2、どうやらファンタジー
魔王出て 勇者召喚 それ俺かい!
ロージンと名乗る白ヒゲの老人から、俳句で言えてしまうほどチープな説明を受けた後、太郎は別室に通され、そこで泣きながら服を着替えていた。
窓から見えるのは、石畳の道路にレンガの家、往来する馬車や人の中にはリザードマンやら、耳の長いエルフやら、明らかにヒトで無いものが混じっている。
自分の身に起こった出来事は、現実と言わざるを得ないらしい。
絶望感に思わずめまいを覚え、重い足取りで扉を開ける。
そこは先ほど太郎が召喚された魔法陣のあるホールだった。
十人ほどの魔導士を従え、先頭に立つロージンが言った。
「ヌケサク様、どうか魔王を倒してくだされ」
「お断りします!元の世界に帰してください!」
これ以上ないほど、はっきり言ってやった。
異世界召喚とかいうネタは、マンガやラノベで非常になじみ深い話ではある。
しかし、それが実際に自分の身に起こるとなると話は別だ。
そもそも勝手に呼び出して、いきなり魔王を倒せとか、横暴じゃね?
だが魔導士たちは、すぐさま空気読めよ的な雰囲気をかもし出す。
「勇者のくせに」とか、「クズ野郎」とか、「くそもらし」とかつぶやく声が聞こえた。
とりあえず「くそもらし」と言った奴の顔は覚え、『死なない程度に殺すリスト』に加えることとした。
そんな太郎の答えを予測していたのか、ロージンは落ち着いた様子で言う。
「しかし、あなたは魔法陣に選ばれた勇者なのです!」
厨二病男子が、いかにもグラリときそうなセリフであった。
そして、厨二病をこじらせている太郎は、その言葉にハートを射抜かれた。
『いける』と感じたロージンが、すかさず追い打ちをかける。
「あなたは異世界の人間です。何かこの世界には無い特殊能力を持っているかもしれません!」
さらに拳を握りしめ、ツバを飛ばしながら熱弁した。
「元の世界に帰るのはいつでもできます。その前に、自分の力を試してみたいと思いませんか?」
確かに、地味でひ弱な少年がスーパーマンとなって大活躍するというのは、もはや異世界召喚モノとしては王道的お約束ストーリーだ。
自分もそうかもしれない。…そうだといいな。いや、そうに違いない!
何より『いつでも帰れる』というロージンの言葉が、太郎に決心させた。
「お願いします」
気付くと太郎はロージンの両手を固く握り、お互いに熱い眼差しで見つめ合っていた。
どこからとなく拍手がわき上がり、瞬く間に周囲は拍手の渦に包まれた。
「ありがとう。ありがとう、ヌケサク様!」と、感涙しながら叫ぶロージン。
ここで、ひとつ誤解を解いておく必要があった。
「すみません。ヌケサクとは世をしのぶ仮の名前、俺の本当の名前は田中太郎といいます!」
「ええっ!?」
叫び声を上げたのは、かたわらに立っていたナイスアドバイスな少女であった。
「すみません!てっきり私、本当の名前だと思って…」
そして一枚の紙を取り出し言った。
「さっき役場で、ヌケサク様の住民票、作ってきちゃいました!」
「ちょっと待てぃ!!」
奪い取って見てみると…
・氏名 ヌケサク・タナカ
・性別 男
・職業 勇者
・転入年月日 今日
・転入前住所 異世界
・今年の目標 脱糞しましたが魔王を倒すべく頑張ります☆
太郎は無表情のまま、住民票をビリビリっと破る。
「ああっ!何てことを!!」
「何てことをじゃねぇ!つーかタナカ合ってるし!何で知ってるの!?」
「あの名前は長すぎて入力すると弾かれるんです!タナカは…インスピレーションで」
こやつ、エスパー少女か?いや、ファンタジー世界だし、そういう能力があっても不思議じゃない。
しかし…この娘、よく見るとかわいいな。
フードを下ろした彼女の顔があらわになっている。
肩まで伸びた栗色の髪をフワフワと揺らし、ぱっちりとした、まつげの長い大きな瞳でこちらを見つめている。
恐らく16歳くらい…太郎と同年代だろう。
いや、そんな所を見ている場合ではない。
「とにかく名前はちゃんと田中太郎に直してくれ。それから…」
太郎はそっと耳打ちしてささやく。
(目標の所に…脱糞とか書かないでくれよ…恥ずかしいだろ。)
少女はパチンとウインクし、オッケーサインを出した。
そして「まかせて下さい」と言い放つと、駆け足で外に出て行った。
~~10分後~~
息を切らして彼女が帰って来る。
そして得意げに、太郎の前に住民票をバシっと出して言った。
「今度こそバッチリですよ!」
・氏名 ヌケサク・タナカ・タロウ
・性別 男
・職業 勇者
・転入年月日 今日
・転入前住所 異世界
・今年の目標 くそもらしですが、魔王を倒します☆
太郎は無表情のまま、ポケットのライターで、その紙に火をつけた。
燃え上がる住民票。
「あちっ、あちちちっ!」
少女はあわてて紙を放り投げる。そして涙目で訴えた。
「何するんですか!」
「お前…ケンカ売ってんのか?」
太郎のあまりの迫力に、「ひいっ」と頭を抱え込む少女。そんな太郎の肩にガシっと手がかけられた。
振り向くとロージンが、眉間にシワを寄せ、シリアスな顔で立っていた。
そして、重々しく口をひらき、言う。
「もう…ヌケサクで、いんじゃね?」
太郎の右ストレートが、ロージンの顔面にめり込んだ。