16、悲しい決着
戦いは、剣闘から拳闘へと、その様相を変化させていた。
動け、動け───と念じる度に、太郎の中にあるマナのエンジンが回転数を上げてゆく。
今やそのスピードは、アウランを凌駕していた。
アウランから繰り出される拳を、プロボクサー顔負けのスピードで回避する。
きっとアウランの目には、太郎の残像が映っていることだろう。
そしてカウンターでボディにパンチを入れる。
ズシリという重い感触、完全に入ったという手応え。
だが、アウランは何も感じてはいないかのように、太郎におおいかぶさるようにして、その体を捕まえようとする。
だが太郎は、アウランの脇の下からスルリと体を抜き、そのまま離脱をした。
(何て硬さだ───!)
実際に体が硬化しているのか、または反応が無いせいで体が硬く思えるのか、どちらかはわからない。
とりあえず、アウランはどんな攻撃を受けても、全く何の反応も無かった。
(やはり殺さなければ……こいつは止まらないのか!?)
そんな太郎に、観客席からケイメンの声が飛ぶ。
「タロー!剣を拾え、剣を!」
その声を聞き、会場に落ちる2本の剣が視界に入った。
自分とアウランが投げ捨てたものである。
剣を拾えば、圧倒的に有利になれる事はわかっている。
剣であれば、あの体を切り裂くことも可能だろう。
─────だが!
自分は、見てしまった。あの首輪の少女を。
驕りかもしれないが、何とか、こいつを殺すことなく勝負のカタをつけたい。
ケイメンの言葉を拒否するように、太郎はファイティングポーズを取った。
「バカだ。あいつはバカだ!」ケイメンは叫ぶと、苛立たしげに腰を下ろした。
「でも、タローさん、カッコイイです…」隣りのエストがボソリとつぶやく。
”騎士道精神”という言葉は、この世界にも存在する。だが、この場にそんなモノを持ち込むべきじゃない。
ましてや、相手はすでに”狂戦士”という、いわば禁じ手をすでに使っているのだから。
ケイメンは舌打ちをし、戦いを続ける太郎を見つめていた。
◇◆◇◆◇
アウランの拳を回避し、カウンターで顔面にパンチを入れる。だが、やはり何も感じてはいないようであった。
ギロリと真っ赤な瞳がこちらを向き、太郎を捕まえようと手が伸びる。
それをバックステップでかわすと、距離をとって相手を見据えた。
アウランはフシューッと重い息を吐くと、こちらへ向かい、歩みを進めてくる。
カウンターを入れたのは、もう何回目か?
ダメージの蓄積か、または流血のせいか、あるいは自分のスピードが上がったせいか。
理由は定かではないが、アウランの動きは少し緩慢になったようにも思える。
だが、今のままでは、勝負を決める決定的な一打が入らない。
───どうすればいい?
太郎は、アウランを見ながら考えた。
そして、こちらに向かい、歩みを進める両足が、ふと目に入る。
───両足か!
足を封じてしまえば、実質的に戦闘不能となるはずだ。
そうすれば、相手を殺すことなく、勝利を得られるのではないか?
太郎は即座に行動した。走り出すと、アウランの直前で、足に組み付こうと上体を屈ませる。
しかし、焦りが先走ったのか、その動作を起こすのが少し早すぎた。
アウランの戦闘本能がそれを察知し、すかさず太郎に向けて蹴りが放たれる。
─────!!
肩口から腹部にかけ、アウランの丸太のような蹴りが直撃をした。
体の中で響くのは、ミシミシッ…という、何かがきしむ音。
そして、太郎の体は、上空へと蹴り上げられた。
アウラン、観客席、そして空…
目まぐるしく回る視界が、やけにスローに映った。
そしてそのまま、真っ青な空を見上げながら地面へと激突する。
まるで糸の切れた操り人形のように、太郎は地面を数回転がり、うつ伏せに倒れ込む。
アイシャを含む観客女性の悲鳴が、会場に響いた。
体中を走り抜ける、ビリビリと痺れるような感覚と激痛。
やっぱり剣で戦えば良かったか───という後悔
このまま殺されてしまうのだろうか───という恐怖
だが、あの兄弟が助かるのなら、これで良いのかも───というあきらめ
うつろな瞳に、そんな考えがめぐる。
今ごろ、あいつは自分を殺しに来ているのだろう───と、砂に突っ伏す顔を、わずかに上げる。
しかし、その視界に映ったのは、自分と同じく、うつ伏せに倒れたアウランの姿であった。
─────何!?
震える腕を何とか使い、体を起こす。
アウランの体の下には血だまりができ、それは徐々に広がりを見せていた。
だが、腕がわずかに動き、その手が砂を掴もうとしている。死んではいないようであった。
時間をかけ、ゆっくりと起き上がろうとする。
体がズシリと重く、激痛が体幹を貫いた。体内のマナの循環が止まってしまっているのか。
何度か膝をつき、よろめきつつも、太郎は何とか立ち上がることができた。
観客から大きな歓声が上がる。と同時に、どこからか”殺せ”コールが湧き上がり始めた。
(何を言ってるんだ、こいつらは!?)
