14、剣闘士アウラン
観客席の一角にあるVIPルームから、ボンゴレアは様子を見ていた。
幅広で余裕のあるイスに、でっぷりと太った体をかけ、片手にはワイングラスを持っている。
その脇には騎士団長のワフーが立っていた。都市の行政と軍事のトップがこの部屋にいる形である。
「あれが勇者か…、案外普通であるな」
ゲートからぎこちなく歩き出す太郎を、上から眺める。
顔までプレートでおおわれている兜のせいで、顔は見えない。
格好からして戦士なのだろうが、それにしては線が細すぎるとボンゴレアは感じた。
「はい。あの程度の者であれば、騎士団に腐るほどおります。やはり報告のとおり、軟弱者なのでありましょう」
「だが、クロエの所で戦士として覚醒したとも聞くぞ」
「はあ…、確かにそうですが」
答えながらワフーは太郎を見やる。明らかに緊張している様子であった。
まるで初陣の騎士のように見える。もしかしたら、実戦経験も無いのではなかろうか?
「で、対戦相手は?」
「ええ、仰せの通り、それなりの者を用意いたしました」
「ふむ…」とうなずき、ボンゴレアはグラスの酒を飲み干す。
(勝敗はどちらでも良いのだ。どちらでも…)
そう考える目線の先では、もうひとつのゲートがゆっくりと開き始めていた。
◆◇◆◇◆
太郎の正面にあるゲートから姿を現したのは、いかにも屈強そうな剣闘士であった。
年齢は20代後半といったところか。黒色の短髪に精悍な顔付き。身長は太郎よりも頭ひとつ高く、体も二回りは大きい。
上半身は裸であり、その肌は浅黒い。両手に剣を携え、その首には鉄製の首輪がはめられていた。
それを見て太郎は”この剣士は奴隷であるのだ”と理解した。
ロージンから聞いたことがある。首輪と刺青は奴隷の印であると。
首輪の奴隷は自由を勝ち取った時、その首輪を外し自由民になることが許される。
しかし、刺青の奴隷は、自由民になることは許されない。生涯奴隷であるのだと。
この奴隷に刺青は無い。すなわち自由民になれる可能性があるのだ。
剣闘士は立ち止まり、吟味するような視線を太郎に送る。
太郎も舐められまいと、ギッと眼力を入れて彼を見据えた。
VIP席のボンゴレアが進み出て、大きく右手を上げる。
と、同時に響きわたる銅鑼の音は、戦闘開始の合図であった。
両者、同時に身構え、左回りに円を描きつつ、ジリジリとその距離を縮めてゆく。
緊張のせいか、呼吸が乱れているのを感じた。
ドクリ、ドクリという心臓の鼓動が、全身に響きわたっている。
最初に仕掛けたのは剣闘士である。
大きく踏み込んで2本の剣を繰り出した。
速い剣撃であったが、太郎は剣と盾を駆使して何とか受けきった。これはゴーレムとの訓練のたまものだろう。
会場がヒートアップした。太郎は大きく飛び退き、再び距離を取る。
「ふむ、やるではないか」とボンゴレアはつぶやいた。
剣闘試合はよく観戦に来ている。目は肥えているつもりだ。
しかし、太郎の対戦相手は見たことがない。
「あの奴隷は何者かな?この地域の剣闘士ではあるまい」
「剣闘商会から聞きましたところ、最近購入した奴隷であるそうです。名前はアウラン、元は某国の王子だったそうですが、国が滅び奴隷に身を落としたとか。南方では人気のある剣闘士だったそうですな」
”某国の王子”という部分は、何とも眉唾な話だと思った。
剣闘士としての人気を出すために、みずから”キャラ付け”をする者は沢山いる。
某国の王子しかり、竜殺しや千人殺し、勇者の末裔や魔王の化身を名乗る者までいる。
そしてキャラ付けは、そのほとんどがウソだ。
見たところルックスも良いし、南方にいた頃は、さぞかし貴婦人のファンがいたことであろう。
