17、疑心暗鬼
剣闘試合の翌日、クラウではその戦いに関する様々な噂が流れていた。
会場に来たのは一部の富裕層と関係者のみであったし、彼らには会場を出る際に箝口令をしいている。
だが、人の口に戸は立てられなかった。その噂は、尾ひれ羽ひれを付けながら、瞬く間に巷へと伝わっていったのである。
「聞いたか。勇者が狂戦士を倒したそうじゃ」
「うむ。ワシも聞いたぞ。勇者は肉体強化系のマナ使いとな」
「ああ、脱糞しながら巨大化するそうじゃ」
「ここだけの話じゃが、名前は”ヌケサク”というらしい」
………どんな勇者だよ。まあ、あながちウソでは無いけど。
太郎はそんな噂を耳にしつつ、こっそりと町を歩いていた。
とりあえず、市民が抱く勇者のイメージは、体が大きくマッチョな戦士らしい。
片や太郎は、顔も体もいたって平均的である。普通に町を歩いても、人混みに簡単にとけ込んでしまうだろう。
それは、学校で空気的存在であり続けた太郎の、一種の特殊技能といっても良かった。
だが、いつ会場に居た者と、鉢合わせするとも限らない。
太郎はそれを警戒し、ケイメンに借りたローブを身に着け、フードを目深にかぶって歩いている。
太郎は、ファンゴー剣闘商会に立ち寄った帰りであった。
ファンゴー剣闘商会は、クラウにある剣闘商会の中でも最大のものであり、アウランの所属していた組織である。
太郎はアウランとの約束を果たすべく、ルディアという少女の身柄を引き受けに行ったのであるが……
『確かにうちにはルディアという女奴隷がいるが、奴隷から解放されるとは聞いてないね』
対応した中年の男に、そう拒否されてしまった。
最後には、不審者扱いを受けるような形で、追い出されてしまう。
やっぱり、自分の身分───アウランの対戦相手であったことを明かし、もう少し食い下がれば良かったか。
だが町に出て、自分が市民の話題となっていることを知った。噂の勇者だと、騒ぎ立てられるのは勘弁願いたい。
そもそも、巷のイメージと自分の容姿はかけ離れているため、信じてもらえるかどうかも疑問だ。
(やっぱり、ロージンかケイメンと一緒に来れば良かったのかなぁ……)
そう考えたが、本日、ロージンを始めとする魔導評議会の面々は、多忙であるらしかった。
エストは……あまり頼りになりそうに無い。あまり外見で判断するのは良くないが。
”とにかく、夜にでもロージンに相談してみよう”と、太郎は帰路を急いでいた。
実は、太郎はこういった約束事が嫌いな人間であった。
何となく、自分の未来が拘束されてしまうような気がするからである。
今までであれば、簡単な約束はともかく、面倒なものは適当な理由をつけて断ったり、適当にさばいていたりしていた。
だが、アウランとの約束は違う。
アウランとの出会いは、一生からすれば、ほんのわずかな時間であることだろう。
だが、あの生死を賭けた戦いは、何と濃密な時間であったことか。
特に、彼が自分に対して言った”勇敢な戦士”という言葉は忘れられない。
他人に認められるという事が、これほど心地よいものだという事を、彼は教えてくれた。
あの戦いを通じて、太郎はアウランを親友のように感じていたし、最後に、彼が生命をかけて伝えたあの約束は、絶対に反故にするわけにはいかないと決心していた。
太郎は歩みを進める。
やがて彼は、街中のとある雰囲気を感じ取った。
(………何か物々しい雰囲気だなぁ)
往来する人々の中に、やたらと騎士団の姿が目についた。
青を基調とし、背中に魔法陣っぽい紋章が付いた制服を着ている。
騎士だからといって、四六時中、甲冑を着込んでいるワケでは無い。平常時はこの制服でいるのが常であった。
恐らく騎士の姿が多いのは、エストがもたらした魔王軍襲来の情報のせいだろう。
だが、騎士団の面々には、緊張感の欠片も無かった。
───ゴスッ!
鈍い音が響く。
あくびをしていた若い騎士を、中年の騎士が殴り飛ばした音だった。
「貴様、警備を何と心得ておるのかッ!」
「す、すみません。団長!」
若い騎士は即座に立ち上がり、胸元に手を当て、敬礼のポーズを取る。
周囲に緊張感が走った。それまで無駄話をしていた騎士たちは一瞬で沈黙し、そそくさとその場から立ち去り始める。
中年の騎士は、彼に背を向けると、不機嫌そうな顔で歩き始めた。
口髭をたくわえ、頬に傷のある騎士だった。4人の従者を連れており、胸元には金色のバッジが光っている。
それはクラウ騎士団長のワフーであった。
(団長とか呼ばれていたし、きっと偉い身分の騎士なんだろうな)
太郎がそう思った瞬間、ワフーと目が合う。
慌てて視線をそらすが、何となく自分がロックオンされたことを、太郎は感じていた。
こちらに向かい、騎士たちの足音が近付いて来る。
(ヤバイ、不審に思われたか………?)
元の世界にいた頃、パトカーに止められて職務質問を受けた事が思い起こされた。
書店でエロ本を購入し、ダッシュで自転車を走らせていたのを、不審に思われたのだ。
あの時は自転車を調べられて、それで終わったが……今度は………?
「おい、そこのお前」と、太郎に向けてワフーの声が飛ぶ。
太郎は気付かぬ素振りで、足を早めた。
「お前だ。待て!」
その足音が駆け足に変わった。
そして、太郎の肩に手がかけられる。
(……そうだ、俺は何も悪い事してない。普通にしてればいいんだ。普通に!)
