12、ウナギーヌ
魔法陣を使う魔導士を、通称”結界士”と呼ぶ。
本来、魔法陣は外敵からの守護を目的とし、結界を張る魔法術だったからだ。
しかし、その後の魔法技術の発展にともない、魔法陣は飛躍的な進化をとげる。
現在では攻撃や召喚、治癒といった他の分野にまでも、魔法陣は応用されるようになっていた。
だが、昔の名残から人々は彼らを”結界士”と呼ぶのである。
「では、エスト殿はクロエ様から、結界士としての能力を受け継いだわけですか」
ロージンがエストに問うた。その場にはアイシャに太郎、ケイメンが座る。
太郎は痛々しそうに左腕に包帯を巻き、首からそれをつるしていた。他にも体のあちこちに生傷が見える。
ケイメンとの戦いで負った傷は、とても1回のヒーリングでは回復しきれない重傷だったのである。
「いえ、すべての能力を受け継いだわけではないんです。ほんの一部…なのですが」
恥ずかしそうに、少しはにかみながらエストは答えた。
クロエはこの世界で突出した結界士であった。
彼女は錬成した魔法陣を体内に宿らせ、即座に発動させられる技を習得していたからである。
そして、その体内に宿した魔法陣は、百を超えると言われていた。
ダンデとの戦いの最後、エストはクロエからその魔法陣の一部を継承したのであるが、透視の能力もそれに含まれていたのである。
「…で、タロー殿のことじゃが」
「はい、あの戦いで、タローさんはマナを使っていましたよ。外に見えるような形ではなく、体内を巡らせるような使い方でしたが」
それを聞き、太郎の脳裏に、ケイメンとの戦いがよみがえってゆく。
確かにあの時、自分は普通では考えられない実力を発揮できたし、体内を巡る熱い血潮のようなモノも感じられた。
あれがマナというやつだったのだろうか。
しかし、ここでもう一度、あれをやれと言われても自信が無い。
「そういえばクロエ様も、こいつの事を”肉体強化系”って言ってたしな」
右手をアゴに当てながら、ケイメンが太郎を見て言った。その手にはやはり包帯が巻かれている。
皆の注目を浴び、少し恥ずかしくなった太郎は目線を下に落とした。
「だが、タロー殿も強くなった。体つきも、実力も召喚された頃とは段違いじゃ」
「そうですね。スライミーに負けた勇者様が、ケイメンと互角に戦えるまでになるなんて…」
「ちょっと待て。ぜんぜん互角じゃねえぞ。俺は始めから手を抜いてやってた」
ケイメンは不満そうに、太郎を見て言う。
その視線に、太郎も少しカチンときてしまった。
「よく言うぜ。最後は必死だったくせに」と、ややケイメンから視線をそらせて返す。
その言葉に、今度はケイメンがブチッときた。不意に立ち上がり、太郎をにらみ付けて怒鳴る。
「あァん?今ここで決着つけるか、コラ!」
「の、望むところだ!」
両者は同時に立ち上がり、バチバチと視線の火花を散らしてにらみ合った。
「まあまあ、今はそんな事をしている暇はなかろう。もう2日しかないのじゃ」
ロージンが立ち上がり、二人の間に割って入る。そしてエストを見て続けた。
「もう激しい訓練はできまい。残り2日は…エスト殿、お頼みしてよろしいかな?」
エストはそれを聞き、ニコリと笑って「はい」と答えた。
◇◆◇◆◇
都市の城門を出た二人は、封印の山へ向かって歩いていた。
白いワンピースの裾をひらひらと舞わせながら、エストはスキップをしている。
小さく鼻歌も口ずさんでいた。久しぶりに外に出たのが嬉しいのだろうか。
一方の太郎は、向かう先への一抹の不安があったので、先を進む彼女に声をかける。
「あ、あの…エストさん」
それを聞き、エストはポニーテールの尻尾をくるりと回して振り返った。
「エストでいいですよ。何ですか?」
「そ、そうか。エスト…俺たちは、どこに向かってるんだ?」
「山のふもとに泉があるんです。そこでマナの訓練をしましょう」
「く、訓練…ね」
「そんなに怖がらなくていいですよ。ケイメンさんみたいに激しい特訓はしませんから」
エストは悪戯っぽく笑い、再び前を向いて歩き出す。
「タローさんの世界には、魔法が無いんですか?」
「無い…な。その代わり科学ってのがある。科学を使って、人は空を飛んだり、海に潜ったりできる」
「へえ、科学は魔法と、どう違うんですか?」
いきなりそう言われても、うまく説明できる言葉が思い浮かばなかった。
何か上手い言葉がないかと考える太郎。ふと脇を見ると、いつの間にかエストが横に並び、上目づかいにこちらを見つめていた。
ぱっちりと開いた大きな瞳に、思わずドキリとしてしまう。
照れを隠すように、太郎はとっさに口を開いた。
「そうだなぁ…言うなら、科学は人の力じゃなくて、電気とか原子力とかガソリンとかエコロジーとか……科学を使うんだよ、科学を!」
言っている太郎自身が、わけがわからなくなってしまった。思わず「あれ?」と、頭をかく。
そんな彼を見て、エストはおかしそうに笑った。
