15、狂戦士の呪縛
ジャンル変更:コメディー→ファンタジー
ケイメンと戦った、あの時と同じ感覚だった。
体中に力と自信がみなぎっていくのを感じる。
力が自信を呼び起こすのか。あるいはその逆なのか。
───とりあえず、今は負ける気がしない!
だが、アウランへと駆けだした太郎の足が止まる。
マナによって向上した鋭敏な感覚が、太郎に危険を知らせていた。
アウランは目を閉じていた。
やがて、その体から、何か禍々しいモノが発せられ始める。
同時にアウランの体は小刻みに震え始め、その筋肉が隆起を始めた。
───これは自分と同じ能力なのか──いや、
体から発せられるマナは、例えるならば”オーラ”といえよう。
しかし、目の前のそれは、真っ黒な”くすぶる煙”のようなモノだった。
やがて煙が止み、隆起がおさまる。
その体は、さらに一回り大きくなっており、顔と体には無数の血管が浮き出ていた。
そして、開かれたその両眼は、怒りと憎悪を象徴するかのように、真っ赤に変色している。
「ウァアア───────!!」
アウランは凶悪な形相で、獣の咆哮とも呼べる雄叫びを上げた。
「狂戦士!」ロージンとエストが同時に叫ぶ。
アイシャとケイメンは思わず息を呑み、互いの顔を見合わせた。
◆◇◆◇◆
300年前、魔王が勇者に討たれてしばらく後、人間の国家同士が争う戦乱の時代があった。
その当時、開発された魔法が”狂戦士”の魔法である。
これをかけられた者は、痛みを感じることの無い殺戮兵器と化す。
その戦闘本能と身体能力が最大限に引き出される反面、理性を失ってしまうため、制御は全くできない。
殺戮対象は敵味方を問わず、動いている生命体すべて。
戦乱の時代の終焉とともに、この魔法は禁呪とされ、使うことは許されなくなった。
しかし、ほどなく重大な事実が明るみに出る。狂戦士の魔法は、隔世で遺伝することが判明したのだ。
現在、狂戦士は『呪い』や『病気』のカテゴリに分類されている。
狂戦士の発症者は、社会からの隔離を余儀なくされた。最悪、その場で処刑されても合法とされる。
富裕層の発症者の中には、隔離をされ魔法医の治療を受ける者もいるが、完全にこの病が癒えることは無いとされていた。
◇◆◇◆◇
会場はどよめきの渦に包まれていた。
”狂戦士”という言葉に恐れをなし、帰宅を始める観客もちらほら見え始めた。
だが、その戦いを興味本位で観戦しようという者たちが大多数である。
「ほう、出たぞ。どのような戦いをするか、見物ではないか」
ボンゴレアは、握りしめた両手をわずかに震えさせ、立ち上がりながら、顔に笑みを浮かべて言った。
ワフーも心の震えが抑えられない。狂戦士がどのような戦いをするのか、非常に興味がある。
狂戦士が禁呪に指定され百年以上が経過し、もはやその姿を見ることは稀となった。
だが、どこからとなく風評は伝わってくる。
寒村の若者が発症し、村の者全員を殺戮したとか。
異国の軍隊に発症者が出て、戦闘で敵味方を残らず殺戮したとか。
もはや、それらは都市伝説に近いものであったが、ここに狂戦士が存在する以上、それら話のいくつかは真実なのかもしれない。
見下ろすと、そこには太郎めがけて襲いかかるアウランの姿があった。
◆◇◆◇◆
速く、鋭く、そして重い一撃が振り下ろされた。
受けた盾には亀裂が走り、その衝撃は、盾から全身の骨へと響いてゆく。
とてもじゃないが、何回も受けきれる剣圧ではない。
狂戦士化前のアウランは、どちらかというと技巧派の剣士であった。
しかし、そのスタイルは今や、完全なパワーファイターへと変貌してしまっている。
その姿はまさに”理性を失った猛獣”と呼ぶのがふさわしい。
だが、攻撃を回避するうち、太郎はあることに気付いた。
理性と同時に知性も失っているのか。あの厄介だったフェイント攻撃が無くなっている。
攻撃は単調で直線的、それはあのゴーレムの攻撃にも似ていた。
だが、そのスピードとパワーは驚異的である。
横殴りの斬撃が太郎を襲う。思わず盾で受けると、凄まじい衝撃とともに、太郎の体がふわりと浮いた。
盾の亀裂が広がり、その半分がボロリと落ちる。だが、アウランの剣も、刃こぼれを起こしボロボロになっていた。
盾はもはや役に立たない。
砕けた盾の破片が、アウランの額を傷つけていた。
だがアウランは動じない。額をぱっくりと割り、流血しながらも太郎に迫る。
「ガァアア─────!!」
雄叫びを上げながら振るわれる剣をかわしてゆく。
ほどなく、太郎は壁際へと、再び追い詰められていた。
いや、今度は”追い詰められた”わけでは無い。
剣撃をかがみ込んでかわすと、空を切った剣が壁に当たる。
高い衝撃音とともに壁に亀裂が入り、もはや限界だったアウランの剣が2つに折れて飛ぶ。
───よし!
1本の剣を封じることができた。
続けて、かがみ込んだまま、太郎は足を狙って剣を振った。
アウランは背後へと大きく跳躍し、それをかわす。
再び二人の間合いが離れた。
───あいつの体──!
