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18、逃亡奴隷

 神聖ミラ王国という国家がある。


 300年前、魔王が世界を席巻した当時、この王国は地方の小国に過ぎなかった。

 だが、異世界より勇者が召喚され、その仲間に、この国の姫が加わった事が状況を一変させる。


 魔王を倒した後、勇者はこの姫と恋仲となり、その子供を身ごもった。

 勇者は王位に就くことはなく、魔法陣の中に消えていったと伝承にはある。

 だが、その王位は”勇者の子供”へと受け継がれていったのである。


 その後、戦乱の時代においては、”勇者の国”というステータスを生かし、着実に領土を拡大、大陸に一大国家を築くこととなった。


 そして現在───、


 西方に出現した新生魔王軍は、大小の国家を7つ滅ぼし、一大勢力を築き上げる。

 各国は連合して、新生魔王軍に対抗することとなるが、その旗頭として連合軍を束ねたのが、”勇者の国”である神聖ミラ王国であった。


 300年の間に、人類の魔法技術は飛躍的に進歩していた。

 連合軍はかつてのように、魔王軍の蹂躙を許してはいない。


 戦線は膠着状態にあった───。


   ◇◆◇◆◇


 「───現在、西方の戦線で連合軍をまとめているのが、神聖ミラ王国の第一王子なのだよ」


 ボンゴレアの説明を受け、太郎はおおむねの世界情勢を理解した。

 つまり現在、”勇者”として、その王子様が連合軍をまとめていると。

 新たな勇者の存在は、連合軍にとって、その結束を乱す不安要素にしかならないということだ。


 ───ならば、俺はいったい………どうして召喚されたんだ!?

 ───本当に魔導評議会の名誉のため、それだけのために召喚されたのか?


 「魔導士とはな、束縛を嫌う、自己中心的な人種なのだ。都市としても悩みの種でな。放っておけば何をしでかすかわからぬ。私としても、何とかして都市の監視下に置きたいと尽力しているのだがね………」


 この男が言っていることも、真実とは限らない。だが、もしも真実であるのなら───。

 胃の奥から、消化しきれない感情のようなモノがこみ上げてくるのを感じた。


 「で、今の話を聞いてどうかな?もう一度お頼みしたい。私の力になってくれんかね?」


 そこで、太郎はふと疑問を覚える。


 「だが、今の話だと、俺───第二の勇者は、この世界の厄介者だということだろう?そんな奴を都市の役職に就けていいのか?」

 「君はまだ、この都市の事をよく知らないようだね。クラウは国家に所属していない、自由都市連合のひとつ、独立した自治都市なのだ。無論、連合国を刺激するような真似はしない。あくまでも都市の一員として、都市のために働いてもらう事とするよ」


 ───なるほど。


 世界は新たな勇者を求めてはいない。しかし、都市として──いや、この市長にとって自分は価値のある存在であると。

 おおかた、都市における己の権力保持のため、自分を利用したいといったところか。


 「どうだろう、君が私の部下となれば、市長として──まあ何だ、君に色々と便宜を図ることもできる。君が望むなら、元の世界に帰る方法も探してあげようじゃないか。これ以上、魔導評議会に居る必要もないだろう」


 つまり、寝返りを誘っているのだと理解した。

 だが、この場で即断するのは危険であろう。


 「………少し、考えさせて下さい」そう、太郎は返答すると、政庁を後にする。

 ボンゴレアが食い下がることは無かった。「よく考えてくれたまえ」と笑顔で言うと、太郎を見送る。


 政庁を出る頃には、太陽が西に傾きかけていた。


   ◆◇◆◇◆


 徐々に赤らむ夕陽を背に、太郎は路地を歩いていた。

 ボンゴレアは馬車を出すと言ってくれたが、それは丁重に断った。

 あまりこの場で、彼に借りを作りたくは無かったのだ。


 心の中がモヤモヤしていた。

 そういえば、自分が召喚された理由など、深く考えた事が無かった。

 今思えば”魔王を倒す”というシンプルな理由を信じ込んでいた自分が恥ずかしい。


 この世界は、全然シンプルでは無かったのに。


 などと、考え事をしながら歩いていたせいか、太郎はほどなく自分が道に迷ったことに気付く。


 街中に、民衆の姿はまばらとなっていた。

 代わりに、松明を持って歩き回る騎士団の姿が、やけに目立って見える。


 やがて、ひとりの騎士が、こちらに近付いて来た。


 「おい貴様、フードを取れ」


 また職務質問か───と思いつつ、太郎はフードを上げて顔を見せる。

 騎士はその顔を見ると落胆した表情をあらわにし、舌打ちをした。


 「ちっ、男かよ」


 不思議そうな顔で、戸惑う太郎に向け、騎士は言う。


 「ファンゴー剣闘商会から、女奴隷が逃げ出したそうだ。見かけたら知らせろ」


 それを聞き、太郎の脳裏に、あの首輪の少女の姿が浮かんだ。

 立ち去ろうとする騎士の肩を掴み、問いかける。


 「ちょっと待ってくれ、その女奴隷ってのは………!?」

 「何だ貴様、心当たりがあるのか?名前はルディア、年は17で、小麦色の肌をしているそうだが」

 「………いや、知らない奴だ」

 「そうか、剣闘商会から報奨金も出ているそうだ。似ている奴がいたら知らせろよ」


 間違いない───アウランの妹だ。


 太郎は走り出した。


   ◇◆◇◆◇


 太陽は沈みかけ、都市のメイン通りには、街灯の明かりがともり始めていた。

 だが、元の世界に比べ、設置されている街灯の数は、圧倒的に少ないようだ。

 メイン通りを少しでも離れると、そこは圧倒的な闇の支配地となる。


 この世界の夜の闇は、元の世界よりも色濃いようであった。


 騎士団の松明が慌ただしくチラチラと輝き、あちこちで動き回ってるのが見える。

 報奨金がかかっているせいか、騎士団も本気で探しているようだ。太郎はあれから5回、職務質問を受けている。


 太郎は焦っていた。


 騎士団よりも早く、ルディアを探し出さねばならない。

 だが、いったいどこを探せばいいのだろう?

