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21、離別の決断

 その夜、ロージンの家はちょっとした騒ぎとなっていた。

 ロージンとアイシャは、朝から魔導評議会の会議へと出かけていたのだが……


 夕方、帰ると太郎が居ない。


 エストに聞くと、昼過ぎに、何も言わずどこかへ出掛けたそうである。

 だが、それにしても帰る時間が遅すぎた。


 口元に手を当てて、落ち着きなく部屋をグルグル回るロージン。

 アイシャも気が気では無かった。ふと窓を見ると、そこには不安げな自分の顔が映る。思わず彼女は首を振り、その先にある夜の闇を見直した。


 ───何事も無ければ良いのだけど……。


 太郎がその場所に帰ったのは、そんな中であった。


 ガチャリと扉が開かれると、一同の視線が、一斉にそこへと集まった。

 続いて、ひょっこりと現れる太郎の顔。恐る恐る部屋の中を見渡す。


 「タローさん!」

 エストはそう叫ぶと、駆け寄って彼に飛び付く。

 思わず彼女を抱きかかえると、そんな彼に矢継ぎ早に質問が飛んだ。


 「タロー殿、こんな時間まで一体どこへ行っていたんじゃ?」

 「そうですよ、今何時だと思ってるんですか?」


 それは、元の世界に居た頃の、お母さんに怒られている気分によく似ていた。

 懐かしさと、気恥ずかしさから、太郎は苦笑いを浮かべて返す。


 「いや~、今日は何か忙しくって。突発イベントが満載だったというか………」

 「何を言ってるんですか。意味がわかりません」


 アイシャの冷淡な言葉に、太郎の笑顔も固まる。


 「いや、しかし無事に帰ってきてくれて、良かった良かった」

 そう和やかに言ってくれたロージンへと、太郎は乾いた笑いを返した。


 背中にピリピリした視線を感じている。


 それは、ドアの外に連れてきた”彼女”の視線であった。

 言わなくてはならない。だが、何となく後ろめたさに似た思いがあって切り出しづらい。


 太郎はロージンの顔色をうかがい、言い出すタイミングをはかる。

 だが、その背後───ドアの外を見たエストがボソリとつぶやいた。


 「あれ、外に誰かいますよ?」


 まるで、それが合図だったかのように彼女───ルディアが姿を現した。

 彼女は少し恥ずかしそうに、ややうつむき加減でペコリと一礼する。


 その首筋に巻かれた首輪を見た瞬間、その場の雰囲気が凍り付いた。


   ◆◇◆◇◆


 「申し訳ないが、彼女を受け入れるわけにはいかぬ」


 それは、太郎にとって想定内の返答であった。

 だが、希望的観測をしていた太郎の落胆は大きい。


 「悪いが、騎士団に通報させていただく」


 その冷たい眼光に耐えられなくなった太郎は、思わずアイシャに視線を送った。

 自分が非難にさらされた時でも、彼女だけは自分を擁護してくれた。そんなわずかな希望にすがるような目。

 太郎の視線を受けたアイシャは、思わず目を伏せ、困惑の表情を浮かべる。


 アウランの最期に立ち会った彼女は、事情を十分に理解していた。

 太郎はアウランとの約束を果たそうとしているのだ。それはわかるし、立派なことだと思う。

 自分としても、できることなら彼に協力をしたい。しかし───、


 彼女は覚悟を決めたように口を開く。


 「………私もお爺さまと同意見です」


 逃亡奴隷をかくまう事は、この世界において重罪とされていた。

 ルディアの事情を知ってしまった以上、このまま彼女をかくまえば、この場に居る者すべてが同罪となってしまうだろう。引いては、魔導評議会へも迷惑がかかる。

 彼女は若輩者の小娘ではあったが、クラウ魔導評議会の幹部として、その立場を自覚していたのである。

 そもそも、ルディアをかくまったところで、そのまま隠し通せるとは思えなかった。


 場が重い雰囲気に包まれる。

 エストは、まるで自分が怒られているかのように、オドオドと周囲をうかがっていた。


 ───わかっていた。何となく、こうなるんじゃないかと、わかってはいた。


 太郎は、自分の心に、抑えようのない感情が湧き上がるのを感じる。


 それは怒りであった。


 この世界には、この世界のルールがある。そして彼らには、彼らの立場もある。

 自分の願いを受け入れる義務は、彼らには無い。これは自分の勝手な願い事だ。


 それが理解できているにもかかわらず、その怒りを抑えられない自分の心にも腹が立った。

 大人になったつもりでいたが、まだまだ自分は子供なのだろう。


 やがて、沈黙の中、ルディアがすっと立ち上がる。


 「もう、ここに居る必要は無いようね。私は行かせてもらう」

 「待てよ、どこに行くんだ!?」

 「ありがとう………あなたには、お世話になったわ。でも安心して。もう、死ぬなんて言わないから」


 それを聞いたアイシャとエストは顔を見合わせ、驚いた様子で「死ぬ!?」と叫んだ。

 そんな彼らに背を向けると、彼女は扉へと歩いて行く。


 「ちょ…」と、言葉を詰まらせ、太郎はその後を追った。

 だが、彼は扉の前で立ち止まると、後ろを振り返る。


 ボンゴレアの、あの話が頭に引っかかっていたのだ。

 視線の先───太郎をにらみつけるようにしたロージンへと問いかける。


 「ロージン、俺はいったい、何のためにこの世界へ召喚されたんだ?」


 脈絡の無い突然の問いに、ロージンの顔が一瞬固まった。

 だが、即座に回答する。


 「魔王を倒していただくためじゃ」


 ロージンの表情から、その思惑はうかがうことができなかった。