まあ、そんな事はどうでも良い。とりあえず、この場では勇者の実力を試す実験体となってくれれば良い。
「デビュー前にここで戦わせ、ファンを付けようというところか」
「いえ、購入後、欠陥が発覚したらしく、剣闘士としては使えないようであります。」
「ほう、どのような欠陥なのだ?」
「それは…」と、ワフーがボンゴレアに耳打ちをする。
それを聞き、ボンゴレアは数回うなずくと笑いながら言った。
「それは…、むしろこの場では面白いかもしれんな」
そんな二人の眼下では、太郎が壁際に追い詰められていた。
かなり苦戦していた。スピードはケイメンのゴーレムのほうが速かったように思える。しかし相手は人間、ゴーレムという操り人形には無い動きをしてくる。
特に、時折繰り出されるフェイントには、かなり苦しめられており、体のあちこちにかすり傷ができていた。
壁を背に、剣を構える太郎。そんな彼に向かい剣闘士が間合いを詰めてゆく。
「悪いが、死んでもらおうか」と、アウランは2本の剣をゆっくり振り上げた。
目の前には、肩で息をしつつも必死の形相で剣を構える太郎の姿。
(この少年、奴隷でもないのに、何故ここで戦わされているのか…)
アウランは理由を知らされていなかった。
とりあえず、身体能力は中の上、悪くはない。
だが、実戦経験が少ないのだろう。それが致命的だ。
(剣闘士としては下の部類だな)
アウランは太郎を、そう分析していた。
(だが、こやつはまだ若い。時間をかけて育てれば、良い剣闘士になれたかもしれぬ)
そう考え、次に太郎が奴隷でないことに気付き、余計な事を考えたと自嘲した。
そして剣が繰り出される。
その剣撃は縦横無尽、不特定多数の曲線が太郎を襲う。
一撃、二撃、三撃……
その連撃が数を経るごとに、太郎の余裕は無くなってゆく。
もう何撃目だろうか、迫り来る剣撃を、太郎は紙一重で受け流す。
だが同時に、太郎の首を狙った横殴りの斬撃が迫っていた。
(───間に合わない!)
思わず太郎が首をすくめると、その一撃は兜へと直撃する。
兜が大きく吹っ飛び、太郎の視界に星が飛んだ。そしてそのまま背後へ倒れ込む。
視界は二重にぼやけていた。体もいう事をきかない。だが、このままだとやられてしまう!
太郎はとっさに手に触れる感触───砂をアウランへと投げつけた。
「───ぐッ!」と、アウランの声。
次の瞬間、太郎はヨタヨタと、壁ではない方向へと駆けだした。
ある程度の距離を取り、背後を振り返る。
そこには顔を振りながら、目をこするアウランの姿があった。
会場には大ブーイングが渦巻く。
剣闘には、その試合ごとに決められたルールがある。
武器の使用を禁じた拳闘や、魔法の使用を禁ずるもの、あるいは魔法しか使ってはならないものなど様々だ。
今回の試合では”観客席に被害を与えなければ、何をしても良い”と言われている。
すなわち、砂で目潰しをしても反則では無い。
反則では無いと思いつつも、自分の行為への背徳感から、思わず攻撃をためらってしまう。
考えているうちに、アウランの視界は戻りつつあるように見えた。
太郎は、あの連撃をもう一度受ける自信が無かった。
どうする?もう一度やるか───と、足下の砂を見る。
その瞬間、観客の罵声を切り裂き、ケイメンの声が飛んだ。
「おい!何やってんだ、ちゃんと戦え!」
見上げると、ケイメンが金網をつかんでこちらに叫んでいる。
「勇者様、しっかり!ケイメンと戦った時のことを思い出して!」
「タローさん、全然マナが使えてませんよ!マナを使えば勝てない相手じゃありません!」
その脇にはアイシャとエストの姿もあった。
(マナが使えていない…?)