太郎はその無慈悲な歓声に怒りを覚えた。
アウランは地面からわずかに顔を上げ、荒い息でうめきながら、太郎を恨めしそうににらんでいる。
その顔は青白く、狂戦士の呪縛からは解放されたようであり、目の色は元に戻っていた。
苦しそうに、何とか這いずって太郎の方へ進もうとしていたが、その手は砂をかくのみで前へ進めていない。
太郎は思わずVIP席を見上げた。
太った男───市長がこちらを見下ろしている。太郎は叫んだ。
「おい、俺の勝ちを宣告してくれ!こいつはもう、戦闘不能だ!!」
だが、ボンゴレアは口元に笑みを浮かべつつ、無情な答えを返す。
「だがな、その男には、まだ戦闘意欲があるようだ。この状態では君の勝ちを宣告できぬ。とどめを刺すが良い」
躊躇する太郎に、観客は不満を持ち始めていた。殺せコールに混じって罵声が飛び始める。
(何なんだよ、こいつらは!)
ここは異世界、自分の育ってきた世界とは、文化も風習も違うのはわかっている。
きっと人の命も、自分の居た世界に比べると、軽いものなのだろう。過去の地球がそうであったように。
だが───自分には、受け入れられない!
そして太郎の頭に考えがひらめいた。
そうだ、始めからこうすれば良かったんだ!
ボンゴレアを見上げ、手を上げながら叫んだ。
「まいった!」
一瞬、観客が静まり返る。
ボンゴレアも口を開け、”ハァ?”といった顔で固まった。
「まいった!俺の負けだ!」
その言葉が響いた瞬間、凄まじいブーイングが会場に渦巻いた。
罵声や怒声に混じって、石や酒ビンなど、様々な物が会場に投げ込まれ始める。
太郎はそれらを無視し、アイシャの名前を叫んだ。
アイシャは全てを理解したようにうなずくと、ぎこちない仕草で金網をよじ登り始める。
ケイメンは、やれやれといった表情で立ち上がると、アイシャを脇に抱え、風をまとって飛び上がった。
そして、太郎の脇に着地する。
「どんだけ甘っちょろい世界から来たんだ?お前は!」
そう憎まれ口を叩いたが、太郎たちに物が当たらぬよう、手を振って周囲に風の結界を張る。
太郎はそんなケイメンに対し、わずかな笑みを浮かべると、アウランの上体を抱え上げる。
そして、アイシャに一言、「頼む」と告げた。
アイシャは、アウランのあまりに酷い状態に顔を青ざめさせるが、すぐにヒーリングを開始する。
アウランの体が、淡い光に包まれた。
アウランは虚ろな両目で太郎を見据え、かすれるような声で問う。
「我が名はアウラン・ウェアトレク。貴様の名前が聞きたい………」
「太郎だ。タロウ・タナカ。」
「そうか、タローよ………何故、とどめを刺さぬ?」
「俺にもわからない。ただ、あんたを殺せば、俺も後悔すると思った。あんたを助けたのも、負けを宣言したのも、俺の自己満足のためだ。あんたは気にすること無い」
アウランの口元に、わずかではあるが笑みが浮かんだ。
「やはり……お前は、剣闘士としては下の部類だな」
「ありがとよ。もう、しゃべるな」
「いや、お前に伝えておかねばならぬ事がある……、タロー、勇敢な戦士よ……」
その言葉に、太郎の表情がピクリと動いた。
会話の間にも、アウランの体からは血がとめどなく流れ出ている。
それは太郎の両腕を伝い、地面へとポタリ、ポタリと流れ落ちていった。
同時に、その体からは悲しいほど急速に、体温が失われつつあることを、太郎は感じ取る。
いつの間にか、観客席は空となり、付近は静寂に包まれていた。
やがて、わずかな嗚咽が漏れ始める。アイシャの両目から、大粒の涙がこぼれていた。
「どうした?」と、ケイメンが屈みながら尋ねる。
アイシャは、しぼり出すような声で「何でもない」と首を振りながら答えた。
アウランの体を蝕む呪縛が、ヒーリングを拒絶していた。
回復できない。このままでは死んでしまう───だが、それを口に出し、アウランに聞かせることは絶対にできなかった。
アイシャは頬に涙を伝わせながらも、必死にヒーリングの出力を上げる。
アウランは震える手をゆっくりと動かし、太郎の腕を掴むと、その顔をのぞき込んで言った。
痛みを覚えるほど力強いその手に、太郎は彼の意志を感じ取る。
「妹を………、ルディアを頼む。ルディアは、もうすぐ奴隷から解放されるだろう………しかし、この地には、ルディには身寄りが無い………」
「わかった。約束する!だから……アウラン、あんたも………!」
「伝えておいてくれ。約束を守れず、すまなかった………と」
そう言うとアウランは、全てを成し遂げたかのような微笑みを浮かべ、天を仰いだ。
青く、どこまでも続くこの空は、きっと我らの故郷にも続いている。
約束があった。二人で解放されたら、故郷に帰って両親の墓を作るのだと。
10年───何とも長い時間をかけてしまったものだ。
ルディアは……兄である自分が言うのも何だが、美しい娘に成長した。
そうだ。奴隷から解放されたら、やつに似合う服を買ってやろう。
もう年頃なのだから、似合いの男も探してやらねばならぬ。
どうせなら、強く、誠実な男が良い。
光を失いつつあるアウランの目に、泣きながら何かを叫ぶ太郎の顔が映った。
───そうだ、こういう、男が良い……。
ピュゥゥゥ───という風の音が、空のどこからか響いてきた。
そして次の瞬間、一陣の風が、砂を舞い上げつつ会場を走り抜ける。
天より舞い降りたその風は、アウランの魂を、永遠に空へと連れ去ってしまった。
ゆっくりと太郎が目を開けると、そこには眠るようにうなだれたアウランの姿。
ずっしりと力の無い、彼の体の重みに、太郎は全てを察しとる。
太郎は、彼の名前を叫んだ。