 加えて、この辺りの地理も不案内だ。


 太陽が完全に没しれば、さらに付近はその景観を変えることだろう。

 闇に包まれる前に、付近の建物がまだ見えるうちに、何とか探し出したかった。


 気が付けば、あの闘技場の前に太郎は立っていた。

 入り口に数人の騎士の姿が見える。太郎はそそくさと、木陰に身を隠した。


 ひとりの騎士が、その扉をガチャガチャやりながらつぶやく。

 「何だよ。鍵がかかってやがる」

 「もしかしたら、ここに隠れてるんじゃないかと思ったんだがなぁ……」

 「だが、この高い壁を越えて中に入れるか?女だぞ。男だって無理だ」


 騎士たちは、しばらくその壁を見上げながら沈黙したが、やがてリーダーっぽい男が結論を出す。

 「無理だな。近くを探そう」と、太郎とは反対側に向かい、歩みを進めて行った。


 騎士たちの姿が見えなくなった頃を見計らい、太郎はその扉へと駆け寄った。

 扉には大きな鎖が何重にも巻かれ、巨大な南京錠がかけられている。

 さらにそびえ立つ壁は、10メートルはあるように見えた。


 恐らくはタダ見の防止策なのだろう。壁面に足をかけられるような凹凸は無い。

 この状態では、とても中に入ることは不可能であるかのように思えた。


 だが───、


 扉にはまった鉄格子の先を太郎は眺める。

 闘技場内部の通路は、すでに完全な暗闇に包まれていた。

 そこを通り抜けてきた冷風が、太郎の頬をくすぐり、その髪を揺らす。


 何かを感じる。この先に、何かが、いる。


 それは推測ではあったが、何故か確信に近いモノに感じた。


 太郎は壁から距離を取り、体中に力をみなぎらせる。

 そして、駆け出すと、両足に力を込めて跳躍した。


 太郎の影が、まるで忍者のように素早く、そして大きく跳んだ。

 何とか、壁の上にへばり付くことに成功する。


 (おお、俺ってスゲー!)


 初めて自分の意志で、マナを操った瞬間であった。

 その達成感に思わず気が抜けたのか、危うく滑り落ちそうになってしまう。

 太郎は慌てて壁にしがみ付くと、上へとよじ登った。


 長く伸びる影は幾何学模様を形どり、その中央には円形の闘技場が浮かび上がっている。

 前日の出来事であるのに、何故か郷愁を感じた。あそこは、自分とアウランが戦った、あの場所だ。

 そして、その闘技場の片隅に、ポツリと人影がひとつ、立っていることに気が付いた。


 距離があるせいで、それが誰かはわからない。

 だが、太郎は”間違いない”と直感していた。


 闘技場内部の形状は、すりばち状である。

 すなわち、太郎の下にある観客席までは、さほど距離はない。

 太郎は音を立てぬよう、慎重にそこへと着地する。

 そして忍び足で、闘技場と観客席とを隔てる金網まで移動した。


 人影をじっくり観察する。

 髪型はショートカットであるため、男女の判別は難しい。

 だが、体のラインを見ると、それはやはり若い女性であるように見えた。

 何より、その首には、マフラーのような布を巻き付けている。


 アウランの妹に間違いない。

 あの布は、首輪を隠すために巻いているのだろう。


 太郎は思案する。どうするべきか?

 金網に手をかけてみた。”ギシッ”という、きしむ感触が手より伝わる。

 さすがにこれを登ったら、音がもれてしまうだろう。


 付近は静寂に包まれている。


 やがて、視線の先にある少女は、首に巻かれた布をスルスルッと抜き取った。

 斜陽の光を浴び、冷たい首輪がキラリと光を放つ。


 そして、腰に付けた短刀を抜き取ると、それを両手に持ち、自分の首へと───


 「───何やってんだよ!」


 考えるよりも早く、太郎は叫んでいた。

 それと同時に金網をよじ登り、その頂点へと立つ。


 突然の怒号に、少女の人影はしばらく固まった。

 だが、我に返ったのか、反対方向へと逃走を始める。


 速い。短距離の陸上選手を彷彿とさせるスピードであった。

 だが、闘技場へと降り立った太郎は、それを遙かに凌駕するスピードで、砂を蹴りながら少女へと迫る。 


 ほどなく太郎は、少女の影をとらえ、彼女へと組み付いた。

 柔らかい胸と、華奢な体、その感触はまさしく女性のそれであった。


 そして、二人は砂煙を巻き上げながら転倒する。


 転倒はしたものの、少女はあきらめてはいなかった。どうにか太郎の手からすり抜けようと試みる。

 太郎は”そうはさせまい”と、彼女を組み伏せ、その体に馬乗りとなった。


 「おい、バカな真似は───おわッ!」

 叫ぶと同時に、少女の持つ短刀の刃先が、凄まじいスピードで、太郎の頬をかすめていった。

 慌ててその手を掴むと、力を入れてひねり上げる。その顔には苦痛の表情が浮かび、手から短刀がポロリと落ちる。


 太郎は少女の顔をにらんだ。

 少女も、その大きな黒い瞳で、こちらをにらみ付けている。

 その瞳の奥に、攻撃的な強い意志が宿っているのを感じた。


 その顔を見た太郎は確信する。


 ───間違いない。


 あの時の首輪の少女、アウランの妹───ルディアだ。



 

 

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