防戦一方で、全然考える暇がなかった。どうりで体が動かないはずだ。
いや、待てよ…。てことは、今まで自分はマナを使わず、自分の身体能力で戦っていたということか。
そう思い、わずかではあるがテンションが上がる。
「おい!タロー!聞いてんのか!?」
今まで聞こえていなかった声が、やけにすんなり耳に入る。そして気付いた。
(あいつ、初めて俺を名前で呼びやがった…!)
その時、太郎は自分の中にある大きな歯車が、ゆっくりと動き出すのを感じていた。
◇◆◇◆◇
───油断をした。あのまま、とどめを刺せるものと慢心した。
砂の目潰しなど、珍しい手では無い。今まで何度くらった事か。
この戦いでも、それは十分に考えられた事だ。
相手が相手であれば、今ごろ自分の命は無い。
実戦からしばらく離れていたせいで、勘が鈍ってしまっていたのか。気を引き締めねばならぬ。
しかし、あの少年、まだまだ甘い。いや、経験が無いのか。
何故、目潰しの後、すぐさま攻撃してこなかったのだろう?
あそこが、彼にとっての、唯一の勝機であったハズなのに。
まあいい。ここからは容赦せん───!
アウランは太郎に向かって駆けだした。そして再び連撃を繰り出す。
剣でさばき、盾で受け、ステップでかわす。
次の一撃を剣で弾くと、太郎は前へと踏み込んだ。
そして、振り下ろされる剣より速く、相手のふところへと入る。
同時にアウランの顔を、盾で殴打した。
鈍い音が響く。
アウランは後方に倒れ、そのまま後転するとともに、両手で大地を蹴って大きく跳躍した。
だが、着地と同時にガクリと片膝をつく。
鼻と口からは、おびただしい血が流れていた。
会場が一瞬にして静まり返る。
(まぐれだ──、まぐれに決まっている!)
アウランはゆらりと立ち上がり、剣を構えた。今度はそこへ太郎が迫る。
剣撃の応酬。アウランが”自分が押されている”と感じるまで、そう時間はかからなかった。
太郎の鋭い斬撃を、アウランは2本の剣をクロスさせて受ける。
つばぜり合いとなり、お互いの顔が近接した。
「貴様…、今まで手を抜いていたのか…?」
太郎は答えない。言ったところで理解には時間がかかるだろう。
アウランは苛立たしげに続ける。
「死んでくれ。俺は、勝って自由を勝ち取らねばならぬのだ!」
そんな事のために、自分が殺されてたまるか───と思った瞬間、太郎の顔が苦痛に歪んだ。
アウランは、太郎の足を勢いよく踏みつけていた。この辺の小技には、アウランに一日の長がある。
アウランは1本の剣を、つばぜり合いから外し、太郎の脇腹を狙う。
そうはさせまいと、太郎は左手でアウランにボディブローを入れた。
「───ぐッ!」と、アウランの顔が苦痛に歪む。
続いて太郎は、彼を蹴飛ばし、再び間合いを取った。
脇腹がじんじんと痛んだ。アウランの頬を汗が伝う。
2本の剣を構えつつ、目の前の太郎をにらんだ。
いったい何なのだ、こいつは。始めの頃とは、まるで別人ではないか。
やはり手を抜いていたのか。目潰しを含め、あの必死の形相はウソだったとでもいうのか。
いや、何かを契機に、戦闘力が上がったと考えるべきだろう。
過去にも、何らかの力によって、戦闘力を向上させる相手と戦ったことは有る。
肉体強化系のマナ使い、人狼や吸血鬼などの肉体を変化させる能力者がその代表的な例だ。
この少年は、外見が変化しない以上、肉体強化系のマナ使いと見るべきか。
とりあえず……、今の状態で勝つのは難しそうだ。
易きに流れるのは良くないと分かっている。
今までの自分であれば、何とか現状を打破する策を考えることだろう。
事実、今までそうやって自分は生き残ってきた。
だが、今回は何としても勝たなくてはならない。
自分にもう、次は無いのだから。
不本意ではあるが、あれを使うしかないだろう。
そう考えると、アウランはゆっくりと目を閉じた。




