。自由都市において、貴族と平民にはさほど違いはありません。平民であろうとも、都市の指導者にはなれますし………」
説明するソニアを無視するかのように、デュランは両手に持ったお盆を、太郎とルディアの机に置いた。
「はい、昼食だよ。ごめんソニア、教会の鐘が鳴ったし。彼らのスケジュールは午後も詰まっているから」
相変わらずの笑顔でそう言いつつ、デュランはソニアを見た。
ソニアは不満そうにデュランをにらむと、「では、これで終わりにします」とぶっきらぼうに言い、部屋を後にする。
目の前にある料理を見たルディアは「何これ……」とつぶやき、表情を固まらせた。
一方の太郎は、この世界にその料理がある驚きと、懐かしさから表情を固まらせる。
肉と野菜、それにチーズらしき物が挟まれたパン。焼かれた棒状のイモらしきもの。グラスに注がれた牛乳。
『ビッグハンバーガーセット、ポテトL、ドリンクはミルクで』てな感じであった。
「300年前の勇者が伝えた料理らしい。もしかして、タロー君は見覚えがあるんじゃないかな?」
「はい。あります。思いっきり……」
そう言いつつ、300年前の勇者は、日本人かアメリカ人であろうと、太郎は考えた。
◆◇◆◇◆
馬車の窓から見える景色が流れていた。
時折、その車体を揺らしながら、馬車は夕暮れの町中を進んで行く。
午後は騎士団の制度や、その礼法についてみっちり勉強させられた。
何もかもが新しいことばかりであった。この気分は、中学や高校の入学の時と似ている。
それは───、新しい世界への希望と不安。
それまでの宙ぶらりんな状態ではなく、騎士という職を得たこと。
それは、”魔王を倒す”などという、漠然として壮大な目標ではなく、もっと身近で明確な目標を得たような気持ちであった。
何というか、この世界で、自分は地に足を付けて立っている気分がする。
太郎は、自分が異世界に召喚され、その世界に存在しているのだということを、改めて実感していた。
それにしても、今日は疲れた。
やることなすこと、全てが慣れない事ばかりであった。
太郎は憔悴しきった顔で、作り笑顔を浮かべる。
その視線の先には、彼の疲労の一因が、爽やかな笑顔を浮かべて何かをしゃべっていた。
「───本当、新兵としては破格の待遇だね。市長が家を用意してくれるなんてさ。さすがは異世界から召喚された勇者っていうか、うらやましいよ、本当に。僕が新兵で採用された頃……もう10年も前の事だけどね。その時なんかは10人の相部屋に押し込まれてさぁ………」
本当によくしゃべる男だと思った。
目の前に居るのが動物でも、人形でも、この男は変わらずしゃべり続けるのではなかろうか。
そんなデュランに対し、もはやルディアは完全無視を決め込んでいた。無愛想な顔で窓の外を眺めている。
だが、太郎は相手をしなくては悪いような気がして、その言葉に返事をしたり相づちを打ったりしていた。
とはいえ、その話の内容はほとんど聞いてはいないし、返事も「はあ」とか「そうですか」と無難で曖昧なものばかりであったのだが。
やがて馬車は、市長が用意してくれた家へと到着する。
「じゃあ、明日の朝、また迎えが来るからね」
(お前は来なくていいぞ)
そう心の中で思ったが、もちろん口には出さない。笑顔で会釈をした。
そんな太郎の脇にいたルディアは、いつの間にか敬礼のポーズを取っている。
太郎は慌てて彼女にならい、胸元に拳を当てて敬礼をした。
馬車は土煙を上げながら、夕暮れの中を走り去ってゆく。
やっと解放された思いであった。太郎は深くため息をつくと、背後を振り返る。
そこに建っていたのは、豪邸とまではいかないが、そこそこ大きな一軒家であった。
「………すげえ。これが、俺の家?」
「元々は、市長の別荘みたいね」
そう言うルディアを横目で見る。
沈みゆく太陽の最後の光が、黒真珠のような瞳に輝きを与えていた。吹き抜ける涼やかな風が、黒絹の髪を揺らす。
闘技場で出会った頃に比べ、その顔には、はっきりとした生気が満ちているように思えた。
「どうしたの?入りましょう」
そう問いかけるルディアを見つつ、太郎はあることに気付いた。
………ということは、まさか、俺はここで彼女と二人暮らしをするワケか!?
