表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/52

12、ウナギーヌ

 魔法陣を使う魔導士を、通称”結界士”と呼ぶ。

 本来、魔法陣は外敵からの守護を目的とし、結界を張る魔法術だったからだ。

 しかし、その後の魔法技術の発展にともない、魔法陣は飛躍的な進化をとげる。

 現在では攻撃や召喚、治癒といった他の分野にまでも、魔法陣は応用されるようになっていた。

 だが、昔の名残から人々は彼らを”結界士”と呼ぶのである。


 「では、エスト殿はクロエ様から、結界士としての能力を受け継いだわけですか」

 ロージンがエストに問うた。その場にはアイシャに太郎、ケイメンが座る。

 太郎は痛々しそうに左腕に包帯を巻き、首からそれをつるしていた。他にも体のあちこちに生傷が見える。

 ケイメンとの戦いで負った傷は、とても1回のヒーリングでは回復しきれない重傷だったのである。


 「いえ、すべての能力を受け継いだわけではないんです。ほんの一部…なのですが」

 恥ずかしそうに、少しはにかみながらエストは答えた。


 クロエはこの世界で突出した結界士であった。

 彼女は錬成した魔法陣を体内に宿らせ、即座に発動させられる技を習得していたからである。

 そして、その体内に宿した魔法陣は、百を超えると言われていた。


 ダンデとの戦いの最後、エストはクロエからその魔法陣の一部を継承したのであるが、透視の能力もそれに含まれていたのである。


 「…で、タロー殿のことじゃが」

 「はい、あの戦いで、タローさんはマナを使っていましたよ。外に見えるような形ではなく、体内を巡らせるような使い方でしたが」


 それを聞き、太郎の脳裏に、ケイメンとの戦いがよみがえってゆく。

 確かにあの時、自分は普通では考えられない実力を発揮できたし、体内を巡る熱い血潮のようなモノも感じられた。


 あれがマナというやつだったのだろうか。

 しかし、ここでもう一度、あれをやれと言われても自信が無い。


 「そういえばクロエ様も、こいつの事を”肉体強化系”って言ってたしな」

 右手をアゴに当てながら、ケイメンが太郎を見て言った。その手にはやはり包帯が巻かれている。


 皆の注目を浴び、少し恥ずかしくなった太郎は目線を下に落とした。


 「だが、タロー殿も強くなった。体つきも、実力も召喚された頃とは段違いじゃ」

 「そうですね。スライミーに負けた勇者様が、ケイメンと互角に戦えるまでになるなんて…」

 「ちょっと待て。ぜんぜん互角じゃねえぞ。俺は始めから手を抜いてやってた」


 ケイメンは不満そうに、太郎を見て言う。

 その視線に、太郎も少しカチンときてしまった。


 「よく言うぜ。最後は必死だったくせに」と、ややケイメンから視線をそらせて返す。

 その言葉に、今度はケイメンがブチッときた。不意に立ち上がり、太郎をにらみ付けて怒鳴る。


 「あァん?今ここで決着つけるか、コラ!」

 「の、望むところだ!」

 両者は同時に立ち上がり、バチバチと視線の火花を散らしてにらみ合った。


 「まあまあ、今はそんな事をしている暇はなかろう。もう2日しかないのじゃ」

 ロージンが立ち上がり、二人の間に割って入る。そしてエストを見て続けた。


 「もう激しい訓練はできまい。残り2日は…エスト殿、お頼みしてよろしいかな?」


 エストはそれを聞き、ニコリと笑って「はい」と答えた。


   ◇◆◇◆◇


 都市の城門を出た二人は、封印の山へ向かって歩いていた。

 白いワンピースの裾をひらひらと舞わせながら、エストはスキップをしている。

 小さく鼻歌も口ずさんでいた。久しぶりに外に出たのが嬉しいのだろうか。


 一方の太郎は、向かう先への一抹の不安があったので、先を進む彼女に声をかける。


 「あ、あの…エストさん」


 それを聞き、エストはポニーテールの尻尾をくるりと回して振り返った。

 「エストでいいですよ。何ですか?」


 「そ、そうか。エスト…俺たちは、どこに向かってるんだ?」

 「山のふもとに泉があるんです。そこでマナの訓練をしましょう」

 「く、訓練…ね」

 「そんなに怖がらなくていいですよ。ケイメンさんみたいに激しい特訓はしませんから」


 エストは悪戯っぽく笑い、再び前を向いて歩き出す。


 「タローさんの世界には、魔法が無いんですか?」

 「無い…な。その代わり科学ってのがある。科学を使って、人は空を飛んだり、海に潜ったりできる」

 「へえ、科学は魔法と、どう違うんですか?」


 いきなりそう言われても、うまく説明できる言葉が思い浮かばなかった。

 何か上手い言葉がないかと考える太郎。ふと脇を見ると、いつの間にかエストが横に並び、上目づかいにこちらを見つめていた。

 ぱっちりと開いた大きな瞳に、思わずドキリとしてしまう。

 照れを隠すように、太郎はとっさに口を開いた。


 「そうだなぁ…言うなら、科学は人の力じゃなくて、電気とか原子力とかガソリンとかエコロジーとか……科学を使うんだよ、科学を!」

 言っている太郎自身が、わけがわからなくなってしまった。思わず「あれ?」と、頭をかく。

 そんな彼を見て、エストはおかしそうに笑った。