「……な、なな、何でしょうか?」
思いっきりオドオドしながら振り返る。その仕草は明らかに不審者だ。
視線の先には、ムスッと異様な威圧感をたたえたワフーの顔があった。
ワフーはしばらく太郎の顔を見つめると、小声で問いかける。
「ふむ。間違いない……ヌケサク殿………ですな?」
「ハァ?」
何を言っているのかわからなかった。太郎は口をポカンと開けて固まる。
そんな彼にワフーはもう一度、小声で聞き返した。
「ヌケサク殿であろう?」
「いえ……、俺は田中太郎と言いまして………」
「いや、そんなハズは無い。評議会が召喚した、勇者の……」
「ああ、確かにそうですが、俺の名前は田中太郎と……」
「それはおかしいな。住民票ではヌケサクとなっていたと思ったが」
それを聞いた瞬間、太郎の脳裏に、舌をペロリと出して自分の頭を小突く、アイシャの顔が浮かんだ。
(………あのヤロー、住民票、変えてなかったな!)
頭を抱える太郎に向かい、ワフーは言った。
「政庁まで、ご同行願えますかな?」
◆◇◆◇◆
都市の中央にある政庁、それは一見すると城である。
それは、かつてこの地を豪族が治めていた名残であった。
太郎はワフーらとともに政庁へと入る。そして市長の執務室へと通された。
赤い絨毯が敷かれ、高価そうな調度品が並ぶ、豪華な部屋であった。
太郎を見たボンゴレアは、満面の笑みをたたえ、両手を広げて彼を出迎える。
「ようこそ、異世界から来た勇者殿!」
太郎は無愛想に「どうも」と答えた。
こいつは、あの試合でVIP席から自分たちを見下ろし、アウランにとどめを刺すよう命じた男だ。
信用できない。太郎は不信感を目にたたえ、ボンゴレアを見やる。
”ずいぶんと警戒されているようだ”と、ボンゴレアは思った。
試合が終わった当初、ボンゴレアは今後の方針について頭を悩ませた。
太郎が惨敗したのなら、それを魔導評議会を糾弾する材料にするつもりであった。
逆に太郎が勝ったのならば、彼を政庁に取り込むつもりであった。
だが、太郎は勝ちに等しい状態にありながら、自ら負けを宣言してしまったのである。
しかも、その中途半端な結末は、招待した来賓にも受けが悪かった。
まあいい。この勇者の実力は、来賓たちにも見せつけることができた。
政庁に取り込んでおいて損は無いだろう。異世界の勇者という肩書きも、何かと役に立ちそうだ。
ボンゴレアは、太郎に対し、イスに座るよう促す。
そして本題へと入った。
「勇者殿、この都市の力になってくれぬかな?」
「力……?具体的に何をすれば?」
「君に、都市の役職を授けたい。共にこの都市を良くしていこうではないか」
しかし、太郎は委員会や係といった面倒な仕事が大嫌いな人間であった。
小学校時代、軽く引き受けた生物係のせいで、酷い目にあったトラウマもある。
「お断りします」と、即答した。
だが、その答えは想定内といった感じで、ボンゴレアは舌を回転させ続ける。
「だが、君はもはやこの都市の市民だ。そして勇者として特別な力を持っている。せっかくの力を、無為にしてしまうのはどうなのかね?都市に奉仕するのが当然だとは思わないかね?」
「思いません」
この即答には、ボンゴレアも一瞬ひるむ。
「では、君はこの世界で、何をしたいのだ?」
その言葉を聞いた瞬間、太郎の思考が停止した。
そうだ。自分は望んでこの世界に来たワケじゃ無い。
強制的に呼び出され、その後は流れに乗せられて特訓したり、闘技場で戦ったりしてきたが、これは自分が望んだ事じゃ無い。
その心の動揺を、ボンゴレアは鋭く察した。
それは、彼の政治家としての勘が、太郎の心の鍵穴を探り当てた瞬間でもあった。
「魔導評議会に恩義があるのかね?」
太郎は沈黙したまま答えない。
冷静に考えると、恩義など全く無いように思えた。
勝手に呼び出され、一度は役立たずと蔑まれ、奴隷にされそうになった事もあった。
「実を言うとな、彼ら───魔導評議会の連中が、君を召喚したのは、実績を作りたいがためなのだよ」
「………実績?」
「300年前と同じく、異世界から勇者を召喚したとなれば、それはクラウ魔導評議会にとって絶大な実績となる。その功績は、他の都市の魔導評議会を圧倒できるものだろう」
言いながら、ボンゴレアは太郎の顔を冷静に観察していた。
太郎はややうつむいた状態で、両手を強く握りしめている。
その顔は心なしか青白い。
「あと、これはあまり言いたくは無いのだがな───」
ボンゴレアは、やや芝居がかった様子で眉間を押さえ、ためを作る。
太郎は顔を上げ、ボンゴレアを見た。
「───君は、彼らにとって実験体に過ぎぬのだ。君が死ねば、彼らは新しい勇者召喚を始めるだろう」
「─────!!」
それは、信じたくは無い言葉であった。しかし───、
───今回は魔法陣の間違い……
───52回目でやっと出てきた勇者……
それを裏付けるような言葉を、太郎はあのホールで聞いている。
ロージン、ケイメン、アイシャ………友情に似た感情を抱き始めていた面々が、頭の中でぐるぐる回っていた。
そしてボンゴレアは、とどめとばかりに言い放つ。
「そもそも、今のこの世界は、異世界の勇者をあまり必要としてはいないのだよ」




