表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/52

20、月夜の闘技場

 西へ沈みゆく太陽。

 まるで闇に溶けてゆくように、光と影の境界線はその曖昧さを増していた。

 付近は暗闇に包まれようとしている。


 おぼろげな闇の中に浮かぶ、折り重なるような男女のシルエット。

 太郎はルディアの体に馬乗りとなり、その両手を固く掴んで押さえ込む。


 あからさまな敵意むきだしの目が、太郎に向けられていた。

 その鋭い眼光で、ルディアは問いかける。


 「あなたは誰、騎士?」

 「───違う」

 「商会の追っ手?」

 「───違う」

 「じゃあ、あなたには関係ないでしょ。離して!」

 「ダメだ。バカな真似はやめるんだ」


 それを聞き、ルディアの両目が一段と険しさを増す。


 「あなたに何がわかるの?事情も知らないくせに!」と、叫びながらジタバタともがき始めた。

 それは少女のものとは思えない力強さである。太郎は困惑し、その手に力を込めながら思案する。


 どうすればいい?

 どんな言葉で、彼女を説得をすればいいのか?


 こんな修羅場とも呼べる場面に遭遇したのは、人生で初めてであった。

 半ばテンパった頭脳を駆使して、必死に説得する言葉を探してゆく。

 一方、抜け出せないことを悟ったのか、ルディアの体からは徐々に力が抜けていった。


 「………死なせて」


 やがて、ルディアはポツリと、そうつぶやいた。

 その目にあふれた涙が、ポロリと一筋頬を伝う。

 その言葉と表情に、太郎の心は痛んだ。 


 「……死なせて。この場所で死んだら、私はきっと兄さんと同じ場所に逝ける」


 なるほど。この場所に居た理由はそれか。

 そう、何となく納得したが、彼女の希望をかなえさせるワケにはいかなかった。

 それはきっと、アウランも望んでいないハズだ。


 「ダメだよ、あんたの兄さんは、そんな事を望んじゃいない!」


 彼女を鎮めようと発した言葉であったが、むしろそれは逆効果となった。

 ルディアは、目の前の少年───太郎が、アウランの対戦相手だったとは気付いていない。

 そんな見ず知らずの少年が、兄の気持ちを語ったことに、むしろ逆上してしまう。


 「ふざけるな!あなたに、私たち兄弟の何がわかる!」


 そう叫ぶと、突如として体をひねるようにし、脱出をはかる。

 その右手が、太郎の手から外れた。


 ───マズい!


 その手の先には、短刀が落ちていた。

 太郎は慌てて体を浮かし、先に短刀を奪取すべく手を伸ばす。


 だが、彼女は短刀に手を伸ばしはしなかった。

 それに先じて、自らの右足を、太郎の股間めがけて蹴り抜く。


 「…………………!!!」


 鈍い衝撃が体中に響き、言いようの無い激痛が、股間から脳天にかけて突き抜けていった。

 思わず、声にならない悲鳴が口からもれた。


 股間を押さえ、悶絶しながら地面を転がる太郎をよそに、ルディアは短刀を拾い上げると、闇に向かって駆け出した。

 彼女の足の速さは先ほど見せつけられた。このまま闇に溶け込まれれば、探すのは困難を極めるだろう。


 ───ダメだ。このまま行かせてはダメだ!


 太郎はその口から、絞り出すような叫び声を上げる。

 「………ま、待て!お、俺は、あんたの兄さんと、さ、最後に戦った勇者だァァ!!」


 太郎の視線の先、その遙か向こうで、ルディアの影がピタリと止まった。

 そして、ゆっくりと振り返る。続けて太郎に向かい、歩みを進めてきた。


 完全に没した太陽は、空における影響力を完全に失い、時刻は完全な夜となっていた。

 代わりに、雲の切れ間から月が顔をのぞかせ、その光が闘技場に差し込んでゆく。


 「お前が……兄さんを………」


 月光に照らされた彼女の表情を見た瞬間、太郎の背筋に冷たいモノが走った。

 それは、激情では無く、冷徹と呼ぶべき表情。その鋭い眼光からは、凍てつく刃のような感情が発せられている。


 それは、殺意と呼ぶべき感情であった───。


 ─────来る!