 「でも、魔法が無い世界から来たのなら、マナが上手く使えないのも、仕方ないのかもしれませんね」


 それを聞きつつ、太郎は思った。

 太郎がいた世界も、魔法という概念が全く無いわけではない。

 大昔、不可思議な現象は、魔法であるとか神通力であるとか、そういった言葉で説明されていた。

 だが、やがて時代が進むにつれ、それら現象のほとんどが科学で解明され、魔法の存在そのものが、もはや否定されているわけだが。

 しかし現代でも、科学で証明できない不可思議な現象は存在するし、心の力が現実に影響を与えるケースもある。


 ”モチベーション”という言葉があるように、スポーツ選手などは、メンタルの持ちようによって身体能力を向上させている。

 また”病は気から”というように、笑うことは体の治癒能力を高める効果があるそうだ。


 もしかしたら、ここはそういった心の力が、物理的に発現しやすい世界なのかもしれない。


 そんな事を考えているうちに、二人は泉へと到着した。


   ◆◇◆◇◆


 封印の山のふもとに、その泉はあった。


 木々の合間から陽射しが降り注ぎ、泉をキラキラと輝かせている。

 その大きさは学校のプール程度であり、水は限りなく透明に近く、澄み切っていた。


 小鳥のさえずりが何とも心地よい。

 思わず昼寝をしたい衝動に駆られるような、そんな風景であった。


 「わあ…」と、エストは目を輝かせ、泉に向かって進んでゆく。

 そして一度、こちらを振り返り「じゃあ、見てて下さいね」と笑顔で言った。


 水の中へ、ゆっくりと沈んでいくエスト。

 ほどなく彼女は胸元あたりまで水につかり、立ち止まるとこちらを振り返った。

 そして目を閉じ、両手を大きく広げる。


 ほどなく変化が起こり始めた。


 エストの周囲の水面から、波紋が広がり始める。

 水中で違和感を感じたのだろうか、魚が数匹、ぱちゃりと水面を跳ねた。


 「おお……すげえ」

 どこぞのマンガで見たような光景であったが、リアルで見るのはまた壮観であった。

 エストが目を開くと波紋は止み、彼女は太郎に手を伸ばして泉へと招き入れる。


 「じゃあ、タローさんもやってみて下さい」

 「あ、ああ…」


 促されるまま、泉へと足を踏み入れた。

 ひんやりとした感触が、足から体へと伝わってゆく。

 腹のあたりまで水につかると、エストを真似て目を閉じ、両手を広げてみた。


 「マナを放出するイメージでやってみて下さい」


 そ、そうだ。ケイメンとの戦いで、自分はマナを使えていたそうじゃないか。

 問題は、そのマナを攻撃という形で、外に放出できるかどうかにある。この修行はそれへの第一歩だ!


 目をぐっときつく閉じ、神経を集中してゆく。

 自分の体内にあるであろうマナを、体中から放出するイメージを思い描いた。


 やがて…ばちゃり、ばちゃりと、水の跳ねる音が聞こえてくる。


 こ、これは…自分のマナを察知し、お魚さんたちが跳ね踊っている音ではないのか!?


 音はどんどん高くなり、何かが水面で暴れているようにまでなっていた。

 太郎は我慢できず、薄目を開けて水面を見てしまう。


 そして彼の目に映ったのは、バチャバチャと水面を荒立てながら、ウナギっぽい生物を捕まえようと格闘するエストの姿。


 「コラ───!ちょっと待てェ───ッ!!」思わずツッコミを入れる。


 「タローさん、ウナギーヌです!これ、蒲焼きにすると美味しいんですよ!手伝って!!」

 「いや、あの…俺の特訓は……」

 「ああっ!」


 ウナギーヌはにゅるりとエストの腕を離れ、太郎の方向へ飛び出した。

 例えるならば、巨大なウナギ。間抜けそうな目、触角っぽいヒゲを揺らしつつ、太郎の元へと迫る。


 「おわわわあああ!」

 太郎は思わず叫びながら、それを抱きかかえようとした。しかし、にゅるにゅると腕からどんどん離れてゆく。

 すかさずエストが、その首もとに手をかけた。だが今度はにゅるっと首をくねらし、あろうことか太郎の服の中へと入ってゆく。


 「うわああぁぁ……あひゃ、ひゃひゃひゃひゃ!!」

 体中をくねり回る、気色悪くも、くすぐったい感覚。


 「グッジョブ!」そんな太郎にエストは親指を立てて叫んだ。

 そして「さあ、そのまま上にあがって!」と、太郎の手を引きつつ言う。


 太郎はバカ笑いをしつつ、ヨタヨタと岸へと向かう。

 だが、その寸前のところで、岩に足を取られて水没してしまった。


 首もとから、するりと抜けてゆくウナギーヌの感触。

 水面から顔を出すと、体をくねらせながら泳ぎ去るウナギーヌの影が見えた。

 「ああ…」と、名残惜しそうに、その影を見送るエスト。


 二人は顔を見合わせて沈黙した。

 小鳥のさえずりだけが、静かに響きわたる。


 やがて、エストが残念そうな顔で口を開いた。


 「大丈夫ですよ。1回のミスで気を落とさないでください。次がんばればいいじゃないですか!」

 (え、ミス?俺のミス!?)

 「さあ、次のウナギーヌを探しましょう!」


 「違うだろ!俺の特訓は!?」


 その叫びを聞き、近くの鳥がピクリと体を震わせ、ピピピ…と空へ飛び立っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