 彼には、もっと色々と聞きたいことがあったのだが、こうなっては仕方ない。


 自分が召喚された真相。それも、もはやどうでもいいような気がしてきた。

 ボンゴレアとロージン、どちらに聞いても、それぞれの主張があるだろうし、真実を語るとは限らない。


 ここからは、自分の意志で歩いて行こう───。


 太郎は再び彼に背を向けた。


 「すまないが、俺もここを出て行く」

 「………許さぬ」

 「確かに俺は、あんたたちに召喚された。だけど、俺はあんたらの所有物じゃ無い。これからは、自分の事は自分で決めさせてもらう」


 そう言うと、扉を開け、外へと歩み出す。


 「勇者様!」

 背後からアイシャの声が聞こえたが、そのまま扉を閉めた。


 その先には、闇へと消えかけるルディアの背中。

 太郎は彼女へと走り出す。


   ◇◆◇◆◇


 月夜の裏路地を、太郎はルディアと肩を並べて歩いていた。


 街中に騎士の姿は激減していた。

 しかし、その代わり、城壁に沿うように、びっしりと配備された騎士団を目撃してしまう。


 『女奴隷は風使いの魔導士と共に逃げている』


 そんな噂が騎士団の間には広まっていたのである。

 風の魔法を使い、城壁を越えられぬよう、騎士団の大半が城壁沿いに配備されていた。


 「どうする?外には出られそうに無いぞ」


 太郎が問いかけた。ルディアは無表情でその問いに返す。


 「後悔してるの?戻ってもいいのよ」

 「後悔なんかしてないさ」


 言葉のとおり、太郎は後悔など微塵もしていなかった。

 この世界で初めて、自分で決断をした。それに爽快感すら感じている。


 だが、状況は最悪とも言ってよかった。

 夜が明け、この首輪が白日にさらされてしまえば、そこでアウトだ。


 もはや選択の余地は無かった。

 太郎は都市の中央、そこにおぼろげにそびえ立った政庁を見やる。


 ───結局、俺は誰かの庇護を受けるしか無いわけか。


 無力な自分に、わずかな失望感を覚えたが、この選択が彼女にとって最良であるとの思いが、それを拭い去った。

 太郎はルディアの手を取り、先導しながら歩き出す。


 「………どこへ行くの?」

 「いいから来いよ。うまくすれば、その首輪を外してやれるかもしれない」

 「え………!?」


 ほどなく二人は政庁へと到着した。

 出入口には2名の騎士が、衛兵として立っていた。


 嫌がるルディアの手を強引に引き、太郎は二人の前に姿を現す。

 ルディアの首輪を見た衛兵たちの顔が、一瞬にして困惑に満ちた。


 「え、え、ええっ!?」

 「そ、その首輪……まさか、お前は!」


 同時に一人の衛兵が太郎に気付く。


 「そ、それに、あなたは………!」


 彼は昼間、太郎が政庁に入った時に居た衛兵であった。


 太郎の素性は知らされていなかったものの、騎士団長のワフーが連れて来て、市長が見送りをしたのだから、それなりに高い身分であろうと、彼は察していたのである。

 これは好都合とばかりに、太郎は彼に向け、少し威張り気味に言う。


 「市長はいるか?昼間の返事をしに来た」


 時間が時間であるため、市長が居る可能性は低い。

 だが、太郎は市長を呼び出してでも、何とか話をする覚悟でいたのである。

 下っ端の二人では判断がつきかねたのであろう。一人が政庁の中に駆け込んで行く。


 やがて、その中から出てきたのは、青い髪をした青年騎士であった。

 年は20代前半くらいか。爽やかな笑顔の好青年といった感じであった。


 「団長が城門の見回りに出ていましてね。代わりに僕が用件をお聞きします」


 そして太郎とルディア、両名を交互に見やる。


 「それにしても、勇者様と逃亡奴隷とは、随分と奇妙な組み合わせですね。あ、申し遅れましたが、僕はデュランと言います。あの試合、僕も見てましたよ。いや~とても良い試合でした。実は僕も剣の腕には多少の自信がありましてね。今度、是非お手合わせ願いたいものです」


 キラキラと、必要以上とも思える笑顔をふりまき、彼はその右手を差し出す。

 ペラペラと良くしゃべる奴だと思いつつも、太郎はその手を取り握手をした。


 「で、こんな時間に、市長様にどんなご用なんですか?」

 「直接会って話をしたい。市長はいないのか?」

 「おりますよ。何しろ、そちらの逃亡奴隷のせいで、都市に緊急配備がかかっていますから」


 一瞬、デュランは横目でルディアに鋭い視線を送った。

 それを敏感に察したルディアの体がピクリと動く。そして不快げな表情で、デュランをにらみ返した。


 「ですが、市長様はもうお休みになっておりまして……。どうでしょう、明日の昼間、出直していただくというのは」

 「じゃあ、彼女と一緒に帰っていいか?」

 「いえ、ダメです。彼女は引き渡してもらいますよ。でないと、僕たち帰れませんから」

 「彼女にも関係があることなんだ。今すぐ話をしたい」


 それを聞き、デュランは少し首をひねって、困ったような顔をした。


 「ですが、市長様って、寝ている最中に起こされると、すごく怒るんですよねぇ……。でも、逃亡奴隷が見つかったんだし、いいのかなぁ……」


 そして、ブツブツと何かをぼやきつつ、頭をかきながら政庁へと歩みを進める。

 しかし、すぐに立ち止まり、太郎へと振り返った。


 「やっぱり、僕、怒られちゃいますかね?」

 「知らねーよ!早く行け!!」


 太郎は思わず叫んだ。




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