アウランとの接近の際、太郎は見た。
彼の体にある、浮き出た血管の所々から、血が流れているのを。
自分が覚醒した翌日、凄まじい筋肉痛に襲われたように、あの力も体に多大な負担をかけるのではないか。
あの流血は、その体が崩壊を始めているようにも見える。
長期戦に持ち込むべきか?
いや、そう上手くはいかないだろう。
とりあえず、もう1本の剣を封じてしまうのが先決だ!
太郎はそのまま壁を背に、アウランを誘った。
アウランは何も考えていないかのように、1本の剣を両手で握り、太郎に迫り来る。
だが、その瞬間、太郎の頭上から叫び声が上がった。
「兄さん!もうやめて!」
悲痛な女性の声───。
思わず見上げると、そこには鉄製の首輪をつけた少女が、悲しげな面持ちで金網を握りしめているのが見えた。
それを聞いた瞬間、アウランの真紅の目に、理性の波紋が広がる。
剣を落とすと、両手で頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
「………ジャ、ジャマヲ……スルナ!」
「もういい、もういいから!今度は私が働いて、兄さんを必ず買い戻す!約束するから!」
───そんな事は望んでいない!
少女の声が、アウランの心に再び理性を呼び起こす。呪縛と理性とが、脳内で葛藤を始めた。
割れるような頭痛に、アウランは叫び声を上げながら、頭をかきむしる。
「元の兄さんに戻って!このままでは…兄さんの体が……!」
チラチラと歪むアウランの視界に、少女の首にはめられた冷たい首輪が入った。
外さねばならない。あれは、たとえこの身が朽ち果てようとも、外さなければいけない。
そしてアウランの脳裏に、それまでの過去がぐるぐる回った。
◇◆◇◆◇
10年前、自分は妹とともに奴隷商に売られた。幼い妹に、奴隷の首輪がはめられた瞬間を、自分は絶対に忘れない。
その後、自分は剣闘士に身を落とし、闘技場で戦うようになった。目的は妹を買い戻し、奴隷から解放させるため。
だが、もうすぐ妹を解放できるという時、事件は起こった。
同僚の剣闘士たちに乱暴されかけている妹を、目撃してしまったのだ。
あの時、わき上がる怒りの感情に、理性が飛んだ。
気付いた時、目の前にあったのは、惨殺された3人の剣闘士と、自分に泣きすがる妹の姿。
そして自分の身にかけられた忌々しい呪縛の存在を知る。
それは、剣闘士──いや、人間としての致命的な欠陥の露呈であった。
それまで稼いだ金が1人分。
自分と妹が身売りされる金で2人分。
3人の剣闘士の命は、それで精算されることとなった。
冗談じゃない。あの三下剣闘士たちの命が、自分や妹と等価だと?
しかし、妹と離ればなれにしないという条件を提示されては、それに従うしかなかった。
狂戦士の呪縛の存在は隠蔽されたまま、自分たちはこの地に売られて来た。
だが、どこから漏れたのであろう。この呪縛の存在が。
自分はもう、闘技場に立つことはできない。これが最後の試合となるだろう。
『この試合に勝てば、君の妹の身だけは、解放してあげようじゃないか…』
主がしてくれた、あの約束だけが、せめてもの救いだ。
だから───どんな手を使っても、勝たねばならない!
◆◇◆◇◆
アウランは、ちらつく両眼で、少女の首輪をギリリと見据える。
───思い出せ、あの首輪がかけられた日を!
───呪え、自分たちの身に降りかかった運命を!
そして、その体からは再び、くすぶる漆黒の煙が噴出する。
体は震え、浮き出た血管の所々から血が吹き出る。
「やめて!これ以上は、本当に死んじゃう!」
金網を揺さぶりながら、少女は涙ながらに訴える。
だが、突如として背後から現れた二人組の男に、彼女は羽交い締めにされ、金網から引き離された。
「コラ、何をしている!試合に水をさすな!」
「離して……このままじゃ、兄さんが……うぐっ!」
それを見た瞬間、アウランの目の色が変わった。
雄叫びを上げながら跳躍し、金網へと飛びつく。そして、力まかせに金網を引きちぎり、少女へと手を伸ばした。
だが、すんでの所で届かない。
男たちは少女を羽交い締めにしたまま、「ひいっ!」と小さな悲鳴を上げて尻餅をついた。
アウランは雄叫びを上げながら、再び金網を引きちぎり始める。
近くにいた観客たちはパニックに陥っていた。各々悲鳴を上げつつ、蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。
警備していた騎士団の面々も、近付くのをためらっているようだった。
太郎はそんな様子を、呆然と見守っていたが、やがて我に返って考えた。
とりあえず、あの兄弟には何やら特別な事情があるようだ。
自分には良くわからないが…、今の状況は、奴にとっても良くないだろう。
太郎は持っていた剣を放り投げる。
そして跳躍すると、アウランの脇にある金網へと飛びついた。
その真っ赤な目がこちらに向く。それと同時に、彼の脇腹を蹴り飛ばした。
「───グッ!」
アウランはうめき声を上げると、そのまま闘技場へと落下した。
背中を路面に強く打ち付ける。通常であれば息が詰まるような強打である。
だが、すぐさま立ち上がった。まるで痛みを感じていないように。
太郎はそれを見ると、アウランと少し距離を置いた場所へ着地した。
「来いよ、お前の相手は、この俺だ!」
観客のどよめきを背に、太郎はボクサーのようなファイティングポーズをとると、アウランに向けて挑発的な手招きをして告げた。