 太郎がそう感じた瞬間、その刀身をキラリと輝かせながらルディアは跳躍し、その喉笛めがけて短刀を振り抜く。

 その攻撃を紙一重でかわすと、今度は疾風のような回し蹴りが飛んだ。


 素人の動きでは無いことは、すぐにわかった。

 ルディアは右手に持った得物だけに頼ることなく、拳や蹴りを混じえて攻撃を仕掛けてくる。

 太郎に格闘技の知識は無いに等しいが、その実力は肌をもって感じ取ることができた。


 だが、アウランには遠く及ばないことも、ほどなく感じ取る。


 繰り出される短刀を、その腕ごと掴み、背後へと投げ飛ばす。

 ルディアは空中で、猫のように一回転し、その先の砂地へと着地した。


 アウランよりも勝っているものがあるとすれば、この軽い身のこなしだけであろう。


 倒すだけならば、すぐにできるような気がした。

 だが、できることなら傷つけることなく決着をつけたい。


 ───何とか、もう一度、組み伏すことはできないか?


 そう考える太郎の耳に、わずかな金属音が入ってくる。

 それは、鍵穴を回す音───続けてジャラジャラと、鎖が擦れる音が聞こえてきた。


 これは──まさか───!?


 嫌な予感が頭をかすめる。


 「おい、ちょっと─────うわっ!」

 ルディアにそれを知らせようとしたが、気付けばその短刀が目前に迫っていた。

 咄嗟に体をさばくが、若干反応が遅れる。ローブの胸元を横一文字に切り裂かれてしまった。


 「待てよ!あれを………!」

 連続攻撃を試みるルディアを手で制し、出入口ゲートを指さす。

 そこで彼女も、やっとその違和感を察しとったようであった。


 それは、ゲート前にあふれるように集った無数の松明の火。

 ガラガラとゲートが開かれると、その火は濁流のように闘技場へとなだれ込む。


 「おい!誰かいるぞ!」

 「やっぱりここだったのか!」

 「いや、でも2人いるぞ。もう一人は誰だ?」

 「おい、そこの2人、動くな!!」


 松明を持った騎士の数は、ざっと見ても50は下らないようである。

 そんな彼らを呆然と見やるルディアの手を、太郎は掴むと叫んだ。


 「おい、逃げるぞ!」


 その言葉が意外だったのであろう。ルディアは驚いたような顔で太郎を見る。

 そんな彼女を、半ば無理矢理に引っ張ると、太郎は騎士たちとは反対方向へと駆け出した。


 「お前は……私を捕まえに来たんじゃないのか?」

 「違う、俺はあんたを助けに来たんだ!」


 叫びつつ、観客席の金網へと飛び付き、下のルディアへと手を伸ばした。

 ルディアは一瞬ためらいを見せるが、背後から迫る騎士団を見ると、覚悟を決めたように跳躍し、太郎の手を取った。

 力まかせに彼女を引き上げる。そして金網を掴む彼女に「登れ!」と命じた。


 「おい、待て、待てぇぇ!」

 松明を投げ捨て、必死に金網へとジャンプする騎士団を尻目に、二人は観客席へと降り立つ。

 続けて観客席を駆け上がり、外壁上へと跳躍した太郎は、先ほどと同じ要領でルディアへと手を伸ばし、彼女をそこへと引き上げる。

 その頃には、観客席の出入口から、松明を持った騎士たちが現れ始め、彼らの方へと迫っていた。


 ならば、と外壁の外へ視線を送る。

 だが案の定、その下にも、うごめく無数の松明の火が見えた。


 「おい、この上にいるぞ!」

 「気を付けろ、飛び降りてくるかもしれん!」


 その様子を見たルディアの顔に、絶望の色が浮かぶ。


 「ダメだ……もう、逃げられない」

 そう、弱気な発言をしたルディアを横目に、太郎はその手を強く握りしめた。


 「大丈夫だ。必ず逃げられる!」

 そして、その手を強引に引き寄せると、彼女の体を抱き上げた。


 「え………ええっ!?」

 「跳ぶぞ。しっかり掴まってろよ!」


 突然の出来事に戸惑うルディア。

 太郎は前を見据えると、膝に屈伸をもたせ両脚に力を込めた。


 この場所では助走もできない。

 しかも体重は二人分。果たして思うように跳べるのか、着地に成功するかもわからない。


 だが、やらねばならなかった。

 いや、今の自分であれば、必ずできると確信していた。