「でも、魔法が無い世界から来たのなら、マナが上手く使えないのも、仕方ないのかもしれませんね」
それを聞きつつ、太郎は思った。
太郎がいた世界も、魔法という概念が全く無いわけではない。
大昔、不可思議な現象は、魔法であるとか神通力であるとか、そういった言葉で説明されていた。
だが、やがて時代が進むにつれ、それら現象のほとんどが科学で解明され、魔法の存在そのものが、もはや否定されているわけだが。
しかし現代でも、科学で証明できない不可思議な現象は存在するし、心の力が現実に影響を与えるケースもある。
”モチベーション”という言葉があるように、スポーツ選手などは、メンタルの持ちようによって身体能力を向上させている。
また”病は気から”というように、笑うことは体の治癒能力を高める効果があるそうだ。
もしかしたら、ここはそういった心の力が、物理的に発現しやすい世界なのかもしれない。
そんな事を考えているうちに、二人は泉へと到着した。
◆◇◆◇◆
封印の山のふもとに、その泉はあった。
木々の合間から陽射しが降り注ぎ、泉をキラキラと輝かせている。
その大きさは学校のプール程度であり、水は限りなく透明に近く、澄み切っていた。
小鳥のさえずりが何とも心地よい。
思わず昼寝をしたい衝動に駆られるような、そんな風景であった。
「わあ…」と、エストは目を輝かせ、泉に向かって進んでゆく。
そして一度、こちらを振り返り「じゃあ、見てて下さいね」と笑顔で言った。
水の中へ、ゆっくりと沈んでいくエスト。
ほどなく彼女は胸元あたりまで水につかり、立ち止まるとこちらを振り返った。
そして目を閉じ、両手を大きく広げる。
ほどなく変化が起こり始めた。
エストの周囲の水面から、波紋が広がり始める。
水中で違和感を感じたのだろうか、魚が数匹、ぱちゃりと水面を跳ねた。
「おお……すげえ」
どこぞのマンガで見たような光景であったが、リアルで見るのはまた壮観であった。
エストが目を開くと波紋は止み、彼女は太郎に手を伸ばして泉へと招き入れる。
「じゃあ、タローさんもやってみて下さい」
「あ、ああ…」
促されるまま、泉へと足を踏み入れた。
ひんやりとした感触が、足から体へと伝わってゆく。
腹のあたりまで水につかると、エストを真似て目を閉じ、両手を広げてみた。
「マナを放出するイメージでやってみて下さい」
そ、そうだ。ケイメンとの戦いで、自分はマナを使えていたそうじゃないか。
問題は、そのマナを攻撃という形で、外に放出できるかどうかにある。この修行はそれへの第一歩だ!
目をぐっときつく閉じ、神経を集中してゆく。
自分の体内にあるであろうマナを、体中から放出するイメージを思い描いた。
やがて…ばちゃり、ばちゃりと、水の跳ねる音が聞こえてくる。
こ、これは…自分のマナを察知し、お魚さんたちが跳ね踊っている音ではないのか!?
音はどんどん高くなり、何かが水面で暴れているようにまでなっていた。
太郎は我慢できず、薄目を開けて水面を見てしまう。
そして彼の目に映ったのは、バチャバチャと水面を荒立てながら、ウナギっぽい生物を捕まえようと格闘するエストの姿。
「コラ───!ちょっと待てェ───ッ!!」思わずツッコミを入れる。
「タローさん、ウナギーヌです!これ、蒲焼きにすると美味しいんですよ!手伝って!!」
「いや、あの…俺の特訓は……」
「ああっ!」
ウナギーヌはにゅるりとエストの腕を離れ、太郎の方向へ飛び出した。
例えるならば、巨大なウナギ。間抜けそうな目、触角っぽいヒゲを揺らしつつ、太郎の元へと迫る。
「おわわわあああ!」
太郎は思わず叫びながら、それを抱きかかえようとした。しかし、にゅるにゅると腕からどんどん離れてゆく。
すかさずエストが、その首もとに手をかけた。だが今度はにゅるっと首をくねらし、あろうことか太郎の服の中へと入ってゆく。
「うわああぁぁ……あひゃ、ひゃひゃひゃひゃ!!」
体中をくねり回る、気色悪くも、くすぐったい感覚。
「グッジョブ!」そんな太郎にエストは親指を立てて叫んだ。
そして「さあ、そのまま上にあがって!」と、太郎の手を引きつつ言う。
太郎はバカ笑いをしつつ、ヨタヨタと岸へと向かう。
だが、その寸前のところで、岩に足を取られて水没してしまった。
首もとから、するりと抜けてゆくウナギーヌの感触。
水面から顔を出すと、体をくねらせながら泳ぎ去るウナギーヌの影が見えた。
「ああ…」と、名残惜しそうに、その影を見送るエスト。
二人は顔を見合わせて沈黙した。
小鳥のさえずりだけが、静かに響きわたる。
やがて、エストが残念そうな顔で口を開いた。
「大丈夫ですよ。1回のミスで気を落とさないでください。次がんばればいいじゃないですか!」
(え、ミス?俺のミス!?)
「さあ、次のウナギーヌを探しましょう!」
「違うだろ!俺の特訓は!?」
その叫びを聞き、近くの鳥がピクリと体を震わせ、ピピピ…と空へ飛び立っていった。