それまで意識はしていなかったが、それを考えた途端、心臓の鼓動が速まってゆくのを感じた。
間違いが起きてしまうかもしれない。いや、こういうシチュエーションでは、必ず間違いが起きるハズだ!
無意識のうちに、その顔には笑みが浮かんでいた。
そんな彼に冷たい視線を送りつつ、ルディアはその扉を開く。
その瞬間、二人に対して黄色い歓声が飛んだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
目を丸くして固まる二人。
その視線の先には、メイドさんが二人、満面の笑顔で彼らを出迎えていた。
◇◆◇◆◇
どうやら市長が気を回し、二人のメイドを太郎の家に送ったらしい。
ピンクっぽい髪の、グラマーなメイドがリーザ。
濃紺の髪の、どこかおっとりした雰囲気のメイドがエリィ。
二人とも年齢は二十歳前後といったところであった。
自己紹介の後、太郎とルディアは各部屋を案内される。
ひとしきりの案内を終え、最後に案内された先は寝室であった。
「ここがお二人の寝室になります」
その言葉の違和感を感じるのに、そう時間はかからなかった。
「………二人の?」
ルディアはわずかに眉をひそめ、怪訝そうな表情を浮かべて言った。
寝室の中央には1つのベッドが置かれている。
だが、そのベッドに乗せられた枕は2つであった。
それを見た瞬間、照れか怒りか、ルディアの顔が真っ赤になる。
「な、な、何?これは、どういうこと!?」
うわずった声で叫ぶルディアに、エリィは自分たちの勘違いを察したようだった。慌てて弁明を始める。
「……あ、あの、お二人は恋人同士であると、市長様より聞いておりましたので………」
「ち、違います!絶対に違います!別々にして、今すぐ!」
そんなに否定しなくてもいいじゃないか、と太郎は思い、少し寂しげな顔でルディアを見た。
視線が合う。と同時にルディアは頬を上気させ、凄まじい目で太郎をにらんだ。
………どうやら顔を赤くしたのは、怒りの感情が原因であるようだ。
慌てて視線をそらしつつ、太郎はエリィにフォローを入れるべく口をはさむ。
「そ、そうだね。俺たちはまだ恋人じゃないし───」
「………まだ?」
そのフレーズが、さらに彼女の神経を逆なでした。
「か、勘違いしないで!確かにあなたは私の保護者かもしれない。兄さんがあなたに頼んだのなら仕方がないわ。でも、あなたは……私にとって、兄さんの仇に変わりないのよ!」
ルディアは両手を握りしめ、興奮した様子でまくし立てた。
その言葉は、太郎の心を貫く。
そうだ。自分との試合で、アウランは命を落としたのだ。
ルディアが自分を、兄の仇であると感じるのも無理はない。いや、むしろ当然のことなのかもしれない。
少し浮かれていた自分が恥ずかしく思えた。
そして、同時に悲しくもあった。
太郎はうつむき「すまない……」とつぶやく。
気まずい沈黙が流れた。
やがてルディアは、太郎の目の奥にある心情を読み取ったのか、ハッと我に返ったように表情を戻した。
そして目を伏せ、何かを言おうと口を開きかける。しかし、その言葉を口に出すことはなく、足早に部屋を去って行ったのであった。
エリィはあたふたと、太郎とルディアを交互に見やったが、やがて頭を下げて言う。
「………ご、ごめんなさい。すぐに別の寝室を用意しますので」
「いや、いいんだよ。勘違いなら仕方ないさ」
エリィは平身低頭していたが、一方のリーザは、全く物怖じしてなさげであった。
彼女は太郎の顔をのぞき込むようにして言う。
「へえ、お二人は恋人同士じゃなかったんですか」
「そ、そうだね。あの調子じゃ、今後もそうなることは無いかな」
苦笑いする太郎に対し、彼女は不適な笑みを浮かべ、再度「へぇ…」と意味深につぶやいた。