 太郎は叫び声を上げながら、足場を強く蹴って跳躍する。


 ざわめく騎士たちの頭上───月夜の空を駆け抜けるように、太郎の影が過ぎ去っていった。


 流れる景色と、頬を撫でる風───。

 ────まるで、空を飛んでいるようだ、とルディアは感じた。


 やがて太郎は、騎士たちの遙か向こうへと着地する。

 続けて、二人は脱兎のごとく走り去っていった。


 それは、にわかには信じがたい光景であった。

 騎士たちは、しばらく呆然とその光景を眺めていたが、やがて我に返ると騒ぎ始める。

 

 「な、何だ、今のは!?」

 「生身の人間が、あんなに跳べるハズがない。きっと魔法だ!」

 「追え!とにかく追いかけるんだ!!」


 慌てて二人を追いかけるが、もはや後の祭りであった。

 駆け足の者は無論のこと、騎馬で追走した騎士たちですら、太郎に追いつくことはできなかったのである。


   ◇◆◇◆◇


 二人は騎士団の追跡を振り切り、小川のほとりへと来ていた。

 付近に民家は無い。太郎は木陰に身を隠すと周囲を見渡し、そして大きく息を吐いた。


 夜の闇の中で、川のせせらぎの音が、少し不気味に響いていた。

 だが、この場所であれば、話をしても周囲には聞こえづらいであろう。


 「………あの、いい加減、下ろして」

 わずかに顔をそむけ、どこか恥ずかしそうにルディアがつぶやいた。


 「あ、そうだな。ごめん」

 太郎は言われるがまま、彼女の体を地面へと下ろす。

 だが次の瞬間、鋭いパンチが顔面に飛んできた。本能的にそれを手で受け止める。


 「何故、私を助ける?」

 その率直な問いかけに、太郎は考えた。


 この辺で、全てを話しておくべきだろう。

 たとえ、信じてもらえないとしても。


 「俺は、あの試合の最後で、君の兄さん───アウランに頼まれたんだ。君には身寄りが無いから、俺に君の今後を託したい………とね」

 「…………ウソだ」

 「ウソじゃない。そうだ、そういえば、君は奴隷から解放されるんじゃなかったのか?何故、まだ首輪を………?」


 それを聞いた瞬間、ルディアの表情に動揺が走った。

 奴隷からの解放は、兄と自分しか知り得ぬ話ではないか。

 それを知っているということは、目の前の少年が言っていることは……事実なのか?


 だけど、信じたくは無い。

 よりによって、兄の仇が、自分の保護者になるなど!


 「ウソだ、ウソだ!兄さんが、そんな事を言うハズない!兄さんは……私が後を追うことを望んでいるはずだ!」


 その瞬間───、乾いた音が響く。


 太郎はルディアの頬を平手打ちしていた。

 思わず手を出てしまった事に後悔し、ハッと手を見る。


 ルディアは両目に涙をため、体を震わせながら太郎をにらんでいた。


 「それは君の願望じゃないか?アウランはそんな事を望んじゃいなかった!君に、この先も生きて欲しいと望んでいた!」


 それを聞いた瞬間、彼女の両目から涙がこぼれ落ちる。


 そうだ。この少年の言っていることは事実なのだ。

 兄が、自分の死を願うハズは無い。そんな事、始めからわかっていたのに。


 剣闘奴隷の宿舎で暮らした彼女には、よくわかっていた。

 たとえ言葉を交わさずとも、戦いを通じて友情が芽生えることがある。

 そして、たとえ親友であっても、剣闘試合の相手となれば、その命を奪わねばならぬ事を。


 ルディアは涙を流しながら、口に手を当て、低い嗚咽をもらす。

 そんな彼女に、太郎は低い声で告げた。


 「君に伝えなくちゃいけない。アウランの最後の言葉を……。彼は”約束を守れず、すまなかった”と言っていた……」


 それを聞いた瞬間、ルディアはその場に泣き崩れる。


 その低い嗚咽を、小川のせせらぎが少しずつ、かき消していった。


 太郎は月を見上げながら、この先について思案する。


 ───これから、どこへ行けば良いのか。


 だが彼にとっても、身寄りと呼べる場所は、ひとつしか無かったのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